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2012/06/11

生物學講話 丘淺次郎 五 生物とはなにか

これで「第一章 生物の生涯」が終わる。



     五 生物とはなにか

 

 前に述べた通り、生物の生涯は食うて産んで死ぬといふ三箇條に約めて觀ることが出來るが、これだけは先づ總べての生物に通じたことで、生物以外には見られぬ。食わぬ生物、産まぬ生物、死なぬ生物など、一見しては例外の如くに思はれるものがないでもないが、これらもよく調べて見ると、決して眞に食はず産まず死なぬわけではなく、たゞ親が澤山に食うて置いてくれた故に、子は食ふに及ばぬとか、姉が餘分に産んでくれる故に、妹は産むに及ばぬとかいふ如き分業の結果に過ぎぬ。また死ぬ死なぬは、單に言葉の爭で、個體の生存に一定の期限のあることは、死なぬと稱せられる生物でも他に比して少しも變りはない。されば、生物とは何かといふ問に對しては、森羅萬象の中で、食うて産んで死ぬものを斯く名づけると答へて大抵差支へはなからう。

 然らば所謂無生物には之に類することは全くないかといふと、その返答は少々困難である。普通の石や金が食ひもせず産みもせぬことは明瞭であるが、鑛物の結晶が次第に大きくなるのは、外から同質の分子を取つて自分の身體を増すのであるから、幾分か物を食うて成長するのに似て居る。又一個の結晶が破れて二片となつた後に、各片の傷が癒えて二個の完全な結晶となる場合の如きは、如何にもある種類の生殖法に似て居る。然しながらこれらの例ではいづれも初めから同質の分子が表面に附着するだけで、前からあつた部分は舊のまゝで少しも變化せぬから、素より生物が物を食ひ子を産むのとは大に違ふ。生物が物を食ふのは、自分と違つたものを食うて自分と同じものとする。例へば、牛に食はれた草は變じて牛の身體となり、鯉に食はれた蚯蚓は變じて鯉の身體となるが、斯かることは無生物では容易に見出せない。それ故一寸考へると、この事の有無を以て明に生物と無生物との區別が出來るやうであるが、よく調べて見ると、無機化合物の中にも多少之に類することを行ふものがあるから、結局生物と無生物の間には判然たる境は定められぬことになる。また一方理屈から考へて見ても判然たる境のないのが當然である。

 元來、生物の身體は如何なる物質から成つて居るかと分析して見ると、植物でも動物でも皆炭素・水素・酸素・窒素などといふ極めて普通にありふれた元素のみから出來て居て、決して生物のみにあつて無生物には見出されぬといふ如き特殊の成分はない。これらの元素は水や空氣や土の中に殆ど無限に存在するもので、これが植物に吸はれて暫時植物の體となり、次に動物に食はれて暫時動物の體となり、動物が死ねば更に分解して舊の水・空氣・土に歸つて再び植物に吸はれる。されば今假に炭素か窒素かの一分子の行衞を追うて進むとすれば、或時は生物となり、或時は無生物となつて常に循環する。而して生物から無生物になるときにも、無生物から生物になるときにも、決して突然變化するわけではなく、無數の細かい階段を經て漸々一歩づゝ變化するのであるから、到底こゝまでが無生物でこゝから先が生物であるといふ如き判然した境のある筈がない。これらに就ては次の章と終の章とで更に述べる故、ここには略するが、自然界に於ける生物と無生物との間には決して線をもって區劃することの出來るやうな明な境はなく、恰も夜が明けて晝となり、日が暮れて夜となる如くに移り行くもの故、生命の定義なるものを考へ出さうとすると必ず失敗に終わる。スペンサーの著した『生物學の原理』といふ書物の中には、哲學者流の論法で「生活の現象とは内的の關係が外的の關係に絶えず適應して行くことである」との定義が掲げてあるが、これは樣々に考えた末に出來上がった定義が、生物に當て嵌まる外に、空にある雲にも當て嵌まるので、更に雲を除外するように訂正して得た所の最後の定義である。その詳しい説明は暗記しても居らず、又こゝに掲げる必要もないから略するが、著者の如き哲學者にあらざる者から見ると、斯かる定義は單に言葉の遣ひ分けの巧なる見本として面白いのみで、眞の知識としては何の價値もないやうに思はれた。本書に於ては、生物とは何ぞやといふ問に對して、生命の定義を以て答へる如きことをせず、ただ生物は食うて産んで死ぬといふ事實だけを認めて、今よりこれに就て少しく詳細に述べて見やう。これだけの事實は生物の九割九分以上には適し、無生物の九割九分以上には適せぬから、所謂、定義なるものよりは餘程確である。

[やぶちゃん注:「スペンサー」の部分は表記通りの傍線。ハーバート・スペンサー(Herbert Spencer 一八二〇年~一九〇三年)はイギリスの哲学者・社会学者。一八五二年に“The Developmental Hypothesis”(発達仮説) を、一八五五年に“Principles of Psychology”(心理学原理)を出版後、「社会学原理」「倫理学原理」を含む“A Systemof Synthetic Philosophy”(『総合哲学体系』一八六二年から一八九六年までの三十五年をかけて完成させるなど、多くの著作をものした。これらの著作はかれの“evolution”(「進化」)という着想に貫かれており、現在のダーウィニズムの「進化」という概念や、我々がダーウィンの言葉と誤解している“survival of the fittest”(「適者生存」)という言葉は、実はダーウィンの進化論発表の直前に示された彼スペンサーによる概念及び造語である。丘先生が若かりし日の一八八〇年から九〇年代の明治期の日本では、スペンサーの著作が数多く翻訳され、『スペンサーの時代』と呼ばれるほどで、一八六〇年に出版された“Education”(教育論)は、尺振八の訳で一八八〇年に「斯氏教育論」と題して刊行され、『スペンサーの教育論』として人口に膾炙した。また、その社会進化論に裏打ちされたスペンサーの自由放任主義や社会有機体説は、当時の日本における自由民権運動の思想的支柱としても迎えられ、数多くの訳書が読まれた(以上は主にウィキハーバート・スペンサーに拠った)。

『生物學の原理』“Principles of Biology” は一八六四年の刊行。但し、ここに示されている生物の定義は一八八三年の“First Principle”(第一原理)によるもののようである(挾本佳代氏の以下ページを参照)。挾本氏よれば、スペンサーの「生物」概念の定義は、

①「個体を群体から切り離すことは出来ない。」

②「個体数概念は、必然的に食糧概念を要求する。」

③「生命とは、内的関係と外的関係との持続的な調整である。」

という三命題によって構成されている、とある。――が――生物学者である丘先生の、それへの『著者の如き哲學者にあらざる者から見ると、斯かる定義は單に言葉の遣ひ分けの巧なる見本として面白いのみで、眞の知識としては何の價値もないやうに思はれ』るという言は痛烈にして痛快である。]

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