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2011/06/27

300000アクセス+HP開設6周年記念 鎌倉攬勝考巻之十一附録 六浦総説 八景詩歌(全)

300000アクセス+HP開設6周年記念として、「鎌倉攬勝考」巻之十一附録の六浦総説の「八景詩歌」を公開した。ネット上には、ちょっと検索をかけてみても、これらの漢詩群の書き下しや語注は見当たらない。300000アクセス突破記念と6周年テキストとしては、それなりの価値はあろうと思う。本ブログにも、以下に掲げおく。【追記:同日11:00 300000アクセス記念の記述を追加。一部の誤植を訂正、注を追加した。向後、本文に注の追加する場合でも、ここはこれ以上、弄らない予定であるので、引用される場合は、本文テクストを用いられるよう、お願いする。/2011年6月28日 ブログ版との差別化をはかるために、本文頁には歌川広重の錦絵「金沢八景」全図を配した。ご覧あれ。】

   八景

平潟落雁 町谷村の南、平方の西なる鹽燒濱をいふ。
洲崎晴嵐 洲崎の民家連る所をいふ。
内川暮雪 瀨が峰村の前の濱をいふ。
野島夕照 野島村の南へ出たる所、或は瀨戸の浦をもいふ。
乙舳歸帆 刀切村の東に船見ゆるをいふ。
瀨戸秋月 瀨戸の海上をもいふ。
小泉夜雨 釜利谷村の北の鹽濱をいふ。
稱名晩鐘 稱名寺の鐘をいふ。

  〇八景詩歌

[やぶちゃん注:以下、漢詩は先に述べた東皐心越の金沢八景の由来となったもの、和歌は京極無生(むしょう)居士(心越と同時代の武士にして歌人、禅僧であった京極高門(たかかど 万治元(一六五八)年~享保六(一七二一)年)のこと。丹後田辺藩主京極高直の三男。この京極の家系はばさら大名で知られた佐々木道誉の子孫で、和歌の名家でもあった。黄檗宗の高僧鉄眼道光らに師事して晩年、出家した。)の作である。それにしてもこの部分、不思議なことに、原本に欠字が存在する。博覧強記の植田にして如何にも不審である。何故、彼はこのままにしておいたのか。七年後の出版であるが「江戸名所図会」には完全なものが載っているし、現在ではこの原詩は多くの郷土史研究家のページに掲載されている。そもそもここにここまで書き記しておいて、不明な字を調べきれずに出版したというのも俄かには信じ難い。ともかくもまず、底本通り、欠字を「○」で示し、それぞれの注で完全なものを示した。私の書き下しは一部不明な箇所について、ちくま学芸文庫版「江戸名所図会」を参考にした。私は――この欠字に何らかの謎が――八王子戍兵学校校長としての植田が「鎌倉攬勝考」に潜ませた軍事上の何らかの暗号が――隠されてでもいるかのような、アブナい眉唾歴史考証家の気分になったことを告白しておく。漢詩と和歌の前後に行空けを施した。]

平潟落雁
 列陣冲冥堪入塞。 萩蘆蕭瑟幾成隊。
 飛鳴宿食恁棲遲。 千里傳書誰不愛。

 跡とむる眞妙に文字の數そゑて、鹽の干潟に落る雁哉

[やぶちゃん注:「江戸名所図会」所収の書き下しでは、以下の通り、「萩」は「荻」である。

平潟落雁
 列陣冲冥堪入塞
 荻蘆蕭瑟幾成隊
 飛鳴宿食恁棲遲
 千里傳書誰不愛

    平潟落雁
  列陣冲冥(ちゆうめい)にして塞に入るに堪ゆ
  荻蘆(てきろ)蕭瑟(しようしつ)として幾いくばくか隊を成す
  飛鳴宿食棲遲(せいち)を恁(おも)ふ
  千里書を傳へて誰か愛せざる

「棲遲」は世俗を離れて閑適の生活を送ること。結句は蘇武の雁書に基づく感懐であろう。]

洲崎晴嵐
 滔々驟浪歛餘暉
 滾々狂波遠竹扉
 市後日斜人靜悄
 行雲流水自依々

賑える洲崎の里の朝けふり、はるゝ嵐にたてる市ひと

[やぶちゃん注:「江戸名所図会」所収の書き下しでは、以下の通り、「遠」は「遶」である。

洲崎晴嵐
 滔々驟浪歛餘暉
 滾々狂波遶竹扉
 市後日斜人靜悄
 行雲流水自依々

    洲崎晴嵐
  滔々たる驟浪餘暉を歛(ねが)ひ
  滾々たる狂波竹扉を遶(めぐ)る
  市後日斜めにして人静悄たり
  行雲流水自(をのづか)ら依依

「餘暉」は夕陽余暉で残照のこと。]

内川暮雪
 廣陌長堤竟沒潜。 奇花六出似○○。
 渾然玉砌山河乏。 遍覆危峰露些尖。

 木蔭なく松にむもれてくるゝともいさしら雪のみなと江の空

[やぶちゃん注:「江戸名所図会」所収の書き下しでは、以下の通り、「○○」は「鋪絹」、「以」は「似」、「乏」は「色」である。

内川暮雪
 廣陌長堤意沒潜
 奇花六出以鋪絹
 渾然玉砌山河色
 遍覆危峰露些尖

    内川暮雪
  廣陌たる長堤竟に潜かに没す
  奇花六出(りくしゆつ)以て絹を鋪しく
  渾然たる玉砌(ぎよくせい)山河の色
  遍へに危峰を覆ひ些尖しやせんを露はす

但し、承句を「似」として「絹を鋪くに似たり」と読んでも意味は通じる。「玉砌」は原義は玉で出来た階段、そこから豪華な宮殿などを言うが、ここは冠雪した山々を階(きざはし)に見立てたものであろう。]

野島夕照
 獨羨漁翁是作家。 持竿盪漿日西斜。
 網得魚來沽酒飲。 ○蓑高臥任堪誇。

 夕日さす野島の浦に干網のめならふ里のあまつ家々

[やぶちゃん注:和歌の「干網」は「干す網」、「めならふ」は「め並ぶ」と読む。「江戸名所図会」所収の書き下しでは、以下の通り、「○」は「披」である。

野島夕照
 獨羨漁翁是作家
 持竿盪漿日西斜
 網得魚來沽酒飲
 披蓑高臥任堪誇

    野島夕照
  獨羨の漁翁是れ家を作る
  竿を持ち漿を盪(あら)ひて日西に斜めなり
  魚を網し得て來りて酒を沽(か)ひて飲む
  蓑を披(かぶ)りて高臥し任に誇るを堪ゆ

「漿」は濃い液状のものを指すから、漁を終えて溜まった魚籠(びく)や船底の溜まり水を言うか。これはもう柳宗元の「江雪」の隠者「孤舟蓑笠翁」のインスパイアである。]

乙舳歸帆
 朝宗萬○遠連天。 無恙輕帆掛日邊。
 欵乃高歌落雲外。 依稀數艇到洲前。

 沖津舟ほのかに見しもとる梶のをともの浦にかへる夕なみ

[やぶちゃん注:「江戸名所図会」所収の書き下しでは、以下の通り、「○」は「派」である。「欵」は「款」であるが、これは底本の方が正しいので「欵」のままとした。

乙舳歸帆
 朝宗萬派遠連天
 無恙輕帆掛日邊
 欵乃高歌落雲外
 依稀數艇到洲前

    乙舳歸帆
  朝宗萬派遠く天に連なる
  恙無く輕帆日邊に掛かる
  欵乃(あいだい)高歌雲外に落ち
  依稀たる數艇洲前に到る

「欸乃」は「あいない」とも読み、漁師が棹をさして漕ぎながら歌う舟歌のこと。「依稀」は微かに見えるさまを言う。]

瀨戸秋月
淸瀨涓々舟不繋。 風傳虚籟正中秋。
廣寒桂子香飄處。 共看氷輪島際浮。

よるなみの瀨戸の秋月小夜ふけて千里の沖にすめる月影

[やぶちゃん注:「江戸名所図会」と文字に異同はない。

瀨戸秋月
淸瀨涓々舟不繋
風傳虚籟正中秋
廣寒桂子香飄處
共看氷輪島際浮

    瀨戸秋月
  淸瀨涓々として舟を繋がず
  風は虚籟を傳ふ正中の秋
  廣寒の桂子香の飄(ただよ)ふ處
  共に看る氷輪の島際に浮ぶを

「涓々」は水がちょろちょろと流れるさま。「虚籟」は梢を抜けて淋しい音を立てる風の音か。「桂子香」は双子葉植物綱マンサク目カツラ科カツラCercidiphyllum japonicum の香り。秋に黄色に紅葉し、その落葉は甘い香りを放つ。]

小泉夜雨
 暮雨淒凉夢亦驚。 甘泉汨々聽分明。
 蓬窓○○無相識。 腸斷君山鐡笛聲。

 かちまくらとまもる雨も袖かけて、涙ふるえのむかしをぞ思ふ

[やぶちゃん注:和歌の「かちまくら」は「かぢまくら」で「舵枕」か。「ふるえ」は「降る江」と「古江」を掛けるか。「江戸名所図会」所収の書き下しでは、以下の通り、「汨々」は「洞々」、「○○」は「淹蹇」である。

小泉夜雨
 暮雨淒凉夢亦驚
 甘泉汨々聽分明
 蓬窓淹蹇無相識
 腸斷君山鐡笛聲

    小泉夜雨
  暮雨淒凉として夢に亦驚く
  甘泉洞々として聽きて分明たり
  蓬窓に淹蹇(えんけん)として相ひ識る無く
  腸を斷つ君山鐡笛の聲

「蓬窓」は蓬の生い茂る貧しい家。「淹蹇」は、私は、すっかり激しくびしょ濡れになって、の謂いと解する。結句の「君山鐡笛の聲」は、宋代の詩人衰忠徹の「張秋塘の畫龍に題す」の
何當置我君山湖上之高峰
聽此老翁吹織笛
  何か當に我を君山湖上の高峰に置き
  此の老翁の鐵笛を吹くを聽くべき
を踏まえるか。これは画龍点睛の故事を本にしたもので、老翁とは画中の龍で、龍が鉄笛を吹くというのは、雨音の雲を穿って石を裂くが如き音を以って龍の鳴き声に比したものと思われる。]

稱名晩鐘
 夙昔名藍成覺地。 華鐘晩扣茗鯨音。
 幽明聞者咸生悟。 一宇○○祇樹林。

 はるけしな山の名におふかね澤の、霧よりもるゝ入あひのこゑ

[やぶちゃん注:「江戸名所図会」所収の書き下しでは、以下の通り、「一宇」は「一片」、「○○」は「迷離」である。

稱名晩鐘
 夙昔名藍成覺地
 華鐘晩扣若鯨音
 幽明聞者成生悟
 一片迷離祇樹林

    稱名晩鐘
  夙昔の名藍成覺の地
  華鐘晩に扣(たた)くに鯨音のごとし
  幽明にして聞く者咸して悟りを生ず
  一片の迷離祇樹の林

「咸」は「みな」(皆)と読む。「祇樹」は祇園精舎の樹林。]

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