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2009/09/05

尾形亀之助『色ガラスの街』の「序の二」を字配り通りに見ると従来のものとは違って見える

     序の二

   煙草は私の旅びとである

 朝早くから雨が降つてゐた

 そして 暗い日暮れに風が吹いて流れ 雨にとけこむ日暮れを泥ぶかい沼の底

 の魚のやうに 私と私の妻が居る

 私は二階の書齋に 妻は臺所にゐる
(改頁)

これは人のゐない街だ

一人の人もゐない 犬も通らない丁度ま夜中の街をそのままもつて來たやうな

氣味のわるい街です

街路樹も緑色ではなく 敷石も古るぼけて霧のやうなものにさへぎられてゐ

る どことなく顏のやうな街です

風も雨も陽も ひよつとすると空もない平らな腐れた花の匂ひのする街です
≪改頁≫
何時頃から人が居なくなつたのか 何故居なくなつたのか 少しもわからない

街です

   *        *

       *       *

それは

「こんにちは」とも言はずに私の前を通つてゆく

私の旅びとである

(改頁)
そして

私の退屈を淋しがらせるのです

[やぶちゃん注:以上は「見た目」を活字化した(字配り通りを見るにはブラウザを最小にして下さい)。これは従来、全集では以下のようになっている。

     序の二 煙草は私の旅びとである

朝早くから雨が降つてゐた
そして 暗い日暮れに風が吹いて流れ 雨にとけこむ日暮れを泥ぶかい沼の底の魚のやうに 私と私の妻が居る
私は二階の書齋に 妻は臺所にゐる

これは人のゐない街だ

一人の人もゐない 犬も通らない丁度ま夜中の街をそのままもつて來たやうな氣味のわるい街です
街路樹も緑色ではなく 敷石も古るぼけて霧のやうなものにさへぎられてゐる どことなく顏のやうな街です
風も雨も陽も ひよつとすると空もない平らな腐れた花の匂ひのする街です
何時頃から人が居なくなつたのか 何故居なくなつたのか 少しもわからない街です
   *        *
       *       *
それは
「こんにちは」とも言はずに私の前を通つてゆく
私の旅びとである

そして
私の退屈を淋しがらせるのです

これは何だか雰囲気が違うのだ。「煙草は私の旅びとである」は確かに題ではあろう。しかしポイントは同じである。そうして最初の4行は常体の一塊だ。しかし左ページになると、俄然、雰囲気が違う。最初の「これは人のゐない街だ」が妙に更なる題染みて独立し見え、その後は、敬体が主に支配する世界である(おまけに実は、印刷位置の不全から、右ページが以上のように、まるまる美事に一字分下がって印刷されているように見えるのである! これは僕のお遊びであってこれをそのまま僕のテクストに生かそうとは思っていないのであるが)。何だか本当に初めて読むものにさえ見えてくるという意味が、少しはお分かり戴けるであろうか。]

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