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« 夏の午後を映してゐる或一つの平面的な詩篇 尾形亀之助 | トップページ | 尾形亀之助詩集『障子のある家』所収の詩の初出形9篇 »

2009/01/18

尾形亀之助詩集『雨になる朝』所収の詩の初出形8篇

思潮社版尾形亀之助全集末尾の『雨になる朝』異稿対照表を参考にして初出復元した詩8篇を公開する(行間がうまく空かないので、掲載詩の標題を太字斜体にする)。

    落日

ぽつねんとテーブルにもたれて煙草をのんでゐると
客はごく静かにそつと帰つてしまつて
私はさよならもしなかつたやうな気がする

部屋のすみに菊の黄色が浮んでゐる

(銅鑼10号 昭和2(1927)年2月発行)

[やぶちゃん注:本篇は、後の昭和4(1929)年5月誠志堂書店刊の第二詩集「雨になる朝」に所収される際、以下のように改稿されている。

    落日

ぽつねんとテーブルにもたれて煙草をのんでゐる

部屋のすみに菊の黄色が浮んでゐる

第一連の如何にも意味あり気な演劇的シークエンスを思い切って圧縮して、題名と第二連との等価的モンタージュに仕上げているが、俳諧的な観念的連合としても陳腐で、詩想の膨らみはないように思われる。]

    親と子

太鼓は空をゴム鞠にする
でんでん と太鼓の音が路からあふれてくる
空気がはじけて
眠つてゐる子をおこしてしまつた

飴売は
「今日はよい天気」とふれてゐる

私は
「あの飴はにがい」と子供におしへた

太鼓をたゝかれて
私は立ツてゐられないほど心がはずむのであつたが
眼をさました子供が可愛いさうなので
一緒に縁側に出て列らんだ

二月の空が光る
子供の心が光る

梅の花の匂ひがする

私は遠のいた太鼓から離れて
キクの枯れた庭に昼の陽影を見た
子供は私の袖につかまつてゐた

(文芸倶楽部 昭和2(1927)年4月発行)

[やぶちゃん注:本篇は、後の昭和4(1929)年5月誠志堂書店刊の第二詩集「雨になる朝」に所収される際、以下のように改稿されている。

    親と子

太鼓は空をゴム鞠にする
でんでん と太鼓の音が路からあふれてきて眠つてゐた子をおこしてしまつた

飴売は
「今日はよい天気」とふれてゐる
私は
「あの飴はにがい」と子供におしへた

太鼓をたゝかれて
私は立つてゐられないほど心がはずむのであつたが
眼をさました子供が可哀いさうなので一緒に縁側に出て列らんだ

菊の枯れた庭に二月の空が光る

子供は私の袖につかまつてゐる

底本の「本文」は以上の表記であるが、「異稿対照表」では、第一連の二行目が「でんでん と太鼓の音が路からあふれてきて眠つて ゐた子をおこしてしまつた」という不自然な一字空けが存在し、第四連の「可哀いさう」が「可愛いさう」となっている。後者の齟齬は初出も「可哀いさう」であった可能性を示唆するようにも思われるが、原本を確認出来ない以上、このままとした。説明的な時間経過と詐術的弁解に誤解されそうな詩語を気持ちよく削ぎ落として俳諧的。これで「遠のいた太鼓」の音ではなく、「遠のく」太鼓の音が読むものの心に逆に確かに響くはずである。]

    白(仮題)

松林の中には魚の骨が落ちてゐた
あまり白かつたからだらうか私は拾はふとしたのだつた

(詩と試論二冊 昭和3(1928)年12月発行)

[やぶちゃん注:「拾はふ」はママ。本篇は、後の昭和4(1929)年5月誠志堂書店刊の第二詩集「雨になる朝」に所収される際、「白に就て」と改題した上、以下のように改稿されている。

    白に就て

松林の中には魚の骨が落ちてゐる
(私はそれを三度も見たことがある)

現在形への変更は、鮮烈なワン・ショットにブラッシュ・アップされ、括弧の効果的な使用と「三度も」の神経症的な畳み掛けは不気味な白さをクロース・アップして、比類ない。]

    白(仮題)

あまり夜が更けると
私は電燈を消しそびれてしまふ
たまたま机の上に水仙をさして置くことがある
床に入つて水仙を見てゐるとことがある
(何時までも眠らずにゐると朝の電車が通つてゐる)

(詩神 昭和3(1928)年2月発行)

    白(仮題)

夜が更けると
私は電燈を消しそびれてしまふ

そして机の上の花を見てゐるとことがある

(詩と詩論 昭和3(1928)12月発行)

[やぶちゃん注:御覧の通り、以上の2篇は同一作品の改稿による投稿である。更に、本篇は、後の昭和4(1929)年5月誠志堂書店刊の第二詩集「雨になる朝」に所収される際、再々度、以下のように改稿されている。

    白(仮題)

あまり夜が更けると
私は電燈を消しそびれてしまふ
そして 机の上の水仙を見てゐることがある

彼が殊更に推敲で追求したのは、如何にその最も無駄のないミニマムの時空間を切り出すということであった、ということがこの三案によって美事に浮かび上がって来るように思われる。詩語の選択も疎かにしていない。「あまり」は必ず「そびれてしまふ」感情を引き出すのに不可欠であり、「あまり」に更けた夜であればこそ「水仙」は妖艶な白さで詩人を、我々を射る。]

    昼は街が大きすぎる

私は足を見た
自分の足が靴をはいて歩いてゐるのを見た
そして これは足が小さすぎると思つた
電車位に大きくなければ醜いやうな気がした

(詩神 昭和2(1927)年1月発行)

[やぶちゃん注:本篇は、後の昭和4(1929)年5月誠志堂書店刊の第二詩集「雨になる朝」に所収される際、「昼の街は大きすぎる」と改題した上、以下のように改稿されている。

    昼の街は大きすぎる

私は歩いてゐる自分の足の小さすぎるのに気がついた
電車位の大きさがなければ醜いのであつた

初稿では、如何にも説明的な言辞選択と表現を繋げてしまった結果、地上から視線が殆んど上がらずに、電車位の巨大な足を持った巨人を見上げていない。]

    愚かな秋

秋空が晴れ
今日は何か――といふ気もゆるんで
縁側に寝そべつてゐる

眼を細くしてゐると
空に顔が写る
「おい、起ろよ」
空は見えなくなるまで高くなつちまへ!

(〈亜〉24号 大正15(1926)年10月)

[やぶちゃん注:本篇は、後の昭和4(1929)年5月誠志堂書店刊の第二詩集「雨になる朝」に所収される際、「愚かな秋」と改題した上、以下のように改稿されている。

    愚かなる秋

秋空が晴れて
縁側に寝そべつてゐる

眼を細くしてゐる

空は見えなくなるまで高くなつてしまへ

尾形亀之助の詩には、自身の子供たちという例外以外、肉身の他者が不在の、単独者である。従ってそこでは呼びかけとしての直接話法は原則的に馴染まない。この初稿の『「おい、起ろよ」』は空の移った顔の台詞とも、詩人自身のモノローグととることも可能であるが、それは如何にも解読的で空しく異質である。「空に顔が写る」という詩的イメージ自体は私は嫌いではないが、分からないから説明せよと言われると私も困るような表現と言ってもいいか。全体に初稿は弛んでしまって、且つ、それがパート・パートで歪んで不定形な固まりになってしまい、詩想の流れが淀んでしまっているように感じられる。]

    夜がさみしい

眠れないので夜が更ける
私は電燈をつけたまま赤い毛布をかけた
仰向けになつて寝床に入つてゐる

電車の音が遠くから聞えてくると
急に夜が糸のやうに細長くなつてその端を
電車にゆはへつけてゐるやうな気がする

(詩神 昭和2(1927)年1月)

[やぶちゃん注:本篇は、後の昭和4(1929)年5月誠志堂書店刊の第二詩集「雨になる朝」に所収される際、以下のように改稿されている。

    夜がさみしい

眠れないので夜が更ける

私は電燈をつけたまゝ仰向けになつて寝床に入つてゐる
電車の音が遠くから聞えてくると急に夜が糸のやうに細長くなつて
その端に電車がゆはへついてゐる

決定稿の終行の「ゆはへ」はママ。糸のように細くなった夜を主体的に描く時、その螺旋しつつ生き物のように伸びてゆく夜、その端に電車は結び付けられていなくてはならない。それが「その端を」という格助詞「を」では、端を電車に結び付けている逆ベクトルのイメージとなって連続性が失われることに気づいた亀之助が、書き直した際に歴史的仮名遣いを誤ったか。ちなみに「異稿対照表」では更に「ゆはへついている」とあるのである。]

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