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2006/09/18

南方熊楠 山神オコゼ魚を好むということ

南方熊楠の「山神オコゼ魚を好むということ」(+★藪薇獸辭團★×2)を「やぶちゃんの電子テクスト:小説・評論・随筆篇」に公開。

明治44(1911)年3月19日付で柳田國男は初めて南方熊楠に宛てて書簡を出す。

「拝啓。オコゼのことは小生も心がけており候ところ、今回の御文を見て欣喜禁ずる能わず、まだ御一閲下されざるかと存じ候旧稿一、御坐右にさし出し候。」(「旧稿とは柳田國男の「山神とヲコゼ」を指す。)で始まり、自身が始めた「山男」と「地名」研究への助勢を依頼し、かつて熊楠が『遠野物語』を論文中に引用したことを謝した上で、「今またオコゼの御説御表示下され候につけて、突然ながら一書拝呈仕り候。恐々頓首」と終わる。

ここに稀有の二人の創成期の民俗学者の交流が始まるのである。時に南方熊楠、44歳、柳田國男、36歳。そのきっかけは、まさに、この「山神オコゼ魚を好むということ」であった。

後に二人の離反については、種々原因が取り沙汰されるけれども、僕には熊楠の反アカデミックで、グローバルな思考は、所詮、柳田のような存在とは相容れない。しかし、熊楠が論文一つ書いていないから植物学者でないと言い捨てた牧野富太郎なんぞに比べれば、戦後、いち早く、南方熊楠の復権を唱え、全集刊行の企画を推し進めた柳田國男は、真に男であった。

熊楠をテクスト化していると、彼のように口が悪くなっていかん。

本作末尾の「山神絵詞」は、面白いぞ! やや意味をとりづらい所もあるが、使者たる獺が、オコゼ姫の不実を諫め、山神の切々たる思いを伝えんとする場では、思わず「獺屋!」とかけたい気になったわい。古文の勉強だ、教え子達よ、読むがよい。

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