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2007/08/23

つげ風の僕の旅

秋田の八幡平で湯治してきた。

後生掛(ごしょがけ)温泉→新玉川温泉→乳頭温泉鶴の湯→乳頭温泉蟹場(がにば)の湯

後生掛はつげ義春が「オンドル小屋」で描いたのと同じ(あれはここより少し先の蒸(ふけ)の湯が舞台である)オンドルがあった。僕は旅館部に泊まったのでオンドルの建物には入っていないが、隣りの建物からちらと眺めた印象では、それぞれの場所は紐にタオルケットがぶらさげられただけで仕切られ、あの作品のような(但し、極めて明るく清潔な)素朴な湯治場の雰囲気を残している。湯も優しく、よい。翌朝の旅立ちの前に歩いた、背後に広がる地獄谷、その間近で吹き上げる泥地獄は圧巻である。丁度、地獄の中央辺り、盛り上がった部分に白い大きな十字架が立っている。ザビエル来日を記念して個人のご老人が立てたものなのだが、如何にも異様である。それは如何にもゴルゴダの丘のようであり、ここは如何にも「いんへるの」であり、それは如何にも東北の隠れキリシタンを想起させ、そうして如何にも――諸星大二郎の「生命の木」のロケ地のように思えてならないのであった。そういえば……僕にはこの後生掛の由来が如何にも不自然なのが気になったのだ(それには何か全く別の隠されたテーマがあるように思えてならない)。そのことは、また折を見て語ってみたいと思っている。

翌日、雨風を突いて八幡平の頂上までハイキングし、新玉川温泉へと下る。残念ながら、この「奇跡の湯」と呼ばれる強酸性の湯は皮膚の弱い私は5秒も入っていることが出来なかった。僕に「奇跡」は似合わないということが文字通り骨身に沁みて分かった。妻が入っている間、僕は地酒の「秀よし」を飲みながら「和漢三才図会」の章魚と烏賊の部分の書き下しを終え(次は大好きな海鼠ではないか)、窓の外のブナの森を渡ってゆく風を耳で感じる。つげなら、きっと、この「音」を絵に出来そうな気が、する。

三日めは乳頭温泉の有名所(雪崩で死人が出たという点でも)「鶴の湯」に立ち寄る。昨日の名誉挽回(?)、誠に涼しい湯である。僕が男湯の「白湯」「黒湯」(入り口は一箇所で中の脱衣所の左右で分かれる)から上がって下着をつけた直後、小学4年生程の真っ白なノースリーブを着た少女が、隣りの女風呂と間違えて、ガラリと入ってきた。おかっぱのその少女はパンツいっちょの僕と目を合わすと、小さくアッと叫んで、再び、扉を閉じた。その黒い瞳と白い歯が瞼に鮮やかに残った。――それは確かに「もっきり屋の少女」のコバヤシチヨジであった。

露天に内湯、打たせ湯と総なめにして、湯を上がり、タオル片手に前を流れる小さな橋を渡ろうとすると、左手のたもとに、あの少女がしゃがんでいた。僕と目を合わせると、覚えているのか、恥ずかしそうに眼をそらすのだった。そうして彼女は手の上の、川辺に咲いていたガクアジサイに似た白い花を幾つも載せたそれを、流れにぱっと放ったのだった。それは「紅い花」ならぬ「白い花」――この少女は、キクチサヨコでもあったのだ。

蟹場温泉の露天風呂は旅館から50m程離れたブナの森の中にぽつんとある。付いてすぐに入りに行った。暫くすると立ち寄りで、見るからにヤクザのチンピラがスケを連れて(ここは混浴である)やって来た。露天の中で煙草は吸うわ、ビールは飲むわのやりたい放題。果ては雨が降ってきたので、狭い屋根の張り出しの下に居た僕に向かって煙草の箱を投げつけて追い出しにかかった。箱は当たらず、僕は十分浸かってもいた(僕は元来平常時でも心拍数70を越え、それほど長い間湯に入っていられない性なのである)ので、悠々と上がったが、直前に来てろくに浸かってもいない温泉ライダー風の青年は、如何にも情けなさそうに、僕の後に続いて上がってきたのだった――おや? さても、この話、まさにつげの「オンドル小屋」に似てはいないか?

昨日早朝、立ち去るに際して、無人の露天に再び浸かる。ブナの森を渡る風をまた体感した。揺らぐブナの木々や枝を透かした向うにまた在るブナのその揺らぎは不思議だ……タルコフスキイが「鏡」で描いたようなスローモーションで渡る風が「直に」見られるような錯覚――いや、ここはロシアの大地なのかも知れない――そんな「静謐」が僕を包んだ……

こうして僕の短いつげ風の4日間の夏休みは、終わった。

僕は心の中で呟きながら――山を下りました――

――頑張れ チヨジ

――頑張れ チヨジ

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