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2010/08/26

耳嚢 巻之三 靈氣殘れるといふ事

「耳嚢 巻之三」に「靈氣殘れるといふ事」を収載した。久しぶりの霊異譚である。実は全1000話の「耳嚢」は総体から比して本格怪異霊現象譚の割合は少ない。しかし、かえってそれがスパイス――半端ではない島唐辛子並みの――を効かす様に、選りすぐりのものが、各所に配されているのである。だから百物語系のように、だらだら似たような怪談ばかりが続いて、1/3も読まないうちに鼻が曲がるほどステロタイプな表現が表われてきたり、類話で鼻が腐って落ちるような退屈さがない。こういう構造がまた、「耳嚢」を稀有の奇譚集として成功させていると僕は思う。

 靈氣殘れるといふ事

 佐州外海府(そとかいふ)といへるは別(べつし)て海あれ強き所也。鳥井某其(その)湊(みなと)に番所役勤し時、同所濱邊に住居せし者、ある夜船を引上げ候聲のしける故、海端へ至り見るに聊かかゝる事なし。兩三夜も同じ聲なしける故、其濱邊に至りしに、彼聲のしけるあたりと思ふ處に覆へる船流寄りたり。驚きて大勢人夫をかけ引起し見しに、鍋釜の類は沈しと見へて見へされ共、箱桶の類は船の中に有しが、其箱に海府村の村名等有けるにぞ、扨は此程行衞知れざりしといひける船ならんとて、其村方へ知らし、人來て改めけるに相違なかりしと也。右船は相川の町へ薪を積廻し戻りの節、鷲崎の沖にて難風に逢ひ行衞知れずなりしが、自然と乘組の靈氣殘りてかく聲をなしけるものならん。海邊には時々有事の由語りぬ。

□やぶちゃん注

○前項連関:佐渡奇譚連関。久しぶりの霊異譚である。短くシンプルであるが、映像的にも音響的にも印象的で、「耳嚢」中でも私の好きな怪談の一つである。

・「佐州外海府」佐渡ケ島の外海府海岸の地名。佐渡でも私の好きな景勝地である。以下、ウィキの「外海府海岸」から引用する。『新潟県の佐渡島西岸に位置する海岸。両津地区の弾崎から相川地区の尖閣湾まで伸び、約50キロメートルにも及ぶ大規模なものである。海岸段丘が発達しており、一帯には奇岩、奇勝が連続する県下随一の景勝地として名高く、佐渡弥彦米山国定公園の代表的な景勝地の一つで、佐渡海府海岸として国の名勝にも指定されている』。『外海府海岸は非常に規模が大きく』、尖閣湾・大野亀・二ツ亀・平根崎(ひらねざき)・入崎(にゅうざき)等、『見所が非常に多い』。

・「鳥井某」不詳。

・「番所役」現在で言う港湾警察署長及び港湾管理事務所所長相当かと思われる。

・「夷港」現在の両津港のこと。古くは夷港と呼ばれたが、明治341901)年に夷町と湊町が合併して両津町が誕生、大正6(1917)年に港も両津港と改称された(lllo氏の『佐渡ヶ島がっちゃへご「ガシマ」両津港』による)。

・「鷲崎」大佐渡(島の張り出した北側部分)の北端に位置する。地元では「わっさき」と呼称する。

■やぶちゃん現代語訳

 霊気が残るという事

 佐渡の外海府という海岸域は特に海が荒れ易く波も荒い。

 鳥井某なる人物が夷港(えびすみなと)の番所役を勤めておった頃の話である。

 当地浜辺に住もうておった者、ある深夜のこと、

「――えい! や!――せえ! の!――」

と陸に船を引き上げる掛け声が聞こえた。こんな夜中にと不審に思うて、海っ端(ぱた)へ出て見たところが、全く以ってそのような影も形もない。……

次の晩方も……

「――えい! や!――せえ! の!――」

その次の晩方も……

「――えい! や!――せえ! の!――」

……かく同じことが三晩も続いたため、同じ村人は三日目に再びその浜辺へ出てみた。

……と……

……かの声がしたかと思われる辺りに……一艘の転覆した船が流れ着いておった。

 驚いて近隣の村の衆を呼び集め、皆して引き起こして見たところ、鍋釜の類いは既に水底に沈んでしもうたと見えて見当たらなかったものの、箱や桶の類いは船中に残っておった。その箱には海府村の村名などが書かれておった。

「……さてはこれ、先日来、行方知れずになったという船に違いない……」

と取り急ぎ、その村方へ知らせ、関わりの者が来て、船その他を確かめさせたところが、果たして、相違なきものにて御座ったという。

 ――――

「……この船は相川の町へ薪を積んで向かい、荷を降ろして戻る途中、鷲崎の沖にて強風に逢(お)うて行方知れずになったもので御座ったが……。自ずと……乗り組んで御座った船乗りの、その霊気が残り……かく声をなして、この世の者へと知らせたのでも、御座ったろう……海辺にては、時折り、このような不思議なことが御座る……」

と、鳥井某が私に語った。

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