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2010/06/11

「心」第(六十九)回 ♡やぶちゃんの摑み メーキング映像

……実はそんなことより気になるのは、陳述する側の先生の言葉遣いである。叔父と穏やかならざる『日淸談判破裂して』(「欣舞節」若宮萬次郎作詞作曲)を思わせる「談判」を開き、この新しい戦線では敵方の「策略」による巧妙な心理戦を蒙って(いると思って)激しく「先生」の兵力は殺がれている。

――そうである。戦争である。――

そして「策略」というこの語は、忌まわしくも先生自身の良心が悪意の先生へと鏡返しで用いることになる語であることに注意せねばならぬのである。順に見ておこう。

 「策略」と言う語は実は既に叔父との談判一戦の際に出現している。初戦は第(六十三)回「一口でいふと、伯父は私の財産を胡魔化したのです」に始まる

『新潟実家の乱』

での一場面2段落目「伯父は策略で娘を私に押し付けやうとしたのです。好意的に兩家の便宜を計るといふよりも、ずつと下卑た利害心に驅られて、結婚問題を私に向けたのです。私は從妹を愛してゐない丈で、嫌つてはゐなかつたのですが、後から考へて見ると、それを斷つたのが私には多少の愉快になると思ひます。胡魔化されるのは何方にしても同じでせうけれども、載せられ方からいへば、從妹を貰はない方が、向ふの思ひ通りにならないといふ點から見て、少しは私の我が通つた事になるのですから」(下線部やぶちゃん。以下同じ)という部分である。叔父の「策略」に乗せられて敗北して知らずに居るところであったが、従妹の首を掻いた局地戦だけでも復讐相当にはならぬものの溜飲を下げた戦いであったと言うのである。

 第2ラウンドがご覧の通りのこの

『東京下宿の変』

での心理戦による膠着状態で、相手方の推定戦術として奥さんに対して「策略」の語が用いられ、更にはその特命「策略」を奉じた別働隊とも疑われる特別攻撃隊「靜」隊にも「策略」が疑われたのである。そして

『第九十五次対K戦争』

では

『私は丁度他流試合でもする人のやうにKを注意して見てゐたのです。私は、私の眼、私の心、私の身體、すべて私といふ名の付くものを五分の隙間もないやうに用意して、Kに向つたのです。罪のないKは穴だらけといふより寧ろ明け放しと評するのが適當な位に無用心でした。私は彼自身の手から、彼の保管してゐる要塞の地圖を受取つて、彼の眼の前でゆつくりそれを眺める事が出來たも同じでした。/Kが理想と現實の間に彷徨してふら/\してゐるのを發見した私は、たゞ一打で彼を倒す事が出來るだらうといふ點にばかり眼を着けました。さうしてすぐ彼の虚に付け込んだのです。私は彼に向つて急に嚴粛な改たまつた態度を示し出しました。無論策略からですが、其態度に相應する位な緊張した氣分もあつたのですから、自分に滑稽だの羞耻だのを感ずる餘裕はありませんでした。私は先づ「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」と云ひ放ちました。是は二人で房州を旅行してゐる際、Kが私に向つて使つた言葉です。私は彼の使つた通りを、彼と同じやうな口調で、再び彼に投げ返したのです。然し決して復讐ではありません。私は復讐以上に殘酷な意味を有つてゐたといふ事を自白します。私は其一言でKの前に横たはる戀の行手を塞がうとしたのです』

と禁断の最終兵器である策略核を、突然、同盟していたK国の首都の宮殿にスパイを送り込み、美事に起爆させ粉砕してしまうのであった(しかもおぞましいことにその核物質はその同盟国が心血注いで開発した「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」物質という強力特殊な原子爆弾の覚悟の材料であったのだ)。

 このように先生は逸早い索敵を行い、勝利を収めたと確信する。ところがその結果は予想外の惨憺たるものとなった。

『第百二次対K戦争』

に向けて最強の隣国奥さん抜け駆けで決定的な同盟条約即日締結という策略に成功した先生は、実は自分の裏切り行為の策略を既に何日も前にKが知っていた事実を知り、驚愕するのである。先生は

『勘定して見ると奥さんがKに話をしてからもう二日餘りになります。其間Kは私に對して少しも以前と異なつた樣子を見せなかつたので、私は全くそれに氣が付かずにゐたのです。彼の超然とした態度はたとひ外觀だけにもせよ、敬服に値すべきだと私は考へました。彼と私を頭の中で並べてみると、彼の方が遙かに立派に見えました。「おれは策略で勝つても人間としては負けたのだ」といふ感じが私の胸に渦卷いて起りました。私は其時さぞKが輕蔑してゐる事だらうと思つて、一人で顏を赧らめました。然し今更Kの前に出て、耻を掻かせられるのは、私の自尊心にとつて大いな苦痛でした』

と自国の完全敗北を自覚したものの、手を拱き、遂に手遅れとなってK国は自から滅亡してしまうのである。

 先生は「心」の総ての戦争で勝つことが出来なかった――

 それは何故か?

 それは――戦争をしていると思っていたのは、実は何を隠そう、先生だけだったからである――。

 今一度、言う。「こゝろ」とは一種の戦争論である。人間にとって、人間である以上、決して避けられぬ己のエゴイズムとの、戦争の話なのである――是非とも私の教え子の「こゝろ」論の一つ「トゥワイス・ボーン」を再読されたい。

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