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2010/01/27

耳嚢 異物又奇偶ある事

「耳嚢」に「異物又奇偶ある事」を収載した。

 異物又奇偶ある事

 加州(かしう)の輕き侍の由、其身いかなる事にや陽物尋常ならず、壯年過ぬる迄人事をなす事あたはず。人間に生れて常に其片輪を悔けるが、或時風與(ふと)思ひ付て淺草觀音へ詣ふで、歸るさに右往還の巷に情を商ふ娼婦あり。【此娼婦は俗にけころといひて賤き勤の女也】軒を並べ往來を呼込候間、彼家へ寄りて右女に我身の譯を語り其陽物をみせけるに、何(いづ)れが交らんといふ者なく、或ひは驚き或ひは笑ひて斷(ことわり)を述(のべ)けるが、其内に壹人只笑ふのみにて強ていなまざりしかばつくづくに申談ければ、先(まづ)其業(わざ)をなして見給ふべし、しかし支度有間明日來るべしと答ふ。此男誠に玉女を得たりと悦びて、明けの日又至りければ殊なく雲雨の交りをなし畢(をはんぬ)。やがて親方に斷て、相應の身代金を與へて引取、妻となし榮へけると也。

□やぶちゃん注

○前項連関:特に連関を感じさせない。三項前の「尊崇する所奇瑞の事」と同じ浅草寺霊験絡み。どうも根岸の好みであったらしい巨根因縁話、先行する「巨根の人の因果の事」の類話ではあるが、話柄としては遙かに劣る。百話に近づき、前後の連関性よりも、数合わせで詰め込んでいるようにも見えぬことはない。但し、諸本では順序が異なってもいるので(例えば岩波カリフォルニア大学バークレー校版「卷之一」では最後に、本ページでは先行しているまじないシリーズ3本「羽蟻を止る呪の事」「燒尿まじないの事」[やぶちゃん字注:「尿」は「床」の誤り。「い」はママ。]「蠟燭の流れを留る事」が綺麗に並んでコーダとなっている)、一概には言えぬ。

・「加州の輕き侍」加賀国(現在の石川県南部)加賀藩(金沢藩)若しくは大聖寺藩(加賀藩支藩)の江戸詰の下級武士と思われる(大聖寺藩支藩であった大聖寺新田藩は18年間しか存在せず、しかも名目に過ぎなかったので排除してよい)。本話の内容が内容なだけに憚ったものであろう。

・「壯年過ぬる迄」壮年の規準は定かでないが、当時の一般通念から想像して、25歳前後を過ぎても、の意であろう。

・「淺草觀音」金龍山浅草寺のこと。本尊が聖観音菩薩であるため、「浅草観音」「浅草の観音様」と通称される。この聖観音は秘仏で、その霊験は古くから万能強大とされ、特に7月10日の功徳日に参拝すると、46,000日分日参したのと同じご利益が授かると言われる。彼は、もしかするとこの日に参詣したのかも知れぬ。

・「けころ」は「蹴転」で、けころばし、蹴倒しとも言った江戸中期の下級娼婦の称。特に上野山下から広小路・下谷・浅草辺りを根城とした私娼で、代金二百文と格安、短時間で客をこなし、その由来は、断って蹴り転がしても客を引きずり込むほどの荒商売であったからとも言う。

・「軒を並べ」勿論、これは不法な私娼窟で、今もどこやらに見られるような、見た目は粗末な茶屋のような外観なのであろう。

・「支度」腟痙攣の治療に用いるサクシン=スクシニルコリン(SCC succinyl choline chloride または スキサメトニウムsuxamethonium:この名称改変は抗炎症・解熱作用を持つ副腎皮質ホルモン剤サクシゾンSaxizonとサクシンを聞き違えて投与し患者を死亡させた医療過誤を受けたものである。)のような筋弛緩性能を持った成分を含む腟弛緩効果を持つ民間薬(でなければけころには手に入るまい)の使用等が想起される。

■やぶちゃん現代語訳

 異物の巨根にはこれまた稀有の大海の奇遇がある事

 加賀国のとある下級の武士の話、ということで御座った。

 この者、如何なる因果か、その陽物、尋常ならざる大きさで、壮年を過ぎても雲雨の交わりを知らず、人の男として生まれながら、その営みを成す能はざるを以て、内心常々、己(おの)が人生、悔いるばかりで御座った。

 あるとき、ふと思いついて浅草観音に詣で、その帰り道、路傍にて客を引く娼婦連に出会った[根岸注:この娼婦は俗に「けころ」と言って、到って下級の春を鬻ぐ女の謂いである。]。軒を並べ、往来する男を呼び込んで御座れば、その一人に袖を引かれるまま、一軒の曖昧宿に立ち寄り、その女に己が身の上を語った上、一物を見せた――。

 ――それを見たとたん――案の定、誰一人として――やったげる――という者、これ御座らぬ――或いは驚き、或いは下品に笑うて――いずれの女も、

「……だめだめ! 出来っこないわ!……」

と、けんもほろろ……。

 ……ところが……その中に、独り……ちょっと微笑んでおるばかりで、敢えて拒みの言葉を口にせぬ女が御座った……その笑みは、彼を薄気味悪く思い、また、哀れみ乍らも馬鹿にしておる他の女の下卑た笑みとは……少しばかり、違(ちご)うて御座るように見受けられた。

 そこで男、この女を招くと、己が苦しみをじっくりと語って御座った。

 すると女は、ちょっと思案して、

「……先ずは……そうね、やるだけやって御覧なさいまし……でもね……ちょっと私の方にも支度がありますから……そうね、明日(あした)……また、いらっしゃい――。」

 ――明くる日、半信半疑乍ら、男は再び、この曖昧宿を訪ねた……。

 ……すると……

 ……男は何の障りもなく……

 ……この女と雲雨の交わりを成就することが出来て御座った……。

 ――されば男は、その日のうちに、この屋の親方に挨拶の上、相応の身代を払うて女を引き取った。

 ――後、二人は目出度く夫婦と相成り、今も幸せに暮らしておる、ということで御座る。

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