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« 傷ましき月評 尾形亀之助 | トップページ | 詩集「鶴」を評す(主としてその読者のために) 尾形亀之助 »

2009/08/18

机――詩神七月号月評 尾形亀之助 又は うへ! 尾形亀之助が瀧口修造を語ってる!

 机とは何であるか。「机」とは、時に古道具屋を呼んで売るものである。又、ちがつた意味で物の読み書きに丁度よい高さなのでもある。又、幾つの頃であつたか、机に腰をかけて灸といふことになつたこともあつた。「机」とは通例四本の足があり、その前には坐るべき座蒲団があつたりするのである。机の上にインク瓶と吸取紙があることもある。机の前には壁などがある。そして、机の下には足があり蚊がゐることもある。机はたいてい頭より大きい。

 机の前に坐つてゐるのに南瓜を煮る匂ひがしてくる。もう夕暮なのである。

    ×

 〔熊〕福田正夫

 彼は熊――僕は本能の熊として言つてゐるが、これは熊などといふすばらしい動物ではなく、例へば狸といふやうな動物の名を熊の字と入れ換へた方がいゝのではなからうか。穴の底からとび出したら……僕はまつ黒になつてるかも知れないが――といふことに、狸の毛色ではぐあひがわるいのであるのだらうか。又、何んと言ひやうもないけだるさを表すためなのか言葉があいまいである。全篇を通じて大したおちどはないのであるが、わざわざ書いて人々に読ませるまでにもないことがらであらう。

 〔底無沼〕同人

 これはかなりによい詩篇である。かうは書けぬものである。よけいなこと(にもなること)を言ふことは常にさしひかへなければならぬのであるが、こゝに私はさかしくも私評を試みる。

 何故、第一節の秋の下に!をつけたのだらう。同じやうに花の下の! 私は、底無沼のほとりが明るくなるさうだ――といふやうなやはらかさがこの詩の全部であつて欲しいと思ふ。私にはこの詩篇の第二節はいらない。そして、第三節の終り花だけがそつとはゝえむだらうよも不用。こゝの節の!も好ましくないくせである。第四節はいたづらに説明すぎる説明でしかない。

 〔電車賃〕三石勝五郎

 この詩篇をいゝものとも、又つまらぬものとも言ふことが出来る。そして、この詩篇をいゝと言ふ場合は、筆者はこの作をよく見知つてゐる場合でなければならない。

 この詩篇に(電車賃)といふ題がついてゐるところから判断すれば、ぐう然こんなよささうなものを書いたものとみなすべきであらう。勿論筆者はこの作者に何の恩も恨みもない。わざわざわるく言つてゐるのではない。

 〔支那水仙〕坂本哲郎

 この詩篇は先づこれだけのものと言つて置くがよささうである。よくもわるくもないからである。よくもわるくもない詩篇を諸君は何んと言つてゐるのだらう。意味は、あつてもなくてもに――似てゐるのである。細評をする必要はないのである。

 〔獄外撒水〕松元実

 テーマそのものがすでに言ひふるされたものである。言ひふるされたゞけで古いとかわるいとかは言はぬ。私は、この作品及びこの種の作品にあまり抒情的でないことを希望する。

 〔風待雲の下で〕竹内隆二

 よい詩篇であるとされるべきであらう。三十数行ものものであるから、その一行右に就て言ふことは略す、詩篇中、幾度もくりかへされてゐることがらをもう少し作者自身で改良すべきことを希望し期待する。

 〔歴史章〕千田光

 コノ作品ノ近クニ欠字ガ一字アル。

 石の上の真青な花や、花から■形するものの中にある厭ふべき色素の骸骨や、緑青を噴いた骸骨を私は大変珍らしく思つた。そして、こちらを向いた美しい首には、拭ふべからざる創痕がある――のところでなるほどなと思つた。つくりものの歴史なのであらう。

 〔DOCUMENTS D’OISEAU〕滝口修造

 この作者のものはよいとされてゐる故、私は先づ敬意を表する。そして辞書がないのでDOCUMENTS D’OISEAU――が何のことなのかわからない。ことをわびる。そして、月評子としてもう少し誰れにでもわかるやうに書いて欲しいことを希望するのである。誰れにもでもわかる必要はないのではあるが、又、私にだけわかつたとしても困らないのであるが、そして実に沢山の出来事(言葉)に驚くばかりであるが、私はこの形体を或る道程としてのみ肯定する。そしてこの努力に驚きと謝意を表するのである。唯、月評子としてかうした仕事は二三人の人達で十分であること、そして、そこに動きのない場合は言を待つまでもない。

 〔夜の沐浴〕目次緋紗子

 女性の作品として、又彼女のこの頃の妙に手紙のはしり書のやうな詩篇にくらぶれば中々に手のこんだ作品として別に難はない。しかし、この作者にこんな作品を見せてもらつたところで今更しかたのないことである。つまらなすぎることなのである。

 〔再び 韃靼海峡と妹〕安西冬衛

 私はこの作者を信じてゐる。そしてこれも亦よい作品なのである。

 私は彼をまねた作品をしばしば見うける。が、それはやめてもらはねばならない。そんなことはむだでもあるし、彼以外にめつたに出来ないことは彼以外にはめつたに出来ない。彼の作品のわかる人はあまりないかも知れない。わかればまねも出来ないのである。私は彼の作品を若い人々へよりも、若くない人々の熟読重読を希望する。

 〔夜の哀歌〕村田春海

 この詩篇は、この美文的であることがわざわひしてゐる。そんなにもわるい作品ではない。

 〔豆腐と貞操〕田中清一

 彼「大根を如何に磨くとも石には変らない!」

 私「大根を如何に磨くとも石には変らない」

 ―――――――――――――――

 彼女は貞操を彼女の生命より愛してゐた。

 貞操とは米飯と漬物である。

――この第二行が三つにも四つにも異つた意味に解しやく出来る。又、生命を愛するといふやうな作者の批判は私にははつきりしないばかりではなく、少しばかりあまい。

 豆腐を別な言葉で言つては詩ではなくなるのではやはり豆腐よりしかたがない。月評子は豆腐に就てたいした智識をもつてゐない。「糞」といふものをあまり特種なものに思ひすぎてゐる。

 第六節は第一節に同じ――。

 第七節は、わざわざこんなことを言ふまでもない。つまり作者は正直すぎる。

 第八節は第七節に同じ――。つまり、わざわざこんなことを言ふまでもない。つまり作者は正直すぎる。

 第九節。彼とは?――。

 〔新婚旅行〕同人

 この詩篇はよい。つまりわるくはない。

 たゞ、美しい雌の美しいは不用。もう一つ、巨大なる蜻蛉の巨大なるは不用。そして(新婚旅行)といふ題がよい題ではない。つまりこの詩篇の第一節第二節は不用なのである。私はこの詩篇を見て、作者が最近よいものを学んだことを知るのである。

 〔強盗と優生学〕同人

 〔生物学〕同人

 共にこの作者のもつわるさであると思ふ。このわるさは罪がないといふ種類のものなのである。たいていのことはたいていの人が知つてゐる――ことに気がつかなければならないのである。

 〔跌坐〕野口米次郎

 西行や芭蕉やミルトンやブラウニングやに跌坐(あぐら)のかきやうを教へたい(教へるかも知れない――と言つてゐるがさうではあるまい)といふのである。二三行でいゝものを十六行も書いて、その中で言訳けをしたり自分にはそれが出来ることを広告したりしてゐる。その変なところが典型的な老東洋人で、これと全く同じ典型さを私の祖父ももつてゐる。

    ×

 七月は暑い。ダアリヤは赤い。草野心平に子供が生れた。草野へ子供をむすびつけて考へることに私はなれてゐない。彼は子供を愛するであらう。銀座から買つて来た鈴虫が三日目にゐなくなつてしまつた。空のかごを縁側につるしてゐる。

(詩神第五巻第八号 昭和4(1929)年8月発行)

[やぶちゃん注:「詩神」第五巻第七号を見るに若くはなしと思われるが、私には現在その余裕がない。文学史的に著名な詩人以外は、名前も知らない人物が多い。従ってネット検索に頼らざるを得ず、不確かな注記記載が多いのはお許し頂きたい。合わせて識者の御教授を乞うものである。

・「福田正夫」(明治261893)年3~昭和271952)年)詩人・作詞家。民衆派詩人として知られる。

・「同じやうに花の下の! 」ここのみエクスクラメンション・マークの後に一字空けがある。

・「三石勝五郎」(明治211888)年~昭和511976)年)詩人・新聞記者。詩集に『散華楽』(大正121923)年新潮社刊)、『火山灰』(大正131924)年新潮社刊)等。

・「ぐう然」はママ。

・「坂本哲郎」詩人。生没年未詳。詩集に『壊滅の歌』(大正111922)年亞細亞公論社刊)等。 

・「松元実」(明治36年(1903)年~昭和141939)年)詩人・プロレタリア作家。昭和9(1934)年に「平林彪吾」(ひらばやししょうご)というペン・ネームに改名。小説に「鶏飼ひのコムミュニスト」「砂山」等。病没。

・「竹内隆二」(?~昭和571982)年)詩人。大正121937)年10月発行の詩誌『青騎士』(第26号)に春山行夫・尾崎喜八・山中散生らと並んで名が見える。

・「千田光」(明治411908)年~昭和101935)年)夭折14篇の詩・短文が残るのみ。この「歴史章」は正しくは「歴史(章)」で、アフガン・フリーク氏のブログ「フリークフリーク!日記(古本や!)」の「千田光の花」から1971年1月号「現代詩手帖」(フリーク氏の手で現代仮名遣いに改められている)に所載されたものを以下にコピー・ペーストして引用する。

  歴史(章)

 石の上の真青な花。花から滅形するものの中に、厭うべき色素の骸骨がある。緑青を噴いた骸骨がある。花に禁じ得ぬ火山灰。

 それは荘厳な動機によって出発する首である。美しい首には、無論、血液の真珠がある。

 こっちを向いた美しい首は、払うべからざる創痕がある。

 そこには幾多の屍がある。白い曠しさ(ママ)が、巌丈な四壁を建てている。惰力を失って、傷?に堕ちた天象。音響の花。

S47月<詩神>第5巻第7号)

因みに『傷?』は当該ブログの表記のママである。

・「■形する」底本ではこの「■」は完全な黒塗りつぶしではなく、右上から左下への斜線が細かに引かれた「□」である。前掲の「歴史(章)」の原型によって尾形が指摘している『コノ作品ノ近クニ欠字ガ一字アル』としているのが、やはり直後の『花から■形する』の「■」であり、これは「滅」がその欠字であると理解してよい。尾形はその欠字がこの『つくりものの』詩に皮肉に相応しいと思っており、『コノ作品ノ近クニ欠字ガ一字アル』は尾形風のこの詩への揶揄としてのレスポンスに見える。「曠しさ」は(あらあらしさ)と読むのか、(むなしさ)と読んでいるのか、アフガン・フリーク氏のブログの引用の「傷?」も「?」が如何にもいぶかしいのであるが、尾形亀之助風に言うなら、「なるほどな、読めず分からずでよいのだなと思つた。つくりものの歴史なのであらうから、といふことであらう」――。

・「〔DOCUMENTS D’OISEAU〕滝口修造」“DOCUMENTS D’OISEAU”は杓子定規に訳すならば「鳥の文書(複数形)」であるが謂いは「鳥について」であろう。後年の詩集では本詩の掉尾にある詩句そのままに「鳥たちの記録」という副題を持つ。全体が3段落からなる散文詩で、冒頭『鯉の星座に入った天子は梅の蕊の鏡を覗いて初めて私を知った。 私の頭髪に麦の花を飾って走って行った。 心臓の美しい魚が春になると天使の衣裳を盗むのである。 この実験は蕾がこぼれんばかりの私の指先で行われる。』で始まり、掉尾『ミューズは唯今化粧中であると、鳥たちの記録を見給え。』で締め括られるオートマチスムを意識した詩である(引用は1980年思潮社刊「現代詩読本――15 瀧口修造」の代表詩90選所収のものを用いた)。瀧口修造(明治361903)年~昭和541979)年)はシュールレアリスムの詩人・美術家。フランス語を解せない尾形が、かなりはっきりとしたコンプレクスを示しつつ、正面から瀧口に嚙み付くのをやや躊躇した感じで評しているのが極めて興味深い。私のHPトップに偶然、私が勝手に「扉に羽音」と題した瀧口修造の絵がある。ご覧あれ。

・「目次緋紗子」詩人。生没年未詳。「めじひさこ」と読む。詩集に『風貌』(昭和3(1928)年素人社書屋刊)。

・「安西冬衛」(明治311898)年~昭和401965)年)詩人。本名安西勝。大正131924)年大連で北川冬彦らと詩誌『亜』を創刊、昭和3(1928)年の詩誌『詩と詩論』創刊に加わり、本篇に先立つ昭和4(1929)年4月に東京厚生閣から詩集『軍艦茉莉』を刊行している。その「春」という短詩「てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた」は著名で「再び 韃靼海峡と妹」とはそれを受けたもの。ネット上の引用によれば、その一節には「妹の狭い胸に水銀が昂つてゐた。」という詩句がある。

・「村田春海」(むらたはるみ 明治361903)年~昭和121937)年)詩人・ロシア文学者。プーシキンを研究する傍ら、旺盛に詩作もした。昭和4(1929)年マルクス書房から刊行した本邦初訳ゴーリキーの『母』は、文学シーンに大きな影響力を持った。

・「田中清一」(明治331900)年~昭和501975)年)詩人。後に田中喜四郎と改名。本篇初出誌である詩誌『詩神』の出資者である(『詩神』の編集は福田正夫、実務は草野心平や尾形亀之助も馴染みである詩誌『銅鑼』の同人だった神谷暢が担当した)。

・「解しやく」はママ。

・「野口米次郎」(明治8(1875)年~昭和221947)年)。明治261893)年18歳で渡米、エドガー・アラン・ポーに傾倒する。明治291896)年処女詩集“Seen and Unseen”を刊行、明治371904)年に帰国し、明治391906)年より慶応大学英文学教授。帰国後は日本の伝統芸術に心酔した。]

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