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2008/04/13

芥川龍之介 現代十作家の生活振り

芥川龍之介「現代十作家の生活振り」を正字正仮名で「やぶちゃんの電子テクスト:小説・評論・随筆篇」に公開した。

これはまたしても洩れていたアフォリズムかと思ったのだが、実際にはアンケート風のものと思われる。

最早――旅宿の宿帳に新聞社の社員と記し(芥川龍之介の場合、これは虚偽ではない)、洋装は吊るし一誂えで一年を過ごし、ヤニで歯間が黒くなるほど煙草を吸い、芝居も寄席も映画も殆んど見ない、明窓浄机(数学者岡潔先生の好きな言葉であった。恐らく今の若い読者には意味不明であろう。ちなみ岡先生の講義を受けた(!)僕の先輩の先生によれば、岡先生は芥川龍之介が大好きで、特に「戯作三昧」がお好きであったという。あのインスピレーションの発露、ドゥエンデの祝祭といった感の終曲部には、確かに岡先生好みの表現が散見される)を身上とし、万年筆を用いずGペンを用いて、半ペラの原稿用紙に向う作家は――いないと思われる。

芥川龍之介が甘いもの好きであったことは知っていたが、この砂糖の薀蓄は他では見られない、彼の嗜好の秘密を炙り出しているようにも思われる。それにしても彼がソラマメを嫌悪し、あの「蜜柑」の作家が蜜柑嫌いであった(実は「芋粥」の彼にしてとろろも大嫌いな食物であった)因みに、芥川龍之介の最大の好物は、鰤の照り焼きであった。

閑話休題。そう、以上は閑話、なのである。僕にはこの作品の別の一箇所に、またしてもある鮮烈な映像を見るのである。

それは「草花・動物――その他」の項である。彼の犬嫌いも知っている(しかしそれ程のものではないことがここで知れたが)。そんなことではない――
ここに居るのはケルベロスだ――

*ウィキより転載
ケルベロス(Κέρβερος, ギリシャ綴り: Kerberos, ラテン綴り: Cerberus)は、ギリシア神話における地獄の番犬。その名は「底無し穴の霊」を意味する。ヘシオドスの『神統記』によれば、50の首と青銅の声を持つ怪物で、テュポンとエキドナの息子とされている。しかし、一般的には3つ首で、竜の尾と蛇のたてがみを持つ巨大な犬や獅子の姿で描かれる。死者の魂が冥界にやってくる時には友好的だが、冥界から逃げ出そうとする亡者は捕らえて貪り食うという。これが地獄の番犬といわれる由来である。また、この獣の唾液から猛毒植物であるトリカブトが発生したとされており、ヘラクレスによって地上に引きずり出された時、太陽の光に驚いて吠えた際に飛んだ唾液から生まれたと言われている。ハデスの忠犬ともされる。また、2つ首の頭を持つオルトロスは、ケルベロスの弟にあたる。ソロモン72柱の魔神の1柱、ナベリウスとされることもある。3つの頭が交代で眠るが、音楽を聴くとすべての頭が眠ってしまう。ギリシャ神話では、竪琴の名手オルフェウスが死んだ恋人エウリデュケを追って冥界まで行く話があるが、そのときも竪琴(ハープ)で眠らされている。[やぶちゃん注:引用終了。]

『この頃も犬の爲めに惜しいリボンを失つた。と云ふのは、この夏輕井澤で新たに得た鍔廣の帽子をかぶつて、久保田万太郎君を訪ねようとすると、ちやうど久保田君の家の前で、犬が二匹、僕に吠えたついた。犬の目が帽子にそゝがれてゐると思つたので小脇にかかえへると、その拍子にリボンが路傍に落ちて了つた。拾はうと思つても、二匹の犬は頑として立去らずにゐるので、どうも怖くて拾へないで、甚だ殘念だつたが、その儘久保田君の家へ入つた。歸りに見ると、リボンは、犬が咥(くわ)へていつたらしく、到頭見當らなかつたのである。』

――このリボンは何色だったのか――僕には僕のイメージするビロードのワインレッドのリボンが、モノクロームの地面にそこだけ血の染みように彩色されて見える――

――「この頃」とは、この作品の発表された前年の夏である。即ち大正13(1924)年の夏――

――そう、この場面の映像のずっと向うに、僕は、松村みね子と芥川龍之介の二人が高原に佇む邂逅の一瞬の姿を透視するのだ

――そうしてこの可憐なリボンに出逢いながら

――そのリボンを死の神ハデスの忠犬ケルベロスに奪われる芥川龍之介

――神話とは自動的に作動してしまうシステムである。作動したら止めることはできない。そこでは主客の変換は問題ではない。いざと言うときはデウス・エクス・マキーナがある――

――従って少しだけ冥界への勾引は猶予された

――それはオルフェウス龍之介自身の自身による「越びと 旋頭歌二十五首」の竪琴の音色と共に

――それも……しかし……少しだけのこと……「輕井澤で――「追憶」の代はりに――」の最後に彼の竪琴――手風琴は裁たれる――

『さやうなら。手風琴の町、さようなら、僕の抒情詩時代。』

――僕の愛するルドンの「オルフェウスの死」に既に描かれていたあの横顔――あれは実は後の芥川龍之介だったのだと、今、僕は感じている――

Odilon_redon_orpheus1903

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