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2008/10/15

この世の終末 イワン・ツルゲーネフ

 この世の終末(をはり)

      夢

 私はロシヤの、どこか、人里遠く離れたところにある、簡素な田舍家にゐるやうに思はれた。
 部屋は大きく、天井が低く、窓が三つついてゐて、壁は白く塗られ、家具ひとつなかつた。家の前には荒涼たる平原があり、次第に勾配がゆるやかになつて、遠くの方へ續いてゐた。灰色の、單調な空が、その上に寢帳(たれぬの)のやうに垂れ下つてゐた。
 私はひとりではない、部屋の中にはなほ十人ほどゐるのであつた。みな、あたりまへの人たちで、素樸な身なりをしてゐた。口をつぐみ、拔足をしてゐるかのやうに、しづかに行きつ戻りつしてゐる。互ひに避け合つてはゐるが、――みな一樣に絶えず不安げな眸を見交はしてゐる。
 誰ひとりとして、どうしてこの家へ來たのか、一緒にゐる人がどんな人たちなのか知らずにゐる。顏にはみな不安と喪心の色が見える、……誰もがつぎつぎに窓のところへ近づいては、外から來る何ものかを待ちうけてゐるらしく、注意ぶかく、あたりを見廻してゐる。
 やがて又ぶらぶらと行きつ戻りつしはじめる。その間を背の大きくない男の子がぐるぐるとへめぐつてゐる。絶えず、この男の子は細い、一本調子な聲で、「お父ちやん、怖(こは)いよう、」といつてゐる。この細い聲に私の胸もむかついて來る――私もまた怖ろしくなつて來る、……何が怖ろしいのか、自分もわからない。ただ大きな、大きな禍難(わざはひ)が、次第次第に近づいて來ることを感ずるだけである。
 男の子は、やめたかと思ふと、またなけ喚き出す。ああ、どうかして、ここから逃げ出したい。何て、息苦しいんだらう。何て、懶いことだらう。何て重苦しいことだらう……、けれど、どうしても逃げ出すことができないのだ。
 この空はまるで經帷子(きやうかたびら)のやうだ。それに風もないし、……空氣は息絶えてしまつたのか、どうしたのか。
 急に男の子は窓に馳け寄り、例の哀れげな聲で叫んだ、「あれ、あれ、地面が陷つこちた。」
 「え? 陥ちたつて?」たしかに、今までは、家の前に平原があつた筈なのに、いま、家は怖ろしい山の頂に立つてゐるのだ。地平線は落ちこみ、低く降(さが)つて、家のすぐそばから殆んど垂直な、まるで切りとつたやうな、黑い險岨になつてゐる。
 私たちはみんな窓のところに押し寄せた……。恐怖のあまり心臓は凍つてしまふ。
 「ほら、あれよ……あれよ、」と私のわきにゐた者が囁く。
 見れば、はるか遠い地極に沿うて、何ものかが動き出した。何かしら、小さな、圓味をおびた丘のやうなものが、起伏しはじめたのである。
 「これは――海だ。」と私たちには同時に考へられた。「すぐにわれわれを呑んでしまふだらう……。しかし、どうしてこんなに高く、わき騰つて來られるものか。こんな險岨の上にまで。」
 しかも海はいよいよ氾濫する、氾濫する……。今は、遠くにきれぎれの丘が起伏してゐるのではないのだ……。連りつづく、恐るべき一脈の波が、見渡す限りの地平線をすつかり抱きこんでゐるのだ。
 波は私たち目がけて奔騰する。奔騰する。波は凍(し)みつくばかりに寒い颶風に乘つてやつて來る。波は地獄の闇のやうに渦卷く。周圍のあらゆるものは慄へ出した――この襲ひよる怒濤のうちには轟聲(とどろき)がある。雷鳴がある。幾千の咽喉(のど)から洩れる鐵のやうな號叫がある……。
 ああ、何といふ吼號、慟哭であらう。これは大地そのものが恐怖のあまり遂に悲鳴をあげたのだ……。
 大地の終末! 一切の終末!
 男の子はもう一度、泣き聲を出した……。私は仲間のものにすがりつかうとしてゐた、――けれど、私たちはみな、墨汁(すみ)のやうに眞黑い、氷に充ちた、轟く波に壓し潰され、葬られ、取りさらはれてゐるのであつた。
 暗黑(やみ)! 永遠の暗黑(やみ)!
 呼吸(いき)もたえだえに、私は眼を覺ました。
   一八七八年三月

[やぶちゃん注:「何て、懶いことだらう。」は「懶(ものう)い」と読む。本誌はサブタイトルを持つが、複数の他篇が「この世の終末(をはり)」のタイトルのもとに存在した可能性を窺わせる。]

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