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2012/01/03

ジョン・ミリングトン・シング著姉崎正見訳「アラン島」(3)

 今夜、一人の老人が私を訪ねて來た。彼は四十三年前、暫く此の島にゐた私の親戚を知つてゐると云つた。
 「お前さんが船からやつて來る時、私は波止場の石垣の下で網を繕つてゐた。」と彼は云つた。 「シングと云ふ名の人が、若し此の世界に出かけて來るとすれば、あの人こそ其の人だらうと、その時預言を云つた。」
 彼は、少年時代を終らないうちに船員となつて、此の島を離れた時から此處に行はれた變遷を妙に短いが品位のある言葉で慨き續けた。
 「私は歸つて來て、」と彼は云つた。「妹と一軒の家に住んだが、島は前とは全然變り、現在居る人から私は何のお蔭も蒙らないし、又彼等も私から何の得(とく)を受けようともしない。」
 さういつた話からすると、此の男は一種獨特の己惚(うぬぼれ)と空想の世界に立て籠り、網繕ひの業に超然として、他人から尊敬と面白半分な同情とで見られてゐるらしい。
 少したつて、茶の間の方へ下りて行くと二人の男がゐた。此の人たちは中の島〔イニシマーン〕から來て、此の島で日が暮れたのである。彼等は此處の人達より純撲で、恐らくより興味ある型の人であらう。念入りな英語で砦の丘(ダン)の歴史「バリモートの書」「ケルスの書〔共に同名の愛蘭土の町の名を取つた古文書〕、その他平生云ひ慣はしてゐるらしい昔の寫本に就いて語つた。[やぶちゃん注:「ダン」のルビは「砦の丘」三文字に附されている。]

This evening an old man came to see me, and said he had known a relative of mine who passed some time on this island forty-three years ago.
'I was standing under the pier-wall mending nets,' he said, 'when you came off the steamer, and I said to myself in that moment, if there is a man of the name of Synge left walking the world, it is that man yonder will be he.'
He went on to complain in curiously simple yet dignified language of the changes that have taken place here since he left the island to go to sea before the end of his childhood.
'I have come back,' he said, 'to live in a bit of a house with my sister. The island is not the same at all to what it was. It is little good I can get from the people who are in it now, and anything I have to give them they don't care to have.'
From what I hear this man seems to have shut himself up in a world of individual conceits and theories, and to live aloof at his trade of net-mending, regarded by the other islanders with respect and half-ironical sympathy.
A little later when I went down to the kitchen I found two men from Inishmaan who had been benighted on the island. They seemed a simpler and perhaps a more interesting type than the people here, and talked with careful English about the history of the Duns, and the Book of Ballymote, and the Book of Kells, and other ancient MSS., with the names of which they seemed familiar.

[やぶちゃん注:「シングと云ふ名の人が、若し此の世界に出かけて來るとすれば」原文は“if there is a man of the name of Synge left walking the world”。この訳は「此の世界に出かけて來る」がやや奇異で、「此の世界」をアラン島と取るか、若しくは特殊な宗教観からある別な世界からこの現実世界へやって来るという意味になるが、それを伝えるには如何にも苦しい訳である。寧ろ、“walk the world”は、“walk”の古語としての意を受けた、世を渡る、この世に生きるの謂いで、『もしシングという名の、今もこの世の中に生き残っている人がいるというなら』という意味であろう。『「バリモートの書」「ケルスの書」』“Book of Ballymote, and the Book of Kells”いずれもアイルランド文学の至宝。前者は14世紀の写本でケルトの神話を語るもので、アイルランドのスライゴ州バリモートに由来する。後者は紀元後700~800年にかけて制作された、4種の福音書によるイエス・キリストの生涯を華麗な文字で綴った初期キリスト教芸術の重宝で、ミーズ州ケルズに由来する。現在は「ケルズ」と表記するのが一般的。「昔の寫本」原文“ancient MSS.”。“MSS.”は“manuscript”(マニュスクリプト)の省略形で手稿・写本のこと。]

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