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2012/07/05

耳嚢 巻之四 目黑不動門番の事

 目黑不動門番の事

 

 目黑不動の門番、眼を病みて兩眼とも痛みて苦しみける故、藥など用ひて其しるしもなければ、心安き陰陽師(おんやうじ)に八卦(はつけ)を置貰(おきもら)ひけるに、彼陰陽師筮(ぜい)をとりて、是は佛神の罰し給ふ所也といひしに、驚き候躰(てい)にかへりしが無程眼病癒し故、如何なし給ふと尋ければ、誠に卜筮(ぼくぜい)の通(とほり)佛罰を受し也(なり)、恐るべし恐るべしといひしが、無程一眼又々惡敷(あしく)成しを尋て、彼陰陽師切に尋問(たづねと)ひしかば、門番答へけるは、我等年久敷(ひさしく)門番をなせしに、日暮境内の門を〆て後も、參詣の者ありて門外より賽錢を投入れ候て拜する者少なからず、右投入し賽錢を我々の所持として、好める酒にかへて年月を過しぬ、卦面(けめん)に佛罰との給ふに考合(かんがへあは)すれば、誠に是ならんと不動へ深く懺悔して誤をのべて祈誓せしに、不思議に兩眼共其病ひ癒へけるに、右門へ投入(いる)る賽錢を所持とせざれば好める酒も呑(のむ)事なりがたく、其悲しさ右投入るゝ賽錢を半分は不動へ納(をさめ)、半分は酒の價(あた)ひとなしけるに、又一眼かくの如し、と懺悔しとや。目黑不動尊も勘定筋はくわしき佛と、おかしさの儘爰に記しぬ。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:妖狐教訓譚から仏罰教訓談へ。本話は私には――眼病の「目」――目黒の「目」――八卦の「目」――賽銭鳥目の「目」――番人と不動の目算のその相違の「目」――といった類感的側面が、まっこと、興味深いのである。

・「目黒不動」東京都目黒区下目黒にある天台宗泰叡山瀧泉寺(りゅうせんじ)の通称。本尊不動明王は江戸五色不動(目黒・目白・目赤・目黄・目青)の一つとして知られる。江戸五色不動とは目の色ではなく、五方角(東・西・南・北・中央)を色で示したもので、一般には江戸城(青:江戸城紅葉山付近に創建された最勝寺教学院。現在は世田谷区太子堂に移転)を中心として水戸街道(黄:現在の墨田区東駒形隅田川畔に創建された最勝寺。現在は江戸川区平井に移転)・日光街道(黄:台東区三ノ輪の永久寺)・中山道(赤:文京区本駒込の南谷寺)・甲州街道(白:豊島区高田の金乗院)・東海道(黒:瀧泉寺)五街道起点附近より内側の江戸御府内を結界とする機能を持つと考えられているようである。

・「陰陽師(おんやうじ)」は歴史的仮名遣ではこう表記し、読む際に連声(れんじょう)で「おんみょうじ」「おんにゃうじ」となる。歴史的仮名遣で「おんみやうじ」とは表記しないということである。

・「勘定筋」ものを計算すること、財政収支決算の分野、という意味であろうが、私はこの頃、根岸が罪刑を計量して処罰を下すことを日々の主要な仕事としていた公事方勘定奉行であったことを考え合わせれば、単に収支決算という意味ではなく、番人への違反相当の追徴金や当該犯罪行為への処罰の勘案といったニュアンスが含まれていると感じる。訳ではそれを出した。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 目黒不動門の門番の事

 

 目黒不動の門番が目を病んで、両眼とも激しく痛み、あまりに堪え難かった故、薬なんども用いてはみたものの、一向に効き目がない。そこで親しくして御座った陰陽師に八卦を占(うらの)うて貰(もろ)うたところ、陰陽師は最後の筮竹を取り置いて目を見た後、

「――これは――神仏が貴殿を罰せられたもの――と出て御座る。――」

と告げたところ、門番は驚愕の体(てい)ながら、そのまま何やらん、むっとしつつも黙ったまま、帰って行って御座った。

 が、ほどのう、かの陰陽師、たまたま出逢(お)うたかの番人に声を掛けて訊ねたところが、眼病はすっかり癒えたとのこと故、陰陽師が、

「如何なる『処置』を、これ、なされた?」

と訊ねた。ところが、番人はただ、

「……いやいや……まっこと卜筮(ぼくぜい)の通り……いやいや……仏罰を受けて御座ったじゃて……いやいや……恐るべし……恐るべし……」

と独り言の如、呟いておったそうな。

 ところが――ほどのう――またしても――片眼が悪うなった――とのことなれば、かの陰陽師、己れの八卦への自信もあればこそ、番人に詰め寄り、執拗(しゅうね)くその辺りに謂われあらんと問い質いたところ……門番は、やっと重い口を開いた。

「……我ら、永年、目黒のお不動さんの門番をして御座ったが……毎日、日暮れとともに境内の門を閉めるが勤めじゃ。……ところが閉めた後も参詣の者がおって、の……門外より、賽銭を投げ入れては拝む者、これ、少のうないのじゃ。……さても……かく投げ入れられた賽銭……その鳥目……これ実は永らく、我らが役得と致いて参ったものに御座って、の……それを好める酒に代えては……永の年月、暮らいて御座ったのじゃ。……なれど……過日、お主の打った八卦の目がしろしめしたところが……仏罰とのたまうたのと、これを考え合わすれば……まっこと、この役得と致いてきたことが……これ、悪因ならんと感じ入って、の……お不動さまへ深く懺悔致いて……我らが誤れる賤しき行いを総て述べ曝して……仏前に心より祈誓致いたのじゃ。……すると……不思議に両眼ともに、かの執拗(しゅうね)き病い……これ、嘘のように癒えて御座ったじゃ。……じゃが、の……かの閉じた門の内へと投げ入れらるる、かの鳥目……これ、役得とせずんば……好める酒も、これ、呑む能はざるが如し、じゃて、の……さもしい、さもしい、我らの哀しさじゃ……またぞろ、かの落ち散らばった鳥目を……半分はお不動さまへ納め、残りの半分は……これまた、酒を買(こ)うための価いと致すに至ったので御座る……ところが……そうしたら、の……またしても、の……今度は、片方の眼(めえ)、だけ……かくの如くなったじゃて…………」

と懺悔致いて語った、とかいうことで御座る。

 ――いや――目黒不動尊も金銭勘定収支決算、当該追徴処罰勘案に至るまで――まっこと、細かい仏ならん、と可笑しく思うたによって、ここに記しおいたもので御座る。

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