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2009/08/22

彼、彼と私と其の他の人 他2篇 尾形亀之助

 私は世事にうとい(けんそんでなくもある)。又、「自分のこれからに就いても何もわかつてはゐないのだから、自分以外の人事にはなほのことわからない」といふことでもある。雨が降つてゐれは雨が降つてゐると思ひ、暗くなつてしまへば夜になつたのだと思ふ、他はこんなに暗いのに電燈が遅いとか、路が悪いだらうとかその位のことしか私は考へてはゐない。それにこの頃は寝床なども敷いたまゝ勿論部屋の掃除もしないし、めつたなことに顔も洗はない。(そんなことが自分が今何を書いていゝのかわからないのとどうなのかわからないのだが)鉛筆ならナメて考へこむところなのだと思つたり、煙草の火の消えてゐるのに気づいたり、雨(丁度降つてゐる)が……と思つてみたり、――。三十日までにといふのを忘れてゐてその後二度も注意されて、又それを忘れてゐたのをもう一度注意をされて今度こそはと思つてペンを握つたまでは兎に角まがりなりにもはつきりしてゐるのだが、だが何を書……といふことになると、又、煙草の火の消えてゐるのに気づいたり雨がと思つたりをくりかへさなければならない。

 私は「詩神十一月号の宮崎孝政論を諸君が如何に解したか」といふことを主にしてこの一文を書くことにきめた。そして、こゝから稿を新らしく起さなけれはならないのだが、つゞけて書かうといふ気になつた。つゞけてと言つても、前の方には何も書けてはゐないのであるけれども、何か大いに書きまくつたことにしてこれからを書き加へるのだ。――宮崎孝政は私と同年の生れである。彼も私も三十なのだ。だから、彼が私よりフケて見えるとしても、それは年よりも私が若く見えるのかよりも彼がフケて見えるのか、年よりも私がフケて見えるにもかゝはらず彼が私よりフケて見えるのかどうなのか、又彼が年よりも若く見えるのに私が彼よりももつと若く見えるのか、それはそれとして彼ばかりがよい詩人で私はいつかうさうでないといふこともないのだ。何故ならば、この一文は彼と私の比較のためのものではないのだし、わざわざ彼をよい詩人だといふことを諸君に知らせるためのものでもないからであるからである。

 彼宮崎孝政は、詩集「鯉」の著者宮崎孝政でもあり「鯉」といふ詩集の著者宮崎孝政でもあるし宮崎孝政といふ詩集「鯉」の著者なのでもあるのでもあらう。これからの「宮崎孝政」はそれだけの動かない宮崎孝政でしかない。私達がもし彼の友人であるならば、私達はもはや(或はいつまでもいつまでも)詩集「鯉」の著者としての「宮崎孝政」を主にして宮崎孝政を批判してはならない。又、宮崎孝政自身は、馬鹿ばかりが大勢ゐる誠にセマイ現詩壇からはみ出すやうな仕事をしなけれはならないのであります。

(感想集「詩集鯉とその著者について」 昭和4(1929)年12月発行)

[やぶちゃん注:これは昭和4(1929)年9月に発行された宮崎義政の第二詩集『鯉』の刊行記念文集である。前篇に現れた原嘉章(月原橙一郎の本名)の編集で茨花社から発行されている。執筆者は岡本潤・高村光太郎・百田宗治・杉江重英・白鳥省吾・小野十三郎・佐藤惣之助・萩原恭次郎ら錚々たる面々である。「けんそん」「セマイ」はママ。前篇に輪を懸けた確信犯的冗漫叙述である。]

一九二九年に発表せる私の詩に就いて

 実にくだらぬものばかりです。有難いことにはその数が誠に少なかつた。

 老年に近づけば近づくだけづつわるくなるばかりだ。

(詩神第五巻第十二号 昭和4(1929)年12月発行)

<「現代詩人全集」に入れる人にして吾々の詩壇にまで生きのびると思ふ人は誰々か>

 ごぶさたしてゐます。現代詩人全集に誰と誰が書いてゐるのかを知つてゐませんので、われわれの詩壇(?)にまで生きのびるのかわかりませんです。たいへんうかつでゐてすみません。

          (<詩文学>昭和5(1930)年2月発行)

[やぶちゃん注:この『詩文学』なる雑誌の書誌がよく分からないので如何とも言い難いのであるが、この頃に刊行途中であった『現代詩人全集』というのは新潮社のものを指すか。「うかつ」はママ。]

*  *  *

――老年に近づけば近づくだけづつわるくなるばかりだ。――

尾形亀之助、この時、29歳――二十心已朽――

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