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2005/07/08

「桜島」から「幻化」へ

「桜島」は作家梅崎春生の実質的作家デビュー作であり、「幻化」はその遺作である。その主人公は一致しているわけではないが、作品として通底した円環の閉じ方は現代作家の中でも希有のものだと私は思っている。

終戦間近の桜島で、滅びの美学を説く男は虫けらのように機銃掃射で死んで行き、つくつく法師の鳴く中、その遺体は主人公の私に抱かれる。それはまさにおぞましき死、というよりも、死そのもの現存在として僕らを撃つ。

その「私」は生き残り、戦後の世界を飽くまで純粋に「戦後」として生きた(であろう)。その帰結として彼の心は当然、病む(はずだ)。それは江藤淳の言を待たずとも分かり切ったことだ。戦前戦中を生きた魂にとって、戦後の繁栄は虚構としての演じられた「戦後」ならざる単純時系列としての「戦後」であったのだ。

「幻化」の主人公はたるんだ日常を切り捨て、彼の青春の、いや真の魂の墓標の地である鹿児島坊津を訪れる。そこではさまざまなフラッシュバックが彼を待つ。自棄的な戦友の死、すさんだ特攻兵(後日注記:僕の記憶違い。「桜島」の一シーン。blogの「手術記2」参照)、ダチュラの花の妖しさ、そしてその妖精たる妖しい女。エンディング、彼は奇妙な青年と賭けをする。青年は阿蘇の噴火口の回りを回って、生きて帰れるかどうかを彼と賭ける。その彼に、主人公は、心中、叫ぶ。

「しっかり歩け。元気出して歩け!」

私は、このラストシーンに涙せずにはいられない。主人公は、死をゲームとする青年(後日注記:この男は34歳、主人公、45歳の五郎と出会う一箇月前に妻子を交通事故で亡くしており、五郎と同じくアルコール依存症である)を叱咤激励しているのでは断じて、ない。私達は、自己の絶対的な孤独者としての「死」にというものに、孤独者たる自身へエールを贈るほかはないのである。彼は彼に、不可分なものとしての生への/死への己が自身へのエールを贈るのだ。

目の前に全集もある。それなりにもっと厳密に書きたい思いはある。が、あくまで曖昧な記憶に基づいて荒く書きなぐったのは、「死」が遂に絶対の孤独の中にあり、他者どころか孤独者として当事者にさえ、その死の理由はおろか、付随する意味も後に付加されるであろう粉飾された疑似的価値も実は全く理解されることはないという当然のことを確認したかったのだ。

「死」が体験出来ず、理由も意味も価値も不明であるという事実は、正しく「名指すことは出来ても、示すことはできない」ことにほかならぬ。故にこそ、僕らは「沈黙せねばならない」のだ。この「沈黙」は半端ではできぬ。哀悼も無視も号泣も哄笑も賛辞も軽蔑も捨て去り、僕らは真に「死」と向き合えるのだ。そうしてその死を無条件に「抱く」以外には、ない。否、その他者の死につながる己が死をも見据えて、ただ「無」に「くるみこまれて立ちすくむ」のだ。僕らが僕らにつながる「死」に対して知り得ることとは、みじめな自らの「死」に対してエールを贈れるのは己のみであるという、突き付けられた事実を認識すること以外にはないのではないかということである。それが、他者の死を己に受け入れることの唯一の意味であると、僕は思う。

今年は、蜩の声を未だ聴かぬ(もうあなたは聴いたか?)。僕は所詮(他者から見て)みじめなる死を迎えたと思われるのなら、つくつく法師ではなく、蜩の、あの蝉しぐれの中で死にたいと昔から思ってきた、我が儘なことに。こんな青臭いサンチマンタリスムの述懐をなす僕は、実は「死を厳粛に受け止めていない」のかも知れぬ。未だに僕は「こゝろ」の万年学生なのかも知れぬ。

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