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2009/02/04

窓 尾形亀之助

 繁華なる街の裏通、いつもこゝは疎らな人通りしかなく、白らけた木煉瓦の歩道が美しい街路樹で仕切られてゐる。表通を平行に――橋のある堀端につきあたるまでの五丁ほどある両側は大底は事務所といつた構で、その間に三四軒煙草を売る小さな雑貨店と三四軒の自動車屋と、辻車の溜りと、その横に駄菓子屋、その隣りに自転車屋が列らんでゐて、そこから五六軒離れて床屋がある。この床屋が丁度この通りのまん中ごろになつてゐる。たべ物屋はそば屋が一軒あるだけで、あとはPといふ有名なカフエーがあるだけである。表通から二十間ほどしか隔つてゐないが、電車の音は注意しなければ聞えないほどで、昼飯どきなどほんの一瞬であるけれども、人一人通つてゐないことさえあるのであつた。
 床屋は二階建の二軒長屋で、二階は暗緑色のペンキで塗られて路に添つて二つの窓がある。
 その下の、床屋の店は戸も長押も白く、椅子二台と三面の鏡、洗面所、寄せつけの造りつけの細長いべンチ、帽子掛け、丸テーブル、花瓶、待つている客などはめつたになく、丈の低い四十ほどの親方と十五六の小僧と二人で働らいている。床屋の隣りは間口が床屋の倍もあるが表には入口がない。鉄の格子の中もくもりガラスの戸がある。そして全部が褐色に塗つてある。床屋の店の中をよく見ると四方が壁になつてゐて一間きりのものであるし、反射で暗く見える二階の窓の中にはチエヤーや小綺麗なテーブルがある。床屋が二階を使つてゐるのではたしかにないし、それかと言つて事務所らしくもない窓に白レースのカアテンが降りてゐて、ベコニヤの鉢が置いてある。
 この窓が、彼の部屋から街路樹と街路樹の間に見える。床屋のま向ふにSという×国のコンクリート建の商館があつて、その路に面した二階の部屋を借りて彼はこの五月以来(五月に彼は恋を失くした)郊外を引き払つて来て住んでゐる。夜になると、街燈の間が遠いのと表通が明るすぎるのと、それに街路樹がよく茂つてゐるのでこの裏通は暗い。で、この床屋が一番明るく、遠くから店の前の路が電燈に白く照らされてゐるのが見える。
 彼が「窓」といふ題を原稿に書いてからそのままにもう三月もたつてゐる。彼は「窓」という主人公のない――強ひて主人公をつくれば、或る一つの窓を主人公にして長篇ものを書くと言つてゐた。
 床屋の店先に犬がよくねそべつてゐる。

(詩文学第二巻第五号 昭和2(1927)年10月発行)

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