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« 話(小説)――或ひは「小さな運動場」―― 尾形亀之助 | トップページ | 蕗 芥川龍之介 »

2009/02/01

地球はいたつて平べつたいのでした 尾形亀之助

 その夜何故女と別れなけれはならなかつたのか、女が帰つてしまつた後、私は泥酔してしばらく旅へ出ると女に言つたことを思ひ出して泣いた。汽車に乗る頃から又雨が降り出してゐた。黒い大きな花弁の中を運ばれてゐるやうな、このまま自分にはもう汽車を降りる機会がないやうな気がして次第に遠くなる停車場の間を窓から見てゐると、も一度降りてみなければならない急がしい気持になつた。そして東京を七里ほど離れた一時過ぎのま暗な町で動き出してゐる汽車から飛び降りてしまつた。だが次の日の朝、私は雨のやんだその小さな町の停車場から青い顔をして発つた。電柱のわきに太陽が昇りかけて、遠くを飛行機が飛んでゐるのだつた。夜とはちがつて、白らけきつたあたりの様子はもう東京とは少しのつながりもなくなつてゐた。尾の切れた蜻蛉のやうな、明るい昼の汽車の中がずゐぶんながかつた。はねあがつたずぼんのどろが乾いてしまつてゐた。
 △△の町に着いて、私が何のためにそこへ来たのか、まるで無関心な人達を見た。改札は私から切符を受け取つたゞけであつた。駅の前の広場でも私を見てゐる人は一人もゐなかつた。私は宿をとつて風呂に入つた。雀が鳴いて、梅のつぼみが咲くばかりにふくらんでゐた。炬燵に足を入れてゐると眼が鉛のやうに重く、窓の湖の青が幽霊のやうに映つた。風呂に浸つてゐても、體がちつともぬれてゐないやうな気がしてならないので頭に水をかけた。山の上の空が紫色になつて日が暮れていつた。
 午後風が出て、枯葉のやうに湖が鳴つてゐる。私は歩きたくもない山の下の路を歩いて帰つた。山も空も晴れて、湖は濁つて遠くの方だけが浅黄色の波をたてゝゐた。そして、出かけたときと何の変てつもない部屋の中へ帰つた。――二時を打つ音が聞えたり、宿の子供がピアノで何かやつてゐたり、ピアノが蓄音器に変つたりしてゐるのを聴いてゐると、自分がたわいもない置物のやうなものに思われた。
 「昨夜も眠れなかつた。お前が劔のやうな形になつてゐる夢を見て幾度も眼をさました。私はもつとすまして暮らしてゐたのだつた。それなのに、昨日から何も食べてゐない。昨日のやうに山の上が紫色になつて、だんだん山が見えなくなる。客が着いたり、女中が馳けて通つたりして、風が吹いてゐる」

 東京を発つ前の日の晩、女が×××へ帰つて来るとすぐ私は裏の暗いところへ呼んだので、あとからついて来た●が女の顔を四つばかりなぐつた。どうしてあんなことをしたのか、酔つてはゐたのだが、裏へ出て女と何を話したのかも覚えてゐない。裏へ出るとき私はころんでコンクリートのたゝきにこめかみを打ちつけた。女が顔を抑へて二階へかけあがつた後、どんなことを言つて●と別れたのか家へ帰つて障子を二枚目茶目茶に毀してしまつた。とうに十二時を過ぎてゐたのに、妻や子供は女中と一緒に何処かへ出て行つて家の中にはゐなくなつてしまつた。
 カアテンをしめ忘れてゐるので暗い庭が見える。飯の度に箸の中から辻うらが出る。一人でかうしてゐるとずゐぶん淋しくなる、風がやんで湖が消えてしまつたやうになつてゐる。
 一時を過ぎて、大きな声で歌を唄つて四五人の客が私の上の部屋へ入つた。そして、又歌を唄つて風呂に降りて行つた。煙草がなくなつた。雞が鳴いてゐる。私は東京からこゝへ来てゐる。明日は出来ることなら東京でドンが鳴つて、女がそれを聞くちよつきり十二時に床から飛び起きよう。そんなことだつて何んにもならないことはあるまい。

 遅くなつてから眠つたのに今朝は又早くから眼がさめてしまつた。
 立樹の茂つた墓場の入口を通りかゝると、数百匹の猫が入り乱れて斗つてゐるのであつた。私が立ちどまつて見てゐると、突然一匹の黄色の小猫が私の顔へ飛びかゝつてきたので、はつとして蒲団から手を出しながら眼をさました。今日も亦昼になつた。雀が隣り宿の高い二階の庇に頭を湖に向けて小いさくとまつてゐる。窓に陽がいつぱいにあたつてゐる。私は女の胸ヘピストルを打ちこまうとしてさつきから幾度も引がねを引いた。
 湖が光る。囲りの山をどけて東京が見たくなつた。どういふものか、ピアノが聞えてくる度に東京を離れてゐることがはつきりする。夜になると宿の若主人はクラリオネツトの練習を始める。鋏をかりて髯をつんだ。女は心に浮ぶ船なのだ。
 日暮と夜と昼とがどんな恰好をして通り過ぎるのか、こんなはつきりしないことを私は考へまいと思つた。日暮も夜も昼もたゞの景色でしかないとすれば、ことさらに何も考へる必要はないのだし、昨日があつて今日があるのだと思つてゐても、それが結局なんのことなのかわからなくなるのであつた。今日は風がなく、庭がごみを散らばしたやうにきたない。近所の山へ登つてみようと思つたが、登らなかつた。
 「今朝早くからビールを飲んだ。そして、どうして東京がこんなに遠いのかと思つた。今朝、お前と最初に口をきいた人はお前になんと言つたのだらう。今日も一日風がなかつた。夕方ボートに乗つた。少しづつ日がながくなつた。この町に今日火事が二つあつた」
 私は部屋の後ろから出る月を見た。こゝへ来て、夜になると白い月が低く出てゐるのを少しも気がつかなかつた。月はボール紙であつても、切りぬきであつても、舞台の背景の月でもかまはない。女は自身だけしか好いてはゐないのだ。つゝましやかと言つていゝのなら、女のつゝましやかはそれなのだ。湖につき出てゐる公園で柳の若葉を見て、女がそれを好きだと言つたのを思ひ出した。ボートの帰りに遊廓の入口の射的場でタバコを打つた。
 又、昼から酒なんかを飲んで、すぐまづくなつてしまつた。こんなことは自分でがつかりするより他はなかつた。こゝは山の中の温泉町なのだけれども、私のゐる部屋の前は湖を埋めたてた石ころばかりの庭なのだ。私は酒の膳を寝そべつてゐる足で押しのけた。陽ざしがカアテンをふくらましてゐた。頭に角が生えかけてゐるやうな気持になつた。

 「又お前の夢を見た。お前を訪づねて行くと、二階にゐるといふので階段の処で行つて恥かしくなつてゐると、お前の友達は大きな声でお前を呼んで私の来たのを知らせた。お前は、明日お部屋へお帰りですつてね――と言つた。よく考へてみれば何のことなのかわかりさうな気がした。そこでお前と別れてしまつたのだらう。ちよつと眼をさましたのかも知れないが、気がつくとお前は友達と家へ帰るところであつた。たしかにそのうちの一人はお前なのだが二人とも黒いベールのついた帽子をかぶつたり、黒の靴下に同じやうに黒い靴をはいてゐるので、後ろから見たのではどつちがさうなのかわからないのだ。それなのに、そのうちの一人がその辺のホテルへ帰つてしまふ話がよく聞えたり、あなたも寄つてゆけと言つてゐたりするので、夢の中だつたけれどもひどく気をもんでしまつた。だが、お前がふりかへつて私を見たのでホテルへ帰るのがお前でないことがわかつた。それからお前は私と腕をくんでゐた。私が●にすまないと言ふと、お前はそんなでもないと言ふのだつた。そして、何で眼がさめたのか眼がさめてしまつた」

 朝から雨が降つてゐる。十時過ぎに床を出るとま白な空であつた。昨日の晩遅く停車場へ行つて東京へ行く最終の汽車を見た。停車場の時計は張り紙がしてとまつてゐた。巡査が立つてゐた。そして、私の見てゐる前で汽車はホームだけを残して行つてしまつた。
 私のゐる部屋に窓が四つある。右端の窓からは湖とその向ふの山が見える。その次のは、隣り宿との境界の生垣と松とせの高い檜葉と山のつゞきとが見える。そして、高い屋根の庇が少しばかりつき出てゐる。三つ目の窓は、屋根と便所から出てゐる煙突と、そこのとこの白い壁と屋根の上の空が見える。四つ目のはいつもカアテンを降ろしてゐる。雨にぬれて雀が鳴いてゐる。突然、昼からクラリオネツトが聞え出した。たまに吹きのばされると、遠くの方で番頭や女中や女将さんが笑ひ出すのが聞える。何んだか、私もつりこまれて可笑しくなるのだつた。
 「雨が二三日やまないかも知れない。今日は山が見えない。湖がひどく濁つてゐる。四時がなつてから風呂に行つた。そして、湯をぬるめて頭まで沈んだ。昨日の夢は、私達の歩いてゐる側に夜店が出てゐた。片手で體を浮かしてみたりして風呂を出た。夕方になつて寒くなつた。坐つてゐたので足がしびれた。飽きて、ぬれ手拭をさげて風呂へゆくと手もつけられないやうな熱湯が湯ぶねからあふれて流れてゐるのだつた。もう外は暗くなつてしまつた」
 湖が鳴る。湖は水母のやうに生きてゐる。部屋の中は炭火のさける小さな音がしてゐる。雲が桃色になつた。湖も桃色だ。私には夜が暗くつて美しいといふ気持にはなれない。昼も桃色も消えて、自分が部屋の中にゐることだけしか考へられない。湖は音だけで見えなくなつた。山の上だけが山よりも少し明るい。
 床に入つても眠れないので、今頃女はどうしてゐるのかと、そんなことばかり思はれてならない。何時までも眠れないと床の中にもぐつて息をつかないでゐたりして、床から顔を出してぐつたりするのだ。手を出して動かしてみたりするのだ。今夜も上の部屋に四五人の客がゐる。天井がみしみしして、サンデリヤがゆれてカラカラ音をたてる。ときどきどしんといふのは何をする音なのか。私は又煙草をみなすつてしまつた。
 「明け方●の夢を見た。●がクラブのやうなところで大きな椅子に腰かけてにやにや笑つてゐるのを、私はそのそばにゐて見てゐるのであつた。●は未だこゝにゐるんだ――といふ意味のことを言つた。私は一人でゐるお前のことを思つてゐた。それからどの位ゐ過ぎてからなのか、●と二人でお前が日本髪に結つて一人で編物をしてゐるところへ帰つて行つた。何故か、お前の片々のびんがこはれてもう一方のびんが大きな波うつてゐた。そして、顔が私の妻に似てゐるのだつた。●が何かお前と話してゐるので、私はお前と何も話さなかつた」
 夢はいつの間にか野外劇のやうなことになつてゐた。広い川などが流れてゐたりして私はそこを泳いで渡つた。そして、外人街のやうなところで路を迷つてゐると、不意に後ろから刀をぬいた男が追つて来たりするのだつた。
 曇つてゐるのが晴れて、山の上が青く部屋の中はどうかしたのではないかと思はれるほど明るくなつた。小石の多い地面が乾いて、窓の下の芭蕉が芽を出してゐた。横になつてゐると寒くなつた。考へることゝいつて何もないといふ気がして、便所に入つてゐると何処か近くで掘抜きを掘つてゐるのが聞えてゐた。熱い茶を飲んで湖のふちまで出て行つた。
 今日も朝からぼんやりしてゐた。窓から見える湖に寝ころんでみたくなつた。坐つてゐると、私はいつまでも坐つてゐる。髯を鋏んでゐるうちに曇つてしまつた。時計が三時を打つた。私もどこかに時計を持つてゐるやうな気がした。
 夕方は雀がさわがしくなる。そして、私は風呂に入つてみたりするのだつた。よく風呂に入るので、足の裏が手のひらよりも綺麗になつてゐた。足の裏があまり綺麗なので、自分の體が何時の間にかたいへん大きくなつてゐるやうな、何かたわけたことになつてしまつてゐるやうな気がするのだつた。
 陽が低くなると湖が一面に光る。坐つてゐるまゝ仰向に寝ると床の間が丁度よい枕になる。窓は空ばかりになる。陽ざしがのびて床の間の壁まで這つた。どう見ても部屋には自分一人しかゐない。それも寝そべつてゐるせゐか頭ばかりでしかないのだつた。さつき廊下の窓の下がにぎやかなので出てみると、小いさな女の子が十四五人も砂を掘つて遊んでゐた。皆んな赤い色の着物を着て、てんでに手を動かしたり頭をふつたり歩いたりしてゐるのだつた。
起きあがると風が出てゐた。遅い昼飯を食ベた。
 「雲がかゝつてゐるので早くから日が暮れた。見てゐるときりのない夕暮だ。何を思ひ出したのか、顔をふせてゐると涙が流れてきた。何のことかわからないまゝでしばらく泣いてゐた。昔、太陽の登るのを見て、学校へ行く路で涙がとまらなかつたことがあつた。毎日私は湖を見てゐる。風のない日は一日中湖がお前に似てゐる」

 窓が光つてまぶしい。風がないので湖の上をボートがよくすべる。蝶が飛んでゐる。
 どうして花見なんかへ行く気になつたのか、私は宿酔で今日は朝から寝てゐた。一日窓に陽があたつてゐた。陽がかげると、電燈がついた。今日はピアノがならない。そして、雨蛙が啼いてゐる。五月になつてこゝでは桜の花が咲く。
 私は久しぶりで靴をはいた。そして、汽車に乗つてしまつた。思索をしたのであつたが何のやくにもたゝなかつた。
 笹子のトンネルはながかつた。八王子の辺は日が暮れてゐた。電燈のついた停車場は人の影が黒く、弁当などを食べてゐる人もゐた。私はちよつと立ちあがつてみたりした。シグナルやポイントがどうなつてゐやうと、そんなことはどうでもいゝやうに汽車は走る。私にしても、夜になつて外が暗いのだし汽車のゆれるやうに體がゆれてゐるのだから、汽車を怖いとは思つてゐない。棚の網にあげて置いた牛乳が漏つて、横になつてゐる私の襟をぬらしてゐるのさへ知らずにゐたのだつた。
 電燈が暗く、汽車の中が夢のやうになると、汽車の少しつつ沈んでゆくやうな音に耳をすまして皆一様に眼を据ゑてゐる。私は何時のまにか頭痛がしてゐた。私は汽車に乗つてゐるけれども急いでゐるのではなかつた。窓をのぞくと自分の顔が映つた。東京の郊外へ入ると、汽車は坂にでもなつてゐるやうに走つた。「新宿」へ着いて電車に乗りかへると一鉢づつ花をもつた老人夫婦が私をはさんで坐つた。
 暗い路で自動車を降りると、ポケットの銭がきみのわるい音をたてた。私は帰つて来たのだつた。竹藪の中の路を畑へ出て、家の前へ来て門燈に照らされてゐる庭の赤い躑躅の花を見た。私はせまい玄関で力を入れて靴をぬいだ。部屋にはしばらく見なかつた机や本があつた。
 朝の電車なのだらうか、私の頭にかすれた線を引いて走つてゐた。仰向いて寝てゐると足が棒のやうになつてゐる。そして、胸の辺に頭がきて、頭が枕になつてゐる。何処からか燈がさして窓が明るい。蛙がさかんに啼いてゐて、未だ汽車に乗つてゐるやうな眠りかけてゐるやうな気持になつてゐると夜が明けかけた。私はそれからしばらく便所に入つて出ずにゐた。
 春から夏になつた。男の妻や子供は田舎の海へ行つてしまつた。自分の他には誰も家の中にゐないことや、明けはなしたガラス窓の外に陽ざしのよい庭があることや、森の中に話声がしたりきまつた時間に豆腐屋が通つたりするのが、ぼんやりしてゐる男を退屈にした。そして、うす暗くなる庭から眼をそらして電燈をつけた。夕方、毎日のやうに前の森へ来て流行歌を唄ふ二人連の一人は、ハーモニカかヴアイオリンを持つて来てもう一人の唄に合せるのだつた。月のよい晩などは「金色夜叉」の声色をかはるがはるにやつては、二人一緒に大変な声で悲鳴をあげたりするのだつた。又或る時には、救世軍が家の前までタンバリンや太鼓をたゝいて来るのであつた。
 かなかな蝉が一斉に森で啼くやうになると、雨あがりの夕暮などは蝉の声が澄んで空へ響いた。男は少しつつ街へ出かけるやうになつた。毎日蝉が啼いた。男は古雑誌の中から女に似た口絵を見つけて切りぬいたりした。見てゐるうちに消えてしまふ雲もあつた。
 夏の昼は大きな象のやうな動物に似てゐた。床を出て顔を洗つてしまふと、男にはもう何もすることがなかつたりするのだつた。日がながかつた。明るいまゝで日が暮れるのであつた。
 隣家の百日紅は赤かつた。昼近い頃が一番赤いのであつた。毎晩のやうに月の出がおそくなつた。そして十二時過ぎて月が出るのであつた。窓にのしかゝつて、鼻をつまらせて、何んといふ暗さだ――といふのが男の夜の感想になつた。夜が更けて、まだ走つてゐる電車には自分の知つてゐる人が乗つてはゐまいと思つたり、どこまで夜が暗いのか棹のやうなものでつきさしてみたいと思つたりした。又、近所で門を閉めたり鍵をおろしたりした後は、何か暗示のやうなものが人間へ覆ひかぶさつてゐるやうな気がするのだつた。不安になつていつでも窓を開けてゐれなくなるのだつたが、そんな誇張した感情はながくはつゞかなく、とうに寝たと思つてゐた隣家に話声がしたりするのだつた。
 ながい日が過ぎて行つたやうな、乗つてゐる汽車が停車場に近づいて急に窓の外の景色が重たくなるときのやうな日がつゞいた。そして、秋になつた。朝窓を開けると、手のとどくやうな松にも霧がからんでゐた。男は何かゞすぐ眼の前にあるのに、その名が言へないでゐるやうな気がするのだつた。
 その頃になつて、男は思ひ出したやうに又女の夢を見た。妻や子供が田舎から帰つて来ると、男の家は「××ケ谷」の方へ越して行つた。
(文芸月刊第一巻第二号 昭和5(1930)年3月発行)

[やぶちゃん注:傍点「ヽ」は下線に代えた。後半中間部の人物「●」の現れる夢の叙述中の『片々の』は『片方の』の誤植ではなかろうか。本篇は昭和2(1927)年4月の信州上諏訪への傷心旅行(吉行あぐりと思われる女性への一方的な恋慕と失恋)をモデルとしていると思われる(湖は諏訪湖)。従ってこの作中の「妻」は執筆字時の実質的な内縁の妻芳本優ではなく、タケである。旅からの帰宅シーンには潤色があり、ここでは古くからの馴染みの自宅に戻るかのように描かれているが、実際には亀之助の旅行中に家族(タケ・長女泉・長男猟)が新宿区上落合702番地から世田谷太子堂169番地に転居しており、同年4月末、亀之助は上諏訪からこの新しい転居先の太子堂の家に帰還している。また、末尾に記されるのは同年12月の同じ世田谷の山崎1414番地への再転居のことである。]

* * *

この作中時間経過数箇月に及ぶ(最後の場面は春から海水浴の夏へと飛んでいる)きっぱりとした「無声」映画は、如何にも魅力的だ。

つげ風のモノローグ(というより、つげ義春が尾形亀之助的であると言うべきである)――

深夜の無人の駅に降り立つ主人公のシルエット――

女を殴る●、女の胸へピストルのトリガーを引く主人公、黒い女たちの夢、妻のような顔の●――

「去年マリエンバードで」のようなフラッシュ・バック(というより、レネの「去年マリエンバードで」が尾形亀之助的であると言うべきである)――

坐ったまま仰向けになると床の間が枕になり、窓は空ばかりになる――

それは梶井基次郎の主人公に見紛う、旅宿の無言の視線と仕草だ――

亀之助の好きな赤い着物を着た少女たち――

そして飛び乗った汽車――夜――電燈――

「棚の網にあげて置いた牛乳が漏つて、横になつてゐる私の襟をぬらしてゐるのさへ知らずにゐたのだつた。」――

タルコフスキイ!――

何より尾形亀之助と同様、僕はヒグラシが好きで、古雑誌の中から好きな女に似た口絵を見つけて丁寧に切りぬいたりしたこともあり、見てゐるうちに消えてしまふ雲を見ているのが好きだ。――

そうして

最近僕は「何かゞすぐ眼の前にあるのに、その名が言へないでゐるやうな気がするの」である――

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