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2008/11/01

N・N・ イワン・ツルゲーネフ

 N・N・

 しとやかに、しづかに、泣くこともなく、微笑むこともなく、何事にも冷やかな心の眼を向けて、煩はされることもなく、御身は人生(このよ)の行路(みち)を辿る。
 御身は氣だてよく聰明に、……しかも、あらゆるものは御身にゆかりなく、――御身は何人をも必要とはしない。
 御身は美しい、――御身がその美しさを重んじてゐるかゐないかは、誰ひとりいふことができないであらう。……御身自らは人に冷やかである、……そしてまた人の憐れみを求めはしない。
 御身の瞳は深い、――けれども物思はしげなものではない。その明るい深味のなかは空虚(うつろ)である。
 かうしてシャンゼリゼェの通りをグルックの重々しい調べにつれて、――悲しむこともなもなく喜ぶこともなく、しとやかな影は過ぎてゆく。
   一八七九年十一月

[やぶちゃん注:これは私の勝手な想像であるが、「N・N・」なる人物は、ツルゲーネフのパトロンであった、評論家にしてイタリア座の劇場総支配人ルイ・ヴィアルドーLouis Viardotの妻、著名なオペラ歌手であった、そうしてツルゲーネフの「思い人」ルイーズHéritte-Viardot, Louise Pauline Marieではあるまいか。「グルック」は、Christoph Willibald (von) Gluckクリストフ・ヴィリバルト・グルック(1714~1787)であろう。オーストリア及びフランスを活動拠点として、主にオペラを手がけた音楽家である。代表作は歌劇「オルフェオとエウリディーチェOrfeo ed Euridice」(特にその間奏曲「精霊たちの踊り」が著名)。]

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