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2008/01/01

タスマニア紀行4《タスマニアで見る2》「海岸生物の宝庫ビシェノー」

Img_0105 タスマニア紀行4《タスマニアで見る2》「海岸生物の宝庫ビシェノー」
翌朝、僕はホテルの前の海岸を小一時間観察して歩いた。やはり人工のゴミが全くない。こんなに美しい海岸を見たのは、初めてだ。そうして磯・浜・干潟のすべての多様な生態系があり、かつ内湾と外洋に面したニ様の生態系を一山越えれば容易に観察できる。岩礁性海岸では、潮間帯と潮下帯の漸層域が殆んどなく、潮の下にはすぐ巨大なケルプ群が広がっている。潮間帯中間部から下部にかけてはフジツボの群落が優勢であるが、下部にはそのフジツボの群落の隙間を覆いつくすようにホヤ(ミヒャエルホヤPyura sacciformisに似ているがあれは韓国と日本それも南西諸島を除く海域に生息するとされるから別種であろう)が多数生息している。視認し触れられる磯で、これだけ広範囲に広がるホヤの群落を見たのは生まれて初めてだ。手で触れると明瞭に盛り上がった出水孔から、水を噴出す。その音がピュピュと聞こえる。直径50㎝程の擂鉢上のタイドプールは蟹の巣であった。石になって観察していると、イワガニ科Grapsidaeの一種と思われる十数㎝の蟹が底の方からわらわらと湧いてくる。ここでは一種のヒトデが極めて優勢で、腹側の形状からはイトマキヒトデ科Asterinidaeに近い種のように見受けられる。背側から見た時は同種の灰色のカラー・バリエーションに似ているのだが、腕数が7か8という日本ではまず見られない種であった。当然のことながら面白いのは、僕の観察したそれぞれのタイドプール内に生息する個体の腕数が7か8にほぼ統一されていることであった。そうしてゴッスである! 僕は永らくどこかで、ゴッスの描く「アクアリウム」や「イギリスのイソギンチャクとサンゴ」の博物画は、模式的に若しくはまさにアクアリウム的に人為集合された架空のものと思っていた。ところが、このビシュノーの海岸のほんの小さな岩の割れ目を覗いて見ると、そこには実にあの絵の世界がある! ウメボシイソギンチャクActinia equinaに極めて類似した巨大種(直径が15㎝を有に越える個体が長径が同長のカサガイが丸ごと捕食していた)優勢種であるが、他にミドリイソギンチャクAnthopleura fuscoviridisや白色・褐色系のウメボシイソギンチャクの仲間(色彩変異の多いコモチイソギンチャクCnidopus japonicsに似る)が所狭しとおしくらまんじゅうをしているのだ。砂浜で拾ったアマモ属の仲間Zosteraを手にしながら、僕は日本の豊かな自然海岸が持っていたであろうこのようなありのままの自然、そうしてそれが致命的に失われた事実を、どこか浦島太郎のような気持ちで考えていた――

何と、この魚介の宝庫にあってタスマニアの人々は、今まで海産物をほとんど食さなかったそうである。即ち、カキやイカ・タコの一部の海産物以外は殆んど一般的食事に供さない、ことは、通常、英語で固有種ムール貝(イガイ目イガイ科ムラサキイガイMytilus galloprovincialis)を言う“mussel”が、メニューでは何でもかんでも二枚貝を指してしまうということからも分かる。それは直ちに利用価値のない海洋生物に興味を持つ人々は少ないことの証しであり(オーストラリアでの殺人クラゲ・イルカンジ発見から事故防止の遅れの過程を見ても僕はそう感じる)、研究者が絶対的に少ない→海にゴミがない→誰もまだ調べていない未発見の生物種がゴマンといるということではあるまいか。

(写真はホテル“シルバーサンズ”の部屋からの夕景。左手に美しい半月上の浜、右手に巨大なベイの開口部へと向う砂岩の岩礁海岸が続いている。釣をしている人々はイカを狙っている。)

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