スフィンクス イワン・ツルゲーネフ
スフィンクス
黄ばんだ灰色の、上の方は脆く、底の方は硬く軌む砂、……見わたす限り涯(はてし)のない砂だ! この砂漠の上、この死灰の海の上には、エジプトのスフィンクスの巨きな頭が聳えてゐる。 大きな突き出たこの脣、静かに擴がつて、仰向いてゐる鼻孔、……この二つの眼、二つの弧弓(ゆみ)のやうに見える高い眉の下に、半ば睡り、半ば醒めてゐるかのやうなこの眼は何を言はうとしてゐるのか? それらのものは何ごとかを言はうとしてゐる。すでに今、語つてすらもゐる、――しかもその謎を解き、無言の言葉を解し得るものはただエジプスだけである。 ああ! 私はかうした面影を識つてゐる……。それはいささかもエジプト風なところのない、白く、低い額、突き出した顴骨(ほほぼね)、短い眞直な鼻、美しい白い齒の口、やはらかな口髭、ちぢれた顎髭、廣く間を置いてはなれてゐる二つの小さな眼(まなこ)……頭にいただいて居る分けた髪の毛、……ああ、これは爾(おんみ)カルプである、シードルである、セミョンである、ヤロスラーフのリャザンの小百姓、わが同胞、まぎれもないロシヤ人! すでに爾(おんみ)もまたゆくりなくもスフィンクスの仲間になつてゐたのか? 爾(おんみ)もまた何かを言はうとしてゐるのか? さうだ、爾(おんみ)もまたスフィンクスである。 爾(おんみ)の眼(まなこ)――光彩(つや)のない、しかも奥深いその眼もまた語つてゐるのだ……、さうしてその言葉は暗默のうちに謎めいてゐる。 それにしても爾(おんみ)のエジプスはどこにゐるのか。 哀しいかな! 爾(おんみ)のエジプスとなるためには、ああ、全ロシヤのスフィンクスよ、百姓帽子をかぶつただけでは十分ではないのである! 一八七八年十二月 ■訳者中山省三郎氏による「註」 ・百姓帽子:國粹一點ばりのスラヴ主義者たちを諷したもの。
一八七八年十二月
■訳者中山省三郎氏による「註」
・百姓帽子:國粹一點ばりのスラブ主義者たちを諷したもの。
□やぶちゃん注
◎カルプである、シードルである、セミョン:原文“Карп, Сидор, Семен,”。ロシアの一般的な庶民的名前なのであろう。
◎ヤロスラーフのリャザン:リャザンРязаньは現在のロシア連邦リャザン州の州都。ロシア古代・中世史では馴染み深い地名で(但しそれらに登場するリャザンは現在「スターラヤ・リャザン」(古リャザン)と呼ばれる、現リャザンの南東に位置する別な場所であった)、オカ川(ヴォルガ川最大の支流)の右岸に位置する重要な河港でもある。ヤロスラーフЯрославは、かつてここに首都機能を置いたリャザン公国がヤロスラーフ賢公(Ярославль(978~1054)キエフ大公。キエフ公国にキリスト教を布教し、法典編纂・文藝振興を行ったことから「ムードリ」(賢公)と呼称された)の血を受け継いでいるのでこのように呼んだか。なお、1904年にはこのリャザンにロシア最初の社会民主主義グループが誕生していることは、この詩の注として明記しておいてよいであろう。
◎本詩を理解する一助になろうかと思われる事蹟を、サイト「ロシア文学」の「ツルゲーネフの伝記」から引用する。『67年には小説「煙」を発表、ロシアにおける全てのスラヴ主義者と、あらゆる保守的な宗教思想を攻撃した。ロシアの多くの人々は、彼がヨーロッパに身売りし祖国との接触を失ったとして非難し、同年彼を訪れたドストエフスキーも、彼を母国の中傷家として攻撃している。』『1877年、7年間の準備の末に成った小説「処女地」が発表された。これはツルゲーネフの最長の作品であり、数多い世代研究の1つである。今度は70年代のナロードニキ運動が扱われ、父親たちの無益な饒舌と空虚な理想主義に飽いた若い彼らが行動を決意するのである。』(改行)『この作品はヨーロッパではベストセラーになったものの、ロシアでは全ての派から断罪された。この不評に起因する落胆と厭世的気分は、78年に執筆した「セニリア」(のち「散文詩」(Стихотворение в прозе, 1882)の題名が付けられた)という小編に反映している。』。本詩が正にそうした詩の一篇であることは疑いない。
◎老婆心ながら言っておくと、この訳詩を読んでいると、「エジプト」と「エジプス」が恰も同語源であるかのような錯覚を起こすが、全くの偶然である。エジプトEgyptは現地では通称国名としてMisr「ミスル」又は「マスル」が用いられ、我々の使用する「エジプト」は英語表記由来。古代ギリシア語の「暗い」の意、Aigyptos(アイギュプトス:ギリシャ語表記Αιγυπτος)に由来するという。対するOedipus(「エジプス」・エディプス・オイディプース・オイディプス:ギリシャ語表記Οἰδίπους)は、赤子の彼が山中に捨てられる際、ブローチで刺された踵が腫れ上がっていたことから、羊飼いの養父母がオイディプス(腫れた足)と名づけたことに由来する。ギリシャ語・ラテン語表記の違いから一目瞭然である。

