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2008/12/25

早春雑記 尾形亀之助

 毎日のやうに隣りの鶏が庭へ入つて来る。

 鶏が書斎の前をいそいで通るので、いかにも跣足で歩いてゐるやうな恰好をする。羽や鳥冠が立派で、その上雄鶏などはすましてゐるやうな様子をしてゐるので可笑しい。

 彼等の中に一匹奇妙な鳴声をする雌がゐる。

 四五日前から地つづきに家主が家を建てゝゐる。今日は午後から曇つて、夕暮から雨になつた。

    ×

 又春が来る。なげつぱなしにして置いた季節が何処からか又帰つて来た。去年の春にまつはる不幸な感情を忘れたふりをして一年過ぎた。

 私はその人の写真をもつてゐない。見てゐる空いつぱいに広がる感情をどう縮めることも出来ない。

 細い月が出てゐる。一日西風が吹いて夜になつた。

 夢のやうな夕暮であつた。

 私はあなたに手紙を書かうとは思はない。はつきりした感情であなたを考へたくはない。

 私はただ夕暮を見てゐただけでいゝ。

 何時まで私はこんなことを考へてゐるのか。

 泣くと、ほんとうに涙が出る。今年はあと幾ケ月あるかといふやうなことをきいても誰もとり合つては呉れまい。

    ×

一、主人を除く家人は、午後十時、事の如何を問はず休息のこと。

一、主人の権威を以つても、休息中の家人を起すことを禁ず。

一、但し、地球の軸をまはす時はこの限りにあらず。

一、主人は、家人に対し、言語行動を丁重にすべきこと。

一、妹を尊敬すべきこと。

一、酒を節して、庭に樹木を植えること。

一、来客を選びて酒食を共にすること。

一、最も大切なるは女房を「おかみさん」と呼び、愛することを怠らざること。

 以上八ヶ条を主人心得として普九さんから頂戴した。

 昨夜、妻が私の欲しがつてゐた色々の家具を買つて来た夢をみた。部屋に飾つてみるとみなところどころ毀れてゐた、妻は「途中の運搬がわるかつたからで、買つたときは毀れてゐなかつた」と言つてゐるところであつた。

 私は、あてのない散歩はどうしても出来ないし、出来るだけ外出しまいと思つてゐるので、不機嫌な顔をして家にばかりゐる。

 庭には、隅に一本細い桐があるだけである。

    ×

 私の詩のあるものはこの頃一層短篇的なものになつた。さうした傾向は内容や形態から考へれば、事実詩から離れかけてゐることになるかも知れないが、それは言葉の上でのことで、私の持つてゐる詩から離れてゆかうとしてゐるのではない。

「短篇」と言つても、所謂短篇なるものの総称ではなくそれにふくまれるものの一つであつて、当然生れ出て来なければならないものである。

 わづかばかりの頁のところでこんなことを書くつもりではなかつたが、このことをながながと書いても興がない。又、私の短篇と自称する作品を詩であるとしか考へられない人達には、私の短篇が詩にふくまれるものであつて、その仕事が十分にしつくされてゐるのではないしその作品には何の変りもないのだからそれでよいことにしやう。たゞ私が詩よりも短篇の方が格が上だと思つてゐるのではないことや、夢を見てゐるのではないことだけは断つておきたい。

    ×

 又、雨が降つてゐる。昨日から私は部屋に白い蓮の掛図をかけてゐる。夜になつて雨が強くなつた。蓮の胡紛が昼月のやうに浮いてゐる。

 とよがまがつてゐるので、又壁に雨がしみてきた。雨の中に電車の走つてゐる音が時をりする。

 寝床に入つても雨の音が聞えるだらうと思ふと、なんだか床に入りたくない。

(一九二八・三―)

(全詩人聯合創刊号 昭和3(1928)年4月発行)

[やぶちゃん注:傍点「ヽ」は下線に代えた。ここで尾形亀之助は詩と短篇(小説)の区別をしているように思われるが、その区別をしたがっているのは実は他者であって、彼の意識の中での『私の持つてゐる詩』は識別的世界ではなく、彼が「短篇」と呼んでいるものは、その『詩』『にふくまれるものの一つであつて、』その『詩』からのみ『当然生れ出て来なければならないもの』だと言っている点に留意すべきであろう。「去年の春にまつはる不幸な感情を忘れたふりをして一年過ぎた」とあるのは、この前年の昭和2(1927)年4月の吉行あぐりに対する一歩的な恋慕と失恋から信州諏訪に傷心旅行したこと等を指すものと思われる。拾遺詩の内の昭和3(1928)年1月発表の「恋愛後記」及び「春は窓いつぱい」等を参照されたい。「普九」は「全詩人聯合」のメンバーの中に見出せる詩人、宮坂普九のことと思われる。ちなみに彼は作家今東光の従兄弟である。「昨夜、妻が私の欲しがつてゐた色々の家具を買つて来た夢をみた」とあるが、尾形は同年3月には妻タケと別居をしている。本篇が書かれた頃には恐らく最早一緒に住んでいなかったと考えた方がこの夢の意味は深くなる気がする。「何の変りもないのだからそれでよいことにしやう。」の「しやう」はママ。「とよ」は「樋」(とい)の音が変化したもの。]

以前にも何篇かブログ掲載しているが、今後、思潮社版全集の「評論」「物語」のテクスト化もして行こうと思う。僕ははっきり言ってこの全集の分類を意味あるものと感じていない。何故これが拾遺詩ででなくて評論なのか? 何故これが拾遺詩でなくて物語なのか? 何故これが評論で物語でないのか? といった素朴な疑問を感じながら、いつも読んでいるのである……

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