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2010/09/17

耳嚢 巻之三 矢作川にて妖物を拾ひ難儀せし事

「耳嚢 巻之三」に「矢作川にて妖物を拾ひ難儀せし事」を収載した。

 矢作川にて妖物を拾ひ難儀せし事

 寶暦の初めにや、三州矢作(やはぎ)の橋御普請にて、江戸表より大勢役人職人等彼地へ至りしに、或日人足頭の者川縁に立しが、板の上に人形やうの物を乘せて流れ來れり。子供の戲れや、其人形のやう小兒の翫(もてあそ)びとも思はれざれば、面白物也と取りて歸り旅宿に差置けるに、夢ともなく今日かゝりし事ありしが明日かく/\の事有べし、誰は明日煩はん、誰は明日何方へ行べしなど夜中申けるにぞ、面白き物也、これはかの巫女などの用る外法(げはふ)とやらにもあるやと懷中なしけるに、翌日もいろ/\の事をいひけるにぞ、始の程は面白かりしが、大きにうるさくいと物思ひしかども捨ん事も又怖しさに、所の者に語りければ彼者大きに驚き、よしなき物を拾ひ給ひける也、遠州山入に左樣の事なす者ありと聞しが、其品拾給ひては禍を受る事也といひし故、詮方なく十方に暮れていかゞ致可然哉(しかるべくいたすべきや)と愁ひ歎きければ、老人の申けるは、其品を拾ひし時の通、板の上に乘せて川上に至り、子供の船遊びする如く彼人形を慰める心にて、其身うしろ向にていつ放すとなく右船を流し放して、跡を見ず立歸りぬれば其祟りなしと言傳ふ由語りけるにぞ、大きに悦び其通りなして放し捨しと也。

□やぶちゃん注

○前項連関:特に具体な連関を感じさせないが、山の民の隠れ住む場所、その河上から流れ来る妖しき『もの』という空間的連関性は感じられる。

・「寶暦」宝暦年間は西暦1751年から1764年。

・「三州」三河国。凡そ現在の愛知県東部地区。

・「矢作川」現在の長野県・岐阜県・愛知県を流域として三河湾に注ぐ。ウィキの「矢作川」のよれば、『長野県下伊那郡平谷村の大川入山に源を発して南西に流れる。岐阜県恵那市と愛知県豊田市の奥矢作湖周辺では、矢作川が県境を決めている。流域に豊田市、岡崎市などがある。下流域の矢作古川は元の本流であり、氾濫を抑えるため江戸時代初期に新たに開いた水路が現在の本流となっている』とあり、この舞台はその新水路でのことか。『矢作の名は、矢作橋の周辺にあった矢を作る部民のいた集落に由来している。矢に羽根を付けることを「矧(は)ぐ」と言ったことから「矢矧(やはぎ)」となり、後に矢作へ書き換えられた』とある。

・「遠州」遠江国。凡そ現在の静岡県大井川の西部地区。

・「外法」正道の仏法から外れた呪術・妖術の類い。諸注、人間の髑髏を用いた呪法を挙げるが(この語にはその意もあるが)、私は採らない。

・「山入」山岳信仰の山伏などのことを言うか。中でも天竜川を遡った、静岡県浜松市天竜区春野町領家にある秋葉山(あきはさん)は、三尺坊大権現(さんしゃくぼうだいごんげん)を祀り、信濃諏訪―熊伏山―定光寺山―竜頭山―秋葉山を結ぶルートが修験者の回峰道となっていた。次項「秋葉の魔火の事」を参照。

■やぶちゃん現代語訳

 矢作川にて妖物を拾い難儀した事

 宝暦の初めのことと言う。

 三河国矢作川に掛かる公共架橋整備事業のため、江戸表より大勢の役人や職人などがかの地へ参った、その中の一人の人足頭の体験した話。

 ある日のこと、この者、作業の合間に川っぷちに立って御座ったところ、板の上に人形のような物を乗せたものが上流から流れて参った。

 子供が戯れにしたことかとも思ったが、その人形の作りはとても児戯に類するものとは思われぬ、相応に巧みな造作にて御座ったれば――面白いものじゃ――と拾い取ると、宿所へ持ち帰って、荷の中に仕舞い置いた。――

 ――その夜のこと、荷の傍らで寝入っていたその男、夢うつつのうちに、かの人形が、

「……今日ハドコソコデカクカクノ事ガアッタガ、明日ハソノコトニ関ワッテ、シカジカノ事ガ、コレ、起コルデアロウ。……誰ソレハ明日病イニ罹ル。……誰彼ハ明日ドコソコへ行クダロウ。……」

といったようなことを話すのを聴いた――ような気がした……。

 翌朝になって、

「こりゃ面白れえもんだ! これぞ世に、かの巫女なんどが用いるという、外法(げほう)とか言ったもんかのう?」

と、またぞろ面白がって人形を懐に入れて持ち歩いて御座った。

 すると、翌日の夜(よ)も、再びいろいろなことを一人ごちた――ように聴こえた……。

 かく初めのうちは、男もその予言の面白い程の的中を興がって御座ったが、……次第に、この夢うつつの人形のお喋りを甚だ五月蠅いものに感じ始め、果てはその独り言に不眠症ともなってひどく悩むに至った。捨てんにも、後(のち)に如何なる祟りのあらんかとの恐ろしさ故、思い余って、親しくなった土地の老爺に相談致いたところ、話を聞くや、その者、大いに驚き、

「そりゃ、とんでもないものを、お拾いになったもんじゃ! 遠州辺りの山に入る修験者の中には、かような妖しい外法を為(な)す者がおると聞いたことが御座るが……それを拾うた者……これ、きっと禍いを受くると……言われとるじゃ……」

と語る。

 これを聴いては、詮方なく、男は途方に暮れるばかり。

「……い、一体……ど、どうしたら……え、ええんじゃろう?……」

と驚懼の余り、泣きついたところ、老爺曰く、

「――拾うたときと同じごと、板の上に乗せて川上に参り、子供が舟遊びするが如く、その人形を労わり慰むる心を持ちて、背中にそれを持ち、顔は川と反対を向いて、川岸に静かにしゃがみ込み、いつ放すとのう、手を放し、あたかも弾みで手が離れたように振舞って、川に押し流し、後は後ろを見ずに帰れば、これ、その祟りはない――と言い伝えて御座る……。」

と語った由。

 男は驚喜して、その通りになして、無事、放ち捨てたということで御座る。

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