Animalia,Chordata,Vertebrata,Mammalia,Primate,Haplorhini,Catarrhini,Hominoidea,Hominidae,Homo sapiens form. Alainea leroia yabunovichia tadaskea,TYOKU KASAI., 1957 動物界 脊索動物門 脊椎動物亜門 哺乳綱(サル亜綱・正獣下綱) 霊長目(サル目) 真猿亜目(サル亜目) 狭鼻下目(サル下目) ヒト上科 ヒト科 ヒト属 やぶちゃん
『あなたに申し上げよう。酔って墓の上に眠っても、何も面白くない。眠るのなら墓の中に寝るべきだ。』
本blogは孤独な Alain Leroy Yabunovich Tadasky のモノローグであり、コメントもトラックバックもなしだ。そう、 “La fete est finie.”だ。
多少とも僕を御存知の方は、ブログの左コンテンツのカテゴリ「肉体と心そして死 」を開き、「編集」→「このページを検索」→「2005/07/21」で検索をかけるか、2005年7月21日までスクロール・ダウンされたい。そこが僕の人生に微妙な変調をきたすこととなった3年前の右腕遠位端骨折である。ゆっくり見て行くと、驚天動地のイリザノフ創外固定器やX線フィルムも見られる。
blog本文に掲載した僕の写真の多くは個人的な感覚から縮小処理を施していない。原寸表示させて保存し、ビューワで見られたい。但し、粗方はマイフォトの方にちんまりとした大きさにされて収まってはいる。
blogに記載したHP新規ファイルへはblogの左コンテンツ「HP増設コンテンツ一覧」から直に行ける。
(以上は旧blog冒頭文:IE7より表示に不具合が生じるため、こちらに移行した)
なお、左コンテンツ最下段のアクセス・ランキングは過去四箇月分。
学名 Homo sapiens form. Alainea leroia yabunovichia tadaskea,TYOKU KASAI., 1957
和名 やぶちゃん
渾名 邪魅羅(死語)
俳名 唯至(但し古くは獨詩と号していた)
♂ 1957年2月15日鎌倉生
海辺の狂僧 又は 忌まわしくも壇上にておぞましくも糧を鬻ぐ無惨なる deracine
(写像はブログの“The Picture of Dorian Gray”へ)
*病歴
左肩結核性カリエス(固定治癒)・A型肝炎(γGTP2000メーター振切れるも悪運強く治癒)・糖尿病(不治)・右橈骨遠位端骨折(2006年3月末固定治癒、回復は正常機能の80%止りにして後遺症残存(手首旋回屈伸不具合及び指拘縮の持続)2009年7月軟骨部術後関節症発症・2006年12月ベトナム行で航空性中耳炎から左右の聴力不可逆的に減衰(現在も左耳常時耳鳴)・魂(末期ホスピス段階)
*Blog第一日目より
『僕はここで、日々の私の「みじめな生き物」としてのくだらない瞑想、基、「迷走」をモノローグしたいと想う(従って、コメントもトラックバックも受けず付けない設定にしてある)。万一、読まれる方はそのような独白として承知頂き、通り過ぎて、ちょっと立ち止まって、見つめてくれるのであれば、恩幸これに過ぎたるはない。』
*メール
「題名」で、「目的とアイデンティティ」を明瞭にして送られたい。以上が鮮明でないメールは未開封廃棄するのみならず、以後、拒否メール扱いとなる。
また、貴方がミクシィに所属しているならば、以下を来訪されれば送信は即座に可能である。
http://mixi.jp/show_friend.pl?id=1248366
*僕の遠き日の思い出に
水中花 伊東靜雄
水中花と言つて夏の夜店に子供達のために賣る品がある。木のうすい/\削片を細く壓搾してつくつたものだ。そのまゝでは何の變哲もないのだが、一度水中に投ずればそれは赤青紫、色うつくしいさまざまの花の姿にひらいて、哀れに華やいでコツプの水のなかなどに凝としづまつてゐる。都會そだちの人のなかには瓦斯燈に照しだされたあの人工の花の印象をわすれずにゐるひともあるだらう。
今歳水無月のなどかくは美しき。
軒端を見れば息吹のごとく
萌えいでにける釣しのぶ。
忍ぶべき昔はなくて
何をか吾の嘆きてあらむ。
六月の夜と晝のあはひに
萬象のこれは自ら光る明るさの時刻。
遂ひ逢はざりし人の面影
一莖の葵の花の前に立て。
堪へがたければわれ空に投げうつ水中花。
金魚の影もそこに閃きつ。
すべてのものは吾にむかひて
死ねといふ、
わが水無月のなどかくはうつくしき。
●HP 鬼火(左の「HP増設コンテンツ一覧」の一番上からGO!)
『あなたに申し上げよう。酔って墓の上に眠っても、何も面白くない。眠るのなら墓の中に寝るべきだ。』
よろしかったら、どうぞ、僕の玄室へ。
●特異点(と自負するコンテンツ・順不同)
★最新 根岸鎮衛「耳袋」全10巻1000条テクスト化全訳注プロジェクト《作業中》
★最新 「和漢三才図会」第40巻「寓類 怪類」電子化プロジェクト《作業中》
○無門關 全 淵藪野狐禪師訳注版(危険がアブナイ訳)
○末法燈明記(白文活字起し・訓読・訳)
○尾崎放哉全句集(やぶちゃん版新版及び新版正字體版)~怒涛のリニューアル!
○画家 志賀丈二作品
○画家 瀧口修造作品
○画家 藪野豊昭作品
○フリードリヒ「海辺の僧侶」部分 etc.……
(以上○は上記HPトップページより)
○心朽窩 旧館 やぶちゃんの電子テクスト:俳句篇(Web未公開の個人の俳句集の電子テクスト 最新公開分)
尾形亀之助句集(附 尾形蕪雨一句・尾形余十五句)
萩原朔太郎全句集
原民喜句集
やぶちゃん版芥川龍之介全句集 etc.……
○心朽窩 新館 詩集と惑溺の電子テクスト(ここだけの僕からあなたへのプレゼンツ 新規公開順)
尾形亀之助 詩集 色ガラスの街 〈初版本バーチャル復刻版〉
尾形亀之助拾遺(俳句・短歌を除く下記「尾形亀之助拾遺詩集」及び「作品集」に含まれない作品群の集成)
尾形亀之助作品集『短編集』(未公刊作品集推定復元版 全22篇) 附やぶちゃん注
ルナアル「ぶどう畑のぶどう作り」岸田国士訳(附やぶちゃん注)
「尾形龜之助拾遺詩集 附やぶちゃん注」
ルナアル「ぶどう畑のぶどう作り」岸田国士訳(附やぶちゃん注)
ツルゲーネフ「散文詩」(全)中山省三郎訳
ガルシン短編集神西清訳(逐次公開中)
ツルゲーネフ「猟人日記」中山省三郎訳(逐次公開中)
ルナール「にんじん」岸田国士訳(附やぶちゃん注)ヴァロトン挿絵付
やぶちゃん版芥川龍之介詩集
増田晃詩集「白鳥」
伊良子清白詩集「孔雀船」
ルナール「博物誌」岸田国士訳(附原文+やぶちゃん注)ボナール挿絵付
やぶちゃん版村山槐多散文詩集
原民喜全詩集
森川義信詩集
やぶちゃん版伊東静雄全詩集
やぶちゃん版富永太郎詩集
芥川龍之介の怪異蒐集ノート「椒図志異」 etc.……
ここには、加えて僕の創作・雑文(下方にリンク抽出)からジャズ・コレクション・ディスコグラフィ(パウエルとドルフィーなら何時でも相手になるぜ)、バッハ・コレクション・ディスコグラフィ、はたまたオリジナルな海洋生物分類表 etc.……何でもありの僕のおもちゃ箱でもある……
○心朽窩 旧館 やぶちゃんの電子テクスト:小説・戯曲・評論・随筆・短歌篇 (すべて他サイトにはないオリジナルなテクストを死守 HP中最強メイン・ページ 順不同)
江戸時代博物学書のテクスト化と注釈(「和漢三才図会」水族の部全7巻完結・「栗本千虫譜」等、水族部に特化)
江戸期怪奇譚(附やぶちゃん訳注)
上田秋成「青頭巾」附現代語訳及び授業ノートetc.……
杜子春傳(原文及び訓読・語註・訳)
二葉亭四迷訳ツルゲーネフ「あひゞき」(正字正仮名第1稿版) +(正字正仮名改稿版)他
国木田独歩「武蔵野 やぶちゃん校訂版」「忘れえぬ人々」等
小泉八雲「食人鬼」やぶちゃん訳
南方熊楠(粘菌の如く思いついた時にネット上にないものが増殖)
萩原朔太郎「芥川龍之介の死」、對話詩・劇詩等
松村みね子/片山廣子(芥川龍之介の“越し人”)
芥川龍之介(テクスト数最も多し。芥川龍之介作品集『傀儡師』やぶちゃん版(バーチャル・ウェブ版)等)
村山槐多(童話群等)
三木清「旅について」及び授業ノート
梶井基次郎「檸檬」定稿への変遷及び授業ノート等
堀辰雄「聖家族」限定初版本バーチャル復刻版
坂口安吾「ふるさとに寄する讃歌」
太宰治「右大臣實朝(やぶちゃん恣意的原稿推定版)」
西尾正「骸骨」
○高校生による「こゝろ」講義後小論文 (「こゝろ」マニアックス内下 著作権確認承諾済)
○やぶちゃんの創作・雑文から
淵藪志異(オリジナル怪奇実話集 但し擬古文)
句集 鬼火(18歳以来の僕による自由律定型無季有季場外乱闘)
こゝろ佚文(「こゝろ」のフェイク)
雪炎(実朝暗殺に関わる大学生の時の若書噴飯小説)
Андрей Тарковский 断章(孤独なるタルコフスキイ小論)
メタファーとしてのゴジラ(高等学校総合学習用特撮映画論講義用ノート)
旅芸人のスケッチ――29年前:舞踊家ギリヤーク尼ヶ崎(素晴らしきギリヤーク尼ヶ崎の舞踏に心打たれた大学時代の僕の小学生の作文の如き哀しき駄文)
以上の自覚的愚劣性に満ちた、しかし乍らマニアックさは誇示するところの電子テクストは、『Web上には確かに二つとはない』という叫びにも似たオリジナリティだけはかろうじて守備していると言ってよい。
特に「芥川龍之介全句集」はHPのライフワーク。――「我鬼」ならぬ「我」もまた「鬼火」なり――現在この世に存在している如何なる「芥川龍之介句集」よりも完備しているという自負を持つ。更新は永遠。
*履歴~現在に至るまで間断なき愚劣な「狂育」の場に身を置いていることの怪異
大泉幼稚園→大泉東小学校→玉縄小学校→伏木中学校→伏木高等学校→國學院大學→高校教師30年……但し、僕は如何なる愛校心もこれっぽっちも持ち合わせてはいない……閑話休題。君が目を離した隙に、僕は易々とあの世に行ってるやもしれぬ。しかし、その時は、慶応大学医学部に入学するがよい。「僕」を使って解剖ができるかも知れぬ。献体済みだ。僕には、葬式も、墓も、ない。
*僕のシェガ・デ・サウダージ
●映画から
タルコフスキイ全作品
ルイ・マル監督作品「鬼火」
スチュアート・クーパー監督作品「兵士トーマス」
●舞台から
金春流「道成寺」
アントニオ・ガデス舞踊団「血の婚礼」
転形劇場「水の駅」
*最後に
「逢佛殺佛。逢祖殺祖。逢羅漢殺羅漢。逢父母殺父母。逢親眷殺親眷。」逢己殺己。
Duchamp,Marcel
"D'abord, c'est toujours les autres qui meurent."
「さりながら、死ぬのはいつも他人なり。」
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