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2012/04/06

宇野浩二 芥川龍之介 十一 ~ (2)

 さて、この『或阿呆の一生』については、いろいろな人がさまざまの意見を述べているが、私は、島崎藤村の「あの中に感知せらるるやうな作者の悲愴な激情も、何人の仮面をも剥いで見ようとしたやうなあの勇気も、病人のやうに繊細なあの感覚も、世紀末の詩人を思ひ出させる。それにしても日頃私の想像してゐた芥川君はもつと別の人で、あれほど君が所謂〔いはゆる〕『世紀末の悪鬼』にさいなまれてゐようとは思ひがけなかつた、」という説に六分どおり同感する、(六分どおりである。)

 昭和二年の五月頃であったか、私が、私も芥川にちかいぐらいの(あるいは芥川以上の)神経衰弱にかかった時、ある日、芥川に、「君も、僕も、けっきょく、十九世紀末の詩人のようなものだよ、」と云うと、芥川は、すぐ、『我が意を得たり、』というような顔をして、「そうだよ、そうだよ、」と云った。

[やぶちゃん注:島崎藤村の引用は、昭和二(一九二七)年十一月発行の雑誌「文藝春秋」に掲載された後、昭和三(一九二八)年の「市井にありて」の中に所収された「芥川龍之介君のこと」からである。リンク先は私の電子テクスト(ブログ版)である。]

 

  さて、前の章で、『或阿呆の一生』の中に出てくる女は三四人ぐらい、と述べたが、久米が、『月光の女』のなかで、芥川が、月光という言葉を、意識して、幾度かくりかえして使ったのは、「死に際して、過去の思ひ出の中に真に美しく感じた女に対し、愛慕の象徴として考へたものに違ひない、」と述べているが、私は、芥川が、それぞれ、芥川流の見方で、美しく感じた女を、みな、月光の女にしてしまったのではないか、と考えるのである。

 それから、久米は、また、おなじ文章のなかで、その相手は、四章にわかれて書かれているから、「読者はひよつとすると、この四人が四人とも同じ人の摸写だと思ふかも知れないが、――それが私の最も危険な独断だらうが、実に、四人が四人とも、全く別な人だと思へるのだ。そして其の一々〔いちいち〕に、多少思ひ当る筋があるのだ。但しその推定人物が、実際に当つてゐるかどうかは私に取つても全幅の自信はなく、実はひそかに私の企画で、今のうちに現存の関係人、小谷隆之、殖生愛石、大島理一郎、木崎伊作、滝井等を集め、一夕、非公開の座談でも開いて、此のおせつかい[やぶちゃん注:「おせつかい」に「ヽ」の傍点。]な決定版を得ておきたいやうな気もするが、この顔ぶれに失礼だが、信輔夫人とそれから彼の最も近親の、藤蔓俊三氏を加へて、あの『痴人の生涯』の全部にわたり、検討を加へておく事も、一つの傷〔きず〕いた大正作家の文芸史であらうかと考へる、」と述べている。

 これには私も大賛成ある。それは、「今のうちに現存の関係人」と述べた当人の久米がなくなくなつた今、久米の遺言どおり、小穴隆一、室生犀星、小島政二郎、佐佐木茂索、滝井孝作のほかに、芥川夫人と葛巻義敏を加えて、非公開でなく、『或阿呆の一生』の全部にわたって検討を加える、公開の座談を是非〔ぜひ〕ひらくべきである。そうして、それは芥川ともっとも縁故の深かった「文藝春秋」が進んでもよおすベきであろう。そうして、もしそういう座談会が実現されたら、(実現されたら、である、)佐藤春夫と私もその末席に加〔くわ〕えてほしい。

 それから、おなじ小説のなかで、久米は、

 中には、例へば竹柏園門の歌人で、愛蘭〔あいるらんど〕文学の翻訳者である、杉村みよ子夫人の如き、彼と才力の上に於て、格闘の出来る『越し人』(第三十七章)として、殆んど確定的であるが、併し又一方では、それが高名な漫画家の夫人で、稀才ある小説を残した、坂本かよ子夫人と紛らはしい点など、もう、いづれも故人となり、思ひ出の中に住むのみに至つては、確認しておく必要が、村松梢風氏以外の伝記者たちの為にも、多分に必要であるかも知れない。

と述べている。(この久米の文章の中の、杉村みよ子夫人は松村みね子夫人であり、坂本かよ子夫人は岡本かの子である。)

[やぶちゃん注:くどいようだが、久米の「坂本かよ子夫人」(=岡本かの子)「と紛らはしい」という謂いは、全くの見当違いと言わざるを得ない。毫毛も「紛らはしい」点など、ない。]

 この久米の言葉を説明する前に、順序として、『越し人』をつぎにうつす。

 彼は彼と才力の上にも格闘出来る女に遭遇した。が、「越し人」等の抒情詩を作り、僅かにこの危機を脱出した。それは何〔なに〕か木の幹に凍〔こほ〕つた、かがやかしい雪を落〔おと〕すやうに切〔せつ〕ない心もちのするものだつた。

  風に舞ひたるすげ笠〔かさ〕の

  何〔なに〕かは道に落ちざらん

  わが名はいかで惜しむべき

  惜しむは君が名のみとよ。

[やぶちゃん注:「凍〔こほ〕つた」のルビは誤り。「或阿呆の一生」では「凍〔こゞ〕つた」である。]

 つまり、久米の考えは、この『越し人』は、大方〔おおかた〕の意見によると、松村みね子夫人が「殆んど確定的」であるが、しかし、「確定的」というだけで、岡本かの子とも見られるところがあるから、これを「確認しておく必要が多分にあるかも知れない、」というのである。

 ところで、私も、「確認しておく必要」はある、とは思うけれど、私は『確認』などなかなか出来ない、と考えるのである。ところが、いずれにしても、おもしろいのは、芥川は、松村みね子とは、軽井沢の万平ホテルで、逢っており、岡本かの子とは、鎌倉の雪の下ホテルH屋[註―かの子の『鶴は病みき』による]で、何日間か、となりの部屋で、同宿している事である。が、しかし、こういう事は、唯の興味のようなものである。興味といえば、時の人の謎の女(つまり、小穴のS女史)も、この、みね子も、かの子も、みな、歌人であり、噂だけでいえば、ほんの噂の、九条武子も、柳原白蓮も、また、歌人である事などである。が、こういう事は何の問題にもならない。

[やぶちゃん注:「松村みね子とは、軽井沢の万平ホテルで、逢っており」私はかつて芥川龍之介が片山廣子(松村みね子)とが、芥川の自死の年の五月、秘かに万平ホテルで逢った可能性について考察したことがある。よろしければ、私の片山廣子「五月と六月」を主題とした藪野唯至による七つの変奏曲を御笑覧あれ。

「H屋」は、鎌倉駅西口直近にあった平野屋別荘。かの子が同宿したのは、大正十二(一九二三)年八月で、厳密に言えば「となりの部屋」ではなく、庭を隔てた向いの部屋であった。]

 ところで、ここに、佐藤春夫が纂輯した、『澄江堂遺珠(Sois belle,sois triste)』という詩集がある。私は、昭和八年の初春の頃、この本を手に入れてから、いまだに愛読しているのである。それは、芥川の詩の美しさと悲しさと、その詩のところどころに註をしている、佐藤の註の親切な感慨ふかい文章のためである。(Sois belle,sois triste)には『美しかれ、悲しかれ(?)』と記入してあるそうである。)

 さて、その『澄江堂遺珠』から、まず、雪にちなんだものを、うつして見よう。

[やぶちゃん注:以下、『澄江堂遺珠』から引用が行われるが、芥川龍之介の整序された未定詩稿については、私が纏めたやぶちゃん版芥川龍之介詩集の中に所収する。御覧あれ。]

  雪は幽かにつもるなり

  こよひはひともしらじらと

  ひとり小床にいねよかし

  ひとりいねよと祈るかな

 

[やぶちゃん注:この詩は最初の一行「ひとり葉巻をすひをれば」が脱落している。実はこの一行は原本では前頁末にあり、宇野はこれを見落として引用ミスをした可能性が高い。]

それから、つぎのようなのもある。

  きみとゆかまし山のかひ

  山のかひには日はけむり

  日はけむるへに古草屋

  草屋にきみとゆきてまし

 

[やぶちゃん注:この間に原本ではもう一つの推敲形(四行)がある。]

 

  きみと住みなば   

            山の峡

  ひとざととほき(消)

  山の峡〔かひ〕にも日は煙り

  日は煙る□□□

[やぶちゃん注:底本では「きみと住みなば」と「ひとざととほき(消)」は並列され、その二行の下に「}」が附され、「山の峡」と配してある。「ひとざととほき(消)」とは「ひとざととほき」と書いて末梢してあることを示す。「日は煙る□□□」は、底本では「□□□」は下方(横書きでは右手)が開放になっている長方形の判読不能の空欄である(但し、原本の長方形は実はもっと長い。従って判読不能三文字の意味ではないことに注意されたい)。ほぼ原本と同一であるが、原本には後に引用される「はしがき」も含めて殆んどルビがない。これは宇野の施したものである。以下同じ。]

 この一聯の詩について、佐藤は、「即ち知る故人はその愛する者とともに世を避けて安住すべき幽篁叢裡の一草堂の秋日を夢想せる数刻ありしことを、」と註している。

 そうだ、そうなのだ、誠に佐藤の云うとおり、芥川は、こういう事を、(俗な言葉でいえば、手鍋さげても……』というような事を、)夢想せる数刻があったのであろう、「夢想せる数刻」が。

 さて、佐藤は、これらの詩とならべて、『戯れに』(⑴⑵)と題した、

  汝〔な〕と住むべくは下町の

  水〔み〕どろは青き溝づたひ

  汝が洗場の往き来には

  昼も泣きづる蚊を聞かん

                      戯れに⑴

[やぶちゃん注:「泣き」は原本「なき」。]

 

  汝と住むべくは下町の

  昼は寂しき露路の奥

  古簾垂れたる窓の上に

  鉢の雁皮も花さかむ

                      戯れに⑵

[やぶちゃん注:「雁皮」はバラ亜綱フトモモ目ジンチョウゲ科ガンピDiplomorpha sikokiana。別名カミノキ。古くからの製紙原料として知られる。初夏に枝の端に淡い黄色の先端が四裂した小花を房状に密生させる。]

という詩を引いて、「と対照する時一段の興味を覚ゆるなるべし。隠栖もとより厭ふところに非ず、ただその地を相して或〔あるひ〕は人煙遠き田圃を択ばんか、はた大隠の寧〔むし〕ろ市井に隠るべきかを迷へるを見よ。然も『汝と住むべくは』の詩の情に於ては根蒂竟〔つひ〕に一なり、」と註している。

 この註は誠に『殉情詩集』の作者らしく、この作者と同年の芥川の詩も、たとい夢想としても、誠に純情きわまりないものではないか。

[やぶちゃん注:「根蒂」は「こんたい」と読む。植物の基幹である根と蔕〔へた〕の意で、物事の土台、拠りどころ、根拠とするところの意。]

 

 ここで、又また、寄り路しなけれはならぬ事になった。それは先きに引用した文章のおわりの方に、『澄江堂遺珠』から幾つかの詩を引きながら、その『澄江堂遺珠』とはどういうものであるか、を書くのを忘れた事に気がついたからである。

 しかし、『澄江堂遺珠』とは、さきに述べたように、佐藤春夫が、芥川の全集の中〔なか〕におさめられていない詩で、散佚していた詩をあつめて、一冊の詩集に纂輯した本につけた、題名である。そうして、それは、平凡に分〔わ〕かりよく云えば、「芥川が残した珠玉のような詩」という程の意味である。されば、この本の扉には次ぎのように書かれてある。

  芥川龍之介遺著

  佐藤春夫纂輯

 

 澄江堂

    Sois belle,sois triste

 遺珠

 しかし、これだけではよくわからないから、纂輯者の佐藤の「はしがき」の中から、つぎに、抜き書きしよう。

[やぶちゃん注:以下の「はしがき」引用は底本では全体が二字下げ。]

……遺稿は故人が二三の特別に親密な友人に寄せて感懐を述べた一束〔ひとたば〕の私書と別に三冊の手記冊に筆録した未定稿とである。この三冊を予は仮に各第一第二第三と呼んでゐるが、第一号は四六判形で単行本の製本見本かとも見るべきものを用ひ、これには作者が自ら完作したかと思へるものを一頁〔ペイジ〕に一章づつ丹念に浄写してある。恐らく作者は逐次会心のものを悉くここに列記し最後の稿本をこれに作成する意嚮があつたかと見られる。他の二冊第二号第三号に至つては第一号とは全然その趣きを異にしてゐて、外形も俗にいふ大学ノオトなる洋罫紙のノオトブックで全〔まつた〕く腹稿の備忘とも見るべきものが感興のまま不用意に記入されてゐるので逐次推敲変化の痕〔あと〕明〔あき〕らかで、一字も苛〔いやしく〕もせざる作者が心血の淋漓たるもの一目歴然たるに、その間〔あひだ〕また折〔をり〕にふれては詩作とは表面上何〔なん〕の関聯もなき断片的感想や筆のすさびの戯画などさへも記入されて、作者が心理の推移や感興の程度などを窺ふには実に珍重至極な絶好の資料であるが、それならばこそ一層取捨整理に迷ふ点が尠少ではない。既に作者自身がこれを為〔な〕し得なかつたとさへ見るべきだからである。

[やぶちゃん注:原本「ノオト」「ノオトブック」はそれぞれ「ノート」「ノートブック」。「尠少」は「せんせう(せんしょう)」と読み、少ないこと。]

 つまり、『澄江堂遺珠』は、詩人、佐藤春夫が、「既に作者(つまり、芥川)がこれを為し得なかつたとさへ見るべき」未定稿の詩を、幾度も幾度も通読し玩味し、苦心惨憺して、纂輯したものである。それは、芥川が、もっとも会心切実したらしい二三行の句をいかに活用すべきかに就いて執拗な努力をし、そのために一冊子の大半を費しながら、決定できないところが二箇所ぐらいあるのを、佐藤は、「この二三行を中心としてこの二箇所を探究してみることによつてこの部分はほぼ解決するだらう」というような苦心を重〔かさ〕ねているからである。

 されば、この『澄江堂遺珠』を読みつづけてゆくと、芥川が一つの(わずか三四行の)詩をつくるためにいろいろと心をくだいている事が一目瞭然とわかると共に、それがわかるようにした佐藤の並大抵〔なみたいてい〕でない努力と苦心が察しられ、そうして、佐藤の友情の篤〔あつ〕さと詩を愛する心の深さが忍〔しの〕ばれる。

 そこで、佐藤が、「詩に憑かれたるがごとき故人の風貌のそぞろに髣髴たるもの」がある、という、芥川がいろいろに書き改めながら終〔つい〕に完成できなかった小曲を、『澄江堂遺珠』の中〔なか〕から、つぎに、抜き書きしてみよう。

[やぶちゃん注:以下、傍点「ヽ」(原本では特異な白ヌキ「ヽ」傍点)は下線に変えた。先に示した如く、「□□□」などは下方(横書きでは右手)が開放になっている長方形の空欄である(但し、原本の長方形は実はもっと長い。従って判読不能三文字の意味ではないことに注意されたい)。また、間に入る佐藤の注は底本ではポイント落ちである(この注の改行はブラウザ上の不具合を考慮し、底本によらず『澄江堂遺珠』原本に準じた)。なお、私の所持する『澄江堂遺珠』原本復刻と校訂し、誤りのある箇所は注で示した。但し、宇野の表記に合わせ、漢字は新字体を用いた。以下、同じ。]

  幽かに雪のつもる夜は

  ココアの色も澄みやすし

  こよひ□□□

  こよひはも冷やかに

  独〔ひと〕りねよとぞ祈るなる

 

[やぶちゃん注:原本は最終行の「独り」の「独」に傍点がある。宇野のミスである。]

 

  幽かに雪のつもる夜は

  ココアの色も澄みやすし

  今宵はひとも冷やかに

  ひとり寝よとぞ祈るなる

 

  幽かに雪のつもる夜は

  ココアの色も澄みやすし

  こよひはひとも冷やかに

  ひとり寝よとぞ祈るなる

     右は両章とも××を以て抹殺せり。その後

     二頁〔ペイジ〕の間は「ひとりねよとぞ祈るなる」は

     跡を絶ちたるもこは一時的の中止にて三

     頁目には再び

[やぶちゃん注:『澄江堂遺珠』では「××」は「×」。]

 

  かすかに(この行――にて抹殺)

  幽かに雪の

      と記しかけてその後には

      「思ふはとほきひとの上

      昔めきたる竹むらに」

      とつづきたり。さてその後の頁にはまた

  幽かに雪のつもる夜は

     (一行あき)

  かかるゆふべはひややかに

  ひとり寝「ぬべきひとならば」

     (「 」の中の八字消してその左側に「ねよとぞ

     思ふなる」と書き改めたり。)

     さてこの七八行のちには

  雪は幽かにきえゆけり

  みれん□□□

     とありて

 

  夕づく牧〔まき〕の水明り

  花もつ草はゆらぎつつ

  幽かに雪も消ゆるこそ

  みれんの□□□

などと、似たような詩句が一転し二転して、書きつづられてある後に、

  幽かに雪のつもる夜は

  折り焚く柴もつきやすし

  幽かにいねむきみならば

     (一行あき)

  ひとりいぬべききみならば

               併記して対比

               遂行せしか

  幽かにきみもいねよかし

[やぶちゃん注「幽かにきみもいねよかし」と「ひとりいぬべききみならば」とは底本では二行併記で、その下に「}」が入って「併記して対比/遂行せしか」というポイント落ちの佐藤の注が示されている。]

とあって、更に似たような詩句が十〔とお〕あまりもあって、その最後がつぎのような詩になっている。

  雪は幽かにつもるなる

  こよひはひともしらじら

  ひとり小床にいねよかし

  ひとりいねよと祈るかな

 

     幾度か詩筆は徒〔いたづ〕らに彷徨して時には「いね

     よ」に代ふるに「眠れ」を以てし、或〔あるひ〕は唐突に「な

     みだ」「ひとづま」等の語を記して消せるも

     のなどに詩想の混乱の跡さへ見ゆるも尚

     筆を捨てず

[やぶちゃん注:「唐突」は原本「突唐」であるが、これは原本の植字ミスであろう。また、ここ以下は原本をかなり中略している。]

と佐藤が解説しているように、これに類似した詩が幾つかくりかえし書いてあって、「然も詩魔はなほ退散することなく、更に第何回目かに出直して、」つぎのような詩を書いている。

[やぶちゃん注:「更に第何回目かに出直して」は原本「更に第何回目かを出直して」。]

  ひとり葉巻をすひ居れば

  雪はかすかにつもるなり

  かなしきひともかかる夜は

  幽かにひとりいねよかし

 

  ひとり胡桃を剥き居れば

  雪は幽かにつもるなり

  ともに胡桃を剥かずとも

  ひとりあるべき人ならば

[やぶちゃん注:この最後の四行詩は上部(横書きでは左側)四行総てに渡る音楽記号のスラー(丸括弧の始まり)のような記号が附されている。]

この最後の小曲の後半の「ともに胡桃を剥かずとも、ひとりあるべき人ならば」という二節は、言外に意味ありげな感じがある。しかし、その意味は、つぎにうつす詩を読めば、ほぼ悟れる。

  初夜の鐘の音〔ね〕聞〔きこ〕ゆれば

  雪は幽かにつもるなり

  初夜の鐘の音消えゆけば

  汝〔な〕はいまひとと眠るらむ

 

  ひとり山路を越えゆけば

  月は幽かに照らすなり

  ともに山路を越えずとも

  ひとり寝ぬべき君なれば

 

[やぶちゃん注:二首目の二行目「月は」には原本では「ヽ」傍点がある。宇野のミス。]

 これらの詩を読みつづけながら、私は、本音〔ほんね〕か、絵空事〔えそらごと〕か、と迷うのであるが、纂輯者の佐藤は、これらの小曲の書きつづられてある冊子について、「かくて第二号冊子の約三分の一はこれがため空費されたり。徒〔いたづ〕らに空しき努力の跡を示せるに過ぎざるに似たるも、亦以て故人が創作上の態度とその生活的機微の一端を併せ窺ふに足〔た〕るものあるを思ひ敢て煩を厭はずここに抄録する所以なり、」と述べている。

 ところで、抑〔そも〕、これらの「かなしきひと」、「ひとりあるべき人」、「汝」、「ひとり寝ぬべき君」、などと読〔よ〕まれているのは、いずこいかなる『人』であるか、それは、現実の人か、はた、空想(あるいは夢)の人か。

 ここで、又、佐藤が仮〔かり〕に『老〔おい〕を待たんとする心と妬〔ねた〕み心と』という題をつけている第三号冊子から抜き書〔か〕きして見よう。

  雨にぬれたる草紅葉

  侘しき野路をわが行けば

  片山かげにただふたり

  住まむ藁家〔わらや〕ぞ眼に見ゆる

 

     ふたりかの草堂に住み得て願ひは農に老

     いんといふにありしが如し――

[やぶちゃん注:原本では佐藤の注の最後は「如し。――」と句点がある。なお、この詩は第二号冊子の末にも全くの相同形で出現している。宇野の謂いでは、三号冊子になって初めて現れるような書き方をしているので、注意を喚起しておく。]

 

  われら老いなばもろともに
  

穂麦もさはに刈り干さむ

  夢むは

  穂麦刈り干す老〔おい〕ふたり

  明〔あか〕るき雨もすぎ行けば

  虹もまうへにかかれかし

 

  夢むほとほき野のはてに

  穂麦刈り干す老ふたり

 

  明るき雨のすぎゆかば

           らじや

  虹もまうへにかか れとぞ(消)

           れとか(消)

 

[やぶちゃん注:最終行は底本では「虹もまうへにかか」の下に記号「{」を配して、三つの句が記されている。但し、三つ目の「れとか」は原本「れかし」で、宇野のミスである。]

 

  ひとり胡桃を剥き居れば

  雪は幽かにつもるなり

  ともに胡桃は剥かずとも

  ひとりあるべき人ならば

 

     見よ我等はここにまた『或る雪の夜』に

     接続すべき一端緒を発見せり、宛然八幡

     の藪知らずなり。

 ところで、それからは、又、似たやうな小曲が七八〔ななやつ〕つ書いてあるが、その中の初めの三〔みっ〕つ四〔よっ〕つには、「みな、穂麦刈り干す老〔おい〕ふたり」と「遠き野のはてに」という句がはいっている。ところが、その後〔あと〕の方には、

  雨はけむれる午〔ひる〕さがり

  実梅の落つる音きけば

  ひとを忘れむすべをなみ

  老を待たむと思ひしが

 

[やぶちゃん注:最終行は原本「思ひしか」。宇野のミスか、誤植である。]

というような詩が書いてあって、それから、又、つぎにうつすような、詩の断片のようなものが、書きつづってある。

  ひとを忘れむすべもがな

  ある日は古〔ふる〕き書〔ふみ〕のなか

  (ママ)

  月[香と書きて消しあるも月にては調子の上にて何とよむべきか不明]も消ゆる

  白薔薇〔しろばら〕の

 

[やぶちゃん注最終行は原本「思ひしか」。宇野のミスか、誤植である。新全集の「『澄江堂遺珠』関連資料」を見ても「か」である。ところが、後の旧全集の「未定詩稿」では、「思ひしが」となっている。ここは宇野が思わず「思ひしが」としてしまったように、詩想からは、「か」ではなく「が」の、芥川自身の誤記であろう。]

 

  ひとを忘れむすべもがな

  ある日は秋の山峡に

 

     ……中絶して「夫妻敵」と人物の書き出しありて、

     王と宦者との対話的断片を記しあり……

 

[やぶちゃん注:「対話的断片を記しあり……」は原本「対話ある戯曲的断片を記しあり……」で大きく異なる。]

 

  忘れはてなむすべもがな

  ある日は□□□□

 

[やぶちゃん注:この間、原本の二つの詩篇断片を省略している。]

 

  牧の小川も草花も

  夕〔ゆふべ〕となれば煙るなり

  われらが恋も□□□

 

[やぶちゃん注:この間、原本の四つの詩篇を省略している。]

 

  夕となれば家々も

  畑なか路も煙るなり

  今は忘れぬ□□□□

  老〔おい〕さり来〔く〕れば消ゆるらむ

     別にただ一行

     「今は忘れぬひとの眼も」

     と記入しあるも「ひとの眼も」のみは抹殺せ

     り。

     かくて、老の到るを待つて熱情の自らなる

     消解を待たんとの詩想は遂にその完全な

     る形態を賦与されずして終りぬ。この詩

     成らざるは惜むべし。

     然も甚だしく惜むに足らざるに似たり。

     最も惜むべきは彼がこの詩想を実現せず

     してその一命を壮年にして自ら失へるの

     一事なりとす。

 さて、これらの詩のつぎに、佐藤が仮りに、『ねたみ心』という題をつけた、数篇の小曲が書いてある。つぎに、それらの詩を抜き書きして見よう。

  ひとをころせどなほあかぬ

  ねたみごころもいまぞしる

  垣にからめる薔薇の実も

  いくつむしりてすてにけむ

 

  垣にからめる薔薇の実も

  いくつむしりて捨てにけむ

  ひとを殺せどなほあかぬ

  ねたみ心に堪ふる日は

 

     同じ心をうたひて『惡念』と題したるは

 

  松葉牡丹をむしりつつ

  人殺さむと思ひけり

  光まばゆき昼なれど

  女ゆゑにはすべもなや

 

  夜ごとに君と眠るべき

  男あらずはなぐさまむ

 

     右二句はこれを抹殺しあり。蓋しその發

     想のあまり粗野端的なるを好まざるが

     故ならんか。然もこの実感はこれも歌は

     でやみ難かりしは既に『惡念』に於て我等

     これを見たり。更に冊子第一冊中

[やぶちゃん注:佐藤の注の最後の「更に冊子第一冊中」は原本「更に、冊子第一号中」で、引用の誤り。]

 

  微風は散らせ柚の花を

  金魚は泳げ水の上を

  汝〔な〕は弄〔もてあそ〕べ画団扇を

  虎疫〔ころり〕は殺せ汝が夫〔つま〕を

                   夏

 

[やぶちゃん注:この「虎疫〔ころり〕は殺せ汝が夫〔つま〕を」のこの二箇所のルビは例外的に原本にある。]

     と云ひ、なほ別に一佳篇を成すあり。――

 

  この身は鱶〔ふか〕の餌ともなれ

  汝を賭け物に博打たむ

  びるぜん・まりあも見そなはせ

  汝〔な〕に夫〔つま〕あるはたへがたし

           船乗りのざれ歌

     嗟〔ああ〕人殺さざりし彼は遂に自らを殺せしなるか。非か。

[やぶちゃん注:「嗟〔ああ〕」のルビは例外的に原本にもある。]

 

  ひとをまつまのさびしさは

  時雨〔しぐれ〕かけたるアーク燈

  まだくれはてぬ町ぞらに

  こころはふるふ光かな

 

     その他単独の短章にして作者自身×印を

     以て題に代へたる作十章あるも、こは完作

     とし、て既に全集中に収録されあるを以て、

     ここには抄出することなし。ただ二三句

     のみに止まりて未だ章を成さざれども趣き

     に富めるものを玉屑として拾ひ得て試み

     に次に示さんか。

[やぶちゃん注:「趣き」は原本「趣」。]

 

  旃檀の木の花ふるふ

  花ふるふ夜の水明り

  水明りにもさしめぐる

  さしめぐる眼は□□□

 

  こぼるる藤に月させど

  心は□□□□□□□

 

  しみらに雪はふりしきる

  □□□□□□秋の薔薇に

 

     この類なほ入念にこれを求めなば、さすが

     に一代の名匠が筆端より出でし字々句々

     皆その片鱗神采陸離たらざるはなく、ただ

     二三にして足るべからず。就中〔なかんづく〕、

[やぶちゃん注:「神采」は「神彩」とも書き、すぐれた風貌のこと。]

 

  ゆふべとなれば海原に

  波は音なく

  君があたりの

  ただほのぼのと見入りたる

  死なんと思ひし

 

[やぶちゃん注:原本では「死なんと思ひし」は前後に有意な空行があり、独立した一行。]

 

  入日はゆる空の中

  涙は落□□□□□□

 

  部屋ぬちにゆふべはきたり

  椅子卓〔つくゑ〕あるは花瓶〔はながめ〕

  ものみなはうつつにあらぬ(この三行消)

 

     これらの句はやや長き一篇の連続的砕片

     とも見るべき、一頁中に或は二三行或は

     三四行おきに散記せるもの、或は故人が「死

     と戯れたり」と称する鵠沼の寓居の一夕を

     詠出せんとせしに非ざるかを疑はしめて

     唐突たる「死なんと思ひし」の一句は作者が

     後日の「美しけれどそは悲しき」かの自裁あ

     るを以てか、慄然として人を寒からしむ。

     かく閲〔けみ〕し来れば一把の未定詩稿は故人が

     心中の消息を伝へて余りあり。語らずし

     て愁なきに似たりし故人が双眸に似て幽

     麗典雅なるその遺詩は最も雄弁なる告白

     書に優るの観を呈するに非ずや。

[やぶちゃん注:佐藤の注の「見るべき、」は原本「見るべく。更に後半が省略されている。ここは因みに原本の掉尾の直前である。]

 右の佐藤の解説の終りの方の言葉について、私は、私なりに、意見のようなものを、持っているが、それついては後に述べるつもりである。それから、やはり、右の佐藤の解説のはじめの方の「或〔あるひ〕は故人が『死と戯れたり』と称する鵠沼の寓居」という一節があるが、この家については私は痛ましい思い出を持っているけれど、これも後に述べたいと思っている。

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