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2012/06/11

耳嚢 巻之四 疱瘡神狆に恐れし事

 疱瘡神狆に恐れし事

 

 軍書を讀て世の中を咄し歩行(ありく)栗原幸十郎と言る浪人の語りけるは、同人妻は五十じに近くしていまだ疱瘡をせざる故、流行の時は恐れけるが、近所の小兒疱瘡を首尾克仕廻(よくしまひて)て幸十郎が門へ來りしを抱て愛し抔せしが、何と哉(や)らん襟元より寒き心地しければ、早々に彼(かの)子を返し枕とりて休しに、何とやらん心持あしく熱も出るやうなる心持の處、夢ともなく風與(ふと)目を明き見れば、側へ至つて小さき婆々の、顏などは猶更みぢかきが、我は疱瘡の神也、此所へ燈明を燈し神酒(みき)備(そなへ)を上げて給はるべしといいける故、召使ふ者に言付て神酒備をも取寄、燈明をも燈しけるに、兼て幸十郎好みて飼置ける狆(ちん)六七疋もありしが、右婆々見へけるにや大にほへければ、彼婆々は右狆をとり除(のけ)給へといゝけれども、渠(かれ)はあるじの愛獸也、主は留守なればとり除る事叶(かなひ)難しと答へけるに、頻りに右の狆ほへ叫びける故にや、彼婆々は門口の方へと寄ると見へしが跡もなし。幸十郎は外へ用事ありて歸りけるに、燈明など灯し宿の様子ならねば、是を尋問ひしにしかじかの事妻の語りける故、大に驚き召仕男女に尋しに、様子はわからねど妻が神酒備を申付何かひとつ言をいゝし事、狆の吠へ叫びし事迄相違なき由かたりしが、右婆々歸りて後は妻心持もよく、熱もさめて平生に復しけるとなり。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:妖狐のやんごとなき男に化ける話から、疱瘡神の婆となる話で直連関。

・「狆」日本原産の愛玩犬の一品種。英語でも“Japanese Chin”と呼ぶ。以下、ウィキの「狆」より引用する。『他の小型犬に比べ、長い日本の歴史の中で独特の飼育がされてきた為、抜け毛・体臭が少なく性格は穏和で物静かな愛玩犬である。 狆の名称の由来は「ちいさいいぬ」が「ちいさいぬ」、「ちいぬ」、「ちぬ」とだんだんつまっていき「ちん」になったと云われている。 また、【狆】と云う文字は和製漢字で中国にはなく、屋内で飼う(日本では犬は屋外で飼うものと認識されていた)犬と猫の中間の獣の意味から作られたようである。 開国後に各種の洋犬が入ってくるまでは、姿・形に関係なく所謂小型犬の事を狆と呼んでいた。 庶民には「ちんころ」などと呼ばれていた』。『祖先犬は、中国から朝鮮を経て日本に渡った、チベットの小型犬と見られ』るが、現在は、シーボルトの記述に拠る『戦国時代から江戸時代にかけて、北京狆(ペキニーズ)がポルトガル人によってマカオから導入され、現在の狆に改良された』という説が定説のようである。『室町時代以降に入ってきた短吻犬や南蛮貿易でもたらされた小型犬が基礎となったと思われ』、江戸期では享保二十(一七三五)年に清国から輸入された記録が残るとする。『狆の祖先犬は、当初から日本で唯一の愛玩犬種として改良・繁殖された。つまり、狆は日本最古の改良犬でもある。とは言うものの、現在の容姿に改良・固定された個体を以て狆とされたのは明治期になってからである。 シーボルトが持ち出した狆の剥製が残っているが日本テリアに近い容貌である。 つまり小型犬であれば狆と呼ばれていた事を物語る』。犬公方第五代将軍徳川綱吉の治世下(一六八〇年~一七〇九年)にあっては、江戸城内『で座敷犬、抱き犬として飼育された。また、吉原の遊女も好んで狆を愛玩したと』され、「狆育様療治」という書によれば、『狆を多く得る為に江戸時代には今で言うブリーダーが存在し、今日の動物愛護の見地から見れば非道とも言える程、盛んに繁殖が行われていた。本書は繁殖時期についても言及しており、頻繁に交尾させた結果雄の狆が疲労したさまや、そうした狆に対して与えるスタミナ料理や薬』に関する記述がある。『近親交配の結果、奇形の子犬が産まれることがあったが、当時こうした事象の原因は「雄の狆が疲れていた為」と考えられていた』 という。本執筆は寛政八(一七九六)年であるから、この享保二十(一七三五)年の清国からの輸入を起点に、約六十年で庶民レベルまで狆の飼育が大々的に広がったと考えられる。

・「軍書を讀て世の中を咄し歩行」軍記や武辺物などを講釈する芸人。「軍記読み」「軍書読み」「軍談師」とも呼ばれた、現在の講釈師のこと。

・「疱瘡」天然痘。「卷之三」の「高利を借すもの殘忍なる事」の私の注を参照されたい。

・「五十じ」底本には右に『(五十路)』と傍注する。

・「克仕廻(よくしまひて)て」は底本のルビであるが、「て」のダブりはママ。

・「備(そなへ)」は底本のルビ。御供物のこと。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 疱瘡神は狆を恐れるという事

 

 軍記や武辺物を読んで生業(なりわい)と致いておる栗原幸十郎という浪人者が語った話で御座る。

 彼の妻は五十に近かったが、未だに疱瘡にかかったことがなかったがため、疱瘡流行の折りには、なにかと恐れて御座った。

 そんな小さな流行りのあったある時、近所の可愛がって御座った子供が、首尾よく疱瘡の軽くしてすんだとて、病み上がりの直ぐ後日に、幸十郎が家(や)の戸口へと遊びに来たを、抱いてあやいたり致いておったところが……何やらん、襟元より――ゾゾっと――寒気を感じたによって……早々にその子を家へと送り……自宅に戻るとすぐに、枕をとって横になった。……

 ……何やらん、気持ちも悪うなって参り、熱も出始めておる様子なれば……夢とも現(うつつ)とものう……ふっと……目を開けてみた……ところが……

……床のそばに……

……小さな小さな……

……老婆が……座って御座った――

……その老婆のその顔……

……これがまた……

……体の小ささに輪をかけて……

……異様に更に更に……

……小さい――

……その奇態な老婆が口を開いた。

「――我は疱瘡の神じゃ――ここへ灯明を灯し――神酒(みき)に供物を――あげて給(たも)れ――」

とのこと。

 熱に朦朧とする意識の中、かの妻は召使(つこ)おておった者を呼んで言いつけると、お神酒とお供えなんどを取り寄せさせ、灯明をも灯して御座った。

 さて、この家(や)にはかねてより幸十郎が好きで飼って御座った狆(ちん)が、これ、六、七匹も室内におったが……

……彼ら狆には……

……もしや、この老婆が見えたものか……

――突如として、一斉に――

――!!!!!!!――

――狆どもが、激しく吠えたてる――

すると、かの老婆は、

「……あふぁ、ふぁあ、ふぁ!……こ、この、ち、ち、チンども!……ど、どこぞへ、と、取り除けて、お呉れ、や、ん、し!……」

と懇請する。かの妻、

「……あれらは主(あるじ)の愛犬で御座います。主は留守なれば、他の者のいうことは、これ、きかざればこそ、とり除けるは難しゅう御座います。……」

と熱に魘されるように答えた。

 さても――頻りに、かの狆が吠え叫んだ故か――かの小さな老婆――家の門口の方へと――すうっと寄って行ったかと見えた――が――そのままあとかたものう消えてしもうた。――

 さて、幸十郎、用事を済ませて外から戻ってみると――

――何やらん、辛気臭い灯明が灯され、見たこともない御神酒やら供物やらが立ち並んで御座る……

――我が家とも思えぬ様子なればこそ

――何が御座った、女房殿?

――妻は答える、しかじかと

――大いに驚き、召し使う

――男女に、委細尋ぬれば

――ようは分からぬ、奥様が

――お神酒お供物、命ぜられ

――何やら、誰かに喋るよに

――独り言をば、申されし

――それに加えて今一つ

――狆の頻りに吠えつきし

――それらのことは、相違なし……

……と、口を揃えて証言致いて御座った。

 而して付け加えておくと――かの老婆が消え去ってより後は、妻の具合はようなって、熱もさめて、すっかり普通の体調に復した――とのことで御座ったよ。

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