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2009/07/22

1978年8月6日の僕の日記

「上海游記」「江南游記」「長江游記」を読む。
恐らく芥川龍之介の著作中、最も嫌悪感を抱かせ、失望に至らざるを得ない作品群。彼の汚点はこの随筆集に残されてしまった――しまった? 残されている、には違いない。
随筆とは誰が書いても、多かれ少なかれ、芸術家然気質の展覧の場に過ぎず、言葉のtechniqueと作家のposeの干物のアンモニア臭に満ちているものである。
この三作は図らずも芥川龍之介の以下の内実を暴露した。若しくは私が以前からどこかで嗅ぎ取っていた、或る「臭さ」の元凶を白日の下に曝した。
芥川龍之介は実生活に於いて“好色”である。「上海游記」では「南国の美人」として三章を割いているが、この中で彼は中国人の女の耳のコケティッシュさを説き、この発見を自画自讃して止まない。新聞読者の好奇心をくすぐるためと考えれば、まことに美事と言えなくもないが、小説「好色」に現れるようなスカトロジスム的雰囲気、宇野浩二の愛人に対するきわどい悪戯(ベッティングによる情動充足)等を見ると、芥川龍之介の極めて過剰なフェティシズム的側面を感じさせる。
小説で如何なる好色異常な性愛を描写しても、即座にそれが作者自身の異常性へと連動しなことは言わずもがなながら、随筆のそれが病跡学的な形で、作者自身を解剖する方途とされてしまうのは仕方あるまい。
雑録に類した紀行から生まれた軽佻浮薄。小説のような綿密な構造性に欠けるために、芥川は断片的な事象に安易な見解を下しては、立ち止まって考えることをせず、あっという間に気を他に移している。一度、判断した事柄について立ち返って反芻することがない。その狭間を漢文学的知識のひけらかしと西洋文学との比較文化論的御開帳で粉飾している。勿論、彼の漢学教養には舌も巻くし、彼が何気ない対象に向けた独特の視点の在り方には、どきりとさせる箇所も少なくはない。しかし、やはり、総じて彼のたどりつく感懐の果ては、無責任で短絡的と言わざるを得ない。小説のストーリー・テラーの鮮やかな手捌きはなりを潜めてしまい、全体のリズムを変化させようとして、逆に各篇がその中でおためごかしの形式主義に堕してしまった。
当時の中国や中国人に対する、当時の日本人大衆への安易な迎合。その差別感覚は読んでいて憤りを覚えることも一度や二度ではない。鏡花の「蛇くひ」等の被差別部落民への偏見は、それを仮構された小説世界の中で、主人公や登場人物への人間的評価の負のベクトルとして読むことで、私は或る程度、許容して読み進めることが出来るのだが、どうも愛する芥川が、ナマの言葉で綴ってしまったこれらの「随筆」(私は如何なる作家も随筆を小説の遥か下方に置いている。随筆家なる芸術家はいないとさえ思っている)群を前にすると、作者自身への感情的な不快感を抑えることが出来なくなる。芥川の中国人大衆への侮蔑感は首尾一貫している、時代が時代だからとは言え、近代的インテリゲンチアを自認していたに違いない芥川にして、「羅生門」や「鼻」の作者にして、そのhumanismの部分的欠如――うまく言えないが芥川の内実に於けるhumanismの不均衡――は私には理解し得ない。――何故に、花売りの老婆を、その如何にも狭量な時空間の中で裁断し、唾棄出来るのか?――何故に、たむろする乞食の一人一人の映像をアップすること、彼等の過去現在未来を深く慮ることなしに「不愉快」の一語で通り過ぎてしまうことが出来るのか?
君は良心を持っていない、と言った――良かろう。土台、人間の良心等、虚像に過ぎないことを私に教えてくれたのは、君だから――だが、君は神経を持っている、と言った――
ここに至って私は君に訊く――君の神経は無脳ガエルの背中に塩酸の試験紙を張ったあの高校生の時の実験のように、無条件反射系の神経系統を持っているだけなのか? 君の脳は条件反射を行えない、ただ単に壊れた脳なのか?――
私は君を愛している――こうした言葉さえ、君にしても私にしても、虚偽でないことを証明することは難しいのではあるが――だが、この三篇を通して接した君の姿は、私に、大溝の水を飲んだような、嘔吐の感覚を引き起こさせる――
君は、大いなる汚物を残して逝った――

日記の山の中からやっと探し当てた。
以上は大学4年の夏、1978年8月6日(日)の21歳の僕の日記から引用した。
如何にも恥ずかしい稚拙極まりない感想であるが、「この時の僕」は、確かに心底、こう感じていたのだと「今の僕」に実感できる。そうして「今の僕」は、この芥川の「随筆」を愛しているという違いも、矛盾なく理解出来るのだ――
そうして――この頃の僕は、如何にも真っ正直で――ウブで――お目出度くて――しかし――「云いようのない疲労と倦怠とを、そうして又不可解な、下等な、退屈な人生を生きている今の僕」にとって――何処か羨ましい奴でもある――と思うのである……

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