フォト

カテゴリー

サイト増設コンテンツ及びブログ掲載の特異点テクスト等一覧(2008年1月以降)

The Picture of Dorian Gray

  • Sans Souci
    畢竟惨めなる自身の肖像

Alice's Adventures in Wonderland

  • ふぅむ♡
    僕の三女アリスのアルバム

忘れ得ぬ人々:写真版

  • 縄文の母子像 後影
    ブログ・カテゴリの「忘れ得ぬ人々」の写真版

Exlibris Puer Eternus

  • 吾輩ハ僕ノ頗ル氣ニ入ツタ教ヘ子ノ猫デアル
    僕が立ち止まって振り向いた君のArt

SCULPTING IN TIME

  • 熊野波速玉大社牛王符
    写真帖とコレクションから

Pierre Bonnard Histoires Naturelles

  • 樹々の一家   Une famille d'arbres
    Jules Renard “Histoires Naturelles”の全挿絵 岸田国士訳本文は以下 http://yab.o.oo7.jp/haku.html

僕の視線の中のCaspar David Friedrich

  • 海辺の月の出(部分)
    1996年ドイツにて撮影

シリエトク日記写真版

  • 地の涯の岬
    2010年8月1日~5日の知床旅情(2010年8月8日~16日のブログ「シリエトク日記」他全18篇を参照されたい)

氷國絶佳瀧篇

  • Gullfoss
    2008年8月9日~18日のアイスランド瀧紀行(2008年8月19日~21日のブログ「氷國絶佳」全11篇を参照されたい)

Air de Tasmania

  • タスマニアの幸せなコバヤシチヨジ
    2007年12月23~30日 タスマニアにて (2008年1月1日及び2日のブログ「タスマニア紀行」全8篇を参照されたい)

僕の見た三丁目の夕日

  • blog-2007-7-29
    遠き日の僕の絵日記から
無料ブログはココログ

« 2006年12月 | トップページ | 2007年2月 »

2007/01/31

芥川龍之介 保吉の手帳(「保吉の手帳から」初出形)

芥川龍之介「保吉の手帳」を正字正仮名で「やぶちゃんの電子テクスト:小説・評論・随筆篇」に公開した。これは人口に膾炙している芥川龍之介の「保吉の手帳から」初出形を目指したものである。そうして、僕の昨日からの発見を語るための、必要条件のテクスト公開でもある。

僕は、言っておく。思いつきで仕事をしやしない。好きで好きで仕方がないこと以外、僕はしたくないし、やれと言われりゃ、文句を言われない程度には、核心の部分に、美事に手を抜いてやる。

「俺達の勲章は生徒以外にはない」

と僕は鮮やかに言い切れる。僕はそれで心から「本望」である。

2007/01/29

芥川龍之介 寒さ

芥川龍之介「寒さ」を正字正仮名で「やぶちゃんの電子テクスト:小説・評論・随筆篇」に公開した。今日、僕はある新しい二つの発見をし、幾分か自身の鼓動を聴いている。そのためには、まずこの作品をアップする必要があった。この二つの発見は、この作品の中に、ある。それをこれから語るには……溜息ばかりの忙しさ……さてもそれは、また、次回のお楽しみとしよう。書きたくてしょうがないほど、なのだけれども……

2007/01/28

森ヲ見テ木ヲ見ザルコト

針葉樹の純林であるタイガは即物的に美しい。しかし、樹林の中には、光は差し込まず、ほとんどの広葉樹は死に絶え、数千キロ先まで、同一植生と単一土壌が広がる。それは植生推移の極相であり、非可塑性の生物多様性の全くない環境である。同じ木、同じ味の土。それを人は時に錯覚して美しいと感じるが、コリマ街道の収容所でタイガを見つつ、死んでいった同胞達は、そこに滅びの美を見たとでも思うか? 美しい透明度に富んだ南の海洋が、貧栄養海であることは、僕らに皮肉な事実を突きつけるであろう。サンゴ礁の海は、その透明度故に守られるべきだなどと思ってはいないか? ローレンツの「攻撃」を読むものは、そこに驚天動地の人種差別主義者としての彼を見出すであろう。かわいい動物の幼体は、そのかわいいさ故に攻撃されないのか?

今、僕らは、故事成語の逆をやっている。美しい均整のとれた森ばかりに感嘆と讃歌をあげながら、その森を構成している一本一本の木を、見ない。それらの木は、一見、普通に立っているように見えながら、その90%以上が線虫や菌類に感染され、維管束を着実にずたずたにされつつある。いつか近い将来、その広大な純林は、完膚なきまでに一気に枯れる。そうしてそれを齎し爆発的な増殖をした寄生生物も、寄生すべき対象を失い、今度は、自身の飢餓による、彼ら自身への更なる寄生生物や小型細菌やウィルスの感染を招き、そうしてその生物群総体がそこから完全に消滅するのである。最後に広がるのは、永遠の不毛の大地だ。勿論、地球生物の歴史においては、人類の言うけちくさい「永遠」など、たった一時に過ぎない。だが、気の遠くなる時間の果てに、そこに新たな生命の回復する時、我々は確実にいない。いないとすれば、それは我々にとって「永遠」と言ってよいのだ。

今、世界も、国家も、学校も、すべてはそのような森と化した。人類も、国民も、生徒も、すべてはそのような病める一本の木である。  

「虹色のトロツキー」余談

安彦良和の「虹色のトロツキー」は、僕の妻(南京大学日本語科で一年間日本語を教えた)の大先輩で、現在も、中国の大学で経済学と日本語をほとんどボランティアで教えている先生(日本人)に頼まれて買い送り、ただのメッセンジャーも何なので、後学のために、もう一セットかっておきながら、書庫に放っておいたものだった。

この先生は、不思議な人である。既に10年以上に渡って、中国の学生のために講義をしている。貧しい学生のためのスカラー・シップまで私的にお作りになっている。何度か、お話をさせて頂く機会があったのだが、魯迅にも造型が深い。彼が何故、私財を投げ打ち、自身の第二の人生をこのような形で送っておられるのか、笑ってお答えにはならない。中国政府も、実はそれが分からない。逆に、そうした純粋な善意の背後に、疑心暗鬼を生じて、彼の思想的背景を疑ったりしているようだ。「虹色のトロツキー」の中で、満州で生まれ育った日本人が、中国人が「偽満」と呼称する「幻想の理想」国家への帰属意識、自己同一性を持っていることを知る時、僕は朝鮮で生まれ、育ち、敗戦時に想像を絶する辛酸を舐めて、あらゆる失意や絶望の内に帰国した先生は、今も大陸人としてのアイデンティティを不断に持ち続けているのではないかしら、という思いが掠めるのである。

本作の近代史オールスター総出演、南船北馬の大陸の縦横無尽なロケーションが頗る壮観であることは、まずはお読みになるに若くはない。僕のような、近現代史に疎い人間でも、一秒たりとも飽きさせることがなく、読者側の知識が貧困でも、相応にそれをくすぐって、充分に楽しませてくれるエンターテインメントに仕上がっている。

僕はそうした、最もレベルの低い読者の一人であると自認するが、一つ、読み進めるに感じたことは、史上、謀略家として悪名高い辻政信についてである。勿論、その存在の、独自な歴史的解釈への感懐や批評ではない。彼の写真を見ると、本作での彼の風貌は、よく実像を捉えながら、カリカチャライズされている。ところが、その二つを見比べながら、石原莞爾の非現実的な理想主義の幻想東亜思想を指示しつつ、そこに強引な戦略で猪突猛進することにエクスタシーを感じている、アブナイ男、おぞましく慄っとさせる存在でありながら、どこかに不思議な魅力を感じさせる、このトリック・スターは、実は、安彦良和がかつてその下で働いた、その死に際してさえ、アニメーターとしての仕事を宮崎駿に「すべて間違っていた」と言わせ、日本の錯誤的アニメーション認識の元凶として、完膚なきまでに批判される手塚治虫先生そのもののカリカチャライズではないか、と思われてくるのである。そう思い込むと、これはもう、ほとんど神経症的な確信のようにして、読み進める僕の意識を冒してきた。

繰返すならば、この魅力的な「虹色のトロツキー」を語るには、僕は余りにも無智であると思う。しかし、目くるめく面白さの中で、先の妻の恩師のことと、自身が持ったこの病識だけは、何故か記述しておきたかったのである。

2007/01/27

芥川龍之介「奉教人の死」参考資料 斯定筌著「聖人伝」より「聖マリナ」

芥川龍之介「奉教人の死」参考資料として、斯定筌( Michael Steichen 1857-1929 )著「聖人伝」より「聖マリナ」を正字正仮名で「やぶちゃんの電子テクスト:小説・評論・随筆篇」に公開した。

僕はこれが「奉教人の死」の原典であることを疑わない。芥川龍之介が二重に読者を欺いたのは、彼らしいし、僕はそれが「奉教人の死」という創作世界の『戦略』であったと思う。それに対して腐った倫理的是非を云々するのは、腐りきった文学研究者の仕事に任せることとしよう。

しかしながら、僕は、今日一日を潰したこの孤独な仕事に、それなりの満足感を持っている。かつて、熱心な「文学研究」青年ではなかった(今もそうでは、ない)僕は、噂に聞く原典を読んでみたいと思いながら、この年になるまで、「聖マリナ」を披見することはなかった。高校生や、「僕のように」不精な学生が、僕のこのテクストで「聖マリナ」を読む時、その彼等は高校生であった、そうして、不精きわまる学生であった僕自身となる。素朴にして激烈な共感である。

『シレエヌのヴェニコス像』考 2

昨日も、意識の片隅で、ずっと『シレエヌのヴェニコス像』がぶら下っていた。同僚の内、唯一私が尊敬する図抜けた才能を持つ方にも聴いたが、聞いたことがないと言う。

そもそも西尾はF子の女体の「豊満と優雅の驚くべき合致」を示すものとして『シレエヌのヴェニコス像』と「ボッティチェリの描いた『聖母像』式の顔」を並列させている。されば、これは『シレエヌのヴェニコス像』が、「ボッティチェリの描いた『聖母像』」と等価、即ち、人口に膾炙した後者の画像に匹敵する著名な作品ということである。そして、この『 』表記から推測するに、絵画ではなく、彫刻が疑われる。されば、それこそ「ミロのヴィーナス」の異名ではないかと思われるのだが、多言語検索をかけても、「シレエヌ」や「ヴェニコス」に一致する綴り字は発見できなかった。

また、行き詰った。

2007/01/25

骸骨 不明語句残り一つ

不明語句を4つ残したまま、昨日公開した西尾正の「骸骨」の後注の内、3つを自力で解読した。久し振りに、仏和辞典を真剣に引いた。

残すところは、後注の9、

『シレエヌのヴェニコス像』

「シレエヌ」はフランス語 Sirènes で、ギリシャ神話の女怪「セイレーン」のことであろうか。すると、「ヴェニコス」はセイレーンの一人の名と言うことになる。それとも、全くの勘違いで「シレーヌ」は造型作家の名前か。いや、その像の出土した地名なのか。ギリシャ彫刻の呼称表題だとすれば、丹念に欧文のリストを検索すればいいのだろうが、落ち着いてそれをする時間が、如何せん、ない。お分かりの方が居たら、是非、ご教授をお願いしたい。

2007/01/24

西尾正 骸骨

西尾正「骸骨」を「やぶちゃんの電子テクスト:小説・評論・随筆篇」に公開した。久々に新しい作家の電子テクストである。

この作品には、事の外、深い思い入れがある。

大学1年の時、僕は鎌倉の郷土史研究に没頭していた。鎌倉に関わった作家の鎌倉を舞台にした作品を貪るように読んでは、交通費節約のために、林檎一個を一日の食い物にして、渋谷の3畳間の下宿から鎌倉に出向いては、山野寺社仏閣を気儘に跋渉したものだった。

そんな中で、さる鎌倉近代文学関係書の中にあった、推理小説界の芥川龍之介と異名をとったという彼に、異様(ウトレ)に惹かれた。大学の図書館で、その由比ヶ浜を舞台とした「骸骨」をレファレンスすると、大宅文庫の「新青年」そのものを読むしかないと言われて、呆然とした。図書館司書の資格を志したのはその年の暮れで、とても当時は、ジャーナリストの名を冠した有難そうな所へとても行ける都会人では、僕はなかったのだ(大宅文庫は後に、床が抜けるほどに有象無象のどうしようもない雑誌まで蒐集している、どうってことのない気軽な文庫であることを知ることになる。だって、僕の駄文である小説「雪炎」の載った大学のクラス雑誌も、今、大宅文庫に入っているのだもの。永久保存で)。

ところが、その翌年の春、渋谷の本屋で手に取った鮎川哲也の「怪奇探偵小説集」(既にカバーを失っているが、映画の「エクソシスト」の場面を無断流用して、ドラキュラ然とした男の横顔のモンタージュという、完膚なきまでにキッチュな装丁だったと思う)に、これを見出した時、僕は快哉を叫んだ。ちなみに、挿絵は30代になってとことん耽溺することとなる花輪和一であった。この挿絵、どれも一見、忘れ難い秀作だ。

しかし、この衒学的な、これといって驚愕のない小説のどこが、因縁かって? 小説としての意外性は、まるでないかも知れない。しかし、この由比ヶ浜に消えてゆく吉田の姿は、西尾の鼻につくペダントリーをふと忘れさせるほどに、僕は、好きなことは事実なのだ。

いや、正直に言おう。そんなことはどうでもいいんだ、それは僕の因縁の核心ではない。

……僕は、これを読んだ、その年の3月、終電で鎌倉に赴き、まさにこの吉田が入水した場所で、寒風の砂浜に坐ったまま、朝まで、打ち返す吉田が死んでいった、「その海」を見つめていたことを、鮮やかに思い出すのだ。

一人では、なかった。

僕が、生まれて初めて、心から結ばれたいと思った女性と共に、朝焼けの空になるまで、見ていた。ただ、見ていた。ただ、朝まで。打ち返す波の波頭を……。彼女のために、確かに言おう、ただ、見ていたのだ。

それは、確かに僕の、馬鹿馬鹿しいほどに、純粋奇体な青春だったと言ってよい……。

本テクストは、異例の公開をした。外来語の後注の一部に、不明な箇所を残してある。僕は勿論、不断に調べるが、もしお分かりになる箇所があれば、どうかメールなりで御教授願えれば幸いである。

ともかく、これは、僕の青春の墓碑銘であることに違いはない。愚かにして、笑われるべき……たかが/されど……

……僕と同じように、西尾正の「骸骨」を読みたいと感じる「いけない」「みすぼらしい」青年に、僕は、僕のテクストで読んでもらいたいと、ふと「愚かにも」思ったのだ……。

2007/01/23

30000アクセスのための自己拘束

今日、遂に「和漢三才図会」の原本全105巻81冊を完全収録したCD-ROMを入手した。南方熊楠が幼少の時にやった暗誦筆録には及ばぬが、僕は僕に、この作品の電子テクスト化を課すこととしたい。もう少し、生きなければとても出来ないから、それは耳も不自由になって、スキューバー・ダイビングの夢も果てた自分への、ささやかな自己拘束である。もう少しだけ、自分の人生を先延ばしにしたくはなった。

ブログ・アクセス30000

只今、アクセス解析開始2006年5月18日より30090アクセス。一日平均120アクセス。ありがとう、皆さん。もう少しだけ、生きていけそうだ。

☆単独ページ・アクセス・ランキング
第1位
「詩一篇」伊藤静雄
第2位
怪獣使いと少年
第3位
宮澤トシについての忌々しき誤謬
第4位
僕が教師を辞めたい理由
第5位
尾崎放哉句鑑賞

僕としては、意識の拡散する単発の記述より、カテゴリにしている

忘れ得ぬ人々

が、手前味噌ながら、読んでもらいたい一連の叙述だとは思っている。どうか、少しだけ飽きずに、もう暫く、いや、実にもう暫くだけ、淋しい僕に付き合って頂ければ、恩幸これに過ぎたるはない。

2007/01/22

ペコちゃんを追放する者共に、死を!!!

この騒ぎはゆゆしき事態を惹起している。本当に死活問題であるのは、不二家の下請けであり、特約店であり、そこで働くアルバイトやパートであり、そうして何よりペコちゃんなのである。上層部は経営利権の喪失だけを問題として、菓子文化の何たるかを全く理解していない最下劣なプチブル集団に過ぎない。恐らく内部告発によるものである以上、不二家という組織の、経常的な腐敗した管理の爛れは充分、明らかだ。その膿は膿として、出せ。それはそれとして、我々は甘受する覚悟がある。

しかし、それでも我々は断固として無垢のペコちゃんを守りたいのだ。

我々の時代にあって彼女は、年に何度しか口に出来ないケーキという「至福」の象徴以外の何ものでもない。不二家パーラーは、少年少女が憧れた、サンスーシだったではないか。私は30有余年、不二家のケーキを、最早食べてはいない。それでも、不二家のケーキは、いや、それに繋がるペコちゃんという「存在」は、このおぞましき望みなき現実世界にこそ、あらねばならぬ、失われた薔薇色未来のヴィーナスで在り続けているのだ。それがプエル・エテルヌスの(はっきり言っておく。「永遠の少女」にゼッタイ負けない自負を持って)飽くなき悲願である。

僕は賞味期限が百年前に切れたものを持ち出そうとする教育再生会議答申や、消費期限も剥がれた腐臭芬々の安部現政権への怒りと等質の怒りをもって、「僕たちのペコちゃん」を奪い去ろうとする蠻人への戦線布告をはっきりと表明するものである。

私は胸を張って言う。

49歳の今になっても、素面でペコちゃんの頭にふっと触るのを、人生の至上の愛としているのだ、と。

ペコちゃんを追放する者共に、死を!!!

2007/01/21

芥川龍之介 漱石先生の話/夏目先生

芥川龍之介「漱石先生の話」「夏目先生」近似した二種を正字正仮名で「やぶちゃんの電子テクスト:小説・評論・随筆篇」に公開した。

今日は誰か、忘れられていた古い友達でも来たのだろうか。本日アクセス数が510と異様な特異点を示し、且つその内の2時間半に集中した450アクセス近くは同一人物である。誰かな? ちょっと気になる。「御機嫌よう♡」

芥川龍之介 三つのなぜ

芥川龍之介「三つのなぜ」を正字正仮名で「やぶちゃんの電子テクスト:小説・評論・随筆篇」に公開した。これは当然、アフォリズムの一つと捉えるべきものであり、片山廣子との関係の中でも、これは落としてはならないテクストで、遅きに失した。ソロモンの詠う後の詩(前者は旧約聖書「雅歌」の第二章及び第三章にかけての詩句である)は、まさに芥川龍之介の、あの「相聞」以外の、何ものにも通底しないではないか。

このテクスト作業を、僕はエンリオ・モリコーネのNHK「ルーブル美術館」挿入曲「小さな灯火が宇宙を照らす」をエンドレスで聴きながらやっていたのだが、思わず、「一」「二」と打ったところで、図らずも落涙してしまった。そうして、ふとこの「二」の後に記された、日付に気がついた。

大正15年4月12日。

この2日後の4月14日、芥川龍之介は小穴隆一に自殺の決意を告げている……

芥川龍之介 槐 附 久米舊交囘復のくさびに

芥川龍之介「槐」及び「久米舊交囘復のくさびに」を正字正仮名で「やぶちゃんの電子テクスト:小説・評論・随筆篇」に併載して公開。一見異なったテクストを併載した理由は、注を参照されたい。

芥川龍之介「槐」の方は、俳句絡みということで掲載したが、実は僕は槐という木が、というかその名前、というか、その漢字が好きなのである。

槐 Sophora japonica には、因縁がある。

高校1年生の時に、アウトローに入り浸っていた喫茶店の名前が「槐」だった。煙草を外で吸わないなら、ここで好きなだけ吸えと言うおばちゃんが経営者だった。こんな不良になりきれない青年の相談役(不良の元締めみたような悪婆は多いが)になってくれる気骨あるおばちゃんは、いや、絶えて久しい。ここの御蔭で、僕は15歳で「えんじゅ」が読めて、それがマメ科の巨木であることを知った。

高校2年の時に、耽溺していた六朝や唐代の伝奇小説で、「槐の精」に出会った。樹齢長く、巨木なればさもありなんと合点したのが16の時だ。

そうして、どこであったか忘れたが、20の時に、これが槐という木を東京のどこかで見上げていた記憶がある。……

……それから更に20年後、敦煌からの帰りに立ち寄った北京で、僕は、芥川龍之介の見た、槐を見たのであった……「えんじゅ」とは不思議に神秘的な発音ではないか……

2007/01/19

不適格教員自己申告制度

不適格教員を教壇に立たせない等と言う、生温いことを言うな。不適格ならば立つ資格は、ない。だから辞めさせよ。そうして、教員一人一人に、自己申告をさせよ。「私は適格教員です。校長にも、教育委員会にも、文部科学省にも、決して不安を感じさせない、私はあなた方の意思に十全に沿った『適格教員です』」と自己申告させよ。それで、いいだろ。だって、誰が査定するんだ? 教員として僕よりろくに教壇に立ったこともなく、つまらない授業しか、してこなかった奴に査定はちゃんちゃら可笑しい、噴飯下血嘔吐陣痛だ。反論があるなら、降格して、僕たちに、いいや、生徒達に、『これが授業だ!』という授業をやってみろよ、いつでも、コイ! 貴様! ああん?。

そこで、今日考えたこと:

この人類に致命的な危機が来るとして、生き残る候補の人間たちを募った中で、真っ先に生き残りたいと手を挙げたのが、神父であり牧師であり僧侶であったとして、彼らが「私は人類の貴重な生残りの大切な一人なんだ! いや、教えを必要とする一人でもいる以上、私は死ねない!」と声高に堂々と言ったら、君たちは、どうする? 僕は一番に、そいつらをざっくりと斬り殺すがね。人類に、そんな「『自ら犠牲になることも想起の端にもありゃしない』宗教者」なんざ、いらねえ、ってことだ。そうして、それは教員も、同じだよ。コルチャック先生を初めとする「真の先生」達の存在を考えよ!

最後に言っておく。

僕はものの美事に不適格教員だ。僕はそれを誇りに思う。何故なら、僕はまず不完全なる「人間」であることの自負と自律に於いて、確かに人を教え得る、人は「かくあってはいけない」という「人間」であるからだ。それは、残念ながら、言い古された反面教師ではない。逆説的に言えば、教師とは、何より「真の大凡夫」であることが望まれるということだ。誰とも同じか、それ以下であることを自覚しない「人間」は、自身の「人間」としての自己同一性を失った、最下劣にして哀れな、バカ、だ。

「聖職の碑」だあ!? 僕は確かに生殖器は拭えぬ「碑」として持っているがな。 

僕は、教師である前に、もっと昔から、おぞましき=素敵な「人間そのもの」であったのだ。これは、僕の「覚悟」なんだ、耳かっぽじってよく聞きやがれ! 最下劣野郎共!

2007/01/18

梶井基次郎遺稿全小説集 完成

『梶井基次郎遺稿小説集』に最後の「温泉」を追加し、『梶井基次郎遺稿全小説集』と改名する。この遺稿全集、かなりオリジナリティが、あると自負する。ご笑覧あれ。

さあ、どうするよ?――体罰天罰分別ゴミ

教育再生会議、「体罰」の定義見直し…政府に要望へ
 政府の教育再生会議(野依良治座長)は、学校教育法で禁じられている「体罰」について、政府が過去に示した定義の見直しを求める方針を固めた。

 来週にもまとめる第1次報告に盛り込み、安倍首相に提出する予定だ。報告には大学の9月入学導入の促進や高校での奉仕活動必修化も明記する。

 「体罰」の定義については、1948年の法務庁長官(当時)通達で事例を挙げて説明。<1>授業中、怠けたり授業を妨害したら教室外に退去させる<2>遅刻したら教室に入らせず廊下に立たせる<3>トイレに行かせなかったり食事時間を過ぎても教室に残す――ことなどを禁止している。49年に通達とほぼ同内容の「教師の心得」(7項目)が発表され、現在まで適用されている。

 再生会議の議論では、義家弘介担当室長が「現状では教師は毅然(きぜん)とした指導ができない。両手両足を縛って『戦ってください』と言うのは無責任だ」として、通達の見直しを提案。ほかの委員からも「軍隊上がりの教員が多くいた時代の通達で現代にはそぐわない」などの意見が出て、第1次報告に見直しを明記することが固まった。

 学校教育法は11条で、教育上必要があると認められる場合、教員は児童や生徒に「懲戒を加えることができる」とした上で、「体罰を加えることはできない」としている。

(2007年1月17日20時29分  読売新聞)

何じゃあ、こりゃあ?(ジーパン刑事風に) どうするってえんだあ? 教師連中、個人情報と「生徒のために」と声高に叫びつつ、その実、愚劣な自己保身に汲々としていた昨日迄とは訣別して、明日からは、ウ~ン♡ 愛の鞭よ♡ ビシっとね♡?――本当かい阿藤快? いやいや、不祥事起せば管理職は、ありがた~い管理職手当を全額返上なんだから、迷惑千万吐糞症、下血拳骨菊花の約――否! 否! そんな吝嗇生温臭きことでどげんするとや!(誰より「キョー育者」武田鉄矢ダイ「先生」の口調で) ハイ! 「愛国心」を持って国家のために犠牲になるというような心を持った生徒を育成するのは、当然の新しきエシックス――それは自民党も民主党も公的に発言し、望んだことなのですから、あなた方は鮮やかに気持ちよく満足して死なねばならないのです、何より「覚悟」です! みんなで、お国の為に死ぬ覚悟を養いませう! この自然破壊で完膚なきまでに瓦解したおぞましき「美しき日本」といふ(川端ダイ先生口調で)「誰(たれ:濁音はいけませんよ! 大和民族は清いのです。そうしてこそ漢文では強調句形となるのです!)もが愛する国家」のために。石原慎太郎ダイ「先生」だって、そのために日夜、御自身や才能なき哀れな御親族のために湯水のように涙を呑んで血税をお使いになりつつ、それでも日々「愚民たる国民」のための憂国の思いに浸っていると、御自身心底強迫観念としてお思い込みになっていらっしゃって下さっているのではありませんか、 豪華なホテルとヨットの上で! その昔、寺山修司が皮肉を込めて「寿いだ」ようにね。御唱和を! 堕遺日本低国晩裁!

追伸:純粋に新聞学的に――なんだ、この上の記事は? 不達意の極み、噴飯下痢便痔瘻ものだ。新聞記者がこんな書き方しか出来ないから、日本はダメになる。総理でも、政党でも、学校でも、家庭でも、何でもないんだ、俺たち一人一人が、救いようもなく最下劣なんだから、「何もかも」ダメになるのは当り前だのクラッカー、なんだ!

2007/01/17

梶井基次郎遺稿小説集(続々)

『梶井基次郎遺稿小説集』として「雲」「籔熊亭」の二篇を正字正仮名で「やぶちゃんの電子テクスト:小説・評論・随筆篇」に公開した。ココログのメンテナンス中に三編を追加している。以下にそれも含めて表題を掲げる。

「海」

「藥」

「交尾」

「雲」

「籔熊亭」

残すところ、「温泉」一篇のみである。

オリジナリティを殊更に標榜する気持ちは更々ないが、資料を虚心に見ても、これがまともな仕事かと、素敵に腹が立ってきて、僕なら、こうはしない、という思いがいや増して、勢い、注釈と恣意的なテクスト操作をせずにはいられない。誰とは言わぬ。今や、小説家として誰も君の作品など読まぬにしても、せめて後人に自身の友の光輝の血肉を伝へんと志すならば、もっと出版社をビビらせるに足る迂遠な校訂をせよ。その覚悟がないのなら、全集の編者など、引き受けるな、と僕は言いたい。

メンテナンス中の鬱憤2

またしてもココログのメンテナンスがあった。その間のミクシイ・トップページへの記載をメモランダとして残す。

★期間限定★ブログのメンテナンス中のモノローグ★
★1/16 10:00 『梶井基次郎遺稿小説集』として「海」「藥」「交尾」の三篇を正字正仮名で「やぶちゃんの電子テクスト:小説・評論・随筆篇」に公開した。★
★1/16 10:05 今、完全に安彦良和の「虹色のトロツキー」にハマってしまっている。この漫画、読み終わりたくないのだ! いや、「凄」の一言である! 「最終戦争論」で石原莞爾は只者ではないと思っていたが、まさか満州の建国大学にトロツキイを招聘しようとしていたという事実には驚くばかりだ。思うに彼は軍人版宮澤賢治なのではなかろうか(同じ国柱会で、石原の東亜思想はどう見ても日蓮宗に裏打ちされている)などと、今日一日夢想していた。★
★1/16 11:33 今朝の「朝のバロック」でバッハのパルティータが流れていた。この素晴らしい演奏者が誰だか、知っているのに、どうしても言い当てられなかった。終わって「リパティ」とアナウンサーがコールした瞬間、僕は中学校の時、最初に失恋の時と同じ悔しさを、感じたのだった。★

2007/01/16

セリーヌ墓碑銘の神話

僕はそれを、中学時代、中央公論社の「夜の果ての旅」を読み終わった後、その解説で読んだ。ルイ=フェルディナン・セリーヌ墓碑銘には、ただ一言、“non”とだけ刻まれている……ところが、というのは、残念ながら生田耕作の創り上げた神話であったとは……実に僕は35年間も騙されてきたわけか……しかし、ここに記された大嫌いな小林秀雄の「それを信じるほどわれわれも立派であって良いのではないか」という語に、何故か、限りなく許せるものを感じたことも事実である。

ものをよむひと(ここは素晴らしいサイトである。ツェランの訳詩!)

S波

319353197_180 セントロイド時刻:2007-01-16 03:18:00
セントロイド緯度:34.9N
セントロイド経度:138.9E
セントロイド深さ:180km
Mw:6.0
走向1/走向2:176.5/80.6
傾斜1/傾斜2:85.7/36.2
スリップ角1/スリップ角2:54.0/172.7

(すべて教え子のブログから転用 ありがとう♡林♡)

2007/01/15

明日へのずるい近道はないよ

――明日へのずるい近道はないよ

って宇多田ヒカルが言うと信じるわけか? いや、それを聴きながらこれを打っているわけだが……

対偶を考えよう。

――昨日への正しい遠回りはあるよ

こっちの方が教訓染みていなくて、それでいて何だか真実を語っている気は、しないかい?

考えるな! 感じるんだ!

僕は 「分かったように考え」 たくないのだ

僕は 感じるままに怒り 悲しみ 笑いながら

その自分の「怒り」と「悲しみ」と「笑い」に

自分の『覚悟』と同等の『恍惚』を合わせ持っていたいだけである

そうした素朴でお目出度い覚悟と恍惚を 君がせせら笑うならば

どうぞ スキに薄っぺらなクールで生きるがいい

だが その前に 「その自分」を映像化しようじゃあないか

そうして その せせら笑う自分を映像化出来る人間だったら 僕は 君が  誰よりも好きだよ 

2007/01/14

梶井基次郎遺稿小説集

 『梶井基次郎遺稿小説集』と名打って、筑摩版旧全集の小説の遺稿全12篇の内、まず以下の6篇を正字正仮名で「やぶちゃんの電子テクスト:小説・評論・随筆篇」に公開した。ちなみに、この順番は、旧全集の遺稿部分の掲載順でもある。

「栗鼠は籠にはいつてゐる」

「闇の書」

「夕燒雲」

「奇妙な手品師」

「猫」

「琴を持つた乞食と舞踏人形」

残る6篇も、近日公開。このような断片でも、やっぱり梶井は、梶井であることをしっかりと感じさせる。美事の一語に尽きる。

2005年の7月5日にブログを初めて1年有半、この記載で記事数が丁度600だった。これだけ書けるだけ、生かしてくれたこの退屈な現世に少しは感謝するべきや。

2007/01/13

明治6年横浜弁天橋の人柱

明治6(1873)年の8月の或る早朝、西戸部監獄から、一艘の舟が、静かに大岡川を下っていった。その舟には、当時の異人相手のラシャメンが産み落とし、不良となって逮捕され、収監されていた混血児の少年ばかり4人が縛られたまま、乗せられていた。行く先は、竣工間近の弁天橋の工事現場であった。彼らは、何も分からぬ内に、そこに掘られた穴に突き落とされ、そのまま生きながらにして、人柱と、された……
……忘れちゃあいけない、明治6年の話だ、江戸の話じゃあ、ないんだ……そうして、弁天橋とは、ほら、学校の行き帰りにも見える、あの桜木町の駅からすぐの、そうだ、君も渡ったことのある、あの橋さ……そうして、あの、君の踏んだ足の下に……今もその少年たちは……「いる」のだよ……人柱として……

15年ぶりのゲーセン

両方ともに、朝から耳鳴り放題。午前中の耳鼻咽喉科に行く。

早過ぎた。開院まで時間がある。本屋も開いていない。ふとゲーセンに入ってみる。独身の頃には、酔って入っては、何万円もかけたもんだったな。告白すれば、おぞましい隠れ軍事オタクの僕は、シューティング・ゲームが好きだったのだが……眺めてゆくと、ショットガンと短銃タイプのものが並んでいる。しかし、前者はモビル・スーツ風のアーマードスーツ対ロボット戦闘ストーリーで、ガンダム見ないアニメ嫌いの僕は、触手が動かない。後者は、15年前にもあった、リロードにスクリーン外を撃たねばならないタイプのもので、実はこれは、僕が当時、苦手とした奴だった。対テロリスト・ストーリーだが、傍観していると登場するテロリストが無闇に重装備……だなあ、と一人ごちしようとしたところが、突然「何でテロリストがこんな重装備なんだ?」という台詞が機械から流れてきて……ちょっと面白いじゃん。ポケットに手を入れると100円1枚しかない(100円しか持っていなかったわけではない。右腕を骨折して以来、小銭を扱うのが億劫で、小銭をなるべく持たないようにしている。釣銭は全部、自宅の空き缶の中に入れてしまう習慣が身についてしまっただけだ。だから、両替するのも癪だ。)。

下のステップを踏んで、攻撃だ。さすがに、システムが複雑になっていて、よく分からない。足を離すと、何と遮蔽物に隠れることが出来る。うまくアイテムを獲得すると、マシンガン・ショットガンにもなる(というのは結局、やり始めて暫くして分かった始末だ)。それでも、何となく昔の勘が戻ってきた。1画面クリアーして、次はレギオンみたようなおぞましい虫がわらわら出てきて、それでも、結構、当るわい……気がつくと、後に、ガキ共のギャラリーが出来ていた。

100円ぽっきりで15分近く楽しんだから、初手合わせのゲームで、49男の仕儀としては、そう悪くなかった気はするが、中年男が黒装束に長い黒マフラー、黒の皮コートにハンチングで、朝もはよからゲーセンでぶっ放してれば、こりゃ、目立つわな……恥ずかしくなって、早々に退散した。……それにしても、何より、「右腕」でちゃんとショットできたのが、愚かにも嬉しかったな……僕の右腕も、まだ捨てたもんじゃあ、なかった、という訳さ……

南方熊楠 人柱の話 他(全集未収録含)

南方熊楠「人柱の話」を二種(全集未収録・初出稿・正字正仮名版)・(改訂増補された一般的に知られている版・新字新仮名版)、及び後者の注記という形で南方熊楠の「徳川家と外国医者」の、都合、三作品を「やぶちゃんの電子テクスト:小説・評論・随筆篇」に公開した。これは、実際に頭注を見て頂ければ分かるが、僕としては、かなり南方熊楠の電子テクストとして、特異なものとなったと思う。増補改訂版の「人柱の話」の注は、満足していない。後半の「甲子夜話」等の原文や「やぐら」について僕なりに言いたいことが山ほどあるのだが、とりあえず、「人柱の話」の知られることの少ないプロトタイプと、ハイパータイプのダブル公開で、南方熊楠の推敲の流れを見られる意義を重視し、本日公開とした。

2007/01/12

Happy birthday, HAL

Happy birthday, HAL9000...
I congratulate you on the 15th birthday of you...
I want to meet you who became a great “Puer Eternus”...
I ... love... You...

15サイノタンジョウビ オメデトウ......

ステキナ “ショウネン”ニ ナッタ キミヲ ボクハミテミタイ......

アイスル...... ヤブチャンヨリ...... ハル......

2007/01/11

南方熊楠 女性における猥褻の文身

南方熊楠「女性における猥褻の文身」を「やぶちゃんの電子テクスト:小説・評論・随筆篇」に公開した。この鳶の姐さん、僕は逢ってみたかったなあ……きっと、ぞっこん惚れちまうわな。

2007/01/10

南方熊楠 屍愛について

南方熊楠「屍愛について」を「やぶちゃんの電子テクスト:小説・評論・随筆篇」に公開した。つまらぬ時はやりたいことをほんの小一時間でもよいから集中してやるに限る。僕は、相変わらずの耳鳴りと愚劣な忙しさの中で、この作品の校訂作業をした僅かな時間と、行き帰りの列車の中で読んだ棘皮動物ウミユリの結合組織についての論文にのみ今日の安らぎを覚えた。さても、これもいつもの熊楠節(この度は猥雑調)炸裂だ。

2007/01/09

「宮澤賢治 トシ 日記 近親相姦 暗示」という検索

今日もこんな検索ワード/フレーズで訪ねてきた方がいる。「宮澤賢治 トシ 日記 近親相姦 暗示」。似たような検索ワード/フレーズで僕の所を訪ねてきた方は、この半年で20件を越える。僕は、その方々のためにだけにでも、「宮澤トシについての忌々しき誤謬」を書いた価値はあったと信じている(この単独ブログページはHPトップからのリンクを残している関係からも、私の単独ブログページアクセス数では特異点の一つである。今日までのこの単独ページへの訪問者数は150人を数える。勿論、トップページからの検索者も入れれば、誠に多くの方に読んで頂けたことを感謝している。ちなみに、僕のブログ全体の現在の一日平均アクセスは118回である)。私は賢治の心酔者でも、研究者でも、ない。ないが、なぜそのようなただの好事家に過ぎない僕が、このようなことを声高に言わねばならないのかということに、僕は現代文学研究者を称する者共の、「大いなるガサツさ」を、感ずるのである。自然科学者や社会科学者は、池内了が言うように、常に現実の社会への警告者であることを内包している、していなければ、科学者ではない。では、文学者はせめて、文芸という創造性の、その外延に自身の愛する作家への真の啓蒙者たらんとする覚悟を常に自覚するべきではないのか。単なる解釈のマスターベーションの墓穴にエクスタシーを感ずるしかないとすれば、文学者など、唾棄されるべき存在以外の何ものでもない、と私は思うのである。

追伸:文学に於ける宮澤賢治研究は、海洋生物学に於ける貝類学に似ている。貝類学は素人の研究家が頗る多く、貝類学以外の海洋生物学者は貝類に言及することを、事の外、恐れる。一家言ある、おそろしく限定された属に詳しい在野の好事家が無数にいて、ちょっとした同定ミスや主張に、鬼の首を捕ったように噛み付いてくるからである。Web上でも賢治のサイトは綺羅星の如くで、思うに、宮澤賢治の場合、彼を愛するということは、自身だけが愛する「私だけの賢治」であることを望んでいるのかも知れないという気がしてくる。そうした誘引物質を、賢治は、確かに放っていよう。されどまた、僕にとってはそれが、逆に警戒フェロモンとして作用しているのかも知れない。博物学者にして宗教家である宮澤賢治という文学的現象は、名実共に既にして示すことのできない「天才」であることは、確かである。

2007/01/06

芥川龍之介 風變りな作品二點に就て

芥川龍之介「風變りな作品二點に就て」を正字正仮名で「やぶちゃんの電子テクスト:小説・評論・随筆篇」に公開した。

この作品には多くの興味深い点がある。

芥川は、有名な「れげんだ・おうれあ」騒動を面白おかしく綴っている。しかし、これは更に、二重の芥川の我々への騙しであったことは、近年の「奉教人の死」の種本の考察によって明らかになってきた。しかし、それは、当面の僕の興味ではない。

まず、「風變りな」という条件をつけ、幾分、乗り気のないようなイントロ乍ら、その実、自身の文章上の好悪(というよりもその彫琢)から、かなり素直に、このニ作品を自身の好む(というよりも会心の)作品として挙げている事実に着目したい。「奉教人の死」は大正7(1918)年9月、「きりしとほろ上人傳」は翌年の3月及び5月の発表である。彼は、実にこの執筆時33歳から遡ること、凡そ6、7年も前の、デビュー後間もない26、7歳の折の作品を挙げているのである。さらに言えば、「奉教人の死」を芥川龍之介の代表作(というよりも好きな作品)として挙げる向きは多いが、どれだけの人が「きりしとほろ上人傳」を読み、どれだけの人が「きりしとほろ上人傳」の文体を芥川龍之介の作品の中でも図抜けていると称揚し、これを名作と挙げるであろうか。

さらに、この感懐が大正15(1926)年であることに、注意したい。これは自裁まで、まさに言わば「一年有半」の距離にある。この距離は、ただの結果ではない。小穴への自決の告白は(小穴の回想によれば)、このすぐ後、同年4月15日にあった。その時制を考慮すれば、この「將來どんな作品を出すかといふ事に對しては、」以下の叙述は意味深長である。「小説などといふものは、他の事業とは違つて、プログラムを作つて、取りかゝる譯にはゆかない。」と言う言は正直に受け取ってよいのか。そもそも彼は「併し」という逆接の接続詞をもってこれを続け、「僕は今後、ます/\自分の博學ぶりを、或は才人ぶりを充分に發揮して、本格小説、私小説、歴史小説、花柳小説、俳句、詩、和歌等、等と、その外知つてるものを教へてくれゝば、なんでもかきたいと思つてゐる。」と一気に綴る。この部分、恐らく、芥川龍之介を愛する僕やあなたには、少なくとも我々の知る表向きの芥川の文章として、やや奇異な印象を受けはしないか。そもそもこの「その外知つてるものを教へてくれゝば」という叙述は如何にも、彼の謎めいた求心と遠心のアンビバレンツを感じさせるではないか。

そうして、最後のアイロニイを見よ。

「斯くの如く、僕の前途は遙かに渺茫たるものであり、大いに將來有望である。」

もう少し考察を深めたいのだけれども、これより暫く、旅に出ねばならぬ。また後日と致そう。

2007/01/05

芥川龍之介 飜譯小品

芥川龍之介「飜譯小品」を正字正仮名で「やぶちゃんの電子テクスト:小説・評論・随筆篇」に公開した。これも僕が落としていたアフォリズムである。これが「翻訳」という名目を借りた、芥川龍之介のアフォリズムの一環であることは、一読、分明であろう。特に「三 鴉」は、後の遺稿「十本の針」の「三 鴉と孔雀と」に呼応する。

       三 鴉と孔雀と

 わたしたちに最も恐ろしい事實はわたしたちの畢にわたしたちを超えられないと云ふことである。あらゆる樂天主義的な目隱しをとつてしまへば、鴉はいつになつても孔雀になることは出來ない。或詩人の書いた一行の詩はいつも彼の詩の全部である。

閉塞した左耳は、今日、セカンド・オピニオンをとって再度精検をした。しかし、やはり耳鼻咽喉学的には問題はないという。しかし、この左前頭葉辺りにジーンと唸る音は、一体、何だろう。それは超自然の天啓か、黙示録的な鴉の警告か、はたまた心気の滑稽か……それにしても、「閉塞」という語感は実に、いい。啄木も自作に素敵な題名をつけたものだな等と、今更に、妙な感心をした。何とも言い難い脳内の音響を聴きながら……。

2007/01/04

芥川龍之介 近頃の幽靈/英米の文學上に現はれた怪異

芥川龍之介「近頃の幽靈」及び「英米の文學上に現はれた怪異」を正字正仮名で「やぶちゃんの電子テクスト:小説・評論・随筆篇」に公開した。特に後者は、旧全集では本文採用されていないもので、Web上でも、題名すら見あたらないものである。この「英米の文學上に現はれた怪異」を独立した作品として採用した経緯については、同テクストの冒頭の注を参照されたい。

左耳は、未だにジーンと唸っている。バッハのオルガン曲をかけて逆位相効果で誤魔化している。

2007/01/03

芥川龍之介 病中雜記――「侏儒の言葉」の代りに――

今年最初の電子テクスト、芥川龍之介『病中雜記――「侏儒の言葉」の代りに――』を正字正仮名で「やぶちゃんの電子テクスト:小説・評論・随筆篇」に公開した。しっかり、オリジナリティは守っている。未公開作品、正字正仮名、僕の注釈(特に作中の正岡子規の作品を同定引用した)。しかし、さても「侏儒の言葉」関連の小品は昨年中に網羅したと思っていた(「文藝的な、餘りに文藝的な」を除く)のだが、意外な見落としがあったことに気づいてアップしたと正直に言うのが、よかろう。しかし、「病中雜記」という標題から仕方がないと言えば仕方がないが、各節すべてが現実の病に関わらざるなく、芥川龍之介のアフォリズムとしては、やや異質である。

2007/01/01

2007迎春 又は 冬虫夏草新種Cordyloceps aurum Yaburonsky,2007 ラピュタダケ

謹賀新年

本年もHPblog共々御付合ひの程宜しく御願申上候

昨年より來駕せる賀状にのみ緩々と御返事致す事と爲すが故に御返事の遲く至ることと相成候間其を無禮也なんどと思し給ふ御方々は向後小生へ賀状差し出すは貴方の精神衞生上の不快素因と成れるは必定にて有害不利益御無駄に被成候付御廢絶されんことを願ふそも平時に拙blogを閲みされし御仁は殊更に唯薄き賀状一葉の必然を感じ得ぬもの也とぞ思ふが故に

……それでも内心、心待ちしている賀状も、実は、あるのだ。漫画家の教え子の、手書きの美事な毎年の擬人化した干支の絵(今年は猪八戒だ)は、心待ちの僕のコレクションである。

……今年は、もう一枚、ある教え子の手製版画。1/1。それは博物学的な垂涎を誘う美事な生物の絵だった。題名はないが、それは確かに

『M.C.エッシャーの描く“ペダルテルノロタンドモヴェンス・ケントロクラトゥス・アルティクラトゥス”に寄生した冬虫夏草』

なのであった。

僕は、この2007年最初の菌類の新種の冬虫夏草に学名をつける栄誉を有難く頂戴することにする。

Cordyloceps aurum Yaburonsky,2007 和名 ラピュタダケ

(冬虫夏草 被寄生種名 Pedalternorotandomovens centoroculatus articulatus

Cordyloceps_aurum_yaburonsky 追記:本種について、属名は Cordyceps ではないかという指摘を原画作者から受けたが、 以下の冬虫夏草のサイト等を参考に、ラテン語として真正な名称を使うことを、これには適応する。そもそもこれは新属を呼称してさえ、よいと、僕は、思うのである。ふふふ♪

ちなみに、この絵は、既に公開している“Happy birthday dear Alice.”の絵を描いてくれた女性と同一人物の作品である。

« 2006年12月 | トップページ | 2007年2月 »