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2007/09/30

碑銘三章 増田晃

    碑銘三章   増田晃

   ○自爆三勇士の碑銘

日の御(み)いくさが進むべき路ひらかんと
自らを爆せしそのかみの勇士らここに眠る。
櫨こぼる久留米に産れ、仆れて神となりき。

[やぶちゃん注:「自爆三勇士」は上海事変中の昭和7(1932)年2月、中国軍が上海郊外の廟行鎮に築いた陣地鉄条網に対し、点火した破壊筒をもって突入し、自らも爆死した独立工兵第十八大隊(久留米)の三名の一等兵を指す。「肉弾三勇士」とも。なお、以下、これを含む三篇の「○」を附した題は、すべて底本ではポイント落ち。
・「櫨」は「はぜ」と読み、バラ亜綱ムクロジ目ウルシ科ヌルデ属ハゼノキを指す。日本には、その果実から木蝋(もくろう)を採取する目的で江戸期に琉球から持ち込まれた。秋に直径5~15㎜の扁平な球形の果実が熟す。]

   ○行方わかぬ戰死者の碑銘

行人よ、心してふるさとの人人に傳へよ。
わが雄々しきいくさ跡には彼岸花朱(あか)く咲きしも、
むくろは掘割(クリーク)の水に奪はれ神となれば、
つひに再びふるさとの門を見ることなし。

[やぶちゃん注:昭和18(1943)年、河北省承徳市隆化県石灰窯にて戦死した28歳の増田晃の遺骨がどうなったか、私は知らない。]

   ○いまだ少年なる兵士らのための碑銘

道ゆく人よ、未(いま)だ妻もなきこの若さにして
勇み仆れし神々のために泪せよ。
二百十日の風やみて夕空晴るるも
あやまちて折りし椎の若木はかへらず。

[やぶちゃん注:文句なしに、言うべきことを言ったオード!]

鷄肋集 増田晃

     鷄肋集   増田晃

    壹

柘榴をとりてわがうたひたる歌ひとつ、「おお神よ、かく柘榴の自(みずか)ら割りてかゞやきいづるは、御身がうるはしの業(わざ)のあらはれなり。御身は石塊ともおぼしき堅きものに、かへりてうるはしき欲念をあたへたまふ。」

    貳

鑷子(けぬき)をとりてわが悔みたる、「神よ、たとへ世のひとすべてわれを拒むも、もし鑷子もて鬚ぬくをりに わが屈托を得ぬき玉はば…」

[やぶちゃん注:この最後の部分の「得」は動詞ではなく、上代に動詞「得」の連用形から派生した副詞の「え」で、首尾よく~できる、という可能を表わす。従って本来ならば「え」と平仮名表記すべきところである。]

    參

薔薇のかをりをうたふわが歌、「薔薇よ、薔薇よ、汝(な)がかをりはわが愛しきの くちに醸(か)めるわづかの酒を、身震ひつ羞らひしつつ くち移さして飮ましむごとし。」

    肆

 飴をなめてわがうたひたる一息の歌、「神よ、われにあらゆる蘇生をきたらしめたまへ、わが渇きをば生ける水の井より 愛するものの撓む脣より醫さしめたまへ。神よ、われを生かさしめたまへ、牧野の牛とともに水を吸ひ、獅子らとともにおとがひをば濡らさしめたまへ。」

[やぶちゃん注:「撓む」は「撓(たは)む」、「脣」は「くちびる」であるが「くち」と読ませているかもしれない。「醫さし」は「醫(いや)さし」と読んでいるのであろう。]

    伍

椿を見つつわがうたへる一息の歌、「汝は生ける炬火(たいまつ)なり。神はあめなる聖き火より盡きざるのあぶらを汝(な)にそそぎぬ。」

    陸

 第一の詩章をなさんとしてわが祈るいのり、「われに第一の詩章をなさしめたまへ。われをして天平の光明のみ后(きさき)をば頌さしめ、春の宴げに燦めく宵をかなしましめたまへ。若草のべに春山の霞み壯夫(をとこ)をして、藤を咲かしむの歌をうたはさしめ、愛すべき口ひろき邪鬼をしては、一ふしのセレナアドをも聞かさしめたまへ。われらのいにしへの相聞の歌をば、ふたゝびわが口よりなさしめたまへ。」

[やぶちゃん注:「燦めく」は「燦(きら)めく」。]

    漆

 あはれ必ずや猪(しし)きたりわれを刺さむ。伏すむくろよりくれないの花びら散らむ。あねもねよ、あねもねよ、汝(なれ)こそあはれわが願ふたゞ一つの喜びはた哀しみなれば………

    捌

 第二の詩章をなさんとしてわが祈るいのり、「われに第二の詩章をなさしめたまへ。われをして緑の蘆をきらしめ、笛吹きて姫君をたゝへまつる歌をなさしめたまへ。月のほてりに臈たけたるその面(おも)ざしを仰見しつつ 幸(さち)うすきわが來し方をうたはんとするその果敢(はかな)さよ。また百鬼つどふ夜々(よるよる)には、われをしてかれを護るうたをなさしめたまへ。有明しのかげに忍ぶ物怪(もののけ)には、はやく護法童子きたらしめたまへ。われらのいにしへの相聞のうたをば ふたゝびわが口よりなさしめたまへ。」

[やぶちゃん注:「有明し」は「有明(ありあか)し」で、夜遅くまで点している行灯。]

    玖

 目刺をとりてうたへる。「神よ、かく目刺の眼の青く澄めるは、いたく賤しめられ日に干さるるも、なほ大海の荒々しきを忘れざるがゆゑなり。わが魂けふ虐げられ踏みしだかれて、なほ野牛の群のかけのぼりし 緑の草原の白桃の虹を忘れず。」

[やぶちゃん注:本詩は、私には芥川龍之介の「木がらしや目刺にのこる海のいろ」という大正十(1921)年発表の句を強く意識させる。
・「白桃の虹」は不明。ただこれは明らかに地名思われる。「白桃」を含む地名は和歌山県海草郡美里町の「白桃峠」(しらももとうげ)を見出したに過ぎない。識者のご教授を乞う。前掲の「桃の樹のうたへる」にも現れる。該当注も参照のこと。]

    拾

 神よこよひ、われは御身が水沫(みなわ)なり、砂まきおこし靜かにふきいで、己(おの)があはれさへ知らざる身なり………

    拾壹

 神は長き梭(をさ)もてアラクネを打ち、蜘蛛となし永らはしめぬ。われ今宵憤(いきどほ)りあり、にごれる村肝をおさへかねつつ、自ら縊るをさへ許さざりし 神が呪ひをうるはしと思へり。

[やぶちゃん注:ギリシア神話のアテナとアラクネの話をモチーフとする。
・「梭」のルビは厳密には誤りである。これは「ひ」もしくは「さ」と読んで、機織で横糸を巻き収めた管を入れる船形木製の道具で、縦糸の間を左右に潜らせて横糸を配するシャトルを言う。対して「をさ=おさ」は「筬」で、竹または金属の薄片を櫛の歯のように並べて木製の枠をつけたもので、縦糸を整え、横糸を打ち込む道具。但し、この辺の呼称は増田が誤まったように、一般には混同・誤解されて用いられていたようである。
・「村肝」は「群肝(むらぎも)」。
・「縊る」は「縊(くびくく)る」。ギリシア神話ではアラクネは縊死し、アテナはトリカブトの汁を用いて彼女を蜘蛛に転生させる。]

    拾貳

 鷄の肋骨の一筋を洗ひてうたふ、「神よ、人われを賤みて踏みにぢれども、われそを苦しみとせざれば、何の甲斐のあらむや。たとへけふ冬の泥濘にまみれて行方わかずとも、わが夢は霧を瀘(こ)す虹なればなり。」

[やぶちゃん注:「瀘」は誤字(これは中国の河川名を示すのみ)。「濾」が正しい。なお、以上の「壹」から「拾貳」の標題は、底本ではすべてポイント落ち。]

彈曲 増田晃

     彈曲   増田晃

そのかみ愛の女神(めがみ)は二羽の鵠(くぐひ)をいとしみぬ。
大空に漉されし二重(ふたへ)の虹のごとく
つねに竝び飛びきよき思ひを語らひぬ。
ああされど妬みの神ぞ呪はしき。
ひと日かれら夕まけてたかき御空に歸るとき、
俄に霧をしてその路を横切らしめ、
 つひに誓はれしその仲をさきたり。
年經たる二十年後(のち) この世の隅にて、
偶然は二羽にかなしき運合(めぐりあはせ)を惠みぬ。
かれら相抱き嬉しみ泣きて盲へども
されど女神の叫ぶらく、「噫かなし かなし!
汝らに罪ありや 汝らに裏切りありや、
見よ はや一羽の鷹は爪とぎぬ。
 ああわが子らがこの膝に戻りくる日は既になし。」

[やぶちゃん注:「鵠」はカモ科ハクチョウ亜科のハクチョウ(総称)の古名。本詩集の題名は「白鳥」。]

宣敍調 増田晃

     宣敍調   増田晃

田鶴がはぐれて秋の澤べを鳴き落ちてゆくごとく
海へ去りし友のうへを寂しみて暮しぬ

籔鶯がさゝやかな願ひを口籠る間に捕はるるごとく
遠く嫁したる乙女のうへをわれら寂しみて暮しぬ

落ちし葉ならば掃くべきに芙蓉の薄紅き花びらなれば
捕もちさへ知らぬ小鳥なればわれら寂しみて暮らしぬ

[やぶちゃん注:題名の「宣敍調」とは激情を込めた表現の意。
・「田鶴」は「たづ」と読み、ツル(ツル科Gruidae)を指す。歌語。
・「籔鶯」は、種としてはスズメ目ウグイス科のウグイスを指す。ウグイスは秋から春にかけて平地や低山で過し、チャチャという独特の「笹鳴き」をしながら、藪を伝って飛翔するため、この時期、この名を戴く。]

炎暑を待つ 増田晃

     炎暑を待つ   増田晃

青鳶色の梅雨あがりの空を壓する
熟した麥の黄金色の匂ひよ
それはながらく見なかつた七月の太陽が
處女の胸になげる最初の接吻である

初夏のいろの土壤に
いま烈しい息づかひはみちる
それはかゞやかしい愛人の髪にきらめく
うす赤い天鵞絨のやうな七月である

そのとき熟れ麥の匂は胸をいため
いたむ胸はうれた杏のやうにふるへ
私たちはだまつて手に手を重ねたまゝ
炎暑の快い鞭を待つてゐるのだ

[やぶちゃん注:「天鵞絨」の読みは「ビロード(びろうど)」。Veludo(ポルトガル語)。]

春 増田晃

     春   増田晃

朱い花が光る春! 春!
あたりは太陽の和いだ光に匂ひつつ
微笑むやうにたつぷり搖ぐ。
私のこころは霞む風車になり
くるくる乳色の空を廻しつつ
たのしい春の愛のなかに光を曳く。

青く二三寸の麥 微風(そよかぜ)、
たつぷりと流れる春 田川、
なんでもかんでも幻を重ねるやうに
つぎ/\にかすんでゆく春。

私はその心を野に投出す。
そして堪へきれない花の朱にもえて
傷んだ胸に太陽を抱きこむ。
なつかしい匂が地上にみちるとき
私のすがたは影となつてしまふ。

そのとき明るい素足をみせて
また新しい唄をはこんで來た春!
細い金の素絹を曳いて
春の蜜蜂の羽音です。
ふるえる胸にもえだす春の芽を
南國の小歌で匂はせるために!

[やぶちゃん注:「朱」は「しゆ」とも「あけ」とも読まれるが、感覚的には「あけ」をとる。「小歌」は「こうた」では邦楽のイメージが付随する。「せうか」と読みたい。]

バルコン 増田晃

     バルコン   増田晃

海のみえるバルコン
 しつとり青む高麗芝のうへ
けふも快い壓迫がわが八月をたたへる。
 透きとほつた朝の清いめぐみは
ちらちら葡萄の葉蔭に明んでゐる。

私は夏の白磁の花瓶を見つめながら
 けふもくる白いレエスの少女を思ひつづける。
明るいあさの野菜のやうに
 夏の日光がきらきらその髪にかゞやく。
「海にゆきませうよ」
 ああやがて健康な微笑が幸福な一日を迎へにくるのだ。

眞紅や黄に盲ひたカンナの炎を
 芭蕉の巻葉にうつして潮風がかよふ。
そして私は晴れがましい胸の日光をかきわける。
 ああ紺青の海につづく空の爽かさよ。
私は魚のやうな少女と一しよに
 沖遠く幸を求めつつ泳いでゆかう。

[やぶちゃん注:「高麗芝」はコウライシバ。シバと共に芝に利用される代表種。シバに比して葉が細く、更に管状に巻く。]

雲 増田晃

     雲   増田晃

重い洋書を閉づるやうに
 薄暮がただよつてくれば
夕濕りの竹の葉かげにたたずんで
 青い網を重ねる雲を見よう

殘り明らむひかりのなかに
 雲のしづかな漣は重なりあふ
そして鳩の翅のやうに細(こま)かくふるふ
 寂しい魚のやうに影を曳く………

青靄がひんやりと冠毛をひいて
 灯(ともしび)がその列になつかしくにぢむとき
私の心はゆゑわかぬなみだにふるへて
 細かい竹のくらくなつてゆくままに
淡い影をこころ深くうつして
 ひつそりとそれにとけあひつつ暗んでゆく………

その日 増田晃

     その日   増田晃

紅蠟の春のなかで
 鶴にでもなりたいその日でした
風は幸福の漣なかに微笑み
 ヒヤシンスはそのかげに匂ひました

ああ あの日は――そう 復活祭
 私たちは白い翅をもつた天使でした
そしてかすかに嘆く讚美歌の咽泣きに
 あの雲の和いだ匂にとけこんでゆきました

ああ あのころの二人は
 あの赤い卵のやうでしたねえ
そしてからだもこころも
 花でつくられてましたものねえ

こひする少女(をとめ)よ
 いつしれず匂ひつつ惱(なやま)しいけふもゆく
せめては春の絹雨にけふもお歌ひ
 あの日のなつかしい糸車のうたを

[やぶちゃん注:「紅蠟」は赤い蝋燭。「紅蠟の春」で、後に掲げられる「復活祭」「讚美歌」のキリスト教的縁語イメージを狙った感覚語か。次項に記すように「赤」は「復活」の色である。また一般に紅蝋は点したそこから垂れる蝋を涙に喩えることが多く、後述される春に恋する少女の思いと連動させる意味も含まれるか。読みは「こうらふ」で良いであろう。
・「咽泣き」は「咽(むせび)泣(な)き」。
・「赤い卵」 復活祭では赤く染めた卵を飾り食べる。一説には、マグダラのマリアが、ローマ皇帝にキリストの復活を告げるに赤い卵を差し出したことに由来するという。しかし、そもそも「レビ記」17:11に「血は生命である」とあるように、血は、赤=生=死=生命=復活をも象徴する。
・「絹雨」は小糠雨。しかし、読みは「こぬかあめ」では無粋。素直に「きぬあめ・きぬさめ」、それが一般的でないと言うのであれば小糠雨=霧雨であるから「きりさめ」と当て読みでもよい。」

春の雲 増田晃

     春の雲   増田晃

蠟雪がまだらに殘つてゐます
どうだんの赤い芽が
灯(ひ)を点じたといつても
春の寂しいためいきは硝子窓にくもります

こひびとよ あの蠟色の空に
ほら さびしい雲が浮いてます

[やぶちゃん注: 「蠟雪」は「らふせつ」と読み、本来は中国で陰暦12月に降る雪を言う。漢方では万能の解毒剤とし、これで茶を煎じたり粥を煮れば解熱や喉の渇きを止め、これに食物を浸して貯蔵すると虫害を防ぐともいう。日陰で密封し保存すれば数十年間使用可能とする。ここはしかし、降って残っている雪の表面が解けてまた凍り、見た目が蝋が溶けたような状態になったものを言うのであろう。後の「蠟色の空」(夕暮れの焼けた紅い空を「紅蠟」=赤い蝋燭に比したか。なお「紅蠟」については、次の詩「その日」の注を参照されたい)でも用いられるように、増田は「蠟」という語自体を自身の詩語として好んだように思われる。
・「どうだん」はツツジ科のドウダンツツジ。]

セレナーデ 増田晃

     セレナーデ   増田晃

郊外電車のまどぎはに
疲れてよりかかつてゐると、
すぐそばに優しい歌聲が聞えた。
女の子が三人肩をよせて、
窓からふきこむ春めいた風に
愛くるしい髪をふかせながら、
たのしさうにセレナーデを口ずさんでゐた。

その愛らしい心になごむ春風、
マリアよ、三人の少女(をとめ)のうへに光あれ。
私はなみだぐみながら
いつまでも寂しい曲をきいてゐた。
そしていつとなく微笑みつつ
明るいのぞみを抱きしめてゐた。

安息 増田晃

     安息   増田晃

水は水晶を削つた線に
架る虹のやうに光ることもある。
朝霜をふむ淋しい月のやうにけはひかすけく花になることもある。

ああ その冷い泡の一つ一つにも
消えいらで 消えいるごとき
たましひの安息日がある。

アリス誕生日/新緑の誘惑 増田晃

三女のアリスの誕生日、おめでとう♡ 2歳になった。

     新緑の誘惑   増田晃

鶯でもなくやうに晩春がふるへてゐる。
明るい障子は南京の扇をひろげて
一すじのけむりをうすくみだしてゐる。

五月雨のさなか、和やかな眼に映るものは、
すみ切つた淺瀨をさかのぼる鮎のやうな
明るさを籠めた柿であり、楓のかげである。

また朝燒をながれる鶸(ひわ)のやうに、
また桃の實のみづ/\しい新しさで、
すべての嫩葉にすきとほる微風である。

ああ まだ絹糸草のやうな晩春がかすかにふるへてゐる。
いつとなくぬれてゆく私のこころにも
白い草苺の花がさびしくゆれてゐる。

ああ さうだ、私もつめたいゑりの袷を重ねよう。
そして膚にしみる樟腦のかんばしい匂に包まれながら
少女のやうに傘(かさ)をかたむけて
あの楓と柿のつくる明るい晩春をあるいてゆかう。

[やぶちゃん注:動植物を効果的散ちりばめた印象的な春へのオード。
・「鶸」は「ひわ」で、スズメ目スズメ亜目スズメ小目スズメ上科アトリ科アトリ亜科ヒワ族 Cardueliniの鳥の総称。カナリアやヒワ、イスカ、ウソ等を含む。一般に狭義ではマヒワを指している。
・「嫩葉」は「わかば」と読む。
・「微風」は「そよかぜ」と読ませるのであろう。
・「絹糸草」カモガヤ。北米産のイネ科の多年草。英名をオーチャードグラス“orchard grass”と言い、代表的牧草の一。
・「草苺」クサイチゴ。バラ科の落葉低木。春、直径4㎝程の白い花をつける。
・「樟腦」は「しょうのう」と読ませるか「くすのき」と読ませるかは判断不能。「膚にしみる」「匂」という表現からは、前者の読みかとも思われる。クスノキはクスノキ科ニッケイ属の常緑高木。枝や葉に樟脳(しょうのう)の香りがある。樟脳(カンフル)はクスノキから得られる無色透明の固体成分で、防虫剤・医薬品等に利用される。]

2007/09/29

桃の樹のうたへる 増田晃

       桃の樹のうたへる   増田晃
八千年の昔 私はまだ
道のべのたおやかな桃の樹にすぎなかつた。………

とある日 比良坂のかなたより
時ならぬ喚聲のあがりくるを聞いた。
かなた咫尺も辨ぜぬ常世の闇のなかより
轟然たる稻妻が八百折に折れつつ
蛇のごと天に走りあがり谺するを聞いた。
その閃きのあひだに 走る大森林のごとく
見た事もない形相の軍が蒼白に現れる。
あたりの草木は逃れんとして髪を振亂し
大地を掃きつつしきりに身悶えて泣きおびえた。
私は多くの黄金(きん)より重い桃子をかかへ、
神に祈りこの鶸なす若枝をさしのべた。………

しかしその時汚れた見すぼらしい小男が
息も切れぎれに何度も轉んで膝をすりむぎ
私のもとに走りすがり夢中に實を捩ぎとり
迫りくる黄泉の兵らに恐ろしい力で投げ始めた。
一町と離れぬところで先鋒がそれにたぢろぎ
互いに仆しあひ頭蓋を割られて逃げるのを私は見た。
かの雷神には己の大いなる落雷よりも
赤と緑に熟(う)れたこの小さな桃子がこはかつたのか。………

八千年の昔 私はまだ
道のべのたをやかな桃の樹にすぎなかつた。………

その男は彈息抑へきれず歡喜し
踊り上つて泣狂ひながら私を抱いた。
「助かつたぞ、みんなおまへのお蔭だぞ、
熟(う)れたみづ/\しい實の唯一つのなかにも
あの黄泉(よみ)の全軍より勁い力があるぞ。
もし私の子孫が危く死にゆかんとする時は
その蜜になまめく一つの實で助けてくれ。
飢餓にくるしみ 親しき友に背かれ
子を失ひ妻に去られ希みなき日あらば、
微風が孕んだ一つの實で助けてやつてくれ。
けふこそおまへを意富加牟豆美(おほかみづみ)命と名づけ
蘇生の神となし大地に祝さう。」………

その男は語り乍ら見る見る中に大きくなり、
衣の穢れは落ちてざらめ雪となり晃めき初(そ)め、
その帶はかはつて白桃の虹となり朱の羞らひ、
その髪は山をゆるくつたひくる緑の露のごとく、
その炯々たる眼光は鳥刺に放つ矢のごとく、
そのたくましき腕(かひな)は花の蕋に濡れて大空にうごき、
全身からは白金の日光したゝりて雲つく大祖伊邪那岐命(おほおやいざなぎのみこと)となり
のつしのつしと歩きながら立去り玉ふた。………

 
[やぶちゃん注:本詩は「古事記」に現れるイサナキの呪的逃走神話のエンディング部分をモチーフとする。但し、最終連はイサナキの日向での禊シーンを用いながら、自由に構成したもののように見受けられる。
・「比良坂」は黄泉津良坂(ヨモツヒラサカ)。黄泉の国と現世を繋ぐ坂で、出雲国の伊賦夜(いふや)坂とする。現在の島根県八束群東出雲町揖屋。
・「八百折」は「やほをれ」。幾重にも折れ曲がったの意。
・「軍」は「つはもの」か「いさ」か「むれ」と読むか。音読の感触からいうと「むれ」が良いか。イサナミが率いてきたヨモツシコメ・イカヅチ等、黄泉の国の軍団。
・「鶸」は「ひわ」で、スズメ目スズメ亜目スズメ小目スズメ上科アトリ科アトリ亜科ヒワ族Cardueliniの鳥の総称。カナリアやカワラヒワ、イスカ、ウソ等を含む。一般に狭義ではマヒワを指している。
・「汚れた見すぼらしい小男」はイサナキ。
・「すりむぎ」はママ。
・「捩ぎとり」は「(も)ぎとり」と読ませているのであろうが、「捩」は「捩(ねじ)る・(よじ)る・(もじ)る」であって、「もぎとり」ならば「捥ぎとり」が正しい。
・「仆しあひ」は「仆(たふ)しあひ」と読ませて、「倒し合う」の意であろう。音読みして「仆(ふ)しあひ」と読む可能性もあるか。なお、「仆」には「仆死」(ふし)のように「死ぬ・滅ぶ」の意味があるが、続く「頭蓋を割られて逃げる」には続かない。
・「雷神」は「らいじん」とも「いかづち」とも。「古事記」の本文に即すならば、後者であろうが、私は素直に前者で良いと感じている。イサナキの身に纏わるイサナキの体が産んだ八体の雷神(いかづちがみ)を言う。
・「桃子」は「もものみ」か「たうし」であるが、前者を取りたい。
・「勁い」は「勁(つよ)い」。
・「希み」は「希(のぞ)み」。
・「微風」は「そよかぜ」と読ませるのであろう。
・「意富加牟豆美命」はオホカムズミノミコトで、「大神の実」の意。
・「晃めき」は「晃(きら)めき」。増田の名でもある。]

白鳥 増田晃

     白  鳥   増田晃
しづかにゆるく
薔薇色の酒をながすやうに
いつか消えいるそのおもひ
白鳥がすべつてゆく………

あつい火の接吻(くちづけ)のあとの
おきどころないこころとアンジェリュスが
やさしい祈りをうたふとき
白鳥がすべつてゆく………

雪よりもはかなくとけやすく
藍いかがみにうつるその白
その白をなげくやうに夢みるやうに
白鳥がすべつてゆく………

その胸よりわかれるウエーヴのしわは
亂されたとも見えぬばかりに
いつか練絹のあはい疲れとなり
白鳥がすべつてゆく………

その白いまろい胸にわかれるなみは
ルビーのさざめきをこぼしうつし
白い手に消えてゆくまどろみのひとときを
白鳥がすべつてゆく………

夢によくみるこのひととき
夢のなかからみえてくる幾羽かの白鳥
ただすべつてゆくばかりで
白鳥がすべつてゆく………

[やぶちゃん注:「アンジェリュス」は“Angelus”アンジェラス。カトリックのお告げの祈り。天使(“Angelus”はラテン語で天使の意)によって聖母マリアに受胎告知がなされたことを祝す祈り(朝・正午・夕べの三度、鐘の音とともに行う)。また、この時を告げる鐘の音をも指す。名は、この祈文の初めにある「主の御使(みつかい)」(Angelus Domini)に由来する。]

増田晃詩集「白鳥」電子テクスト化始動

Masudaakira 増田晃(ますだあきら)
大正4(1915)年、東京府生。東京帝国大学法学部入学後、彼が中心となって創刊した詩誌「狼煙」に作品を発表、田中克己等と親交を結ぶ。昭和16(1941)年刊の詩集「白鳥」で詩壇の脚光を浴びるも、昭和18(1943)年、河北省承徳市隆化県石灰窯にて戦死。28歳であった。

彼の詩集「白鳥」は、 「四季・コギト・詩集ホームぺージ」「明治.大正.昭和初期 詩集目録」の増田晃のページの写真版で読むことが出来る。

増田晃第一詩集「白鳥」昭和16(1941)年3月15日小山書店刊行22.0cm×15.0cm 232p 上製カバー \4.80 刊行数不明

やぶちゃん注:当該ページの冒頭に刊行年が昭和21年となっているのは不審。

これより、この写真版増田晃詩集「白鳥」を頼りに、同詩集の電子テクスト化に着手する。

ブログ70000アクセス

本日未明、午前0-1時の間の訪問者をもって70000アクセスを越えた(但し、2006年5月18日のニフティのアクセス解析開始以来)。

累計アクセス数:70097
1日当たりの平均:140.19

今回は、以下の二つのアクセス解析データ(過去4ヶ月)を見てみる。

○検索ワード/フレーズ:訪問者が僕のブログにやってきた際の検索に用いた言葉(又はその組み合わせ) 対象4950の内の上位分
1 鬼火 日々の迷走 154   3.1%
2 やまかがし      136   2.7%
3 イルカンジ               50   1.0%
4 蛇 やまかがし        28   0.6%
5 篠原鳳作               27   0.5%
5 芥川龍之介            27   0.5%
7 山田麻李安            23   0.5%
8 宮沢賢治 トシ          22   0.4%
8 村上昭夫                22   0.4%
10 キロネックス          21   0.4%
10 芥川龍之介 奉教人の死
                               21   0.4%
12 ステラーダイカイギュウ
                               20   0.4%
12 やぶちゃん 鬼火     20   0.4%
14 アフリカの月          19   0.4%
14 やまかがし 蛇        19   0.4%
16 宮澤トシ                17   0.3%
17 鈴木しづ子            16   0.3%
17 bonnard histoires naturelles
                               16   0.3%
17 宮沢トシ               16   0.3%
20 太田省吾             15   0.3%
20 井上英作             15   0.3%
20 hirondelle             15   0.3%
23 殺人クラゲ            14   0.3%
23 底本 芝不器男俳句14   0.3%
25 杉田久女             13   0.3%
25 富永太郎             13   0.3%
25 The Picture of Dorian Gray
                              13   0.3%
25 ノース2号             13   0.3%
29 ノース2号       12   0.2%

特徴的なのは、生物系の検索者が有意(2/3/4/10/12/14/17/20/23) であること。イルカンジに関わる民放の番組の影響(これは先の60000アクセス時直前)はあるにせよ、省略した下位まで見て医療系の病名等をも含めると、極めて有意であることが分かる。流石に詩歌を中心とした文学・芸術系ワードが上位の半数を占め、中でも現代俳句関係が有意(5/17/23/25)、まだまだ「第二芸術」俳句層は健在である。「ノース2号」は侮るなかれ、数字の全/半角で独立項になっているので、合わせると25、一気に7位に躍り上がる。さすがは「プルートゥ」! そして賢治の魔力、8/16/17を合わせると、55、三位の地位を保つ。最後に、いつもながら“The Picture of Dorian Gray”の訳や映画を期待してクリックし、おぞましき僕の姿を見る方の心境は、察して余りある。ご愁傷様である。

○訪問者のブラウザの使用言語:対象7914
1 Japanese  7,630  96.4%
2 Chinese      144    1.8%
3 English        107    1.4%
4 Korean          11   0.1%
5 French           8   0.1%
6 German          5   0.1%
7 Spanish          3   0.0%
8 Portuguese     2   0.0%
9 Turkish           1   0.0%
9 Russian          1   0.0%
9 Polish            1   0.0%
9 Finnish           1   0.0%

在外国の日本人の方の可能性も勿論ある訳だが、ただ、アルバムの“bonnard histoires naturelles”のアクセスは有意に多く、その多くはフランス語の単語入力によるもので(日本語との組み合わせは少ない)、外国の方の訪問の可能性も高い。ちょっとだけグローバル。 

2007/09/28

而宜汝不想我

さりながら宜しく汝は我を想はざるべし――

2007/09/27

寺島良安「和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚」完結セリ

寺島良安「和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚」を完結した。最初の「鯨」に取り掛かったのが6月26日であるから、ほぼぴったり3箇月の仕儀となった。やっと一つの道標らしきものを通り過ぎた。

今日はこれより、人間ドックへ行く。完結して、すっきりと、ね。

2007/09/26

寺島良安 和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚  鮓・蒲鉾 注完成

寺島良安「和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚」の「鮓」及び「蒲鉾」の注を完成した。特に「蒲鉾」では、遂に平凡社東洋文庫版現代語訳の読み取りの誤りを発見した。二巻分を終わろうとする序の口なんだから、ちょっと位、鼻高々にさせてね♡ だって「アユ」(鮎)と「アゴ」(トビウオ)じゃあ、大変な違いだもん!

2007/09/24

寺島良安 和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚 魚之用 翻刻終了

寺島良安「和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚」に「魚之用」の調理法の総てを翻刻、「炙」(焼き物)から「魚軒」(刺身)までの注を含め、公開した。残り、8項目の注を残すのみとなった。

現在、ブログアクセス、69300。一週間以内に70000アクセスに達する。それまでに、巻五十一は、何とか終わらせたいと思っている。何かが、僕を焦らせる――

寺島良安 和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚 鰕(エビ)注訂正

寺島良安 「和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚」の「鰕」(エビ)の「天蝦」の注の、「嶺外代答」の原文・書き下し文・訳文を一部訂正。訳文は中国人の方の指導を受けて、一部を訂正した。なお、「魚之用」の残りの調理法の部分はすべて翻刻を完了した。現在、注記作業中。「和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚」のページの完成も近い。

やぶちゃん版芥川龍之介句集二 発句拾遺 松江連句 注追加

「松江一中20期WEB同窓会・別館」を運営されている知人の情報提供によって「やぶちゃん版芥川龍之介句集二 発句拾遺」の「松江連句」に注を追加。特に久しく謎であった「灘門」を解明し得た。筑摩書房版では「水門か」と誤まっており、新全集でも注記がない語で、一般に知られていない呼称である。「眞山」に次ぐビッグな注になったと自負するものである。

2007/09/22

秋さびし皿みな割れて納屋の隅 萩原朔太郎

秋さびし皿みな割れて納屋の隅

2007/09/21

寺島良安 和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚 クラゲ・イセイビ 和歌注他追加

寺島良安「和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚」のクラゲとイセエビの項の注(源仲正の和歌二首の注その他)を追加した。

大事なことはただ一つ、…… ヘッセ

大事なことはただ一つ、
それは世界を愛することができること、
世界を軽蔑しないこと、
世界と自分自身を憎まないこと、
世界と自分、そしてあらゆる存在を、
愛と感嘆と畏敬の心をもって
見ることができることだ。
 ヘルマン・ヘッセ「シッダールタ」より
(今、配信された「心をいやす言葉」より) 

2007/09/20

僕は

僕は僕の惨めな愚者の淋しさを研ぎ澄ましていたい

そうすることで

僕は僕になれるからだ

それ以外に

僕は僕ではないからだ

ひっそりと夏は去った…… アルセニイ・タルコフスキイ

ひっそりと夏は去った
暖かいと言うだけでは淋しい
楽しい夢が叶えられるとしても
ただ、それだけでは淋しい
善も悪も明るく燃え上がる
ただ、それだけでは淋しい
生は私をやさしく包んでくれる
幸せと言うだけでは淋しい
葉は焼かれず、枝も折られないで
さわやかと言うだけでは淋しい

(アンドレイ・タルコフスキイ「シュタルケル」〔「ストーカー」という訳語は既に社会的に忌まわしい。ロシア語の原音に近いもので表記する〕に挿入されたアルセニイ・タルコフスキイの詩より、部分。ロードショー・シナリオ採録より抜粋)

ふとまなざしを上げ…… アルセニイ・タルコフスキイ

ふとまなざしを上げ、まわりを閃光のごとく、君が眺めやる時
その燃える魅惑の瞳を、私はいつくしむ
だが一層まさるのは、情熱の口づけに目を伏せ
そのまつ毛の間から、気むずかしげでほの暗い、欲望の火を見る時……

(アンドレイ・タルコフスキイ「鏡」に挿入されたアルセニイ・タルコフスキイの詩より、部分。ロードショー・シナリオ採録より抜粋)

きのうは朝から君を待った…… アルセニイ・タルコフスキイ

きのうは朝から君を待った。かれらは君が来ないことを知っていた。どんな素晴しい日だったことか
外套もいらず、祭日のような日だった
今日、君は来たが、重苦しい日になった。夜遅くなって、雨となり、その滴が冷たく枝を伝わる
言葉でもハンカチでも拭うことはできない……

(アンドレイ・タルコフスキイ「鏡」に挿入されたアルセニイ・タルコフスキイの詩より、部分。ロードショー・シナリオ採録より抜粋)

別れ   森川義信

別れ   森川義信
 (この小さき歌を友・源氏太郎に聞かす)

ゆうふぐれを君みおくりて
ばらの実の丘にのぼりつ

鳩笛のおとに濡れゆく
よは肩の君のほそさよ

この赤きばらの木の実を
をとめの日君はめでしに

おそ秋の小径に消ゆる
うしろ姿(て)の君は悲しき

暮れなやむ丘にたたずみ
ばらの実をしみじみとみき

2007/09/18

まはれ右

尾形亀之助の「詩集 色ガラスの街」――その献辞。

此の一巻を父と母とに捧ぐ

そしてそんなことを思つて三年も過ぎてしまつたのです

で 今私はここで小学生の頃 まはれ右を間違へたときのことを再び思ひ出します

[やぶちゃん注:以下、その「序の一 りんてん機とアルコポン」の末尾。傍点「丶」を下線に代えた。]

――僕も、いつも人々が知っている、知っていると思っている「右」とは何か、それが、分からなかったのだ――いや、今もって分からない――いや、今もって分からないことを、僕は幸せだとさえ思っている――

或夜の感想

 眠りは死よりも愉快である。少くとも容易には違いあるまい。 (昭和改元の第二日)

[やぶちゃん注:芥川龍之介「侏儒の言葉」終章。]

僕は眠りを死よりも愉快だとは思わない。眠りも死も、現実を逃避する目的性を前提とする限りに於いて愉快ではありえない。容易であるかどうかは、従って無化される――では、どちらもが真に愉快であるためには――それには、現実を美事、破壊するに若くは、ない。破壊するに足る、現実であれば、という条件付きで――

では、お休み――

寺島良安 和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚 魚之用 魚体各部 全

寺島良安「和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚」に「魚之用」の魚類各部の総てを力技で追加した。

今日は、江ノ島水族館へ独りで行こうと思っていた……休みだった……体育祭の代休なんだが、前倒しなんだ。こんな代休、噴飯ものだ。そもそも体育祭でエネルギーを出し尽くして、疲れた彼らに代休、じゃあ、ねえのかい?……まあ、いいさ、僕には何時が休みでも、関係ネエ……リニューアルした江ノ島水族館には、実は、僕は行ってない……行きたかったのだけれど……でも僕は、決めたのだ……仕事を「やめたら」、行く、そうしよう……明日の、「飴のように延びた蒼ざめた時間」を気にしながら、あそこには、行きたくないんだ……僕の、江ノ島……それは多分、誰にも、誰にも分からない(ここは「山月記」の李徴の、あの「誰にも」の、次の台詞を「食う」口調で読んでもらいたい!)、青年の僕の確かな墓標なのだ……

その代わりと言っちゃあ、何だが、朝5時から真正丸々一日かけた、僕の「魚の用」魚体各部篇全! ちょいとお楽しみ、あれ!

追伸:言っとくけど、この程度のものでも、しっかりテクスト翻刻化し、注を書くには、一日かかるんだぜ、おぞましくも馬鹿な僕には、ね。最後の注で書いたけど、何だか少し疲れた。では随分、御機嫌よう! 違った僕に、また、逢えるように!

2007/09/17

セレナーデ 増田晃

 セレナーデ   増田晃

郊外電車のまどぎはに
疲れてよりかかつてゐると、
すぐそばに優しい歌聲が聞えた。
女の子が三人肩をよせて、
窓からふきこむ春めいた風に
愛くるしい髪をふかせながら、
たのしさうにセレナーデを口ずさんでゐた。
その愛らしい心になごむ春風、
マリアよ、三人の少女(をとめ)のうへに光あれ。
私はなみだぐみながら
いつまでも寂しい曲をきいてゐた。
そしていつとなく微笑みつつ
明るいのぞみを抱きしめてゐた。

「詩集 白鳥」 増田晃 昭和21年3月15日 小山書店刊行 より

増田晃[ますだあきら]
大正4年、東京府に生れる。東京帝大の法学部に入学後、中心となって創刊した「狼煙」に詩作を発表し、昭和16年に刊行の「白鳥」で詩壇の注目を浴びた。同18年戦没。

教え子の教えてくれた麗しき詩……

そうして、彼の写真……

Masudaakira

寺島良安 和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚 ※[※=「魚」+「齊」](トゲウナギ/タチウオ)

寺島良安「和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚」に「※」[やぶちゃん字注:※=「魚」+「齊」。](トゲウナギ/タチウオ)を追加した。これを以て巻五十一の項目本文が終わった(残るのは魚類の各部解説と加工法を述べた附録「魚の用」のみ)。少しだけ、嬉しい。

多くの不要で下劣なブログを削除してきたから、どうということはないけれど、このブログが現存する900回目の書き込みとなった。

ここにきて、検索で「鬼火」を単一ワードでかけても、ヤフーもグーグルも僕のサイトが最初の検索のページの中に現われるようにもなった。こいつは秋から縁起がいいわい。

そうして、1000の風、いや、僕の1000の愚劣な、最下劣な呟きが、見えてきた……

寺島良安 和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚 舩留魚(コバンザメ)

寺島良安「和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚」に「舩留魚」(コバンザメ)を追加した。

寺島良安 和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚 海馬(タツノオトシゴ)

寺島良安「和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚」に「海馬」(タツノオトシゴ)を追加した。

吉田玉男一周忌追善 菅原伝授手習鑑

昨夜、吉田玉男一周忌追善「菅原伝授手習鑑」を見た。

初段二段の四時間半、妻との遲き晝飯に、駒形どぜうに丸四枚、麥酒一に枡酒一、法界坊のご鑑賞、加茂の堤は、人形も、三味も乘れぬ其の初め、若手太夫は早とちり、されど續ける筆法の、傳授を受けし築地下、名だたる杖で折檻し、東天紅の時の聲、後の総ては丞相の、名殘の段へ淀みなく、畏れし酒氣の睡魔なく、嬉しきことの其の内に、玉男なきこそ哀しけれ。

玉男なき今回、僕は初めて太夫と三味線に耳傾ける余裕が持てた。それはそれ、文楽の本来の醍醐味とは言われようものの、過去において、玉男という人形に霊を与え得る稀有の男の芝居にのみ、僕の関心は働き続けてきた。その「霊なき」ことの欠落は、自ずと耳目(厳密には玄人衆のように「目」を太夫に向けることは僕はない。金輪際ないと言ってよい。それは舞台の人形への、人形遣いではなく人形への、唯一絶対の礼儀であると心得ている。また謡と三味とは、飽くまで聴覚的効果に限るものでなくてはならぬと僕は勝手に思っているのである)を馬手へ向かわせた。
この度は、「筆法伝授の段」の切、豊竹嶋大夫と竹澤宗助の組み合わせにとどめを刺す。次段の「築地の段」は僕の好みで、思わず落涙しかけたが、それはこの前段の「切」のテンションの高揚と抑制の絶妙なバランスあってのことである。
そうして「東天紅の段」終曲……夫に殺害された立田の前の沈む池に浮かぶ、青白い人魂……僕は、玉男が来た、と、はっと思った。
「丞相の名残の段」では、吉田簑助の奴宅内の、下手の股火鉢ならぬ股提灯の諧謔が、すっかり他役どころか、本来ならば大事な主展開の上手の演技そのものをも慮外して食らい尽くしてしまった。しかし、これでよい、と僕はほくそ笑んだ。これは「吉田玉男一周忌追善」である。僕は、そこに確かに、玉男へのオードを奏でる簑助を見た。遠い昔、人形遣いになることを夢見て、歯を食い縛った苦しい黒子姿の、あの土門拳が撮った袖幕の、少年の簑助が、そこにはいた。
心からの追悼は、少年にのみ許される。いや、少年にのみ、出来る――
昨日の簑助は、確かに美事に少年だった――

2007/09/16

シャコOratosquilla oratoriaの学名について

Oratosquilla oratoria (De Haan, 1844)

今、気づいたが、シャコの学名、気に入ったゼ。その考察を、今、ギャル風に、シャコの注の頭に付け加えた。「厳密に間違えないように」「誤解されないように」「論理的に正しく普通に」喋ることに――ちょっと、飽きたんだ。ちょいとのぞいてやって、くんな。

寺島良安 和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚 鰕姑(シャコ)

寺島良安「和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚」に「鰕姑」(シャコ)を追加した。是非、謎の「オクリカンキリ」の注部分は読んで欲しい。この哀しい徒労を。しかし、その実、智を楽しんだことに変わりはないのだ。

2007/09/15

寺島良安 和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚 海糠魚(アミ)

寺島良安「和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚」に「海糠魚」(アミ)を追加した。但し、本項には狭義のアミ以外の多様な種が混在すると考えられる。詳しくは、本文をお読みあれ。

寺島良安 和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚 紅鰕(イセエビ)

寺島良安「和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚」に「紅鰕」(イセエビ)を追加した。

寺島良安 和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚 鰕(エビ) 他 巻第四十七 介貝部 二件追加

寺島良安「和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚」に「鰕」(エビ)を、同「巻第四十七 介貝部」に「海螄」(バイ)の注に同「巻第十七 嬉戯」の「海螺弄」(ばいまわし)を、「寶螺」の注に同「巻第十九 神祭 佛器」の「寶螺」(ほらのかい)を追加した。

「鰕」はかなりの注の検討にかなりの時間を要した。僕としてはかなり、力作の内だ。

2007/09/12

寺島良安 和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚 綳魚(ハリセンボン・ウミスズメ)

不眠・雷鳴・風邪・不快……

寺島良安「和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚」に「綳魚」(ハリセンボン・ウミスズメ)を追加した。

2007/09/09

尾崎放哉 鉦たたき

鉦たたき   尾崎放哉

 私がこの島に來たのは未だ八月の半ば頃でありましたので、例の井師の句のなかにある「氷水でお別れ」をして京都を十時半の夜行でズーとやつて來たのです。ですから非常に暑くて、浴衣一枚すらも身體につけて居られない位でした、島は到る處これ蝉聲嘒嘒。しかし季節といふものは爭はれないもので、それからだんだんと虫は啼き出す、月の色は冴えて來る、朝晩の風は白くなつて來ると云ふわけで、庵も追々と、正に秋の南郷庵らしくなつて參りましたのです。

 一體、庵のぐるりの庭で、草花とでも云へるものは、それは無暗と生えて居る實生の鷄頭、美しい葉鷄頭が二本、未だ咲きませぬが、之も十數株の菊、それと、白の一重の木槿が二本……裏と表とに一本宛あります。二本共高さ三四尺位で、各々十數個の花をつけて居ります、そして、朝風に開き、夕靄に蕾んで、長い間私をなぐさめてくれて居ります。まあこれ位なものでありませう。あとは全部雜草、殊に西側山よりの方は、名も知れぬ色々の草が一面に山へかけて生ひ繁つて居ります。然し、よく注意して見ると、これ等雜草の中にもホチホチ小さな空色の花が無數に咲いて居ります、島の人は之を、かまぐさ、とか、とりぐさ、とか呼んで居ります。丁度小鳥の頭のやうな恰好をして居るからださうです。紺碧の空色の小さい花びらをたつた二まい宛開いたまんま、數知れず、默りこくつて咲いて居ます。私だちも草花であります、よく見て下さい――と云つた風に。

 かう云ふ有樣ですから、追々と涼しくなつて來るといつしよに、所謂、虫聲喞々。あたりがごく靜かですから晝間でも啼いて居ます、雨のしとしと降る日でも啼いて居ります。ですから夜分になつて一層あたりがしんかんとして來ると、それは賑かなことであります。私は朝早く起きることが好きでありました、五時には毎朝起きて居りますし、どうかすると、四時頃、まだ暗いうちから起き出して來て、例の一本の柱によりかゝつて、朝がだんだんと明けて來るのを喜んで見て居るのであります。さう云つた風ですから、夜寢るのは自然早いのです。暮れて來ると直ぐに蚊帳を吊つて床の中には入つてしまひます、殆んど今迄ランプをつけた事が無い、これは一つは、私の大敵である蚊群を恐れる事にもよるのですけれども、まづ、暗くなれば、蚊帳のなかにはいつて居るのが原則であります、そして布團の上で、ボンヤリして居たり、腹をへらしたりして居ります。ですから自然、夜は虫鳴く聲のなかに浸り込んで聞くともなしに聞いて居るときが多いのであります。ヂツとして聞いて居ますと、それは色々樣々な虫が鳴きます、遠くからも、近くからも、上からも、下からも、或は風の音の如く、又波の叫びの如く――。その中に一人で横になつて居るのでありますから、まるで、野原の草のなかにでも寢てゐるやうな氣持がするのであります、斯樣にして一人安らかな眠のなかに、いつとは無しに落ち込んで行くのであります。其時なのです、フト鉦叩きがないてるのを聞き出したのは――。

 鉦叩きと云ふ虫の名は古くから知つて居ますが、其姿は實の處私は未だ見た事がないのです、どの位の大きさで、どんな色合をして、どんな恰好をして居るのか、チツトも知りもしない癖で居て、其のなく聲を知つてるだけで、心を牽かれるのであります。此の鉦叩きといふ虫のことについては、かつて、小泉八雲氏が、なんかに書いて居られたやうに思ふのですが、只今、チツトも記憶して居りません。只、同氏が、大變この虫の啼く聲を賞揚して居られたと云ふ事は決して間違ひありません。東京の郊外にも――澁谷邊にも――ちよい/\居るのですから、御承知の方も多いであらうと思はれますが、あの、カーン、カーン、カーンと云ふ啼き聲が、何とも云ふに云はれない淋しい氣持をひき起してくれるのです。それは他の虫等のやうに、其聲には、色もなければ、艷もない、勿論、力も無いのです、それで居てこの虫がなきますと、他のたくさんの虫の聲々と少しも混雜することなしに、只、カーン、カーン、カーン………如何にも淋しい、如何にも力の無い聲で、それで居て、それを聞く人の胸には何ものか非常にこたへるあるものを持つて居るのです。そのカーン、カーンと云ふ聲は、大抵十五六遍から、二十二三遍位くり返すやうです、中には、八十遍以上も啼いたのを數へた‥ 寢ながら數へた事がありましたが、まあこんなのは例外です、そして此虫は、一ケ所に決してたくさんは居らぬやうであります、大抵多いときで三疋か四疋位、時にはたつた一疋でないて居る揚合――多くの虫等の中に交つて――を幾度も知つて居るのであります。

 瞑目してヂツと聞いて居りますと、この、カーン、カーン、カーンと云ふ聲は、どうしても此の地上のものとは思はれません。どう考へて見ても、この聲は、地の底、四五尺の處から響いて來るやうにきこえます、そして、カーン、カーン、如何にも鉦を叩いて靜かに讀經でもしてゐるやうに思はれるのであります。これは決して虫では無い、虫の聲では無い、……坊主、しかし、ごく小さい豆人形のやうな小坊主が、まつ黒い衣をきて、たつた一人、靜かに、……地の底で鉦を叩いて居る、其の聲なのだ、何の呪詛か、何の因果か、どうしても一生地の底から上には出る事が出來ないやうに運命づけられた小坊主が、たつた一人、靜かに、… 鉦を叩いて居る、一年のうちで只此の秋の季節だけを、佛から許された法悦として、誰に聞かせるのでもなく、自分が聞いて居るわけでも無く、只、カーン、カーン、カーン、……死んで居るのか、生きて居るのか、それすらもよく解らない…‥只而し、秋の空のやうに青く澄み切つた小さな眼を持つて居る小坊主… 私には、どう考へなほして見ても、かうとしか思はれないのであります。

 其の私の好きな、虫のなかで一番好きな鉦叩きが、この庵の、この雜草のなかに居たのであります。私は最初その聲を聞きつけたときに、ハツと思ひました、あゝ、居てくれたか、居てくれたのか‥‥それもこの頃では秋益々闌けて、朝晩の風は冷え性の私に寒いくらゐ、時折、夜中の枕に聞こえて來るその聲も、これ恐らくは夢でありませう。

夕刻、アリスと散歩していた叢で、カネタタキの声を存分に聴いた。

思い出したのだ。

僕の好きな放哉のこの小品。

正字正仮名で公開する。既にほかにある? いや、正字は、ないと思うね。本作は、過去に刊行された余程古い放哉全集及び関連書でも、実は新字なのだ。

本テクストは底本として、現存数冊と言われる初版の「大空」を元にしている。勿論、本物を僕が持っている訳がない。1983年にほるぷ社が復刻したものを用いた。セット販売の詩歌文学館の紫陽花セット、薄給のボーナスをつぎ込んで買ったこれが、今、初めて真に役に立った。

句読点も周知のものとは大分違う。おまけに鉦たたき声は「チーン」(彌生書房版全集)ではなく、「カーン」である。傍点「丶」は下線に換えた。リーダーは1・2・3点及び欠落が存在するが、ママとした。最新の筑摩書房版全集は、新字採用であり、僕のポリシーに於いて視野の埒外にある上に、「尾崎放哉全句集(やぶちゃん版)」の冒頭注で述べたような、胡散臭さ(それはまさに嫌いな桑原武夫が「第二芸術」で述べた如き中世ギルド的腐臭である)ゆえに、全く校合していない。

僕は卒論でこれをフロイドのタナトス説と結びつけて書いた。そんな稚拙なことは、しかし、どうでもいい――

放哉の誰にも結びつこうとしない意固地な感性に、僕はこの年になって、やっと、結びつけた気がしたのだ、あの今夕の、あのカネタタキの声を聴いて――

2007/09/08

崖   石垣りん

崖   石垣りん

戦争の終り、
サイパン島の崖の上から
次々に身を投げた女たち。

美徳やら義理やら体裁やら
何やら。
火だの男だのに追いつめられて。
とばなければならないからとびこんだ。
ゆき場のないゆき場所。
(崖はいつも女をまっさかさまにする)

それがねえ
まだ一人も海にとどかないのだ。
十五年もたつというのに
どうしたんだろう。
あの、
女。

新垣勉の歌声を流しながら、また、無音のこの映像を見る。石垣りんの詩が僕の心を、撲つ。

寺島良安 和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚 海※(クラゲ)

寺島良安「和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚」に「海※」(クラゲ)を追加した。ナマコとクラゲ、やっと僕の二大巨頭を終えることが出来た。これで巻五十一も完成が見えてきた。

[やぶちゃん字注:※=「虫+「宅」]

2007/09/07

一葉の墓 泉鏡花

 一葉(いちえふ)の墓

      泉鏡花       明治三十三年十月

 門前に燒團子賣る茶店も淋(さびし)う、川の水も靜(しづか)に、夏は葉柳の茂れる中に、俥(くるま)、時としては馬車の差置かれたるも、此處ばかりは物寂びたり。樒(しきみ)線香(せんかう)など商ふ家なる、若き女房の姿美しきも、思なしかあはれなり。或時は藤の花盛なりき。或時は墓に淡雪かゝれり。然(さ)る折は汲み來(きた)る閼伽桶(あかをけ)の手向の水も見る/\凍るかとぞ身に沁むなる。亡き樋口一葉が墓は築地本願寺にあり。彼處(かしこ)のあたりに、次手あるより/\に、予行きて詣づることあり。
 寺號多く、寺々に附屬の卵塔場少なからざれば、はじめて行きし時は、寺内なる直參堂(ぢきさんだう)といふにて聞きぬ。同一(おなじ)心にて、又異なる墓たづぬるも多しと覺しく、其の直參堂には、肩衣(かたぎぬ)かけたる翁、頭(つむり)も刷立のうら少(わか)き僧、白木の机に相對して帳面を控へ居り、訪ふ人には教へくるゝ。
 花屋もまた持場ありと見ゆ。直參堂附屬の墓に詣づるものの支度するは、裏門を出でゝ右手の方、墓地に赴く細道の角なる店なり。藤の棚庭にあり。
 聲懸くれば女房立出でて、いかなるをと問ふ。桶にはさゝやかなると、稍(やや)葉の密(こまや)かなると區別して並べ置く、なかんづく其の大(おほい)なるをとて求むるも、あはれ、亡き人の爲には何かせむ。
 線香をともに買ひ、此處にて口火を點じたり。兩の手に提げて出づれば、素跣足(すはだし)の小童(せうどう)、遠くより認めてちよこ/\と駈け來り、前(さき)に立ちて案内しつゝ、やがて淺き井戸の水を汲み來る。さて、小さき手して、かひがひしく碑(しるし)を淸め、花立を洗ひ、臺石に注ぎ果(はて)つ。冬といはず春といはず、其も此も樒の葉殘らず乾(から)びて、横に倒れ、斜になり、仰向けにしをれて見る影もあらず、月夜に葛の葉の裏見る心地す。
 目立たざる碑(いしぶみ)に、先祖代々と正面に記して、横に、智相院釋妙葉信女(ちさうゐんしやくめうえふしんによ)と刻みたるが、亡き人の其の名なりとぞ。
唯(と)視たるのみ、別にいふべき言葉もなし。さりながら青苔の下(した)に靈(れい)なきにしもあらずと覺ゆ。餘りはかなげなれば、ふり返る彼方の墓に、美しき小提灯(こぢやうちん)の灯(ひとも)したるが供へありて、其の薄暗(うすぐら)かりしかなたに、蠟燭のまたゝく見えて、見好(みよ)げなれば、いざ然るものあらばとて、此の邊(あたり)に賣る家ありやと、傍(かたへ)なる小童(せうどう)に尋ねしに、無し、あれなるは特に下町邊(へん)の者の何處(いづこ)よりか持て來りて、手向けて、今しがた歸りし、と謂ひぬ。去年(こぞ)の秋のはじめなりき。記すもよしなき事かな、漫歩(そゞろある)きのすさみなるを。

[やぶちゃん注:底本は1942年刊岩波版「鏡花全集」巻廿八を用いた。但し底本の総ルビを読みの振れると僕の判断したもののみのパラルビとし、濁音の踊り字「/\」は正字とした。]

鏡花忌である。
本文章は全集でも「雑記」の中に投げ込まれ、目立たぬ小品であるが、僕にとっては、鏡花の作品の内、一読忘れ難い佳品である。
一葉は明治29年11月に25歳で亡くなっている。
4年後、鏡花27歳、この年の2月に畢生の名作「高野聖」が世に出、前年には後の終生の伴侶伊藤すずと出逢ってもいる。
されど、いや、故に僕は、この「一葉の墓」は、鏡花自身の稀有の「弔詞」なのだと思う。
……ちょいと「次手あるより/\に、詣」でただけ――しかしそれは実にたび/\の春夏秋冬の景……「別にいふべき言葉なし」――されど、その詞の乾ぬ間に「青苔の下に靈なきにしもあらず」と語る彼……花屋の女房――墓地の小童……彼等はまさに皆、一葉の佳品の、その愛すべき登場人物その人その人……遠くともった小さな提灯、「其薄暗かりしかなたに、蠟燭のまたゝく」そは何――一葉の魂?……いや、それは鏡花の魂である……
僕はこの作品に鏡花の一葉への限りない恋情を感じずには居られない。
いや、この作品は「レクイエム」である。
「一葉へのレクイエム」ではない。
それは――最早なし得ぬ「鏡花自身の一葉への恋情のレクイエム」である。
闇にぽつと浮かぶ墓地の遠くの小提灯の蠟燭の火……恋とはそのような儚いもの……少なくとも僕は、そう、思うのである――

2007/09/06

我墓が前に立つ勿れ 泣く勿れ

我墓が前に立つ勿れ 泣く勿れ
我 其處に在らず 我 其處に眠らざる――

我は

吹き拔くる千の風
雪片の金剛石の輝ける
豐かなる穗りに灌(そそ)ぐ影
秋雨(あきさめ)のあはれなる――

閑もれる朝まだき汝(な)れの目覺めに
弧畫きつゝ飛び亙る鳥の翔ける氣圏こそ 我――

我墓が前に立つ勿れ 泣く勿れ
我 其處に在らず 我 其處に眠らざる――

無謀絶望暴虎馮河は基より自明。噴飯偏頗半可通の僕の文語訳である。

「ひめゆり」の少女

Sailormiddles750 この映画で、唯一一瞬、演者によって創られた画像がある。オープニングのひめゆりの塔の記念館の、あの写真の部屋の後姿の女学生である。そうして、その少女は沖繩の海と空の「美しい」ポスターにも立ち現われる。僕は、当初、正直に言うと、この宣伝媒体としてのポスター・スチールや、その冒頭演出を快く思わなかった。それは、一瞬のプロローグの演出や集客のための手段であったとしても、すこぶる安易な感傷――芥川龍之介風に言わせてもらえば陳腐なサンチマンタリスムとして――僕に違和感を感じさせるものであったから……。

……しかし、それは大いなる誤りであった。

今日までに、僕のブログを読んだかつての教え子の少女が、二人、「ひめゆり」を見たとメールをくれた。そうして心から打たれた……と。

僕は、今、分かる――あなたは、この「ひめゆり」の「少女」なのだ――

――見学者や観客ではない――

確かに あなたは「ひめゆりの少女」なのだ――

2007/09/03

春女思秋士悲

春、女思、秋、士悲。

春、女は思(かな)しみ、秋、士は悲しむ。

(「淮南子 謬稱訓」より)

「生」の在りようを思い悩むことが出来るのは女、

「生」の終わらんとすることをのみ男は悲しむばかり……

この哲学は自ずから、「女」という存在が、間違いなく人としての「在る」ことの真理を見極めていることの証左なのだ、と僕は勝手に思っている。

女は宿命的に暗示的である

女は宿命的に暗示に富んで居る。女は本來のおのれの生命ならぬ生命に生きて居るのだ。女は、みづからに附き纏ひ、みづからそれを豐富にしつつある想像の中で精神的に生きてゐるのだ。

富永太郎拾遺詩集及び断片(やぶちゃん版) ボードレール「人工天國」より) 

寺島良安 和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚 海鼠(ナマコ) ハンパねえ!

寺島良安「和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚」に「海鼠」(ナマコ)を追加した。恐らく、「和漢三才図会」の電子テクスト化の中で、今までの中で最も入れ込んだ項目である。言うところの――ハンパねえ!――だぜ。

2007/09/01

ナマコ分類表

寺島良安「和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚」の海鼠(ナマコ)の注を鋭意製作中。さすがに私の好きなナマコだけに、マニアックに入れ込むのを抑えるのが至難の技だ。今日の午前中は、注の冒頭部、ナマコの分類でハマってしまった。まず、実はネット上の日本語ページに主要国産種のまとまった分類表がないことに気づいた。フライングだが、そのこだわり部分を抜粋する。我ながら、ちょっと気負った文章だね。でも好きだから、しゃあないんだ。

棘皮動物門 Echinodermataナマコ綱 Echinoidea。現在、6目に分類されるが、以下には、深海からの採取に限られる指手目Dactylochirotidaを除いた5目を挙げ、さらに阪急コミュニケーションズ2003年刊の本川達雄他著「ナマコガイドブック」に所載される科を列挙、同時に同書巻末にあるナマコ写真図鑑部分に所載する49種を漏れなく掲げた。これによって本邦産の嘱目可能な主要な種を学術的にほぼ完全に押さえられると信ずるからである。同書の内容を一覧化したに過ぎないが、それでも私のこの記載は、現在Web上に存在する最も新らしい知見に基づく国産主要ナマコ類の最新の学名付き分類表であると自負するものである。

樹手目Dendrochirotida
 ジイガゼキンコ科Psolidae
   ジイガゼキンコPsolus squamatus
 グミモドキ科Phyllophoridae
   ハマキナマコPhyrella fragilis
 スクレロダクティラ科Sclerodactylidae
   イシコEupentacta chromhjelmi
   ムラサキグミモドキAfrocucumis africana
 キンコ科Cucumariinae
   キンコCucumaria frondosa var. japonica
   グミPseudocunus echinatus
楯手目Aspidochchrotida
 クロナマコ科Holothuriidae
   クリイロナマコActinopyga mauritiana
   トゲクリイロナマコActinopyga echinites
   オオクリイロナマコActinopyga sp.
   クロエリナマコPersonothuria graeffei
   フタスジナマコBohadschia bivittata
   チズナマコBohadschia vitiensis
   ジャノメナマコBohadschia argus
   ニセジャノメナマコBohadschia sp.
   クロナマコHolothuria (Halodeima) atra
   アカミシキリHolothuria (Halodeima) edulis
   チビナマコHolothuria (Platyperona) difficilis
   イソナマコHolothuria (Lessonothuria) pardalis
   クロホシアカナマコHolothuria (Semperothuria) cinerascens
   テツイロナマコHolothuria (Selenkothuria) moebii
   リュウキュウフジナマコHolothuria (Thymiosycia) hilla
   ミナミフジナマコHolothuria (Thymiosycia) arenicola
   イサミナマコHolothuria (Thymiosycia) impatiens
   フジナマコHolothuria(Thymiosycia) decorata
   トラフナマコHolothuria (Mertensiothuria) pervicax
   ニセトラフナマコHolothuria (Mertensiothuria) fuscocinerea
   ニセクロナマコHolothuria (Mertensiothuria) leucospilpta
   モグラナマコHolothuria (Mertensiothuria) sp.
   ハネジナマコHolothuria (Metriatyla) scabra
   イシナマコHolothuria (Microthele) nobilis
 シカクナマコ科Stichopodidae
   バイカナマコThelenota ananas
   アデヤカバイカナマコThelenota anax
   オキナマコParastichopus nigripunctatus
   シカクナマコStichopus chloronotus
   オニイボナマコStichopus horrens
   ムチイボナマコStichopus pseudhorrens
   アカオニナマコStichopus ohshimae
   ヨコスジオオナマコStichopus hermanni
   タマナマコStichopus variegatus
   マナマコApostichopus japonicus
 ミツマタナマコ科Synalloctdae
   ゴマフソコナマコBatyplotes moseleyi
板足目Elasipodida
 カンテンナマコ科loetomogonidae
   ヒメカンテンナマコLaetomogone maculata
隠足目Molpadida
 カウディナ科Caudinidae
   シロナマコParacaudina chilensis
無足目Apodida
 イカリナマコ科Synaptidae
   クレナイオオイカリナマコOpheodesoma (?) sp.
   オオイカリナマコSynapta maculata
   トゲオオイカリナマコEuapta godeffroyi
 クルマナマコ科Chiridotidae
   ミナミクルマナマコChiridata sp.
   ムラサキクルマナマコPolycheira fusca
   ヒモイカリナマコPatinapta ooplax

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