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2009/02/12

彼等の喧嘩(二幕) 尾形亀之助

  若い夫
  若い妻
  犬
  郊外
  中春の夕方

    ×

舞台は客間と居間が唐紙で仕切られてある。客間は客間らしく、居間はたんす!火鉢其の他よろしくその辺に置いてある。庭には青葉の桜二三本、つゝじなども咲いてゐる。桜は枝ぶりのわるい方が面白い。

幕あくと、客間の床の間の上の蓄音器にテノールか何かのレコードがかゝつてゐる。(爽かな気分)客間と居間との間の唐紙が一枚だけ開いてある。食べるばかりになつてゐる食卓が居間の中央に置いてあつて、夫がその前に坐つて新聞を見てゐる。
雞のすねを焼いた骨つきを二皿両手に持つて妻が居間へ入つて来て、大きい肉片の入つてゐる方を夫の前へ小いさい肉の方を自分のとこへ置いて、客間へ行つてレコードを止めて来て夫に向ひあつて坐る。
妻「あなた。さあ食べませう」
夫「うん――(新聞を下へ置いて)雞のすねか。胡椒……」
妻「あなたの前に出てゐますわ」(飯をよそう)
夫「そうか」(胡椒や塩をかけて肉を切る)
妻(自分の茶碗にも飯をよそつて食べ始める)
夫(肉の大きそうなのを一口食べてみて、意外といふ表情)――「不味い」
妻「――あら、私のはおいしいわ」
夫「お前は何んでもうまいんだ」
妻「まあ……私のを食べてごらんなさいな」
夫(それもどうせ不味いといふ顔)
妻「だつて、何時かあなたがおつしやつたやうにして焼いたのですもの」
夫(妻の言葉を聞いてゐないやうに他のものをわざと食べてゐる)
妻「……でも、こつちのを食べてみて下さらなければ困るわ」(自分の皿を夫の方へ押し出す)
夫(妻をにらむやうにして、その皿から一きれつまんで食べる)
妻「どう……不味い?」
夫「いや……甘い」(こんどは自分の皿から肉をつまんで食べてみて)「不味い。おかしいな、ちよつとこつちを食べてごらん」(妻の方へ自分の皿を心もち押してやる)
妻(それを一きれ食べてよく味はふ様子。首などをまげる)「まあ、不味いわ――雞がちがうのでせうか?」
夫「……」(だまつて妻の皿から肉をとつて食ふ)
妻(夫の顔を見てゐる)
夫「こつちは甘い」
妻「……おかしいわね。こんなに味がちがふんですもの、おんなじ雞のすねじあないんだわね。きつと」
夫「跛の雞なのかも知れない……」(彼はそう云つて、すぐそんな思ひつきを後悔したやうにのみ込んでしまつた肉を今更吐き出せない――といふやうな気もちのわるさうな顔をする)
妻「いやな雞屋、明日来たら聞いてみるわ。跛の雞なんかもつて来て」
夫「馬鹿な……」(もつてゐた茶碗と箸を置く)
妻「……」(涙ぐんだらしく、夫の気もちをさぐるやうに夫の顔を上眼でちよつとのぞく)
夫「……」(もうそのまゝ飯をよすらしい)
妻「もうおよしになるの……」(茶碗を置いてしよげる。ぼんやり握つてゐる箸でなべをつゝいてゐる)
夫「…………」
妻「ごめんなさいね――」
夫「…………」(座を立つて部屋を出る)――退場
妻(その後姿を見送る。間……そして、かなしげに立ちあがつて客間へ入つてゆくとなにげなくさつきのレコードをかける。ぼんやりした様子)
夫「うるさいな――」(と、大きな声でかげでどなる)
妻(びつくりしてレコードをとめる)
夫(つか/\と部屋へ入つて来て、そこに立つてゐる妻を押しのけるやうにして、乱棒にホツクストロツトをかけてでたらめに踊り出す)
妻(ぼうぜんと見とれてゐる)
夫(だんだん調子づいて踊つてゐると、すべつてころぶ)
妻「あぶない――」(と、思はず夫のそばへ寄る)
夫(妻がそばへ寄つて来ると、いきなり足をからんでころがす)
妻「まあ、ひどい」(ころんだまゝ)
夫「まあ、ひどい」(妻の口まねをする。やはりころんだまゝ)
 間――二人がころんだまゝで
 ……犬が一匹庭を横切る。
 ……そして、静かに幕がする/\降る。
    ×    ×
どうでもよいことだけれども、ホツクストロツトを夫がかける時、夫はたゞかけるまねだけしてべつに舞台裏でかけて、夫がころぶと同時に止めてしまふのも面白いと思ふ。その方が、彼等がころんだまゝでゆつくり芝居が出来る。足をからまれて妻がころぶときなども、しなをつくらないでいきなりドシン――ところばなければちつとも面白味がないことになる。
足をからんで細君をころがして、彼はすつかり気嫌を直してゐるのにそこで細君がメソ/\泣き出してしまふものならこの芝居はぶちこはしだ。彼は家を飛び出して私のとこへでも訪ねて来れば、カフエーへ行つて一ぱい飲むことになる。すると自然に一ぱいが二はいになつて、彼はおそく家へ帰る。酔つてゐるから細君をぶつやうなことになるかも知れない。それでは私の作意に大変そむく、こゝはやつぱり「まああんたはひどい人」と細君は彼の顔のとこへはつて行つて、彼の頰をかるくつねる。彼も心得て、細君の鼻をかるくつまむ。すると細君も彼の鼻をつまむ。――そうなれば私も安心して筆を置く(一九二六、九――)

(九軒一の巻 大正15(1926)年11月発行)

[やぶちゃん注:底本では台詞が二行に亙る場合は一字下げとなっているが、ブラウザの関係上、無視した。冒頭ト書きの「!」は「・」の誤植であろう。同じト書き中に現れる『その他よろしく』は戯曲やシナリオとしてはよく使われる常套句である。の妻の台詞「妻「……おかしいわね。こんなに味がちがふんですもの、おんなじ鷄のすねじあないんだわね。きつと」の「すねじあない」はママ。「ホツクストロツト」は“Foxtrot”フォックストロットで、社交ダンスの一つの型。ラグタイムに合わせて男女で踊るテンポの早いもの。最後の解説は底本では全体が半角下げのポイント落ちである。「九軒」なる雑誌は不詳。底本の編注にも記載がない。ない、本篇は表題に『二幕』とあるが、この前後に別なシークエンスがあるようには思えない。いや、本篇は最後の解説によってレーゼ・ドラマであることがはっきりするのであって見れば、「二幕」という表記に拘る必然性は全くないように思われるのである。]

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