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2007/02/06

井上英作兄へスメルジャコフの末裔より

兄 本当にこれは あなたの言葉として この僕の心を鋭く貫く

いかなる祖先の声か? この私の声は同じ時には生きられない、頭と肉体の声だ。私はもはやひとりの人間ではない。自分がいくつもの無限定の事物として感じられる。我々の時代の不幸は大いなる人間が存在しないことだ。我々の心の道は影に覆われている。声は聞くべきではないか。無用と思われる声でも。脳がいかに下水道や壁やアスファルトや福祉事業で詰まっていようと、虫の羽音も入れるべきではないか。我々の目に耳におおらかな夢の一端が見えて聞こえてよいではないか。ピラミッドを造ると誰かが叫ぶべきなのだ。実現するしないは大事ではない。大事なのは夢を育み、我々の魂をあらゆる所で果てしなく広がるシーツのようにのばしてやる事だ。世界が前を向く事を望むなら手に手をとって一つになろう。いわゆる健全な人も、病める人も。健全な人よ、何があなたの健全さなのだ? 人類は今、崖っぷちを見つめている。転落寸前の崖っぷちを。自由に何の意味があろう。あなた方が我々を正視する心を持たず、我々と共に食べ、共に飲み、共に眠る心を持たないなら。健全な人々がこの世を動かし、そして今、破局の淵に来たのだ。人よ! 聞いてくれ。君の中の水よ! 火よ! 灰よ! 灰の中の骨よ! 骨よ! 灰よ! どこに生きる? 現実にも生きず、想像にも生きぬのなら。天地と新しい契約を結び、太陽が夜かがやき、八月に雪を降らせるか? 大は滅び去り、小が存続する。世界は再び一体となるべきだ。ばらばらになりすぎた。自然を見れば分る事だ。生命は単純なのだ。原初に戻ろう。道をまちがえた所に戻ろう。生命のはじまりに! 水を汚さぬ所にまで! 何という世界なんだ。狂人が恥を知れと叫ばねばならぬとは!
母よ。母よ! 空気はこんなにも軽く顔にそよいでいる。微笑めばいっそう澄んでいる。

(「シネ・ヴィヴァン 4 ノスタルジア」パンフレットからアンドレイ・タルコフスキイ「ノスタルジア」より焼身自殺するドメニコの言葉 著作権関連:シナリオ採録者・田中千世子 字幕監修・吉岡芳子/柴田駿)

あなたの行為を正視することもなく、自身が狂っていることも忘れた生きる僕らは、救われるべき、対象では、最早ないだろう。あらゆる神仏は、寛容に過ぎた。兄よ、僕らというあなたを失い、そうして生き残った存在は、一週間前に話したユダ、スメルジャコフ、それ以下に成り下がったとしか、僕には思えない。

『自殺とは全ての行為と同じく一つの信条である。仲間達への信頼、仲間達というその存在、自我と他の幾多の自我との関係、そうした実在性への信頼なのだ』(Drieu la Rochelle “Le feu follet”

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