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2009/01/31

話(小説)――或ひは「小さな運動場」―― 尾形亀之助

「ね、――」
「…………」
「眠つていらつしやるの」
「さうだ」
「まあ――」
「………」
「眠つてゝ口をきいてゐなさるの」
「眠つてゐて口をきいてゐるんだ」
「ね、――」
「何んだ」
「ほんとに眠つてゐらつしやるの」
「眠つてゐる」
「眠つてゐても返事をして下さる」
「してやる」
「聞えて」
「…………」
「ね、聞えない」
「…………」
「耳だけ眠つてるの」
「耳もおきてる」
「どうしてこれが聞えないの」
「――少しうるさくなつた」
「まあ、聞えなくつてもうるさいの」
「聞えなくともどこかゞうるさい」
「どこがうるさいの――」
「俺の後ろの方がうるさい」
「あなたの後ろなら私なの」
「見えないからわからない」
「こつちを向いて下さらない」
「いやだ」
「ちよつとだけでいゝの――」
「いやだ」
「私、指でシイツに手紙を書いてゐるの」
「シイツに――」
「だつて、あなたへあげる手紙なの」
「ありがと――」
「何んて書いたか知つてる」
「知らない、けれどもありがと」
「ご返事は」
「返事はいらないだらう」
「せなかに書かしてね」
「いやだ」
「わかるやうに書くわ」
「せなかは手紙を書くところではない」
「ぢや何処へ書くの」
「――夢で俺に手紙を書け」
「あなたの夢の中へとゞくかしら」
「お前が寄こせばとゞくだらう」
「だつて、あなただけの夢ぢやないの、私の手紙を何処から入れるの」
「枕の下から入れるんだ」

    ×

「ね、――」
「何んだ」
「あなたあの方が好きなんでせう」
「好きだ」
「私よりも」
「あの方つて誰れだ」
「ふざけないで、真面目なのだから」
「真面目なのか」
「えゝ」
「いゝね」
「ごまかさないで、ね、ほんとのこと返事して」
「はい」
「はい――なんておつしやるけど、私泣き出すかも知れないの、後ろを見ればわかるわ」
「後ろは見たくない」
「私がゐるからなの」
「たぶんそうだ」
「あなたS子さんを嫌いだと言つて下さらない」
「誰れにだ」
「私に――」
「言つた方がいゝのか」
「言つて下すつた方がいゝわ」
「ぢあ嫌ひだ」
「ぢあ――つてどういふわけなの」
「それでは――といふ意味だ」
「ぢあ、S子さんのどこがお嫌ひなの」
「眼と鼻と口と手と足と首と声と肩が嫌ひだ」
「好きなところはあとの残りが全部なの」
「後、何が残つてゐるんだ」
「髪も残つてゐるし、胸も頰も額も残つてゐますわ」
「ずい分残つてゐるんだな」
「まだ心臓も胃もあるわ」
「心臓や胃も言ふのか」
「見えないところは言はないの」
「言つてもいゝさ」
「言つてちようだい」
「お前が今言つたのと脳と腸と――腸はまだゞつたな」
「えゝ」
「腸と、それから何んだらう」
「――もういゝわ」
「…………」
「どうしたの」
「――もう用がないのだらう」
「あなたはご本を読みながら私と話してゐらつしやるんでしよ」
「さうだ」
「今読んでなさるところに何が書いてあるの」
「エリナといふ女が結婚したところだ」
「…………」
「…………」
「私とあなたは結婚したんでせう――」
「さうだ」
「私、したやうな覚えがないやうな気がするの――」
「で、どうしたんだ」
「あなたはどうなの」
「俺はぼんやりしてゐる」
「ね、――」
「何んだ」
「どうしてぼんやりしてゐなさるの――」
「あてゝ呉れ」
「あなたはS子さんへ手紙をあげたんでしよ、遊びに来るやうにつて――」
「空想か、ほんとのことなのか」
「ね、私とS子さんをあなたはどんな風にくらべるの――」
「くらべるつて、どうするんだ」
「ね、私の眼とS子さんの眼とどつちがお好きなの」
「女に眼がないと可笑しいか」
「どうして、そんなことおつしやるの」
「なければ、お前の眼とS子さんの眼をくらべなくともいゝからだ」
「それぢや鼻は」
「鼻も同じことだ」
「あなたは、私とS子さんに眼と鼻がなくともいゝとおつしやるの」
「さあ、――」
「私に相談なんかなさらずにご自分でお考へなさい――」
「お前のいいやうにしやう」
「ね、――」
「何んだ」
「私この頃自分が何時死ぬかわからないやうな気がするの――」
「それで――」
「私死にたくないわ、だから死ぬやうなことがあつても何処へも行かないつもりなの」
「死ぬやうなことがあつても、何処へも行かないつもりつて何んのことなんだ」
「――あなたの書斎に来てゐたいと思つてゐるの」
「――書斎に来てどうするんだ」
「あなたを見てゐるの」
「俺を見てゐるのか」
「いや――」
「俺からはお前が見えないんだろ」
「時々見えるやうにするわ」
「それで、お前と俺は話でもするのか」
「えゝ、話もしてみるわ」
「でも、そのときはお前は幽霊なのだな」
「怖い――」
「さあ――」
「幽霊になるのはいやね――」
「お前、自分で怖いんだろ」
「あなたが怖がつて、逃げたりなさると困るわ」
「可笑しいな」
「だつて、幽霊つてほんとにあるんでしよ」
「お前に幽霊になる自信があるんだろ」
「でも見た人がゐるわ」
「お前はないのか」
「祖母さんが死んだとき見たやうな気がするわ」
「見たやうな気つてどんなことだ」
「障子のかげのところへ何か、来たの――」
「…………」
「祖母さんは私を一番可愛がつて呉れたのよ。今だつて眼をつぶると、祖母さんの笑つてゐる顔が見えるわ」
「それが幽霊なのか」
「ね、――」
「何んだ」
「ひやかさないで」
「ひやかしたか」
「知らないわ、眠つていゝ」
「いゝよ」

    ×

「ね、――」
「何んだ」
「何時も、私とあなたとゞちらが先に眠るのかしら」
「お前が先に眠るよ」
「あなたと私と、ね、あなたと私とは夫婦つていふんでしよ」
「…………」
「私、夫婦つていふ言葉嫌ひなの、私が夫婦のうちの一人だといふのが嫌なの」
「それで、何が好きなんだ」
「妻と夫といふのがいゝわ」
「…………」
「ね、――」
「何んだ」
「電燈を明るくしていゝ」
「どうするんだ」
「明るくしたくなつたの」
「…………」
「ね、――」
「何んだ」
「まぶしくない」
「まぶしいよ」
「あなた眼をつぶつてゐるの」
「あいたりつぶつたりしてゐる」
「ね、――こつちを向いて呉れない」
「どうするんだ」
「顔が見たいの」
「顔が見たいのか」
「眼なんかつぶらないで私の顔も見て――」
「お前眠くないのか」
「眠くないわ」
「先に眠つてもいゝかい」
「いゝわ、眠るのを見てあげるわ」
「ぢや、さよなら――」
「ね、――」
「何んだ」
「もう少し眠らないで、そして一緒に眠りたいわ」
「…………」
「ね、――」
「…………」
「ね、モシモシ――モシモシ――電話よ、ベルのかはりに耳をひつぱるわよ」
「…………」
「モシモシ――モシモシ」
「お話中だ」
「誰れとなの――」
「S子さんと――」
「まあ、モシモシ――モシモシ、ね、モシモシ、まだお話中なの」
「まだ、――」
「ね、そんなことを言ふと、あなた今晩S子さんの夢を見るわ」
「いゝな」
「よくないわ――あなたは何時かお話になつたやうに、夢で接吻なんかするんでしよ」
「誰れと――」
「誰れとでもなさるんでしよ――」
「夢だもの――」
「だつて、心に思つてゐなさるから……」
「どうしたんだ、泣きさうにならなくたつていゝよ」
「泣きさうになんかなつてゐませんわ」
「…………」
「…………」
「ね、眠らないで」
「ぢや、顔を見てやらう」
「いや、顔を見ないで――」
「…………」
「電燈をま暗に消して――」
「…………」
「あなた――」
「何んだ――」
「うそでしよ」
「何が――」
「……今の話がみんな」
「うそだ」
「ほんとうにうそだわね」
「ほんとうにうそだ」
「ね、うそでなかつたら私どうすればいゝの」
「…………」
「あなたは」
「俺かい、俺はどうにもならない」
「私だけがどうにかなるの――」
「…………」
「ね、あなたはほんとうに私を好きなんでしよ」
「…………」
「また眠つてしまつたの――」
「眠つた」
「耳をひつぱつてもいゝ」
「又、電話か」
「私と電話をして、ね」
「お前と――」
「えゝ、してみたいわ」
「…………」
「ね、私からかけるわ、モシモシ――」

(詩神第三巻第十二号 昭和2(1927)年12月発行)

**

これは事実を無視すれば、美事にベケット、だ――

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