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2009/01/28

尾形亀之助作品集『短編集』復元について

秋元潔「評伝 尾形亀之助」によれば、尾形亀之助は当初、現在知られる第三番目にして最後の詩集『障子のある家』のような本を作るつもりはなかったと記す。

《引用開始》

『雨になる朝』のつぎに考えていたのは、『短編集』である。『短編集』は、昭和四年九月刊行のはずだった。(亀之助は『雨になる朝』刊行案内の文章の中で、「自分としては、九月に出版する短編集のために読んでおいて欲しいと思ふ」(「さびしい人生興奮」『詩と詩論』第四冊・昭和四年六月)と書いている。)

『短編集』の刊行は実現しなかった。『電燈装飾』という表題まで用意して、昭和二~三年頃刊行するつもりでいた第二詩集の場合と同じである。それは『雨になる朝』になった。今度は『短編集』が『障子のある家』になった。『雨になる朝』と『障子のある家』が、亀之助の一つの顔ならば、未刊の『電燈装飾』と『短編集』はもうひとつの顔である。[やぶちゃん注:中略。]

これらの作品[やぶちゃん注:『短編集』に所収された可能性のある作品群を指す。]『障子のある家』の散文詩とは異質である。『短編集』が刊行されていたら、亀之助の詩人像、作品評価は今と変わっていたろう。『短編集』に収められるはずの作品は、ロマンチックな雰囲気につつまれ、明るく、才能のひらめきを感じさせる。

《引用終了》

この中略部には秋元氏が推定する作品が、初出掲載誌とともに細かく掲げられている。[以下、友人が雑誌「尾形亀之助」を調べてくれている中で一部、僕が勘違いをしていた部分があったことに本日【2009年1月31日】気づいたので、記載を訂正してある。]

その殆んどは、現在の思潮社増補改訂版尾形亀之助全集の「物語(夢譚・無声映画シナリオ・戯曲・小品)1926-1930」に纏められている作品群である(先にブログでも問題にした「毒薬」は拾遺詩に、「不思議な喫煙者」「少女」の二篇は「評論(映画評・詩集評・詩評/雑感・エッセイ)1922-1939」パートの「A Corner Shop」の中に含まれている)。

僕は、次の尾形亀之助の電子テクスト化で、その復元を試みてみたいと思う。

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