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2006/02/26

金城哲夫忌またはウルトラマン追悼

今日は金城哲夫の亡くなった日だ。以下は、5年前の修学旅行の文集に寄稿した僕の文章である。以前にアップしたものだが、再度、今日アップしたい。あの不死身のはずのウルトラマンは沖繩出身で、本土の架け橋になる夢を懐きながら、それを成しえない焦りと苦悩の中、アル中になり、滑って頭を打って惨めに死んだのだということを、あなたは知っていますか……。

サンゴ礁のウルトラの虹(二〇〇〇年一月三〇日稿)

〈早朝の羽田で〉
 ああ、僕も沖縄は初めてさ! どこに行きたいか? うん、ある人の墓参りができたらいいなあ。誰かって? 君も、日本初の本格的テレビ特撮ドラマのウルトラシリーズ、ウルトラマンやウルトラセブンの名前ぐらいは知っているだろう。じゃあ、まずは、その彼の書いた「ウルトラセブン」の第42話「ノンマルトの使者」のストーリーを話そうか。
   ***
 海底開発センターの船上基地の試運転。その近くの海辺で休暇を楽しむウルトラ警備隊のダンとアンヌ隊員。彼女のそばに一人の少年が立ち、すぐにあの開発をやめないと大変なことになると告げる。そして言葉通り、基地は爆発炎上。真一と名乗る少年はその後も現れ、執拗に「海底はノンマルトのものなんだ」と語る。
 その時、内心一人疑問を感じるウルトラセブンことダン。『ノンマルト! 僕の故郷のM78星雲では、地球人のことをノンマルトと呼んでいる。』このノンマルトこそが本当の地球人ではないのだろうか?
 アンヌが再会した真一少年は言う。ノンマルトは人類より以前にいた先住民族=本当の地球人だった。実は今の地球人は、このノンマルトを海底に追いやった侵略者だったのだと。
 さらに、奇怪な海難事故が続き、地球防衛軍とウルトラ警備隊は、ノンマルトを地球人の安全を脅かす敵として、殲滅を決意する。対決する真一少年とダン。真一少年は叫ぶ。「ノンマルトは悪くない! 人間がいけないんだ! ノンマルトは、人間より強くないんだ! 攻撃をやめて!」と。今まで宇宙の侵略者の魔の手から弱き地球人を守ってきたウルトラセブンにとって、これは大いなる自己矛盾である。しかし、ダンはその自己撞着を振り切るように言い放つ。「真一君! 僕は闘わなければならないんだ!」。かくてセブンに変身し、怪獣ガイロスを倒す。
 一方、潜水艦ハイドランジャーのキリヤマ隊長はノンマルトの海底都市を発見。その内心の声、『我々人間より先に地球人がいたなんて……そんなバカな…やっぱり攻撃だ。』。一瞬の躊躇も空しく、ノンマルトの都市は完全に粉砕され、笑みさえ浮かべて隊長は快哉する。「我々の勝利だ! 海底も我々のものだ!」。再び開発の邪魔をする者はいないだろう、と。
 海岸のダンとアンヌ。「人間こそ侵略者なんだ!」と叫び、走り去る真一少年。岩陰へ回ると、そこには少年の墓標が。海を見るダン。「真一君は、霊となって、ノンマルトの使者として、地上に現れていたのだ」。ノンマルトは本当に地球の原住民だったのか? だとしたら、僕(セブン)は人間という侵略者の協力をしていることになる……ダンの心は苦い。[1968年7月21日TBS放映]
   ***
 私達が訪れた沖縄。その地の人々は、アイヌ民族と共に、本来の日本人=先住民族(縄文人)の系統を残している人々なんだ。
 沖縄の主要な産物は海からもたらされた。漁師でなくても、人々は文字通り海人(ウミンチュ)だった。そこでは海と死者の関係も深い。バスからも見えた、古典的な墳墓を思い出してごらん。人々は死ぬとそのまま安置され、自然に腐るのを待つ。しばらくすると海の水で綺麗に洗い(洗骨)、祖先の霊の仲間入りを許される。女性の子宮の形をした墳墓の入り口は海に面している。母体に回帰して再生した魂(マブイ)は、海の彼方にある楽土ニライカナイへと旅立って行くんだ(但し、現在は火葬が主で、完全な形態は一部の離島のみにしか残されていない)。海岸で、南洋の木の実や不思議な漂着物を見たよね。時には漂流してきた異人もやってきた。人々にとってそれはニライカナイからの贈り物・使者だったんだ。私はこうした沖縄の古い信仰は、私達が失ってはいけない最も美しい部分だと思っているんだ。
 首里城の資料はちゃんと見たかい? 特に琉球王国が長い間、薩摩藩の不当非道な侵略支配を受けて来たことを。
 そして、息が詰まる思いだったよね、あの資料館の圧倒的な「生」の証言集。鮮烈にイメージされるその修羅場としての海岸……祖霊達の神聖な亀甲墓は破壊され、人々が彼方に楽園を想像した美しい海岸線は、艦砲射撃によって原形を留めぬほどに粉砕された。永い米軍占領の時代。国際正義を振りかざすアメリカはベトナムにとって侵略者であったし、その爆撃機は沖縄から飛び立った。
 1972年5月、沖縄は本土に復帰した。しかし、それは新たな「侵略」の始まりだったのではないか? 本土の資本は、観光資本としての沖縄に飛びつく。 その結果は、何だったか? 開発の名の下に本島の美しいサンゴ礁はほとんど失われてしまったのだ。そして、社会は? 経済は? 進学率全国最低、失業率全国最高、これを長く背負ってきたのはどこの県か知っていますか? 
 あの海洋学習で説明してくれた若い沖縄出身の誠実な青年に、僕は質問した。「本土に復帰してからサンゴ礁の破壊は進んだのですよね? 」。あの彼の優しい目がその時、さっと変わった。「世界的にサンゴ礁の白化現象は起こっています。必ずしも、人為的な汚染によるものではありません。」ときっぱりと語ったのだ。確かに生態学的にはその通りなんだ。サンゴが共生藻(ゾーザンテラといい、光合成によって、サンゴに栄養を補給している)を失い、死滅していく現象はこのところ世界的に見られる。実は、汚染とはレベルの違う遺伝子レベルでの時間的現象とも考えられているのだ。でも、待ってくれ。あの時、僕達は、赤土学習で米軍基地や造成事業で海が汚染されるというのを、ひどい雨の中、学んだばかりではなかったのか? グラスボートで見たのだって、あれは、イノー(サンゴ礁の内側)の殲滅されたのサンゴの死骸だったじゃないか。
 でも、僕は彼の気持ちが分かるように思える。彼にとって、復帰が最悪の状況を引き起こしたんだというような単純な論理は、沖縄の人々の本土復帰という血の出るような悲願を、少しも理解しない考え方だったからなのではないかと感じたから。
   *** 
 ウルトラシリーズは確かにジャリ(子供)番組さ。しかし、こうした意味深な順序で説明したとき、一見、他愛もない「ノンマルトの使者」の映像の向こう側にもう一つの沖縄が見えて来ないか? 
 これを書いたのは、「ウルトラQ」「マン」「セブン」の基本設定を創案し、全体を統括したメインライターとして活躍した金城哲夫という沖縄の人なのだ。
 20代半ばの彼の母親は1945年3月、沖縄戦で片足を失った。その数日前に哲夫は小学校に入学するはずだった。それから三日後、嘉手納方面に米軍が上陸、条件の悪い糸数壕(僕達が見たあの壕だ!)への移動は死を意味すると考えた祖父の判断が幸いした。降伏。彼は生きた。   
 戦後、本土の玉川学園高等部へ入学。たまたまシナリオを書いていた同校の国語教諭の薫陶を受け、脚本家デビュー、僕にとって忘れられないウルトラシリーズを生み出すことになるのだ。
 僕が小学校2年生の時に見た「ウルトラQ」の感動は言葉に言い表せない。特に彼の脚本になる、「宇宙からの贈り物」[第3話 1966年1月16日放映]の最後のナレーション(大学生!だった石坂浩二のアルバイトなんだな、これが)は印象的だ。火星人が送ったらしきナメクジ状生物(形通り塩に弱い)で、一匹目は海に落ちて死ぬが、二匹目が偶然、巨大化。その巨大な目のアップと共に。「無限にある海水がこのドラマを締めくくってくれるに違いない。だが、地球上での政治的実権を握るための宇宙開発の競争が行われる限り、第2の宇宙からの、贈り物が届くに違いない。それは多分海水を飲んで、ますます巨大になり、強靭になる恐るべき怪物に違いない。」。いいだろ? バラ色未来論的高度経済成長期の真っ只中だよ! もっともっといいのもあるんだぜ! そうそう、最近リバイバルの、ファンタジーの走りのブースカだって、その初期設定は彼なんだ(但し、ウルトラシリーズの特撮に金がかかり過ぎ、その赤字を埋めるための経済的な苦肉の策なんだけどね)。
 しかし、彼はセブンを最後に、復帰直前の沖縄に帰る。自分の故郷の現実に向き合うために。その後、1975年の海洋博のメインのセレモニー・プロデュースを引 き受ける。自作の沖縄芝居も書いた。基地問題にも彼なりの切り口で向き合った。だが、海洋博の会場周辺は閉幕直前からゴーストタウンのように人は来なかった。芝居はウチナーグチに心が籠もっていないと今一つ不評。米軍基地を減らすために自衛隊の基地移行もそれなりにいいのではと発言した彼には抗議が殺到した。しかし彼はずっと信じていた。自分がヤマトとウチナーの懸け橋になれる、ならねばならないのだと。すべての仕事は、そのためだったのに。
 1976年2月26日早暁、酔って、閉まった自分の書斎に窓から入ろうとして頭を打ち、亡くなった。まだ37歳だった。それを笑うかい? 気になるって? だったら、いつでも僕と話そうよ! 話したいことは、百年分ぐらいあるんだ!
   ***
〈羽田へ向かう飛行機で〉                                   
 やあ! いや、墓参りは出来なかった。でもね、今朝、あのホテルの前の浜辺を歩いたんだ。相変わらず波は高かったんだが、ちょうどあのリーフの外の中央から虹が出ていたんだ。七色がくっきりと見えるんだ、美しかった! 天気の悪い四日間だったけれど、僕には、金城哲夫が、『まだまだだめだな、もうちょっと分かったら、また来いよ、おまえが考えてるより沖縄はもっと美しいんだ』と、語りかけてくれたような気がした。うん? 悪かったね。夜は巡回が厳しくて。しかし、見つかる君たちが、馬鹿だよ、間違えて教員の部屋をノックしたり、僕のノックをお友達のノックと間違えて、にっこり笑って気持ち良く開けるようじゃね。
 でもね、そんな僕にさえ忘れられない、いい旅だったんだ……。
                      
 『……初期の怪獣特撮ものでは、無用の殺戮描写はひとつもなかった。金城哲夫の山田洋次への憧れは“無力な人間たちが肩を寄せ合って、親密な人間を守ろう”とする作劇にはっきりとあらわれていた。勝つというパターンの中で、ウルトラマンは怪獣たちをやさしく宇宙空間に戻していたのである。それが金城哲夫の無邪気なやさしさでもあった。
ウルトラマン。本籍地。沖縄。
やはり、私は、こう記入したい。』(実相寺昭雄「ウルトラマンを作った男」より)

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