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2009/09/06

尾形亀之助『色ガラスの街』の「風邪きみです」のネット上の電子テクストの誤りについて

    風邪きみです   

誰もゐない應接間を
そつとのぞくのです

ちかごろ 唯の一人も訪ねて來るものもない
榮養不良の部屋を
そつと 部屋にけどられないやうにして
壁のすきから息をひそめてのぞくのです

(改頁)

    ×
か ぜ

風邪がはやります
私も風邪をひいたやうです

[やぶちゃん注:「かぜ」はルビである。「夏」と全く同じ愚かな現象が続いて起こっている。ネット上では、本詩は、

    風邪きみです   

誰もゐない應接間を
そつとのぞくのです
ちかごろ 唯の一人も訪ねて來るものもない
榮養不良の部屋を
そつと 部屋にけどられないやうにして
壁のすきから息をひそめてのぞくのです

    ×
か ぜ

風邪がはやります
私も風邪をひいたやうです

となっている。これも圧倒的なネット上テクストの底本であるところの思潮社現代詩文庫版「尾形亀之助詩集」が誤っているためである。該当箇所は48ページ上段末にこの詩が始まり、「そつとのぞくのです」が上段左最終行(=上段の組の最終行)となっており、下段は「ちかごろ 唯の一人も訪ねて來るものもない」を頭(=下段の組の最初の行)に置いている。この下段を1行分空けねばならなかったのに、それをしていない。この編集者は2ページ亙ってこの誤りを繰り返している。これはきっと確信犯だ。『一行空けたって意味ねえじゃん、尾形亀之助の詩なんて、所詮、行が空いてようが空いてまいが、どうってことない、その程度の詩人じゃん!』とでも言いたいのであろうか。

また、付け加えて言えば、この右ページ、11行で数えると一行空く。しかし、一行空いて「×」で一行空かずに次の「風邪がはやります」という後世は考え難い。おまけにやはり、この右ページ、見るからに右により過ぎて印刷されている(やや斜めにさえなって)。しかし、何よりこれは、「×」が右ページの内側に入って見え難くなってしまうのを嫌って、左ページに配したとする方が正しいように思われる。こうした指示は、作者がする場合もあるが、手馴れた編集者が勝手に(優れた編集者なら作者の好み等を組んで)行うこともある。]

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