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2008/06/21

僕等の宇宙の大きさ

仏教で言う狭義の宇宙とは「有頂天」から「金輪際」(厳密にはその下に「水輪」と「風輪」があるからそれも含めるが、「金輪際」という語は恐らく「金輪際」以下を総称的にイメージしていると思われる)までの閉鎖空間を言う。断っておかなくてはいけないのは、その宇宙の周囲は開放空間であり、「阿僧祇」(あそうぎ*)=無限である、とする点である。さて、以下、僕の愛読書である永田久「暦と占いの科学」(1982新潮社刊)の記載を中心に「宇宙」を計測してみよう。

*やぶちゃん注:但し、日本では「阿僧祇」は有限値の数詞を示し、1056である。これは寛永4(1627)年に数学者吉田光由が中国の程大位の「算法統宗」(1592年刊)をもとに「塵劫記」で規定した。そこでは京=1016の上に

垓(がい)=1020

杼(じょ)〔これは誤字と目され、正しくは「秭」(し)である〕=1024

穣(じょう)=1028

溝(こう)=1032

澗(かん)=1036

正(せい)=1040

載(さい)=10の44

極(ごく)=10の48

恒河沙(ごうがしゃ)=1052

そうして、ここに阿僧祇が=1056入り、更にその上には

那由他(なゆた)=1060

不可思議=1064

無量大数(むりょうたいすう)=1068〔これは元来は「無量」と「大数」で別な数詞であったとする。さすれば仏教的で言う無限の意の「無量」の更に上に数詞としての「大数」=1072が存在し、古代中国にあって究極の最大数は「千大数」=1075まで考えられたということであろうか。〕。

その虚空の宇宙の中に「三輪」と呼ばれる円筒形をしたものが浮遊している。それは上から「金輪」「水輪」「風輪」の順に層を成しており、この最上部にある「金輪」の中央に須弥山(しゅみせん)という山がある。

さて、その須弥山を取り囲んで更に7つの海と8つの山が存在する。更にその外側に幅322000由旬(一由旬は約14.4㎞であるから約4,636,800㎞)の大海があってその中央部に「贍部州」(せんぶしゅう)という大陸が存在し、それが我々の住んでいるこの世界であると規定する。

さて、「金輪際」である。

これは、その我々の世界である「贍部州」がある「金輪」と「水輪」の境を示す言葉で、「金輪」が我々の居住する世界であるから、その地下の果てという意味から、極限、絶対、決してという故事成句となったというのはご存知の方も多いであろう。では、その「金輪際」まではどれくらいあるのだろうか。仏教は極めて数理的である。地上から金輪際までの距離は、

32万由旬=約4,608,000

これが僕等の「金輪際」と言った時の実際の距離である。

では、今度はその「宇宙」の計測に入ろう。

「金輪」の上空には下から順に欲界と総称する六欲天(りくよくてん)が四天王天に始まり他化自在天(たけじざいてん)まである。これらは未だ生死流転の迷いの世界であるとする。

その上に色界と総称するものが梵衆天(ぼんしゅてん)から色究竟天(しきくぎょうてん)まで十七天ある。この世界では煩悩は超越されて形だけが存在し、光明を食物としているとする。

ちなみに、ここまでの各天間の距離は厳密な(?)数値として仏典に記されている。

更にその最上層が無色界である。そこでは空間概念も無化されており(それでは計測できないはずだが細かいことは言うまい)、精神のみの世界があるとする。そこは空無辺処天(心が空となる世界)・諸無辺処天(心だけが存在し、思考対象は「思考対象が存在しない」という唯一の思考対象しかない世界)・無処有処天(むしょうしょてん:思考も所有もない世界とするが、少なくとも「所有もない」という思考はあることになる)・非想非非想天(「想わない」し、「想わないことも想わない」という意味で、ここが究極の悟達の境地)の四天で終わる。即ち、この最上層のペントハウスである非想非非想天の天井が天空の果て=「宇宙の一方の果て」となる。

上記の永田先生の計算によれば、『地上の最初の天が四万由旬の四天王天で、色界の最上天まで二十三天が、最初の四万由旬、公比が2の等比数列の形で上へ上へと重なっているから、

    40000(222-1)

40000+―――――――――=167,772,160,000

         2-1

すなわち地上から色界の色究竟天まで一六七七億七二一六万由旬あることになる。

 さらに、有頂天までその割で計算すると、金輪際から有頂天までは、

         40000(226-1)

32000040000+――――――――――=2,684,354,880,000

              2-1

つまり、二兆六八四三億五四八八万由旬あることになり、これが仏教による宇宙の大きさであるといえる。一由旬14.4㎞として、一光年九兆四六〇〇億キロとすると、四・〇八光年の大きさとなる。有頂天は地球にもっとも近い星ケンタウルス座のプロクシマ[やぶちゃん注:*]であろうか。』

 

*プロクシマについてウィキペディアの記載から引用する。

『プロキシマ・ケンタウリ (Proxima Centauri) は、ケンタウルス座に属する恒星である。ケンタウルス座アルファ星の第2伴星であり、太陽系に最も近い恒星として知られている。プロキシマ・ケンタウリは1915年に南アフリカの天文学者ロバート・イネスによって発見された。発見当時、プロキシマ・ケンタウリは既知の恒星の中で最も暗い恒星であった。(中略)赤色矮星であり、地球からの見かけの等級(視等級)は11、絶対等級は15.5である。非常に暗い恒星であるため、地球からの観測は肉眼では不可能である。(中略)プロキシマ・ケンタウリは、地球との近さから、しばしば恒星間航行の目的地として挙げられる。20世紀末から21世紀初頭にかけて宇宙船として使用されたスペースシャトルでプロキシマ・ケンタウリを目指した場合、その移動速度は約7.8キロメートル毎秒であるため、プロキシマ・ケンタウリに到着するまでに16万年を要する。』

 

なお、ここで先生は『金輪際から』とおっしゃっているが、厳密に言えば(由旬換算を7㎞とする記載もあるし、このような大きな数になれば有意性はなくなるけれど、とりあえずここまできたので先生の数値をもとにしつつ補正してゆくと)「金輪際」のその下に続く「水輪」(一説に高さ80万由旬)及び最下層の「風輪」(測れない高さともあるが一説に高さ160万由旬ともいう。ここが所謂、厳密な意味での「宇宙」の下方の果てとなるのである)が加算されていないので、+34,560,000㎞で、キロメートル換算すると

2,684,354,880,000×14.4+34,560,000=38,654,744,832,000

これを和の数詞で表現すれば、

38654744832000㎞(≒4.08光年)

これが、たかが、されど、の「僕等の宇宙」である(やっぱり4.08光年だ。先生はもともと、数学者として僕が補正する分は有意性を認めないということが分かっていらしたから割愛なさっていたのだ)。

さても、スペース・シャトルに乗って16万年の旅に出れば、僕等は僕らの「宇宙の果て」にたどり着くことが出来る。……そこで気づくことがある……16万年とは如何にも象徴的ではないか――

 

○AP通信2003年6月13日より

3つの16万年前の人類の頭骨が、エチオピアで古生物学者チームにより発掘された。現代人の直接の祖先にあたり、これまでに発見されたうちで最も古く、最も保存状態の良い化石だ。ほとんど完全な形で残っていた成人男性と子どもの頭骨、そしてもう1人の成人頭骨の一部は、現生人類(ホモ・サピエンス)の顔の特徴が現れはじめたころの、人類進化の決定的な段階を提示しているように見える。(後略)

 

○ワシントン共同2007年10月17日より

貝類食べ始めは16万年前  南アの洞窟に最古の遺跡

南アフリカの海岸にある洞窟から、食料にしたとみられる貝殻や石器などが見つかったと、米アリゾナ州立大などの研究チームが18日付の英科学誌ネイチャーに発表した。氷河期の16万4000年前の遺跡とみられる。研究チームは「これまでより約4万年さかのぼり、海産物を食べていたことを示す遺跡としては最古」と説明。氷河期の厳しい環境下で、人類が食べ物を求め陸から海に向かった証拠だという。遺跡は南アフリカ南部ピナクルポイントのインド洋に面したがけにあり、15種類の貝類とともに大量の細石器や顔料が見つかった。現生人類は20万~10万年前に出現したことが化石や遺伝子解析で分かっており、細石器などを使っていたとされる。(後略)

 

その僕等の「夜の果てへの旅」の時間は、ちょうど僕等がHomo sapiensとして生きてきた時間と一致するのだ――

   

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