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2007/11/24

〔一生は他愛もなく過ぎるのだ。〕 生田春月

  ○

一生は他愛もなく過ぎるのだ。

人間は人間で終るのだ。

痴人は痴人で終るのだ。

もうおさらばだ。

美しい世よ、醜い世よ、

もつと美しくなれ、

もつと醜くなれ。

 

堂ビルホテルの八階から

おれは大阪の街(まち)を見てゐる。

街のきらめく火の海を見て、

人の營み、いよいよ寂しく。

これが人の世。

これが一生。

利(り)は寂しさを消すだらうか。

おれはもう切り上げる……

       昭和五年五月十八日(大阪)

注:遺稿詩集『長編「時代人の詩」』の掉尾「終篇 愚かな白鳥」の巻頭の無題詩。底本は昭和42(1967)年彌生書房刊廣野晴彦編「底本 生田春月詩集」であるが、「営」を恣意的に「營」に直した。

底本では詩の末尾日付との間下に

「文学時代」二巻七号より

の記載があるが、省略した。これは恐らく編者の注であり、それは没後二箇月後に出た生田春月の追悼号「文学時代」7月号を指すと推定されるからである。また、末尾の日付の下には続いて

=死の前日の作

とあるが、これも同様の理由により省略した。

実際には、遺稿詩集『長編「時代人の詩」』の掉尾「終篇 愚かな白鳥」は、この詩を含めて3篇の詩で構成されている。この詩に続いて、「エリゼ・ルクリユを思ふ」、「カアペンタアを思ふ」であるが、前者は(一九三〇・一・三〇)の日付を、後者は(一九三〇・五・一一)の日付を持ち、少なくとも詩作そのものは、この作品と切り離すことが可能と考えて、本詩のみを、春月のもう一つの「末期の眼」として、テクスト化した。

なお、昨夜、ブログ・カテゴリに「生田春月」を作成した。

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