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2010/08/16

忘れ得ぬ人々22 ウトロの純

羅臼に行くと最終話「北の国から 2002 遺言」の立派なロケ地マップ・パンフレットがあった。例の人気のない繁華街には「北の国から入国管理局」の看板を出す喫茶店があり(羅臼を去る日にはここの奥の料理屋でハモ丼を食った。但し、これはハモではなく地元で黒アナゴと称する大型のアナゴの蒲焼で、しかし美味であった)、また結が勤めていたコンビニ、純が仕事帰りの結を待つ橋なども見た。あの作品を見ている僕には相応の懐かしさはあったが、しかし、既に8年、ドラマを知らない人々も多くなった。最早、古いドラマである「北の国から」で町起こしというには、無理がある。透析のお婆ちゃんの話も耳底に残っている中、僕のロケ地探訪は、少し、淋しい気がするものになった――。

しかし――純はいた!

それも初日、ホテル「地の涯」へ行くためのバス待ちをしていたウトロのバスターミナルに――

飛行機に乗るのでライターは家に置いてきていた(今は緩和されてライターは一個まで所持品として許可されていることは帰りの飛行機まで知らなかった)。朝一本吸ったきりで、少し口淋しかったが、生憎、火がない。バスターミナルで休憩している中年の運転手も煙草を吸う気配がない。ふと見ると、操車場で作業用の長靴を洗っている青年がいる。まだ二十歳(はたち)そこそこのスマートな若者である。作業が終わって私が手持ち無沙汰に座っていた喫煙所にやって来ると徐ろに煙草を出して吸い始めた。これぞ、天の助け! よく焼けた顔の、如何にも誠実な少年らしい顔つきだ――。

「……すみません。火を貸してもらえませんか? 飛行機で来たので、持ち込めなかったももので……」

と、こういう時の、いつもの僕の通り、中年になってしまった『純』が、少年時代に見せたようなまんまの卑屈な感じで、恐る恐る声をかけた。すると彼は、こっくりと頷くと、自分の100円ライターを僕に手渡し、

「……よかったら、どうぞ。使って下さい。……知床じゃ、冬場は煙草買うのも大変で、いつもカートンで買うんです。そん時、いつもライター、サービスで貰うんです。……だから一杯あるんです。……どうぞ。……」

とはにかみながら言った。

僕が「いや、そんな……」と言いつつ、勿論、ありがたくちゃっかり頂戴してしまい、中年『純』を演じる僕が平身低頭して謝したのは言うまでもない。

そうして――彼は営業所の部屋の方へと去っていった。

――彼の頭上を一羽のモンシロチョウが天使のように舞っていた――

――その後姿を眺めながら、僕ははっと感じたのだ――

『ああっ! 純が――あの純が、ここに確かに、いる!』

と……。

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