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2009/02/08

「やぶちゃん版芥川龍之介全句集」疑義句12句追加

全く関係ないことから旧全集の月報を読んでいて、とんでもない事実を発見した。芥川龍之介疑義句(新発見句と称して良いと思う)12句である!

「やぶちゃん版芥川龍之介句集五 手帳及びノート・断片・日録・遺漏」に岩波版旧全集月報9示された疑義句12句と注記を加えた。

僕の感動は以下ブログにそれを引用せずにはいられない。新全集の総見を行ってはいないが(近々それを行う用意がある。これが「やぶちゃん版」の成すべき最後の仕儀となろうことも分かっている)、少なくともそれ以前の如何なる全集や句集にも所収されていないものであることは確かであろう。そして、この多くは芥川龍之介の真正の句である可能性が高いと僕には思われるのである。ご覧あれ――


 

晝の月霍亂人(くわくらんびと)の眼ざしよな

[やぶちゃん注:岩波版旧全集第九巻に挟まれた1978年4月クレジットの「芥川龍之介全集月報9」の「資料紹介」の中にある、大正8(1919)年8月発行の『文章倶樂部』第4年第8号所収とするMS生記「我鬼窟百鬼會」の文章中に芥川龍之介(我鬼)の句として現れる句。MS生なる筆者が大正8(1919)年6月29日午後2時より田端の芥川邸で催された「俳三昧修行」と称す運座に呼ばれて行ってみると『座敷には三汀さんや我鬼さんの筆に成る團扇が幾本も散らばつてゐ』て、そこに書き殴ってあった句として紹介されている(「三汀」は久米正雄の俳号)。「我鬼窟句抄」の大正七年等に見られる「晝の月霍亂人が眼ざしやな」の類型句であるが、MS生の見間違いの可能性もある。]

下駄正しく傍にむざと杜若(かきつばた)

[やぶちゃん注:前掲句と同様、岩波版旧全集第九巻に挟まれた1978年4月クレジットの「芥川龍之介全集月報9」の「資料紹介」の中にある、大正8(1919)年8月発行の『文章倶樂部』第4年第8号所収とするMS生記「我鬼窟百鬼會」の文章中に芥川龍之介(我鬼)の句として現れる句。類型句はない。その運座で作句された一句として掲げられているので、信憑性の極めて高い未発表句である。この時の運座は久米正雄(三汀)・室生犀星・瀧井孝作(折柴)・石川勢以子(谷崎潤一郎の当時の妻千代子の妹。谷崎の「痴人の愛」のナオミのモデル)や大学生風の者(「大学の制服をつけた人」とあるので必ずしも大学生かどうかは不明であるが、複数人居た模様)らで(MS生も当然参加していると考えてよい)、『座敷に溢れる盛況』と記している。更に運坐が終わるころに菊池寛、夕食後、夜更けてから江口渙が来窟、まさに「百鬼會」と称するに相応しい体をなしている(小島政二郎が来ないのを不審がる芥川が描かれているが、小島の到来は本文には記されていない。この深夜には短歌の運座が行われたと当該文書は終わる――短歌の運座とはちと可笑しいけれども)。運座の詠題は「梅雨及其他」で真っ先に芥川が捻出したとあるが、『苦吟一時間ののち互選する』とあって読み上げられた句を掲げている中に出現する。一応、以下に掲げられた句を全て示す(芥川の句のルビは省略する)。

   梅雨の頃灰汁の重さ母の手に (三汀)

   屋根草にりゆうとあぐ旗冷やし物 (犀星)

   下駄正しく傍にむざと杜若 (我鬼)

   玉手捲く夕月の影薄うなりぬ (猛者)

   吾は夏の袴をはきつめられてる (折柴)

この猛者という俳号は不明である。ちなみにこの運座の最後に来た菊池寛が

   絽の乳は透き夏の夜の東京の電車が蒸れ

という句に対して「これは君非常に猥雑だよ」と言ったというエピソードが綴られるが、この句が私は好きでたまらない。しかし、この自由律は、芥川では、多分、あるまい、残念ながら(だったら芥川の句として素晴らしいお思うのだけれども)。]

定齋賣橋一ぱいに通りけり

浮き沈む脾腹の肉や昼寢女郎

空に知る海のけはひや花芒

睫きもせぬに鬼氣あり菊人形

思ひ出や蜻蛉の眼玉商ひし

松二本出水に枯れて曼珠沙華

花火より遠き人ありと思ひけり

ぎやまんの燈籠ともせ海の秋

今朝秋や寢癖も寒き齒のきしみ

[やぶちゃん注:岩波版旧全集第九巻に挟まれた1978年4月クレジットの「芥川龍之介全集月報9」の「編集室より」に該当巻の芥川龍之介の俳句には異型句が数多く見られることを言い、『本全集に収めることを躊躇した句に左のようなものがあります。今後の検討を俟ちたいと思います。』として、『昭和五十一年五月の『書林会主催西部古書展示即売会目録』に掲げられた影印のうち、本全集不載の句』とする9句である。しかし、この内、「花火より遠き人ありと思ひけり」「ぎやまんの燈籠ともせ海の秋」の二句は、前者「花火より遠き人ありと思ひけり」は新全集の後記に大正5(1916)年頃の作として掲げられているものであり(「やぶちゃん版芥川龍之介句集 発句拾遺」参照)、芥川龍之介の作品として確定でき、更に後者「ぎやまんの燈籠ともせ海の秋」は同じく「やぶちゃん版芥川龍之介句集 発句拾遺」に掲載した「松江連句(仮)」の一句である。これらの影印なるものが如何なるものであるか分からないが、一連の筆記であり、芥川龍之介の自筆であることが確認されれば、間違いなく芥川龍之介の句であると言ってよいであろう。上記以外のどの句も、あくまで私の感触であるが、高い確率で芥川龍之介の句であると思えるである。「今後の検討」は30年誰にもなされていないのである。識者の御意見を是非、求めたいものである。]

杉凍てゝ聲あらんとす峽間哉

葱に似て指の白さも惣嫁かな

大いなる手つと來て茨の實を摘めり

[やぶちゃん注:岩波版旧全集第九巻に挟まれた1978年4月クレジットの「芥川龍之介全集月報9」の「編集室より」に該当巻の芥川龍之介の俳句には異型句が数多く見られることを言い、『本全集に収めることを躊躇した句に左のようなものがあります。今後の検討を俟ちたいと思います。』として、『大正七年十二月三日の『読売新聞』に「雑咏 我鬼」として掲載された七句中本全集不載の三句』とある。続いて『読売掲載の七句について芥川は同年十二月八日付下島勲宛書簡に「読売の句は小生の出したものではなく誰かが好い加減に句屑を集めて勝手に発表したものであります」と記してい』ることを根拠として全集に採録しなかったらしい。しかし、この芥川の書簡中の語『誰かが好い加減に句屑を集めて勝手に発表した』という言い方は、句が自分のものではない贋作だというのではなく、自分の本意ではなかったという不満の表現ととれないだろうか。少なくとも二句目は「やぶちゃん版芥川龍之介句集 発句拾遺」の「我鬼窟句抄」にある「惣嫁指の白きも葱に似たりけり」の別稿と考えられるではないか。そう考えると、これら三句もないがしろには出来ない句であるというべきである。]

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