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2012/01/22

ジョン・ミリングトン・シング著姉崎正見訳「アラン島」(11)

 赤ん坊は齒が生えつつあるので、此の數日間、泣いてゐる。母が市に行つたので牛乳で養はれ、時時それが酸つぱかつたり、餘計に飲まされたりするらしい。
 併し今朝は大へん機嫌が惡かつたので、家の人たちは村に乳母を探しにやり、間もなく東の方へ少し行つた處に住んでゐる若い女が來て、赤ん坊に天然の食物をまたやるやうになつた。
 それから數時間たつて、私はパット爺さんと話さうと思つて茶の間にはひつて行くと、また違つた女が同じやうな親切な役を務めてゐたが、今度は妙にむづかしい顏をした女であつた。
 パット爺さんは一人の不貞な妻の話をした。それはこれから述べるが、その後でその女と道德上の口論を初めた。話を聞きにやつて來た若者たちはそれを面白がつて聞いてゐたが、生憎ゲール語で早口に言はれたので、私にはその要點の大略さへつかめなかつた。
 此の老人はいつも妙に滅入つた口調で自分の病氣の事や自分で近づきつつあるものと感じてゐる死の事などを語るが、北の島のムールティーン爺さんを思ひ出すやうな諧謔を時時弄する。今日、怪奇な二錢人形がお婆さんのゐる近くの床に落ちてゐた。それを爺さんは拾ひ上げ、お婆さんの顏と見較べるやうに眺めた。それからそれをさし上げて、「お内儀さん、こんなものを持ち出したのはお前さんかね?」と云つた。
 これからが彼の物語である。――

The baby is teething, and has been crying for several days. Since his mother went to the fair they have been feeding him with cow's milk, often slightly sour, and giving him, I think, more than he requires.
This morning, however, he seemed so unwell they sent out to look for a foster-mother in the village, and before long a young woman, who lives a little way to the east, came in and restored him to his natural food.
A few hours later, when I came into the kitchen to talk to old Pat, another woman performed the same kindly office, this time a person with a curiously whimsical expression.
Pat told me a story of an unfaithful wife, which I will give further down, and then broke into a moral dispute with the visitor, which caused immense delight to some young men who had come down to listen to the story. Unfortunately it was carried on so rapidly in Gaelic that I lost most of the points.
This old man talks usually in a mournful tone about his ill-health, and his death, which he feels to be approaching, yet he has occasional touches of humor that remind me of old Mourteen on the north island. To-day a grotesque twopenny doll was lying on the floor near the old woman. He picked it up and examined it as if comparing it with her. Then he held it up: 'Is it you is after bringing that thing into the world,' he said, 'woman of the house?'
Here is the story:--

[やぶちゃん注:「今度は妙にむづかしい顏をした女であつた」原文は“this time a person with a curiously whimsical expression.”。“whimsical”というのは「気まぐれな。むら気のある。酔狂な」が原義で、そこから「変な。妙な。滑稽な。」の意を派生する。この後の不貞な女の話とそこからパット爺さんとこの女が道徳的な議論を展開することを考えると、この女性の印象が「気難しい」感じの顔で、「頑なで保守的な」女性であったとは、私には思われない。寧ろ、普通の若い母親の印象とは違った「気まぐれでむらっ気のある」、「一種独特な雰囲気を持った」顔つきの女であったのではなかったか? 次の話で不貞な女とされる色気のあるタイプに寧ろ属する女性であったからこそ、議論になったとするべきであろう。栩木氏はこの部分を『この女がへんに色っぽい表情をしているのが目についた』と訳されており、私にはこちらの方が如何にも腑に落ちたのであるが、如何?
「怪奇な二錢人形」原文は“grotesque twopenny doll”であるが、後で「お内儀さん、こんなものを持ち出したのはお前さんかね?」という台詞があるからといって、何か意味ありげな宗教的な依代なわけでは毛頭あるまい。赤ん坊のために買ったものであるが、表情や造作が、奇妙で笑いをさそうような、いい加減にデフォルメされたように見える、如何にもな安物の人形であることを言うのであろう。すると、後の「お内儀さん、こんなものを持ち出したのはお前さんかね?」という台詞も、違ったニュアンスで読める。原文は“'Is it you is after bringing that thing into the world,' he said, 'woman of the house?'”である。パット爺さんは「諧謔を時時弄する」のであるから、『「今になって、この世にこんな奴をもたらしちまったのは、あんた」彼は言った、「女将さんかい?」』、即ち、『女将さん、この子は、お前さんが産んじまった哀れな子かね?』という意味であろう。栩木氏も『おや、奥さん、この子はあんたが産んだ子かいな。』と訳しておられる。]

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