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2010/01/30

耳嚢 怪僧墨蹟の事 / 卷之一 全訳注完成

「耳嚢」に最終百話目の「怪僧墨蹟の事」を収載した。コーダとしては好きな話柄である。

本話を以て「耳嚢 卷之一」全訳注を完成した。昨年の9月22日の始動であるから、訳4ヶ月、思ったよりも順調なペースでこれた。これも読んで下さってい奇特な方々の折に触れた激励あればこそである。有難う。

なお、本「耳嚢 卷之一」ページは僕のHP中、ジャズとバッハのリストを除くと、1ページでは最大の容量(2MB超過)となった。

 怪僧墨蹟の事

 小日向邊に住ける水野家租父の代とや、右筆(いうひつ)勤ける家來、或日門前に居けるに、壹人の出家通りけるが、右祐筆に向ひ、今日無據(よんどころなく)書の會に出侍る、其許(そこもと)の手をかし給はるべしといひける故、手をかし候とていか樣にいたし候事哉(や)と尋ければ、唯兩三日借候と申儀承知給はり候得(さふらへ)ば宜(よろしき)由申ける故、怪しき事とは思ながら承知の由答けるが、無程主人の用事ありて筆を取けるが、誠に一字を引候事もならざれば大に驚き、主人よりも尋ける故しかじかの事ありしと申けるが、兩三日過て彼奇僧來りて、さてさて御影にて事をとげ忝(かたじけなく)候由、何も禮可申品(しな)もなきよしにて、懷中より何か紙に認めものを出し、是は若(もし)近隣火災の節、此品を床抔に懸け置候はば火災を遁(のが)るべしといひて立去りぬ。主人へとかくの譯を告て、右認しものをば主人表具して所持いたしける。其後は右祐筆ももとの通り手跡も出來ける由。其後近隣度々火災ありしが、其度々右懸物を掛置しに水野家はのがれけるが、或時藏へ仕廻置、懸候間もなかりければ、家居は不殘燒て怪しの藏なれども殘りけるとや。

□やぶちゃん注

○前項連関:特に連関を感じさせない。しかし、「卷之一」百話目のキリとして、私の大好きな話柄である。岩波カリフォルニア大学バークレー校版「卷之一」では、本ページで先行するまじないシリーズ3本「羽蟻を止る呪の事」「燒尿まじないの事」[やぶちゃん字注:「尿」は「床」の誤り。「い」はママ。]「蠟燭の流れを留る事」が綺麗に並んでコーダとなっているが、勿論、こっちの方が、圧倒的によい。

・「小日向」現在の文京区。小日向村であった茗荷谷の南方に地名として残る。台地となっており、屋敷町であった。

・「水野家租父の代」諸版注せず。日本史に登場するような著名な水野家ではないということであるらしい。江戸切絵図を見ると小日向周辺には水野姓は複数ある。

・「右筆」祐筆とも。武家の職名で、各種文書・記録の作成・書写・代筆を掌る。

■やぶちゃん現代語訳

 怪僧の墨跡の事

 小日向辺に住んで御座った水野家の祖父の代のこととか――。

 当家右筆を勤めて御座った家来が、偶々門前におったところ、一人の見知らぬ出家が通りかかり、この右筆に向かって、

「……今日、よんどころのう、書の会に出づることと相なり申した……さればこそ……どうか、そなたの手をお貸し下されい――」

と言う。右筆は突然の言葉に、

「……手を貸してくれ、とは……その……どのように、せよ……と申されるのか?……」

と聞き返したところ、僧曰く、

「――いや。ただもう、その手を三日間お借り致したく――そのこと、承知して下さるだけにて、宜しう御座る――」

と、分けの分からぬことを申す――何とも変な話じゃ、とは思うたが、冗談か、はたまたこの僧、少々呆けて御座るかも知れぬと、何やらん、面白う思うて、

「承知致いた。」

と答えると、僧は満面の笑みを浮かべて礼を述べ、如何にも満足そうに去って行ったので御座った――。

   ――――――

 同じ日、それから暫くしてのことで御座る。

 この右筆、主人に命ぜられた用が御座って、扨も筆を取ったところが――

「……!?……引けぬ!?……」

――何と、「一」の字一つだに、引くことが出来ぬ――。

 右筆は驚愕した。

 また、たまたま筆を持ったまま、何時までもそれを下ろさぬのを見て御座った御主人も、如何致いた由、お訊ねになられたので、彼は、今日、これこれの出来事が御座居まして、と申し上げたので御座った。

   ――――――

 その日から丁度、三日が過ぎた日のこと、あの奇僧が屋敷に右筆を訪ねて参った。

「……いやいや! 御身の御蔭にて、無事に、こと遂げ畢はんぬ……全く持ってかたじけなきことで御座った……さても、御礼申すべき、ろくな品とて御座らぬが……」

と、何やらん、懐から紙に認めたものを取り出だすと、

「――これは、もし、近隣、火災の折り、このものを床の間に掛けおかれたならば、必ずや火災は免れようほどに――」

と言うて、呆然とした右筆を残して、僧は立ち去って行ったので御座った――。

 右筆はすぐにこのことを御主人に告げたが――それを聞いた御主人は、殊の外、これを面白く思い、その何が書かれているやらよく分からぬ奇天烈な書を表装させた上、長く所持して御座ったという――。

 そうそう、その右筆はと言えば、その日の内に、元の通り、普通に字が書けるようになって御座ったということで御座る……。

   ――――――

 その後(のち)、近隣にあっては、しばしば火災に見舞われて御座ったが、その度毎に、この奇僧の墨跡の掛軸を掛け置いたところ、水野家には不思議に火の及ぶことは御座らなんだ、と――。

 されど、ある時、偶々、かの掛軸を蔵の奥に仕舞い置いて御座ったところ、近場から出火致いて、掛け置く暇もないうちに、みるみる延焼、屋敷内の殆んどの家居(かきょ)は悉く焼け落ちて仕舞(も)うたなれど……特に防火も施されて御座らなんだ、何の変哲もない粗末な蔵ながら……かの掛軸を入れておった蔵だけは……焼けずにそっくり残っておった、とかいうことで御座った……。

耳嚢 卷之一

注記及び現代語訳

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