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2010/04/02

耳嚢 巻之二 賣僧を辱しめ母の愁を解し事

「耳嚢 巻之二」に「賣僧を辱しめ母の愁を解し事」を収載した。

 賣僧を辱しめ母の愁を解し事

 さる武家の母堂深く佛を信じ、日々寺詣して説法など閲しが、ある出家説法の席にて、罪深き者地獄へ墮し今生にて鬼の形にもなる、俗眼には見ヘずとも智識の眼には角の出しも見へると也、彼母儀をさして、此老女などにも角がみへしといひしを、かの老人深く歎き、宿へ歸りて寢食を忘れ悲しみける故、いつとなく不快にも成ければ、彼子息承之、憎き賣僧(まいす)の申方哉、仕樣こそあれと母にも深くかくし、我等も志のあれば出家を招き饗應供養なしたしとて、彼出家其外壹兩人を招き、色々和言を以饗應なし膳部出しけるに、彼出家の椀中より魚肉の出ければ、出家箸を置て、我等魚肉を禁ずる身分也、かく魚肉を態としつらひ給ひしはいかなるゆへんぞと憤りければ、亭主有無の答なく、滿座の僧俗に向ひ、此ほど老母事彼出家の説法を聞に罷りしに、右老母に角の見ゆるとて法席におゐて辱しめ給ふゆへ、母も歎悲しみ侍りぬ。しかるに俗眼に角らしき病も見へず、定て知識の眼にも見ゆるならんと實に信仰せしゆへ、今日右を招きたれども、椀中に入りし魚肉を見る事ならずして箸をとり、其上此菜何れも魚物を隱し入て彼僧に與へしを嬉しげに舌打して給(たべ)られたれば、戒行第一の魚肉有事を知らざる出家、(何)として(母の角出來しを見たるや、此通相忘れねば此座におゐて)母を辱しめ恨み晴がたしと責ければ、出家も大に迷惑して、説法を弘通(ぐづう)方便の語など種々申譯しけるが、弘通方便は出家の法にもあるべし、武士の母を恥しめて其子として捨置べきや、本山奉行所へも申立て此義理を明らめべきなど嚴敷問詰ければ、座に有合僧俗いろく詫言して、書付などいたし漸其席を立歸けるが、彼出家は其後いかゞ成しや江戸表を立去しと也。

□やぶちゃん注

○前項連関:愚僧と売僧で直連関。根岸はやっぱり、仏教が、お嫌い。

・「売僧」仏教用語に多い唐音で「まいす」と読む。本来は仏法を商売とするような凡愚の俗僧を指すが、後に広く、俗人が悪僧愚僧を罵って言う語として用いられる。

・「智識」善知識。人々を仏の道へ誘い導く人。特に高徳の僧を言う。浄土真宗では門弟が法主(ほっす)を、禅宗では参学の者が師家(しけ)を、それぞれ尊敬して言う一般的な語ではあるが、ちゃんとした僧がこのように自身を指して言うのを、私は聞いたことがない。この導入場面からして私は、この僧には信がおけない。

・「母にも深くかくし、我等も志のあれば出家を招き饗應供養なしたしとて、彼出家其外壹兩人を招き」この部分、母親はこの僧に対する恐怖感が尋常ではないはずであるから、母が居る家に招待するという設定は考えにくい。余程広大な屋敷で、且つ、母親が重いノイローゼに罹患して引き籠りの状態であるならばあり得ないとは言えないが、そこまで話柄の外を設定するのは、やや気が引ける。そこで現代語訳では「わざわざ誂えた貸席」という一文を挿入させてもらった。

・「給(たべ)られたれば」は底本のルビ。ここは強烈な最後の皮肉に入る部分であるから、実際の場面では、わざと敬語を遣った方が効果的であろう。もしかすると、そうした皮肉としての「給ふ」の尊敬語の意味を効かしてあるのかもしれない。そのように訳してみた。

・「戒行第一」十戒(じっかい)の第一に掲げられている不殺生戒のこと。仏教に於いて僧が守らねばならない十箇条の戒律の、その最も重要な戒である。これは在家信者が守らなければならない「五戒」(不殺生・不偸盗(ふちゅうとう)・不邪淫・不妄語・不飲酒(ふおんじゅ)に、更に僧職の戒として次の五つを加えたものである。不塗飾香鬘(ふずじきこうまん:肌に香料を塗ったり髪を飾ったりしてはならない。)・不歌舞観聴(賤民が生業(なりわい)とするところの歌舞音曲を楽しんではならない。)・不坐高広大牀(ふざこうこうだいしょう:高く広い豪華な寝床を用いてはならない。)・不非時食(ふひじじき:決まった時以外(僧の食事は根本理念では一度で午後には食事をしてはならないとする)に食事をしてはならない。)・不蓄金銀宝(ふちくこんごんほう:金銀財宝に手を触れたり、蓄えたりしてはならない。)である。

・「(何)」「(母の角出來しを見たるや、此通相忘れねば此座におゐて)」底本では共に右に『(尊經閣本)』で補ったことを注記する。また、「此通相忘れねば」の右には更に『(一本「此道理相分らねば」)』と注す。勿論、この補綴があった方がスムースであるし、「此道理相分らねば」でないと訳せないので、総て採る。

・「明らめべき」底本では右に『(ママ)』表記。

・「説法を弘通方便の語など種々申譯しける」岩波のカリフォルニア大学バークレー校版では「説法は」とする。これで訳す。説法は衆生に仏の教えを広めるためにいろいろな手段を用い、嘘も許されるのだといったありがちな弁解である。しかしこのシチュエーションでは最早、弁解にならぬ弁解。やはりこの僧、愚僧にして非僧である。

・「いかゞ成しや」これは勿論、正式に本山や寺社奉行への訴えがなされて処分されたということではない。そうであれば根岸はそう書くであろう。則ちこれは、本件が噂話として漏れ、同宗派のみならず仏教関係者から世間一般にも広く知られることとなり、江戸には居づらくなったものと考えるべきであろう。

■やぶちゃん現代語訳

 売僧を辱めて母の愁いを解いた武士の事

 さる武家の母御前(ごぜ)、深く仏道を信じ、日々寺に参詣して、住僧の説法なんどを聴聞致いておった。

 そんなある日の、その説法の席でのことであった。住僧、

「……罪深き者は地獄に堕ちるが、今生にありも鬼の形となることも、ある。……俗人の眼には見えずとも……善知識の眼には、角、出でておるが、はっきりと見える!」

と言うや、その僧、何をどう思ったものか、この信心篤き母御前を指弾し、

「――ほれ! この老女なんどにも――角が、見えるぞ!」

とやらかしてしもうた。

 勿論、この母御前、深く歎き悲しみ、その日、家に帰ってからも物も食えなくなり、夜(よ)も寝(い)ねられず、それからというもの、体調を崩し、すっかり鬱屈するようになってしもうた。

 それに気づいたかの倅、心配して母御前に訳を尋ねた。

 その理由を聴くや、

「憎っくき売僧(まいす)の申しようじゃ!……さても、このままにてはいっかな済ますまいぞ!!」

と、母御前にも深く隠しおいて、さる奇略を謀った。その奇略とは……

……「母同様我等も仏道を学ばんとする深き志しのあれば善智識たる貴僧をお招き致し非時饗応供養を成して凡愚乍らも仏法の深き御教えの一端を聴聞致したく……云々」

と消息を認(したた)めた彼は、母が不在の折りを見計らい、かの住僧を招じた。

 その日は、住僧の他同宗の相応の僧をもう一人をわざわざ誂えた貸席に招き――彼らの御付の僧に加えて、主人自身の知人らも招待して御座ったれば、なかなかの賑わい――母のことはおくびにも出さず、当たり障りのない話を以って場は和気藹々と運び、さて特別に注文致いた相応に贅沢な饗応の膳を出だいた。

 食事も半ば進んだ頃、その住僧が手にとって食べて御座った椀の、粗方啜り終わったその椀の底から――魚肉が顔を出した。出家は、タン! と箸を置くや、

「……我ら、魚肉を口に致すこと、禁じられたる僧身である! それを知り乍ら敢えて巧みに隠し込んだ魚肉料理を供せんとするは、これ、如何なる所存かッ!!」

と殊の外憤って叫んだ。

 ところが本日の亭主たる彼は、その糾問には全く答えず、口元に皮肉な笑みさえ浮かべて、満座の僧俗に向かって徐ろに語り出した。

「……先般、拙者の老母儀、かの住職の説法を聴聞せんがために参詣致いたところが、この我が老母に角が見えるとて、説法の満座の中、お辱めになられた。……故、母も嘆き悲しみ、今以ってその悲しみから抜け出づること、出来ずにおりまする。……しかるに拙者の如き俗人の眼にてはこれ、角らしきもの、影も形も見え申さず、……さこそ、定めて、有難き善知識の御炯眼にのみ『見える』ので御座ろうほどにと、……いや、これ実に、かの住職への信仰の念を強く致いたればこそ、今日び、かの僧をお招き致いた次第…………されど……椀中に入った魚肉を『見る』こと叶わずして箸をとり、それどころか、この面前の膳部、何れの料理にも残らず魚肉を隠し入れてかの僧に供したに、……嬉しげに舌打ちをしてお召しになられた……十戒第一に属すべき魚肉が、膳部総てにあったに、それに気づかざる出家に、……何として、母に角が生えておるのを見ることが出来ようか?!……拙者、この道理、相分からぬ!……故に、拙者、この座にあっても、未だ我が母者(ははじゃ)を辱めた恨み、これ、晴れ難し!!」

と痛烈に指弾し、キッと殺気を帯びた眼で住僧を睨んだ。

 睨まれた僧は周章狼狽、

「……いや、その、……説法と申すものは、その……弘通方便(ぐずうほうべん)なんどと、その、申しまして、なぁ……」

と冷や汗をかきつつ、言い訳にならぬ言い訳を始める。

 ところが彼は逆に、

「拙者が感じているこの矛盾の中にあっては、その『弘通方便』なる語、これ、その僧の、弁解にならぬ弁解の逃げに過ぎぬ!――武士の母を辱めておいて、――その子として捨ておくこと、これ相出来ぬ! 本山及び奉行所へも申し立てて、白黒を決せん!……」

と厳しく捲くし立てた。

 余りの剣幕に、その場に同席していた僧だけでなく、彼の知人らも一緒になって、いろいろ取りなしをし、住僧には詫び証文なんどを書かせて漸っと治まり、倅なる男はその席から帰って行ったという――。

 かの出家、その後――どうしたことか――江戸表から立ち去ってしもうた、とのことである。

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