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2012/01/15

宇野浩二 芥川龍之介 二~(2)

前文に続き、性具の話が登場するので未成年者は自己責任でお読みあれ。

 芥川と一しょに、宮川町の茶屋を出て、四条大橋をわたり、ひろい四条通りを、ぶらぶらあるいて、烏丸通りに出て、六角堂の横をとおり、それから、右にまがって、姉小路通りを、本能寺のある辺で、左にまがって、新京極まで来た頃は、ちょうど十時頃であった。宮川町の茶屋を出た時分は、肌〔はだ〕さむかったが、新京極まで来たときは、あるいたからでもあるが、かすかに汗ばむほどであった。『小春日和』というのであろう。
 新京極の盛〔さか〕り場の、まがり角〔かど〕の、まん中〔なか〕へんをあるいていた時、芥川が、例のごとく、突然、「おい、『鳶一羽空に輪を描〔か〕く小春かな』というのは、ちょいといいだろう、月並〔つきなみ〕だけど……」と、いった。
「まさか、君の句じゃないだろう。」
「フン、星路――ホシのミチ、『ミチ』は『道路』の『路』だ。……ボンクラ俳人だ、……ちょっと疲れたね、このへんで、一服しようか。」
 ちょうど右側に喫茶店があったので、私たちは、足をひきずりながら、中に、はいった。
 新京極は、戦前の東京でいえば、浅草のような所であり、大阪でいうと、道頓堀と千日前を一しょにしたような所である。こういう盛り場の午前十時頃は、町ぜんたいが、妙に白茶〔しらちゃ〕けた色をしている。そうして、両側の劇場も寄席も、たいてい、木戸が、しまっている。こういう光景は、天気がよいほど、かえって、閑散に見え、味気〔あじき〕なく感じられる。
 私たちがはいった喫茶店も、やはり、閑散であり、味気なく感じられた。そうして、私たちの気もちも、やはり、何〔なん〕となく、味気なく、ものうかった。しかし、ほかに客がいなかったので、くつろいだ感じもした。
 それから、ふと気がつくと、夜中〔よなか〕にあのように苦〔くる〕しんだ、(出〔で〕そうで出〔で〕ないので苦しみ、用をたすとき、たまらない痛みを感じた、)あの不思議な症状が、しだいしだいに、うすらぎ、その喫茶店で便所に行った時は、まったく普通の状態になっていた。いつのまにか、普通の状態になっていたので、あの不思議な症状〔しょうじょう〕がなおっていたのが、気がつかなかったのである。それに気がつくと、私は、急に愉快な気もちになったので、芥川に、昨夜〔ゆうべ〕、その事で、困った話をした。
「……つまり、小便をすると、初めのうちは、出はじめる時から、出てしまうまで、痛みとおし、それが、つぎには、出はじめる時から中途〔ちゅうと〕まで、痛みとおし、……夜どおし、まったく、困ったよ、……それが、その中途まで痛いのが、その痛い期間がすこしずつ少なくなって、今はそれが、すっかり、知らぬ間に、なおってしまったんだ。……僕は、まだ、アノ病気にかかった事はないが、夜中〔よなか〕じゅう、そういう症状になって……しかも、君〔きみ〕、ひどかった時は、……一時〔いちじ〕は、『大〔だい〕』も『小〔しょう〕』も、一しょだったから、つらくもあったが、なさけなかったよ。……それがそういう症状になったのが、しだいに、なおり、今になって、ケロリとなおってしまうなんて、……どういうんだろう、」と、私は、いった。
 私が、こんな話を、なおったうれしさもあって、たてつづけに、しやべっている間、芥川は、私の話の途中で、ときどき、ニヤニヤ笑いを頰にうかべていたが、私の話がおわるのとほとんど同時に、
「君は、『アポロン』を、定量の三倍ぐらい、のんだろう、」と、すばりと、いった。
「君は、どうして、知ってるんだ。」
「おれも、やった事があるからだ。」
「あれを定量以上にのむと、どうして、あんな状態になるんだ。」
「摂護腺を異常に刺戟したからだよ、三倍ぐらいでよかったよ、五倍ぐらいアレをのんでいたら、君は、今頃〔いまごろ〕、僕と話〔はなし〕をするどころか、冷〔つめ〕たくなっていたかもしれないよ。」
 そこで、私が、こういう『クスリ』を定量の二倍でも三倍でも、のめ、と、すすめたのは、菊池である、と、昨日〔きのう〕の堀江の薬局の一件の話をすると、
「そんなら、菊池も、昨夜〔ゆうべ〕は、君とおなじような症状に、悩まされたかもしれないよ。菊池は、前に、不眠症にかかっている、というので、名古屋へ講演旅行に行った時だ、――僕が、ジアアルをやると、一錠か、せいぜい、二錠でいい、と、いったのを、七錠ものんで、死にかかった事があるんだ。菊池は、どんな薬でも、定量以上にのむほど、きくと思うような男だからなあ、」と、芥川は、いって、例の茶目〔ちゃめ〕らしい笑い方した。
「ところで、昨夜〔ゆうべ〕、君の部屋の方で、夜中〔よなか〕に、アツツ、というような声が、聞こえたが、あの、アツツというのは、何だ。」
「あれか、……」と、芥川は、苦笑しながら、いった。「あれは、君、『ハリカタ』にいれた湯が熱〔あつ〕すぎたので、ちょいと吾妹〔わぎも〕が悲鳴〔ひめい〕をあげたんだよ。……あれは、しくじったよ、僕も、あれには、まいったね。」

[やぶちゃん注:「アノ病気」淋病。淋菌性尿道炎は尿道の強い炎症によって尿道内腔が狭窄し、激しい痛みと同時に尿の勢いが著しく落ちる。
「摂護腺」前立腺の旧称。
「君は、今頃、僕と話をするどころか、冷たくなっていたかもしれないよ」とあるが、例えば現在、最も知られる勃起不全治療薬であるバイアグラ(これは商品名で薬剤としてはシルデナフィルが正しい)の場合だと、心臓病治療に用いるニトログリセリン等の硝酸塩系薬剤と同様の薬理作用を持つため、副作用として血圧の急激且つ大幅な低下、心臓への酸素供給不全による狭心発作が認められ、適切な治療を施さない場合には死亡することもある(以上はウィキの「シルデナフィル」に拠った)。
「名古屋へ講演旅行に行った時だ、――」ここには宇野のとんでもない錯誤がある。本文中の現在時制は、
大正九(一九二〇)年十一月二十二日
である。ところがここに記される以下の菊池の事件は、
大正十一(一九二二)年一月二十八日
の出来事なのである。この場面で芥川が宇野に語れるはずはないのである。因みに、この事件を纏めておくと、同年、一月二十七日、名古屋の夫人会主催で講演を頼まれた芥川と菊池寛、小島政二郎が東京を出立、翌日、二十八日に椙山女学校にて講演(芥川龍之介は「形式と内容」という演題で講演)、講演後、芥川は不眠症状を訴える菊池に自分のジャールを与えた(菊池と芥川は別々なホテルに宿泊)。夜、菊池は定量二錠のところを4錠飲むも眠くならず、更に三錠を嚥下、計七錠を服用してしまった。その後、菊池は二日二晩昏睡状態に陥り、その後(嚥下から四五日後)も意識混濁や奇矯な言動をとったことが、菊池寛の「芥川について」(但し、鷺只雄編著「年表作家読本 芥川龍之介」のコラム資料引用による)に記されている。そこで菊池は『その時の芥川の話では十錠以上は危険だといふ事だつたから、僕は危く三錠の差で助かつたわけである』と記している。
「ジアアル」は「ジャール」「ジアール」等とも表記され、後に芥川龍之介がヴェロナールと共に自死に用いたとされる、(恐らく)ヴェロナールと同じバルビツール酸系の睡眠導入剤。商品名であろう(何故かいくら調べても綴りが出てこないので同定出来ないでいる。識者は御教授を願う)。但し、私は芥川が使用した薬物はそれらではないと考えている。]

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