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2005/09/21

「手」遅れだったよ(9月17日の再読み込み)

(注:この記事は 2005/09/17 11:46 のものだが、記事をどんどん増やしている関係上、「最近の記事」欄からすぐ消えてしまう。今の僕の近況としては、少々重いものなので、時々、ページの上部へ引き上げておくことにする)

9月17日、二度目の手術後、初めてレントゲンを撮った。

(多分だめだね、だって一回、術後ギプス固定前にこっそり自分で見たら尺骨がしっかり出てたもん)

主治医のところに持ってゆく前にゆっくり廊下で自己画像診断した。

(橈骨と尺骨の平面状での位置関係は正常誤差範囲内。しかしだ)

尺骨は再転位し、完全に手術前の脱臼した状態に戻ってしまっていた。

(こりゃ、診察など聞かなくても一目瞭然だね)

従って、この状態で変形治癒するしかないと言われても驚きもなしだ。

(それにしてもこれを失敗、手遅れと言わずに解説する君のディベート術には、感服したよ)

医師は、尺骨の痛みと多少の

(その基準は誰のかな?)

手の動きの不都合が生じるだけで、このままでも問題はない

(誰の問題だろう?)

と言う。もし、痛感が堪えられないとならば、更に橈骨遠位端(粉砕した部分)と尺骨を串刺しにして、尺骨のやや下を完全に切断して、人工的な回転する関節を装着する手術を行うが、

(ほう? やるとしたら、ますますサイボーグ化というわけだな、ハリウッドから出演依頼が来そうだ)

かなり複雑な手術になるとのことで、更に粉砕した橈骨が治癒しなければだめなので、

(そんなことは素人でも分かる。言わずもがなさ)

やるとしてもずっと後になるということだ。

(いや、もう、結構だ。痛みには慣れてるよ)

というわけで、僕なりに総括すると、二度目の手術は手遅れだったということである。右腕は、今後、大なり小なり痛みや不都合を背負って生きてゆかねばならないということである。

別段、怒りもないし、悲しみもない。実際、主治医の大きなミスだとも思っていないし、これで僕が人生お先真っ暗になろうなどとも思っていない。ただ、大方予測していた通りであったと言ってよい。但し、ドラマのように、それを受け入れて明るく前向きに、などともさらさら感じない。

ただ事実として、諦観的に受容し、この病んでねじけた暗い魂の中で、そろそろと消化するしかないのである。

もともとこの致命的な失敗としての魂こそが、大いなる僕の誤診の産物なのだから。

何でもいい。再来週の火曜には、ギプスがはずれるのだけが幸せだ。それだけで、僕は、ほっとしたよ。

ダメ押しで一言。今日のレントゲンも、僕は大正6年生まれだった。

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