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2006/10/14

歌舞伎「俊寛」の思い出

僕は歌舞伎を好まない。僕にはあの、歌舞伎の持つあらかたの、「不完全な役者としての生身の人間」の全てを、人工光の「白日」の下に剥き出しにした、その虫唾が走る猥雑なる「オーバーアクト」に耐えられない。逆に「文楽」や「能」の方が、心底に達するドゥエンデを、僕は見出せるのである。

それでも、「俊寛」だけは、生で二度、見ている。殆ど同時期に、中村翫右衛門と市川猿之助の舞台である。

猿之助は、その終局、潮満ちる喜界ヶ島を登って転げ落ちるというアクロバティックな演出に、すっかり興ざめしてしてしまった。彼は、まだ俊寛を演じられない。魂に於いてその齢を経ていないという直観であった。

翫右衛門のそれは、1980年の12月、前進座が初めて歌舞伎座での公演を許された、そうして殆ど翫右衛門の畢生の演技(1982年死去)であった点、僕の記憶によく残っている。赦免の舟の見えた折の、登場人物皆が、海浜に等しく並んで、スクラムを組む前進座的解釈は、やはりやや面映い気がしたものだが、軽業師の猿之助に比すれば、いぶし銀の翫右衛門は、俊寛を演じるために生まれてきたかのように、自然体であった。そうして、眼目は(ご存知の方も多いであろうが)、潮満ちる喜界ヶ島の崖上のエンディングにある。一人残された俊寛が急速な黄昏の中、ぱきっと木の枝を折り取って、その陰に微笑むのである。僕が芥川龍之介の「俊寛」を打ち込みながら考えていたことは、とりもなおさず、この笑みであったのだと今、分かる。僕は、この笑みを十全に「解析」することはできない。教条主義的な劇評では「若者の未来に希望を託す俊寛」等というクソみたようなものもあり、原典に表われた凄愴にして慄然とするまでの諦観とも言われるであろう。しかし、僕はあの、「翫右衛門の俊寛の笑み」に今も心打たれ続けている。同じ解釈の息子の梅之助のものも映像で見たが、残念ながら、彼には遂にその域に達していない。やはり、あれは翫右衛門一世一代のドゥエンデなのだと、僕は思うのである。

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