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2008/09/30

僕は狂師でありたいのだ

一月以上前に、前の学校の教え子が(彼はアメリカで語学を学んで「空」を飛ぼうとしている!)、昔、授業で聞いた山崎正和の「水の東西」を読みたくなったという。僕が教えた教材ではないが、それを今日、送った。

その感謝のメールをもらって、僕は何より「教師」であったことを嬉しく思う。社会的教師であることなど、糞食らえ!

誰かに教え、そうして、逆に教えられる関係が「狂師」→教師であろう。

僕は教師であるより→「狂師」でありたい。

その彼の返事を引用する。

『せっかくの代休だというのに、お手数掛けてすいません。ありがとうございました!まだ読んでいませんがすべて確認できました。

体育祭のやぶちゃんの写真も添付されてると少し期待しちゃった^^アハッ^^

アメリカで剛腕を剛脚を身につけて同じペア、同じ場所で再戦を望む。』

最後の言葉は分からないか? 彼は右腕を折った僕が復活した、あの瞬間にいた忘れられぬカヌー競漕の「彼」なのだ――

婆羅門教徒 イワン・ツルゲーネフ

 婆羅門教徒

 婆羅門教徒は、おのれが臍をうちながめ、「オム」の一語を復誦す。復誦することによりて神に近づく。
 けれど人間の軀(み)のうちにあつてこの臍ほど神聖でないものがあるであらうか? この臍ほど、うつそみの果敢なさを、はつきり想ひ起させるものがあるであらうか?
   一八八一年六月

□やぶちゃん注
◎表記について:底本は『「オム」の一語を』の鍵括弧後部が『「オムの」一語を』となっているが、誤植と判断し、表記のように直した。
◎「オム」:原文は“«Ом!»”。現在は一般に「オーム」と表記され、アルファベットでは“om”又は“oM”と表記される(実際には“o”と“m”が同化して鼻母音化し「オーン」【õ:】と発音する)。バラモン教のみでなく、広くインドの諸宗教及びそこから派生し世界に広がった仏教諸派の中にあって神聖視される呪的な文句・聖音。バラモン教ではベーダ聖典を誦読する前後及びマントラ(mantra:宗教儀式における賛歌・祭文・呪文を記した文献の総称)を唱えたりや祈りの前に唱えられる聖なる音である。バラモン教の思想的支えとなるウパニシャッド哲学にあっては、この聖音は宇宙の根源=ブラフマン(Brahman:梵)を表すものとして瞑想時に用いられる。後の近世ヒンドゥー教にあっては、「オーム」の発音としての“a”が世界を維持する神ビシュヌを、“u” が破壊神シバを、“m”がブラフマンの人格化された創造神ブラフマーに当てられ、その「オーム」という一組の音によって三神は実は一体であること、トリムールティTrimurtiを意味する秘蹟の語とされる。なお、これは仏教の密教系にも受け継がれて「恩」(おん)として真言陀羅尼の冒頭に配されている。唐の般若訳「守護国界主陀羅尼経」にはヒンドゥー教と同様、仏の本体・属性・顕現を意味する三身を、即ち「ア」が法身(ほっしん)を、「ウ」が報身(ほうじん)を、「ム」が応身(おうじん)を指すとし、三世諸仏はこの聖音を観想ことによって全て成仏すると説かれている。
◎うつそみ:現身。この世に生きる人間又はこの世、人の世の意。「うつせみ」の古形。「現(うつ)し人(おみ)」が「うつそみ」となり、更に「うつせみ」と変化した。「身」の字や「空蝉」は後世の当て字。

2008/09/29

質朴 イワン・ツルゲーネフ

 質朴

 質朴よ! 質朴よ! 御身(おんみ)をもつて人は神聖なるものといふ。しかも神聖なるものは――人の世のことではないのである。
 謙讓――これはそれでもよい。謙讓は驕傲を抑壓し、驕傲を征服する。しかし、忘れてはならぬ。征服感そのもののうちには既に驕傲のこころの潛むを。
   一八八七年六月

[やぶちゃん注:「驕傲」は「きょうごう」と読み、驕慢に同じ。驕(おご)り昂ぶること。]

2008/09/28

寺島良安 和漢三才圖會 卷第九十七 水草類 藻類 苔類 鹿角菜(フノリ)

寺島良安「和漢三才圖會 卷第九十七 水草類 藻類 苔類」に「鹿角菜」(フノリ)を追加した。

夜半に眼ざめて イワン・ツルゲーネフ

 夜半に眼ざめて

 夜半に私は寢床から起き上つた……、誰かが私を呼んだやうな氣がしたのである……、暗い窓のむかうの方で……。
 私は窓硝子に顏をおしあてて、耳をすまし、眼を瞠つて――待つてゐた。
 けれど窓のむかうには樹々が單調に、しかも雜然と――ざわめいてゐるばかりであつた。濃い、煙のやうな雲は絶えず動き、うつろひながらもいつまでも同じであつた――天(そら)には星かげもなく、地には火影(ほかげ)もない。外はさみしく、もの憂い、……丁度わたしの心の中のやうに。
 しかもふと、どこか遠くの方から、悲しげな聲が聞こえて來て、いよいよ高まり、近づいて來て、人間の聲となつた。やがてまた低くなり靜かに消えて行つた。
 「さよなら! さよなら!」
 聲の消えてゆく時に、わたしはこんな言葉を耳にした。
 ああ! わたしの過去のすべては、わたしのあらゆる幸福は、わたしが愛し、いつくしんだありとあらゆるものは、永劫にわたしを去つて、再びここに歸つては來ないのだ!
 わたしは飛び去つて行く私の生涯にぬかづき、寢床のうへに横たはつた……、まるで墓にでも入つたやうに……。
 ああ、これがまことの墓ならば!
   一八七九年六月

2008/09/27

寺島良安 和漢三才圖會 卷第九十七 水草類 藻類 苔類 於期菜(オゴノリ)

寺島良安「和漢三才圖會 卷第九十七 水草類 藻類 苔類」に「於期菜」(オゴノリ)を追加した(今朝更新していたが、転送をし忘れていた)。オゴノリの中毒については以前からまとまったものを書きたいと思っていたのが、やっと叶った。

巧言 イワン・ツルゲーネフ

 巧言

 私は巧言(フラーツア)をおそれる。擯(しりぞ)ける。しかも巧言をおそれることもまた――一つの衒氣(プレンジヤ)である。
 私たちの複雜な生活は巧言(フラーツア)と衒氣(プレンジヤ)――この二つの外国語の間を浮びただよふ。
   一八八一年六月

 

□やぶちゃん注

◎巧言(フラーツア):原文は“фразы”で、これは単に句・成句、フレーズ・メロディの他に、美辞麗句の意を持つ。
◎衒氣(プレンジヤ):原文は“претензия”で、これは法的な権利要求・請求権、商取引上のクレーム・苦情の他に、自負・自惚れの意を持つ。「衒氣」という日本語は、自惚れて自分を偉そうに見せようとする気持ちを言う。
◎この二つの外国語:“фразы”はフランス語や英語の“phrase”で、この語はギリシャ語由来のラテン語“phrasis”(言うこと・語ること)が語源である。また、“претензия”はアルファベットで綴ると“pretenziya”となり、これは英語の“pretender”やフランス語の“prétentieux”と極めて綴りと発音が似ており、衒学者・詐称する者・勿体ぶった奴・気取った奴・誇張した文体等を言う。こちらは英語由来の語と思われる。

2008/09/26

處生訓 イワン・ツルゲーネフ

 處生訓

 「若し君が敵手(あひて)をひどく困らせ、傷つけてやらうとでも思ふなら」と或る古狸が私にいつた、「君は自分で有(も)つてゐると思ふ缺點だとか、惡癖を數へあげて、敵手(あひて)を非難してやるがいいよ、大いに憤慨して、非難するんだ。
 まづ、さうすれば、君はその惡癖を有つてないと相手の奴に思はせるだらう。
 次には、君の憤慨が本物にもなるし、君は自分の良心の呵責を利用することもできる。
 若しも、君が、たとへば假に變節者であつたとしたら、相手に信念がないといつて非難してやり給へ。
 また若し、奴隷根性をもつてゐたら、口をきはめて、そいつを奴隷だ……文明の、ヨーロッパの、社會主義の奴隷だといつて、けなしてやり給へ。」
 「反奴隷主義の奴隷だ、ともいへるでせうね。」と私は氣を引いてみた。
 「さうもいへるね。」と古狸は私の言葉を引き取つた。
   一八七九年二月

[やぶちゃん注:本詩は当初は“SENILIA”に所収される予定ではなかったが、ツルゲーネフの「閾」の削除要請(詳細は該当詩の中山注で語られている)に添えられた差し替え作品と聞いている。読んで一目瞭然、死後に公開された拾遺の前掲の「處生訓」とは全く別物である。]

2008/09/25

マーシャ イワン・ツルゲーネフ

 マーシャ

 幾年も前のことである。ペエテルブルグに住んでゐた時分、馬橇を雇ふやうなことがあると、きつとその馭者と話をしたものであつた。わけても近郷の貧しい百姓で、自分の暮しをつけたり、旦那への年貢を稼ぐつもりで、枯草色に塗つた橇と、やくざな駄馬をひつさげて、都(まち)へ出てゐる夜の馭者たちと話をするのが好きであつた。
 さて、或る時のこと、私はさうした馬橇を雇つた。馭者は二十歳(はたち)くらゐの若者で、背の高い、頑丈な、いい若い衆であつた。碧い眼と、紅い頰と、亞麻いろの髪は、目深にかぶつたつぎはぎの帽子の下から小さな渦を巻いて、はみ出してゐた。こんなにがつしりした肩に、よくもこんなぼろぼろの百姓外套を引つかけたものである。
 しかも、髯のない、きれいな顏は物悲しく、陰気さうに見うけられた。
 私は彼と話をした。彼の聲にも哀愁がこもつてゐた。
 「君、どうしたんだい。」と私は訊いた、「どうして鬱(ふさ)いでるんだ。何か不仕合せなことでもあるのか。」
 若者はすぐには答へなかつた。
 「あるんでがす、旦那、あるんでがす。」と彼はやうやく呟いた、「いつそ死んだ方がましな位(くらゐ)なことなんでさ。女房が死んぢまひやして。」
 「可愛がつてたんだらうねえ……、そのお内儀さんを。」
 若者は私の方を向かなかつた。ただ心もち頭を下げたばかりであつた。
 「可愛がりましたとも、旦那、九箇月目にもなりますが……、どうにも忘れらんねえんで。しよつちゆう、かきむしられるやうな思ひでさ、全く。何だつて、また死ぬやうなことになつたんだか、若い身空で! 丈夫だつたのに。たつた一日で。コレラにやられちめえやがつて。」
 「いいお内儀さんだつたんだらうね。」
 「それはもう、旦那!」と哀れな男は深く溜息をついた、「一緒に、どんなに二人は仲よく暮しましたか。それに、わしのゐねえ留守に逝(い)つちまつたんでさ。わしは此處で女房(あれ)がもう埋められたつて聞くと、ぢきに村へ駈けつけました。家に着いたときはもう眞夜中過ぎでした。小舎へ入つて部屋の眞中へ立ちどまつて、そうつと、『マーシャ、おい、マーシャ……』って呼んで見ましたが、ただ蟋蟀が鳴いてるばかり……、そこで、わしは泣き出して、土間にべつたり坐りこんで、掌で地べたを叩いたんでがす!『この胴慾な土め! てめえは女房を貪食(くれ)ひやがつたな、さあ、俺も食つてくれ!』つて。ああ、マーシャ!」
 「マーシャ!」と彼は急に沈んだ聲で附け加へた。そして荒繩の手綱を持つたなり、手袋で眼から出る涙をおし拭ひ、涙をふるつて、肩をゆすぶり、そのままもう何もいはなかつた。 
 橇から下りる時、私は酒手に十五錢玉を一つやつた。彼は兩手で帽子をつかんで、丁寧にお辭儀をし、一月のひどい寒さに、灰色の霧のかかつた、人氣(ひとけ)もない街路(とほり)の、白い卓布のやうに降りつもつた雪の上をとぼとぼと歩いて行つた。
   一八七八年二月

□やぶちゃん注
◎胴慾:胴欲。①欲が深いこと。②むごいこと。人情のないこと。両義を込めての訳語と考えてよい。本熟語は国字である。
◎貪食(くれ)ひやがつたな:ルビはママ。中山氏は粗野な百姓言葉を荒っぽい江戸言葉風にして訳出している。
◎卓布:朗読時は「テーブル・クロス」と読みたい。

僕はこの掌篇を読む都度、僕の大好きな悲恋のロシア民謡「郵便馬車の馭者だった頃」を哀しいメロディを思い出す。そうして、「マーシャ!」というモノローグ、橇を引いて遠ざかってゆく若者……僕はこの映像を実際に見たような錯覚に陥り、自ずから目頭が熱くなってくるのだ……

寺島良安 和漢三才圖會 卷第九十七 水草類 藻類 苔類 海蘊(モズク)

寺島良安「和漢三才圖會 卷第九十七 水草類 藻類 苔類」に「海蘊」(モズク)を追加した。

2008/09/24

乞食 イワン・ツルゲーネフ

 乞食

 私は街を通つてゐた……。老いぼれた乞食がひきとめた。
 血走つて、涙ぐんだ眼、蒼ざめた脣、ひどい襤褸、きたならしい傷……。ああ、この不幸な人間は、貧窮がかくも醜く喰ひまくつたのだ。
 彼は紅い、むくんだ、穢い手を私にさしのべた。
 彼は呻くやうに、唸るやうに、助けてくれといふのであつた。
 私は衣嚢(かくし)を殘らず搜しはじめた……。財布もない、時計もない、ハンカチすらもない……。何一つ持ち合はしては來なかつたのだ。
 けれど、乞食はまだ待つてゐる……。さしのべた手は弱々しげにふるへ、をののいてゐる。
 すつかり困つてしまつて、いらいらした私は、このきたない、ふるへる手をしつかりと握つた……。「ねえ、君、堪忍してくれ、僕は何も持ち合はしてゐないんだよ。」
 乞食は私に血走つた眼をむけ、蒼い脣に笑(ゑ)みを含んで、彼の方でもぎゆつと私の冷えてゐる指を握りしめた。
 「まあ、そんなことを、」彼は囁いた、「勿體ねいでさ、これもまた、有難い頂戴物でございますだ。」
 私もまたこの兄弟から施しを享けたことを悟つたのである。

狂師像後日談 赤飯

今日の昼過ぎ、筋肉の痛みをとろうと風呂に入っていると、隣に住んでいる父がやってきた気配がした。

「お前の優勝を祝って赤飯買ってきたよ」

という声がした。風呂から上がると、食卓にコンビニの赤飯が置いてあった――

……そうだね、親父……病気がちで非力な息子を持った僕の父は、きっと小さな時の僕が運動会でいつだってびりケツだったのを(それは当たり前だと思っていたから僕自身はたいした落ち込みはなかったのだけれど)――どしたらいいだろう、でも、どうもできんな――とどこかで親父として淋しく思っていたんだろうな……

僕はこのありがたい赤飯を、「見に来るな!」と冷たく厳命した妻と共に今夜、分かち合おう――

狂師像一位!

昨日は私の勤める学校の体育祭だった。本校には「狂師像」という教員を女子生徒が仮装させ、生徒の創作したパフォーマンスを教師が一人で演じるプログラムがある。運動神経マイナス100の僕にはとっても荷が重いのだったが、断った去年に引き続いて今年も頼まれ、色の生徒の誰を「狂師像」にしたいかというアンケートまでとられた結果を持ってこられては(体育祭は4色に分かれ、それぞれ誕生月に振り分けられる。僕は仕事上、誕生月と関係なしに黄色組のトップの顧問を振り分けられていた)、断るのは男がすたるというもんだ(とっくに十分男どころか人生がすたっているのだが)。但し、「芝居はモト演劇部だからね、女装でもオカマでも何でもこなせるが、病気のデパートの僕には体を動かすパフォーマンスは出来ないよ。」という約束だったのだが……

衣装及び小道具(8個に限られる):薄いクリームの光沢地に赤の単衣(ひとえ)風に見えるような下地が肩に入った完全正統の美麗な狩衣。紫の指貫(さしぬき:袴)。黒の立烏帽子。扇子。ミニチュアの牛車(ダンボール製だが非常によく出来ている)。マイク(100均の玩具)。尻尾の付いたピンクのヘッドバンド。雪駄(これのみ自己提供品の本物)。

その実演決定稿の台本。

時は平安時代。(光、扇を開いて舞い始める)京の都にはその美しさゆえに「光の君」と呼ばれ、人々に慕われた、ひとりの男がおりました。さて、ここ数日、光は夕顔という御方にすっかり夢中になってしまい、宮中のお勤めをさぼって、舞を舞うなどして、夕顔と遊び暮らしておりました。

ところがある夜、夕顔は、物の怪にとり殺されてしまったのです。(扇を落とす。夕顔に走り寄る風情)

やぶちゃん「……夕顔? 夕顔!? 僕を一人にしないでおくれよ!(狂気乱舞して、嘆く) どうして、どうして僕を置いていってしまったんだ!(天を仰ぐように) 僕を一人にするなんて……この光源氏を一人にするなんて!! (牛車脇に泣き崩れる。が、ふっと面を挙げて) ヒカルゲンジ!?(合点して、手を打つ)」

BG:パラダイス銀河(歌:光GENJI)

(烏帽子を脱ぎ、ヘッドバンドを付け、左手にマイクを持ち、ダンスの体勢。以下、振り付けもろもろ。)

♪ ようこそここへ 遊ぼよパラダイス 胸の林檎むいて♪

♪ 大人は見えない しゃかりきコロンブス 夢の島までは さがせない~♪

(アウトロでマイクとヘッドバンドを牛車に投げ入れ、烏帽子をかぶり直し、2回転からしゃがんでため、エンディングで腰だめに戻して、決めポーズ。そこから伸び上がって)

やぶちゃん「あ~あ、歌ったら何だか、すっきりしちゃった! あ~、かわいい子いないかなぁ……(退場方向を指して)は! ピーチ姫![やぶちゃん注:僕の直前の白組のパフォーマーは金○という男の先生のピーチ姫であった。](正面に向き直り、正位となって)それではみなさま、僕は姫の所へ参りますので、これにて失礼仕りまする~ 金ちゃあ~~~~ん!!」(走って牛車を引きながら退場、金○先生扮するピーチ姫と抱きつく[やぶちゃん注:このシーンでは金○先生が自主的に出てきてくれ、熱く抱擁した。])

僕を知る方は、前後の部分で僕がどんなオーバーアクトを演じたかは概ね想像がつくであろう(いや、その想像より、多分、前半の発狂と後半のオチャラケ・シーンは1.5~2倍に過激にしてよい)。また、この台本はすべて生徒の創作にかかるものであるが、最初に読んだ時に、この光の「僕を一人にしないでおくれよ!」という台詞には大いに快哉を叫んだものだ。これは僕が「夕顔」の授業中に「源氏物語」=「新世紀エヴァンゲリヲン」説をぶち上げる際に必ず用いる現代語訳の光の台詞であるからだ(その点に於いてこの台本を書いた女生徒はちゃんと僕の授業を聴いていてくれたわけである)。……しかし、恐らく誰も中間部の「パラダイス銀河」は想像出来ないであろう。いや、何と言っても僕自身、それを踊っている僕自身を全く以ってイメージ出来ないのであるからして……。

しかし、踊ったのである――幼稚園や小学校低学年でお遊戯と花笠音頭位しか踊ったことのない、この僕が!!

指導してくれた二人の三年生の女子(昨年僕が古典を教えた)は、如何にも無駄のない均整のとれたスポーティな体型。難なくこなす振り付け……しかし、僕は一歩のステップ、両手の一振りからして、なかなか覚えられないのである……特訓の始まった一週間前――途方にくれた――えらいこっちゃ、正直、こりゃ出来んと心底思った……しかし、出来ないとは言えない、いや、彼女たちの鋭い目の前では言える雰囲気では、ナイ……日曜練習、朝練……体育会系の部活経験皆無の僕は、正直、51年生きてきて、こんなにしごかれたことは、ナイと断言出来る……すってんころりんは毎度のこと……

打身・擦り傷・筋肉痛(薬の能書きそのままだ)で迎えた昨日の本番の朝――ところが、ここ何年も体験したことのない、ひどくすっきりとした「あるすがすがしさ」の中で僕は目覚めたのだった(これは常套的で陳腐な表現だが、確かにそれがぴったりくるのである)。久しぶりのさわやかな朝日の中で職場に向かう間も、不思議なことに僕は今までの十数回の舞台経験でも感じたことのない程、ある「気」というか、「ドゥエンデ」(フラメンコで決して出来ないようなステップが踏めてしまうときに、霊が体に入ったと言う。その状態を言うスペイン語)というか、ともかく何かを体の中に感じていた。たかが「狂師像」? いや、僕には、ある思いの中で、されど「狂師像」であった――

始める前に生徒たちの「やぶちゃん!」コール。僕は答えた――「俺の最後の芝居だ!」

優雅に舞うこと、十二分に狂気すること、ぼろぼろのステップとリズムであっても伸びやかに笑顔で踊ること、あきれるほどにオチャラケること……勿論、「パラダイス銀河」の振り付けは最後まで見られたもんじゃあ、なかったけれど、最後は、手筈通りくるくる回転して、校長の前でしっかりポイントの決め手を指さして、ニヤリと笑った――

ちなみに終わった後に、やはり生徒の発案による新企画「四色合同パフォーマンス」(光源氏・ピーチ姫・浦島太郎・ペリー)の四人が絡むコントもやった。いい企画だ。これからも続けてもらいたいと思う。この学校の体育祭がいつまでも活気のあるものでありますように!

……すべてが終わった後に、特訓してくれた二人の女生徒が、「よかったよ! せんせい!」と泣きながら喜んでくれたのには、久しぶりに51のおじさんも貰い泣きした……この二人が、この僕の退屈な人生にはあり得なかったであろう、この鮮やかな快い体験をさせてくれたこと、心から、感謝している。ありがとう!!

「狂師像」の採点は、体育祭の最後にある。黄組が「一位」をコールされた時、僕は生まれて初めて心から「ヨッシャ!」と叫んだ。なるほど、これが勝利の快感というものか……

しかし、演技が全て終わった直後から肉体のβ崩壊が始まっていた。午後、足の全筋肉と関節がカチカチとなり、慣れない回転に捻った左の腰痛が激しくなり、立っても歩いても坐っても、痛~い。山行でもこんな経験をしたことがない。幸いにして得点掲示係で、ほとんど動く必要もなく、やることは山岳部の生徒がみんなやってくれたので救われた(これも感謝!)。

――夜、ボロ布みたいによれよれで家に帰った。愛犬のアリスを抱き上げ(アリスの体重が太腿の筋肉に突き刺さるう!)、焼酎「魔王」の最後の一杯の祝杯を飲み乾しながら、アリスに勝利の独り言を語りかけた「アリスぅ、お兄ちゃんは、勝ったんだょ!」……その時、ふと気がついたのだ……何のことはない、僕のこの今の快感と充実感は、生まれてこの方、運動会や体育祭で、ビリかビリから二番目しかとったことのない僕にとっての、人生で最初と最後の一番だったのだなぁ……無意識の内に「パラダイス銀河」の何度も間違えた右腕の振りを虚空に描きながら、僕はそのまま、中有の闇へと沈んでしまった……

2008/09/23

處生訓 イワン・ツルゲーネフ

 處生訓

 安らかに暮らしたいのか? それなら人々と交はるがよい、けれどもひとりで生きるがよい。何ごとをも企てず、何ものにも未練をもたぬがよい。
 幸福に暮らしたいのか? それなら懊惱(くるし)むことをまなぶがよい。
   一九七八年四月

[やぶちゃん注:本詩については、1958年岩波文庫版の神西清・池田健太郎訳「新散文詩」(但し、実は高校生向けに一部表現を恣意的に改竄しているので注意されたい)による訳を私の「アンソロジーの誘惑/奇形学の紋章」に引用しているので、比較されたい。]

2008/09/22

杯 イワン・ツルゲーネフ

 杯

 私はをかしい……わたしは自分自身に驚く。
 私の苦惱は空(そら)ごとではなかつた、私には生きることがまことに苦しく、私の感情は苦しみに滿ち、ただ侘しい。それにも拘らず、私は、感情(こころ)に光彩(ひかり)を與へようと努めているのだ。私は形象を、また對照を求める、私は辭句を整へる、言葉の余韻や諧調をたのしむ。私は彫物師のやうに、貴金屬師のやうに、自身の仰ぐべき毒を盛る杯を熱心に、型どり、刻み、樣々な装飾を施す。

[やぶちゃん注:本詩には末尾の年月のクレジットがない。次の次の「処生訓」と同時に書かれた(とすれば1978年4月)可能性があるが、そのような場合でもほかでは同じクレジットを附しているので不審。本詩については、1958年岩波文庫版の神西清・池田健太郎訳「新散文詩」(但し、実は高校生向けに一部表現を恣意的に改竄しているので注意されたい)による訳を私の「アンソロジーの誘惑/奇形学の紋章」に引用しているので、比較されたい。]

2008/09/21

砂時計 イワン・ツルゲーネフ

 砂時計

 月日は痕跡(あと)をもとどめず、單調に、すみやかに過ぎ去つてゆく。
 生くる日はおそろしく疾く過ぎて行つた。丁度、瀑布にかかる川の流れのやうに疾く、音もなく。
 また死の神の瘦せおとろへた手に握られた砂時計のやうに、いつも同じやうにさらさらとこぼれ落ちる。
 わたしが床に横たはつてゐると、闇が四方から私を押しつつんでしまふ。その時、私は流れ去る人生(いのち)のあの微かな絶え間ない囁きを感ずる。
 わたしは人生(いのち)を惜しみはしない、また更に爲し得るかも知れないことをも哀惜しはしない、……わたしは苦しいのだ。
 わたしの枕邊にはあの死の神の不動の姿が佇つてゐるやうな氣がする。片方の手には砂時計を持つて、片方の手は私の心臓のうへに置いて……
 胸の奥で私の心臓は顫へ、高鳴つてゐる、まるで大いそぎに最後の鼓動を打たうとでもしてゐるかのやうに。
   一八七八年十二月

2008/09/20

Father and Daughter Dudok de Wit

現在、体育祭準備のため多忙に付、一言のみ――

“Father and Daughter”

http://jp.youtube.com/watch?v=SKooD9DqElM&feature=related

Director   Michael Dudok de Wit
Writer      Michael Dudok de Wit

2000年製作。2001年米アカデミー賞受賞。今、知人が教えてくれた。これはアニメーションのタルコフスキイ――

塒もなく イワン・ツルゲーネフ

 塒もなく

 いづこにこの身をかくすべきか? 何を私は目論むべきか? 私ははぐれた鳥のやうによるべない身である。ふふ毛を逆立てながら小鳥は花も葉もない枯木の枝にとまつてゐる。いつまでとまつてゐるのも堪へ難い、……けれど、どこへ飛んで行つたらよいのか?
 やがて小鳥は翼をひろげる――おそろしい大鷹に逐ひ立てられた鳩のやうにまつしぐらに、はるか遠くつき進んでゆく。どこかの緑のかくれがに身をかくすことはできないものか? どこかに、たとひ暫くなりと、小さな塒を營むことはできないものであらうか?
 小鳥は飛ぶ、飛ぶ、心をくばりながら下を瞰おろす。
 下には黄色い荒野がある、こゑもなく靜まりかへつて死んだやうな……
 小鳥はいそぐ、荒野をわたる、たえず瞰おろす、心して、ものかなしげに。
 下には海が、黄いろな、荒野のやうに死にはてた海が、……海はざわめき動いてはゐるが、はてしない海鳴りに、波の單調なうねりにまた生氣なく、どことして身をかくすやうなところもない。
 あはれな小鳥は疲れはてた、……翼をあげる力も弱る。すばやく飛ぶこともできなくなる。空高く舞ひのぼることができたなら、……しかもこの底ひも知れぬ虚空(そら)にはまた巣を營み得ないのではないか?
 小鳥はつひに翼をたたむ、……呻きの聲もいよいよ低く、小鳥はつひに海にと墜ちる。
 波が小鳥を呑んでしまふ、……相も變らず波は心なげにざわめきながら押してゆくばかりである。
 さて私はどこへ身を寄せたらよいのか? もうこの私も海に墜ちるべき時ではないのかな?
   一八七八年一月

[やぶちゃん注:本詩については、1958年岩波文庫版の神西清・池田健太郎訳「新散文詩」(但し、実は高校生向けに一部表現を恣意的に改竄しているので注意されたい)による訳を私の「アンソロジーの誘惑/奇形学の紋章」に引用しているので、比較されたい。]

2008/09/19

「ああ、わが青春よ! ああ、わが生氣よ!」 イワン・ツルゲーネフ

 「ああ、わが青春よ! ああ、わが生氣よ!」

 ああ、わが青春よ! ああ、わが生氣よ、といつかはわたしも叫んだものであつた。かう叫んだ頃には、私はなほ若く、生氣にあふれてゐた。
 私はただその頃には、物悲しい感情によつて、自身を甘やかし、――自身は他人(ひと)の前では悲しみ、心の中ではひそかに愉しまうとしてゐたのである。
 いま私は沈默し、失われたものを大聲をあげて歎き悲しまうともしない、……失われたものは絶えず微かな痛みのやうに私をひどく責め苛みはする。
 いや! 考へねえ方がましなんでさ! 百姓たちはさういつてゐる。
   一八七九年六月

■訳者中山省三郎氏による「註」
・「ああ、わが青春よ! ああ、わが生氣よ!」:少しく用語は異なるが、ゴーゴリの「死せる魂」第一部第六章第二段の終句を轉用したものと見られる。

□やぶちゃん注
◎本詩については、1958年岩波文庫版の神西清・池田健太郎訳「新散文詩」(但し、実は高校生向けに一部表現を恣意的に改竄しているので注意されたい)による訳を私の「アンソロジーの誘惑/奇形学の紋章」に引用しているので、比較されたい。

2008/09/18

……に イワン・ツルゲーネフ

 ……に

 それはよく囀る燕でもなく、鋭い強い嘴で、堅い岩を刳(ゑぐ)つて巣をつくつたすばしこい岩燕でもなかつた……
 それは無情なよその家族に、少しづつ住みなれて、つひにその家のものとなつたあなただつたのだ。辛抱づよい、聰明な愛(いと)しいひとよ!
    一八七八年七月

2008/09/17

神の饗宴 イワン・ツルゲーネフ

 神の饗宴

 ある時のこと、神が瑠璃色の宮殿に大饗宴を催さむものと思し召された。
 あらゆる美德が客として招ぜられた。ただ女性の美德ばかりであつた……。男性の方は招かれなかつた……。ただ婦人ばかりであつた。
 大きな德、小さな德――かなり多くの德が寄り集まつた。小さな德は、大きな德よりも一しほ快よく、いとほしかつた。けれど、誰もが滿足げであつた――互ひに身寄りか知り合ででもあるかのやうに打ちとけて語り合つてゐた。
 ところが神樣は、お互ひに全く知合つてゐないらしい美しい二人の婦人にお目どまりあらせられた。
 主(あるじ)は一人の婦人の手をとつて、もう一人の婦人の方へと引きよせた。
 「恩惠!」と最初の婦人を指して、主人(あるじ)は申された。
 「感謝!」とやがて次の婦人を指して、附け加へられた。
 二人の美德はいひやうもないほどに驚いた。開闢以來、すでに久しいことではあるが、――この二人はここに初めて出會つたのであつた。
   一八七八年十二月

2008/09/16

私は高い山々の間を行くのであつた イワン・ツルゲーネフ

  私は高い山々の間を行くのであつた

 私は高い山々の間を、清らかな河のほとりを
 谷から谷へと行くのであつた……
 瞳に映るありとあらゆるものは、
 ただひとつのことを私に語る。
 自分は愛されてゐた、愛されてゐた、この私は!
 私はほかのことを忘れはててゐた!

 空は高く光り、
 葉はそよぎ、鳥は歌ふ……
 雲は嬉々としていづくともなしに
 つぎつぎに飛びわたり……
 あたりのものは何もかもめぐみにあふれ、
 しかも心はめぐみに不自由はしなかつたのだ。

 波ははこぶ、私をはこぶ、
 海の波のやうに寄せてくる波!
 こころにはただ靜寂があつた、
 喜びや悲しみを越えて……
 やうやくにして心に思ふ、
 この世はみな私のものであつた! と。

 かかる時に私はどうして死ななかつたのか、
 さうしてふたり何ゆゑに生きて來たのか、
 歳月(としつき)は遠くうつる、……うつろふ月日(つきひ)
 さうしてあの愚かしくめぐまれた日にもまして、
 何ひとつとして甘美(うるは)しく明るい日を
 與へてはくれなかつたのだ!
   一八七八年十一月

寺島良安 和漢三才圖會 卷第九十七 水草類 藻類 苔類 鷄冠菜(トサカノリ)

寺島良安「和漢三才圖會 卷第九十七 水草類 藻類 苔類」に「鷄冠菜」(トサカノリ)を追加した。

2008/09/15

ガルシン 神西清訳 あかい花

Всеволод Михайлович Гаршин“”ガルシン作・神西清訳「あかい花」

を「心朽窩 新館」に公開した。ツルゲーネフへの献辞を持つ、このガルシンの名作を僕のHPの書棚にこうして並べられることを、心から光栄に思う。

……紅蓮の炎に身を包んで自死したドメニコ――彼は温泉の端から端に火の点った蠟燭を運び得たその時、世界は、人々は救われると言い遺して蠟燭を主人公ゴルチャコフに託していた――映画のラスト、ゴルチャコフは蠟燭を運ぶ――――そして死ぬ……アンドレイ・タルコフスキイの「ノスタルジア」はガルシンの「あかい花」でもある……

ニンフ イワン・ツルゲーネフ

 ニンフ

 私は半圓形をなしてひろがる美しい山脈(やまなみ)の前に佇(た)つてゐた。若々しい緑の森が、頂から麓まで蔽つてゐた。
 山々の上には南國の空が透明に青みわたつてゐた。太陽(ひ)は山の頂から光を投げかけて、たはむれ、麓には半ば草にかくれて、小さな早瀨がさざめいてゐた。
 私には基督降誕後最初の世紀(ころ)に、ギリシヤの船が多島海を渡つてゐたといふ古い物語が思ひ起された。
 時は眞晝、……靜かなな陽氣であつた。ふつと楫取(かんどり)の頭上高く、聲あつて、はつきりと呼ばはるのであつた。「御身(おんみ)、かの島に行かば、聲高く呼ばはれよ、(偉大(おほい)なる神、パンは死せり)と!」
 楫取(かんどり)は驚いた……。畏れをなした。けれど、船がその島にさしかかると、彼は命(めい)に從つて、呼ばはつた、「偉大(おほい)なる神、パンは死せり!」と。
 すると、直ちにこの叫びごゑに應じて、海邊のつづく限り(その島は無人島ではあつたが)高い歔欷(すすりなき)、呻吟(うめき)の聲、長くひいた哀※の聲がひびきわたつた、「死せり、偉大(おほい)なる神、パンは死せり」と。[やぶちゃん字注:※=「嗷」の(へん)の「口」を「日」に代える。]
 私はこの物語を思ひ出した、……すると不思議な考へが私の胸に浮んで來た。
 「私が若し大聲で觸れまはつたら、どうであらうか?」
 それにしても、あたりのものの喜ばしげなのを眺めては、死について考へることはできなつた、――そこで私は力のおよぶかぎり叫んだのである、「蘇れり! 偉大(おほい)なる神、パンは蘇れり!」
 すると直ちに、ああ、何たる奇蹟であらう! 私の叫びごゑに應じて、廣い、半圓形の、緑の山々のうちとけた笑ひのどよめきがひびきわたり、喜ばしげな話聲や拍手の音が起つて來た。「彼(ひと)は蘇れり! パンは蘇れり!」と若々しい聲がどよめきわたつた。眼の前にある、ありとあらゆるものは忽ち笑ひ出した、空高い太陽(ひ)よりも輝かしく、草葉のかげの小川のせせらぎよりも樂しげに。輕い足どりをせはしげに蹈むのが聞え、緑の、密林(はやし)の間には、大理石のやうに眞白く、ふんはりとした下衣(したぎ)がちらつき、生き生きと紅らむ露(あらは)な軀(からだ)がちらちらした、……それはさまざまなニンフたち、――森のニンフや樹のニンフ、バッカスの巫女たちが高いところから野邊をさして走り寄つて來るのであつた……。
 彼女たちは、忽ちに森の縁(へり)といふ縁(へり)にあらはれた。毛房は神々しい頭にまつはり、しなやかな手は花環や鐃鈸を捧げてゐる、――笑ひごゑは、晴れやかなオリムピアの神々の笑ひごゑは彼女たちの足どりにつれて流れて來る。
 一人の女神が先頭に立つて疾(はし)つて來る。彼女はとりわけて背が高く、美しい。肩には箙(えびら)、手には弓、波うつ捲髮(まきげ)には月の銀いろの鎌をもつて……。
 「ディアーナ! おまへがディアーナなのか?」
 けれど女神はふと立ちどまつた……。忽ち後にしたがつてゐたニンフたちもみな立ちどまつた。ひびきわたる笑ひごゑもやんでしまふ。私は口を噤んだ女神の顏が、忽ちにして、死人のやうに蒼ざめ果てたのを見た。いひ知れぬ恐怖に、彼女の脣は開き、眠が遠くを見つめて、大きく見開かれたのを見た……。彼女は何を見たのであらう? どこを見つめてゐたのであらう。
 私は彼女の見つめてゐる方を向いた……。
 遙か遠い地平線上に、野原のなだらかに盡きてゐるあたりに、キリスト教寺院の白い鐘樓に、一點の火のやうに金の十字架がきらめいてゐた……。この十字架を女神は眼にとめたのであつた。
 うしろの方で、切れた絃(いと)のふるへるやうな長い嘆息(ためいき)が聞える、――ふり向いて見ると、ニンフたちはあとかたもなく消え失せてゐた……。廣い森は以前(まへ)のやうに青々しく、ところどころに、こまやかな網のやうに繁り合つた樹枝(えだ)の間に何か白いものばかりが見えかくれしてゐる。それはニンフの白衣でであつたか、谿の底からあがつて來た靄であつたか、……それは知らない。
 しかし、消え失せた女神たちを思つて、私はどんなに悲しんだことであらう!
   一八七八年十二月

□やぶちゃん注
◎哀※:このような漢字は私は不学にして知らない(「大漢和辭典」は未検索)。近似する熟語も和語としては見当たらないが、「哀嗷」で少数の中文サイトにヒットはする。「廣漢和辭典」の「嗷」の項を見ると、「設文解字」に「哀鳴嗷嗷」という語が見出せる(但し「嗷」の字は「口」が下部に付く字体)。それぞれの漢字の意味から構成するならば、多くの人々が哀しみ憂える叫び声、と解釈は出来る。翻って、原文は“жалостные”とあり、これはロシア語で①思いやりのある、慈悲深い。②訴えるような、悲しげな、哀れな、という意味である。ここでは②であろうから、「哀嗷」という熟語でぴったりくると思われる。私はとりあえず「哀嗷」(あいごう・歴史的仮名遣ならば「あいがう」)の誤植と判断しておく。
◎バッカスの巫女:バッカスBacchusはローマ神話の酒(ワイン)の神。ギリシア神話のディオニソスDionysosに相当する。各地を遍歴して人々に葡萄の栽培を教えたが、そこから生み出される葡萄酒の酔いに象徴されるような熱狂的ディオニソス信者が現われ、特にその女性の狂信的信仰者をマイナス(Maenad、複数形はマイナデス、ギリシャ語のわめきたてる者、の意)と呼び、一種のトランス状態の中で踊るその崇拝者集団を「バッカスの巫女」と呼んだ。
◎輕い足どりをせはしげに蹈むのが聞え:「蹈」は「踏」の書き換え字。
◎鐃鈸:「どうはつ」(歴史的仮名遣ならば「だうはつ」)と読む。①鈴。②銅製の銅鑼。シンバル。であるが、原文は“тимпаны”で、これは英語の“timbrels”=“tabourine”、タンバリンである。鈴のついたタンバリンはニンフの持ち物に相応しく、ここでの音響的にもぴったり来る楽器である。
◎オリンピア:狭義にはペロポネソス半島西部にあった古代ギリシアの都市を指す。オリンピック発祥の地であり、ゼウス神殿等、多くの遺跡がある。但し、ここでは伝説時代のギリシア世界という漠然とした意味で用いられている。
◎ディアーナ:ラテン語で“Diāna”、ローマ神話の女神。ギリシア神話のアルテミスArtemisに相当する。本詩の雰囲気にあるように、元来は樹木や森を司る神であったと思われ、特に農民に信仰され、後に多産の神となった。狩りをするダィアナがニンフたちを従えているモチーフは、ドメニキーノ・フェルメール・ブーシェ等、多くの画家の作品に描かれている。

2008/09/14

私がこの世を去つたなら イワン・ツルゲーネフ

 私がこの世を去つたなら

 私がこの世を去つたなら、私と名のつくものがあとかたもなく灰になつて消え失せてしまつたなら、――ああ、わたしのただ一人の友よ、眞實、心の底から深く深く愛してゐたひとよ、生涯わたしのまことをたててくれたひとよ――あなたは私の墓には來ないがよい、……來ても仕方がないのだよ。
 わたしを忘れてはくれるなよ、……とはいつても日ごとのわづらひや、足不足(そくふそく)の中に、わたしのことなど想ひ出してはいけないよ、……わたしは生活の邪魔をしたくはないのだから、安らかな時の流れをかきみだしたくはないのだから。尤も獨り居のとき、優しい心の持主にはよくあるやうに、おどおどした、わけのわからない哀愁にとらへられた時には、わたしたちが愛讀してゐた本の一冊を取つて、そこから――ほら、覺えてゐるだらうね?――よく二人が思はず一緒にひそかな甘い涙を流したあの頁を、あの行を、あの言葉をお探しよ。
 それを讀んだら、眼をつむつてわたしに手をさしのべるがよい。……居らなくなつてしまつたあなたの友に、あなたの手をさしのべるがよい。
 わたしは、このわたしの手で、あなたの手を握ることはできないだらう。わたしの手は地(つち)の下で冷たくなつて居るだらうから。
 けれど、きつとあなたは自身の手に輕い接觸を感じてくれるだらうとおもふと、私はほん たうに愉快になれる。
 そして私の姿がおまへの前に現れる。あなたの瞑ぢた眼瞼の下から涙がこぼれる。丁度いつかわたしたち二人が、「美」に感激の涙を流した時のやうに。ああ、わたしのただ一人の友よ、ああ、眞實、こころの底から深く深く愛してゐるあなたよ!
   一八七八年十二月

[やぶちゃん注:本詩は、中山氏が「解説」に引いている、ツルゲーネフが故郷スパッスコエに戻った際、友人女性М.Г.サヴィナ一人を書斎に呼んで、ある一つの詩を朗読したというエピソードを想起させる(会話に現われる「スタシュレーヰッチ」は「散文詩」の発表を促し、自身が編集している『ヨーロッパ報知』に掲載させた人物)。
(前略)『これは散文詩です、私はもうこれをスタシュレーヰッチに送りました、ただ一つ永久に發表したくないものを除いて。』『散文詩つて何ですの?』とサヴィナは好奇心に駆られた。/『私はこれを讀んできかせたい、これはねもう散文なんかではないんですよ、……これはほんたうに詩で(彼女に)というふのです。』興奮した聲で彼はこの物哀しい詩を讀んだ(サヴィナは言つてゐる、『私は覺えてゐます。この詩にはそこはかとない愛情、一生涯の長い愛情をえがいてゐたことを。(あなたは私の花をすつかり摘みとり、あなたは私の墓には來ないでせう)と書いてありました。』)朗読が終わると、ツルゲーネフは暫く默りこんでゐた。『この詩はどうなるのでせう?』とサヴィナはいつた。『私は燒いてしまひませう、……發表するわけには行かない、さういふことをしたら非難されます。』(後略)
中山氏はこの後に続く解説で、『サヴィナに對していつたやうに、發表すれば非難されるとの心づかひや何かのよって永遠に消え去つたものもあるであらう。』と述べておられ、この「彼女に」という詩の消失の可能性を語っているようにも見えるのであるが、私はこのサヴィナに詠んで聞かせた詩とは、この「私がこの世を去つたなら」であったのではないかと思っている。サヴィナの以上の談話ノートの内容には後略した箇所でサヴィナの大きな記憶違いが指摘されている(スパッスコエでの朗読エピソードは1881年に同定されるが、「散文詩」の原稿がスタシュレーヰッチの手に渡ったのは翌年1882年のことであり、サヴィナがそのことを知るのはツルゲーネフとの談話では有り得ず、やはり解説中に記されている9月29日附書簡によってである)。更に中山氏はこのサヴィナの談話ノートに対して、『「確かな話とはいひ難い」といはれる』という形容を附しておられるのである。そもそもサヴィナの引用する「あなたは私の花をすつかり摘みとり、あなたは私の墓には來ないでせう」という詩句から「そこはかとない愛情、一生涯の長い愛情」は感じ取れるであろうか? 少なくともこれが、感動的な「そこはかとない愛情、一生涯の長い愛情」の詩を聴いて、その中でも長く印象に残る詩の一節だったとは、どうころんでも言い難いと私は思う。しかしここが「私と名のつくものがあとかたもなく灰になつて消え失せてしまつたら、あなたは私の墓に來ないがよい」であったとしたらどうであろう? いや、もしかすると「彼女に」とツルゲーネフが言ったこの表題は、「あなた、サヴィナに捧げる」という意味のツルゲーネフの示唆であったのかも知れぬし、サヴィナの思い込みによる記憶の変形が加えられたのかも知れぬ。いずれにせよ、私はこの幻の消失したと思われている詩「彼女に」こそ、この「私がこの世を去つたなら」であったのだと信じて疑わないのである。なお、本詩も、1958年岩波文庫版の神西清・池田健太郎訳「新散文詩」(但し、実は高校生向けに一部表現を恣意的に改竄しているので注意されたい)による訳を私の「アンソロジーの誘惑/奇形学の紋章」に引用しているので、比較されたい。最後に、本底本に先行する昭和22(1947)年八雲書店版では詩末が「ああ、わたしのただ一人の友よ、ああ、眞實、こころの底から深く深く愛してゐたあなたよ!」と過去形になっている。私は断然、この現在形の方がよいと思う。]

2008/09/13

寺島良安 和漢三才圖會 卷第九十七 水草類 藻類 苔類 石花菜(テングサ)

寺島良安「和漢三才圖會 卷第九十七 水草類 藻類 苔類」に「石花菜」(テングサ)を追加した。

誰の罪 イワン・ツルゲーネフ

 誰の罪

 女はわたしにしなやかな蒼白い手をさしのべた……、けれど、私はひどく組々(あらあら)しくその手を突きのけた。若い、やさしい顏に當惑の色があらはれた。若々しい、人のよい眼が私をとがめるやうに見つめてゐる。若い、淨らかなこころには私の氣持が呑みこめないのである。
「私に何の科(とが)がありますの?」彼女の脣がつぶやく。
「あんたの科つて? あんたに科がある位なら、とてもまばゆい大空の奥の奥で、とても晴れやかな天使だつて、それより先に科があるだらう。
 けど、兎に角、あんたの罪は僕にとつては大きいんだ。あんたはそれが識りたいのか、あんたには分からない重い罪を、僕にはどうしても説明する勇氣のないこの重い罪を?
 それはほかでもない、あんたが若いのに、このわしが老いぼれてゐるといふことだよ。」

本詩については、神西清・池田健太郎訳「新散文詩」(但し高校生向けに一部表記を恣意的に改竄しているので注意されたい)による新訳を私の「アンソロジーの誘惑/奇形学の紋章」に引用しているので、比較されたい。どちらがよいか? 勿論、神西・池田訳の方が如何にも都会的でダンディではある。口ずさんで見れば確信犯的にお洒落である――であるが、しかし、この詩の加齢臭と瑞々しい香の対比という本質は、一体どちらがくっきりと示しているか?……

このツルゲーネフの散文詩集(但し、実はこの詩は以下の表題の出版にあっては除外されたのであるが)の最初の題名は“SENILIA”――「老いらく」――なのである……

……そうして僕は思い出す、もう僕の手元にはこの引用した神西・池田訳の岩波文庫がないことを……かつてある少女に、この本を上げてしまったことを……

2008/09/12

田舍 イワン・ツルゲーネフ

 田舍

 時は七月、終わりの日、このあたり一千露里(ヰルスタ)、ロシヤ國、わが郷土(ふるさと)。涯(かぎ)り知られぬ暗藍色(あゐゐろ)に濡れたる空、ただひときれの離れ雲、浮ぶともなく、消ゆるともなく。日は暖かに、風もなく、……空氣はしぼりたての牛乳(ミルク)のやうだ!
 雲雀は空高く囀り、鳩はくくと鳴き、聲もなく燕(つばくろ)翔(わた)る。馬は鼻鳴らしては、ものを嚙み、犬は吠えもせず、しづかに尾を振りながら佇(た)つてゐる。
 煙の香ひ、草の匂ひ、あるかなきかの煙脂(タール)の匂ひ、ほのかににほふ獸皮の匂ひ。大麻は今を盛りと、重苦しくも、快よい香ひを放つてゐる。
 深くはあるが、なだらかに下りてゐる谿、兩側には、頭の大きな、根元に近く幹の裂けた楊柳(はこやなぎ)、幾列かに立ちならんで。谿間には、せせらぎが趨つてゐる。底には耀く漣(なみ)を透いて、小石がふるへてゐるやうに見える。はるかに遠く、天と地のきはまるところ、大河(おほかは)の青い川筋。
 この谿に沿うて、一方には綺麗な納屋や、しつかりと戸を閉ざした物置があり、また一方には松丸太づくりの板葺の小舍、五つ六つ。屋根ごとに椋鳥の巣箱をつけた長い棹を高く立てて、どの戸口にも鐵製(かなもの)の、剛い鬣(たてがみ)の馬の雛型がかかつてゐる。凹凸のはげしい窓硝子、虹いろに光る。鎧戸には花束をさした花瓶が筆拙く描かれてゐる。
 どの小舍の前にも、一つづつきちんと、出來のよい、小さな腰掛が置いてあつて、家のまはりの土堡(もりつち)の上には、透きとほるやうな耳をそばだてて、猫が背を丸めてゐる。高い敷居のむかうには、涼しげにかげる外房(へや)がある。
 私はいま、馬衣(かけぬの)を擴げて、谿の眞際(まぎは)に横たはる。あたりには刈りたての、疲れるばかりに香ひのよい干草(ほしぐさ)が山と積まれてゐる。拔目のない主人(あるじ)は、小舍の前に干草を撒き散らしたが、いましばらく日向に乾かし、それから納屋に收めたらよいであらう! さうすれば、きつとよく眠れることであらう、あの上に!
 どの草堆(つか)の中からも、縮れ毛の童子(こども)の頭が覗いて見える。冠毛(かむりげ)のある鷄(とり)は乾草をかきわけて、ちひさな薊馬(はへ)や甲蟲をあさり、鼻面(はなづら)の白い仔犬は、もつれた草の中をころげまはる。
 亞麻色の縮れた髮をした若者たちは、さつぱりした襯衣のうへに、帶を低くしめ、縁取(ふちとり)のついた重たい長靴をはいて、馬具をとり外した車にもたれ、ざれ言(ごと)を交はしては、白い齒竝を見せてゐる。
 窓からは丸顏の若い女が覗いて、若者の話や積草の中を童子(こども)らがはねまはるのに笑つてゐる。
 もう一人の若い女は逞しい腕に、濡れた大釣瓶(つるべ)を井戸から汲みあげてゐる……。釣瓶は繩について、長く火のやうにかがやく雫をおとしながら、しきりに搖れる。
 私の前には新しい格子縞の袴(スカート)をつけ、新しい靴をはいた年老いた家婦(ひと)が立つてゐる。
 日に焦けた瘠せた頸には、大きな空洞(うつろ)の玉を三重(みへ)に卷きつけ、赤い斑點(ほし)を散らした黄色な頭巾に白髮をつつみ、頭巾をぼんやりと曇つた眼のうへに垂れてゐる。
 けれど、年老いた眼(まなこ)は、人なつこげに笑ひを浮べ、すつかり皺のよつた顏にも笑ひが浮んでゐる。おそらく、このお婆さんは七十の坂にも間もないであらう……しかも、若かりし日にはきつと器量よしであつたらうと、その面影が今もなほ忍ばれる。
 右の手の日に焦けた指をおしひろげて、お婆さんは今の今、地窖(あなぐら)から出して來たばかりの、冷えた、鮮(あたら)しい生乳(ミルク)の入つた壺を持ち、壺のまはりは眞珠のやうな乳の滴におほはれてゐる。左の手の掌にまだ温かい麺麭の大きな片(きれ)をのせて差し出してゐる。
 「旅のお方、ようこそ、さあ、どうぞ、おあがり!」とでもいふのであらう。
俄かに雄鷄がときをつくつて、忙しさうに羽ばたきすれば、小舍に閉ぢこめられてゐた仔牛はゆつたりと、それに應へる。
 「あつ、こりやすばらしい燕麥!」私の馭者のこゑが聞える……。
 ああ、ロシヤの、遮るものもない田舍の滿足よ、平穩よ、豊饒よ! ああ、靜寂と天の惠みよ!
 私にはかういふことが考へられる、コンスタンチノープルなる聖ソフィア寺院(てら)の圓頂閣(まるやね)に十字架を樹てようとか、私たち都市(まち)の者がかうもむきになつて徹(もと)めてゐる、ありとあらゆることどもが、ここで一體、私たちに何の價値(ねうち)があるものかと。

    一八七八年二月

■訳者中山省三郎氏による「註」
・コンスタンチノープルなる聖ソフィア寺院:クリミヤ(一八五三―五六)、更に露土戰争(一八七七―七八)の誘因となつた近東問題を諷したもの。頃はトルコの隷屬と、黑海および地中海を結ぶ海峽の占領、すなわちコンスタンチノープルの占領が絶えず企圖され、問題になつてゐた時代である。

□やぶちゃん注
◎第一段落冒頭は表記通り、一字下げとなっていない。
◎一千露里:「露里」はメートル法以前のロシアの長さの単位、ヴィルスター“верста”の訳語。約1.07キロメートル。実は底本は「一露里」となっている。しかし、本底本に先行する昭和21(1946)年八雲書店版では「一千露里」で、原文では“Последний день июня месяца; на тысячу верст кругом Россия — родной край.”で、“тысячу”、「1000」の意であることが明白であるから、ここは脱字であるから補正した。そもそも凡そ1㎞四方では、如何にもロシアの大地が、しょぼいではないか!
◎煙脂(タール):これは単に染み出した天然の瀝青油(石油)か、天然アスファルト、又は自然状態で野火等によって熱分解で発生した、植物や石炭の乾留物質であるタール様物質の匂いを指すか。ロシアの原野の様相は不学のためよく分からない。
◎大麻:双子葉植物綱イラクサ目アサ科アサ属Cannabis。雌雄異株で高さは2~3m(品種や環境によっては更に高く成長する)。ヒマラヤ山脈北西部山岳地帯が原産とされる。マリファナの原料として忌避され危険視されるが、熱帯から寒帯域に至る広範な地域に分布しており、本邦でも北海道等で時に自生株が見つかって処理されたという報道を聞く。

◎楊柳(はこやなぎ):ヤナギ科ヤマナラシ属ハコヤナギPopulus sieboldii。15mから20mに成長する北方系の落葉高木。我々が一般にポプラと呼称するのはこのヤマナラシ属Populusの仲間であるが、それは概ねセイヨウハコヤナギPopulus nigra var. italicaを指している。属名は、微風でもザワザワと葉を鳴らすことに由来する。

◎趨つてゐる:「趨(はし)つてゐる」と読む。

◎ちひさな薊馬(はへ):「薊馬」とはアザミウマで、ウィキの記載によれば、昆虫綱アザミウマ目(旧称:総翅目)Thysanopteraに属する昆虫の総称である。通常は体長1㎜以下、細い桿状体型、翅も棒状で全体に微細な毛が密生する。近年は農業害虫として悪名が高いが、この和名は、体躯がスマートなところから馬を連想させることと、「馬出よ」などと言いながらアザミの花を振り、本属の中でも花粉食のアザミウマを振り出す昔の子供の遊びに由来する、とする。但し、原文では“букашек”で、これは単に小さな昆虫を指す複数形であるから、「ちひさな薊馬(はへ)や甲蟲」という訳語及びルビは翻案に近い。ここにはもしかすると中山氏の幼少期のアザミウマへの思い入れがあるのかも知れない。

◎襯衣:「シャツ」と読む。

◎焦けた:これは「焦げた」の誤植ではなく「やけた」と読む。

◎樹てようとか:「樹(た)てよう」と読む。

◎最後の執筆年と月は、底本では最終行の行末揃えとなっているが、ブラウザでの表示の不具合を考え、改行して三文字下げで表記した。

ブログにイワンを

「この詩のよき讀者が一いきに讀まれないやうに望む。一いきに讀めば、必ずや退屈を來し、この本は手から落されえるであらう。どうか少しづつ讀んでいただきたい、今日はこれ、明日はあれといつた風に。さうしたならば、この詩の或ものは讀者の心に何ものかを與へることであらう。」

イワン・ツルゲーネフ「散文詩」序文に用いられたツルゲーネフの添え書き。昭和26(1951)年角川書店刊のツルゲーネフ作・中山省三郎訳「散文詩」(角川文庫)解説より引用。

これより上記底本により、ツルゲーネフの言葉通り、『今日はこれ、明日はあれといつた風に』ブログに起こしてゆきたい。遠い将来、全作を挿絵を含めてHPにアップすることを夢見て――

そのためにカテゴリー「Иван Сергеевич Тургенев」を創始する。

2008/09/11

コートにスミレを

君につけてもらおう、孤独な、冷え切った僕の胸のあたりに……よれよれの、濡れそぼった、如何にも安っぽい、すっかり饐えた、あの、鼻をつく臭いのする、偽皮のコートの胸のあたりに……あの可憐な、あなたの、薄紫の、可憐なスミレを……

また、新しいプロジェクトを目論んだ……それはただもう勿論、僕のために……

2008/09/07

ガルシン 神西清訳 四日間

新企画テクストとして

Всеволод Михайлович Гаршин“Четыре дня”ガルシン作・神西清訳「四日間」

を「心朽窩 新館」に公開した。私がこれを読んだのは小学校5年か6年生の頃、恐らくトルストイの民話を除いて、私の最初期に読んだ本格的なロシア文学の一作であった。子供にも分かり易く、一読、印象強烈、そうして、いつまでも決して古びることにない、優れた反戦小説である。

ちなみに今読んでいるアンドレイ・タルコフスキイの父、詩人アルセニイ・タルコフスキイは、第二次世界大戦で左足を失っている――

「猟人日記」も途中乍ら、岩波文庫版神西清訳のガルシンのテクスト化を始動する。この翻刻は、同僚であり、私が今の職場で唯一尊敬する先輩の数学教師(岡潔の講義を体験され、ドストエフスキイや芥川龍之介を愛好されている、会話がすこぶる哲学的示唆に富んだ方である)の方との約束の遂行のためでもある。

2008/09/06

寺島良安 和漢三才圖會 卷第九十七 水草類 藻類 苔類 海髪(イギス)

寺島良安「和漢三才圖會 卷第九十七 水草類 藻類 苔類」に「海髪」(イギス)を追加した。

2008/09/04

Je te veux

Je te veux

   エリック・サティ作曲 アンリ・パコリ作詞

    (……なれどやぶちゃん改竄版に附き要注意!)

こがね色の天使――その禁断の木の実……
 あなたの瞳――
いやよ!――と言われても
 あなたが欲しい……

僕のこの苦しみを救っておくれ!
来て! 僕のミューズ!
僕は欲しいんだ! 二人だけの幸福――
それがあっという間に消えてしまう一瞬のものであったとしても――
 あなたが欲しい……

あなたの素敵な髪――
あなたの光輝く背中――
豊かで悩ましいそのブロンド――
禁断の偶像――そのブロンド……

僕は切に願う――
僕の心があなたの心と――
あなたの唇が僕の唇と――
そうして、あなたのからだが僕のからだと――
僕の肉の総てが
あなたの肉の総てとなる――
 あなたが欲しい……

こがね色の天使――その禁断の木の実……
 そうなんだよ……僕には分かるんだ――
あなたの瞳の中のスティグマ――
もう、少しも怖がらなくったっていいんだ――
 あなたを抱く、僕の手を――

いつまでも抱き合い
共に燃え上がる
愛の夢に感じて……そうして……

逢おう!――
二人の魂だけが交わる――

こがね色の天使――その禁断の木の実……

 あなたが、欲しい……

酔ってるから、めんどくさい――“Je te veux”で検索して、そのシャンソン歌詞の男性版というのを見つけて、その方の翻訳を眺めながら垂翅の酔死人たる僕が勝手気ままに改竄したんだが……でも、これは不遜にも僕の個人的な詩となった――だって、酔っ払いは、いつだって“Je te veux”なんだから……

――僕の最初のサティ、ジャン・ジョエル・バルビエの“Je te veux”と、あのアランのはにかみと、このブログとを、捧げよう……あなたへ――しかし……サティがこんな安物の詩(失礼、アンリ・パコリ先生! しかし“Je te veux”は糊口に窮したサティがいやいや作曲したというのは確かな都市伝説である)に曲をつけたなんて……で、こんなにロマンティクないい曲だなんて……

……安物の詩――安物の生活――安物の実人生……

……もう、たくさんだ! と、何故、僕もあなたも 「言わない」のだろう?

……いや……言ってみたところで……デュブールの言うように偽者ものの金ピカの(それは鍍金だ!)人生しか僕らにはないからだってことは、分かりきってる、さ……

女性版・男性版共に原詩附きで、絢爛なMP3も聴けるブログを発見。このフランス語の原詩から、ちゃんといつか訳してみたいな……

2008/09/03

寺島良安 和漢三才圖會 卷第九十七 水草類 藻類 苔類 莫鳴藻(ホンダワラ)

寺島良安「和漢三才圖會 卷第九十七 水草類 藻類 苔類」に「莫鳴藻」(ホンダワラ)を追加した。

貧しい僕の人生は僕に呼びかけるのだ……「なのりそ!」と……

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