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2012/08/11

耳嚢 巻之四 俄の亂心一藥即效の事

 俄の亂心一藥即效の事

 

 予が許へ來る木村元長が方へ數年出入せる者、元長親の印牧玄順が隱宅へ見廻に、元長が方の僕と連立て行しが、夜に入り歸りて我宿へも皈(かへ)り又來りけるが、眼血走り顏色殊外靑く不常(つねならざる)事のみいひ罵りける故、元長全(まつたく)の亂心と思ひける故、紫雪(しせつ)を貮三匁(もんめ)呑(のま)して無理に臥らせけるが、翌朝に至りて平日の如く也しとかや。留守見廻(みまひ)に至りて酒をものみけるが、藥は町家の手代をいたし重立取計(おもだちとりはから)ひし者ながら、主人の弟近比來りて同居をなして殊外不知(ことのほかしらず)なれば、兼て逆上の上に、酒を呑て一旦精神を失ひし故、逆上おさへるは黄金の氣に右藥を合せたる紫雪なれば、さも有べき事也と爰に記ぬ。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:特に感じさせない。これは呪(まじな)いの類ではなく、当時としては立派な処方箋で、本巻冒頭の「耳に虫の入りし事」から続く(それ以前の巻にもまま見られた)、一連の医師処方譚である。なお、本話は精神医学的な観点からも面白い内容で、心理学好きの私としては、各所にリアルな解釈を付加した翻案をさせて貰った。本話を読むと私は「日本の法医学鑑定」(みすず書房)で読んだケース(しばしば授業で心神喪失無罪の例として挙げた話で覚えている生徒諸君も多いであろう)、自身がアルコール不耐症であることを知らずに酩酊、理由なく愛妻にガソリンをかけて焼殺した昭和四一(一九七六)年に東京都文京区で起こった事件を思い出した(因みに今日、この精神鑑定書を読み返してみると、判決の心神喪失による無罪は問題ないとしても、事件の細部は、教え子に話したほどには単純ではなかったことが分かった。しかし、実に不幸な事件ではあった)。

・「木村元長」小児科医。「卷之五」の「疱瘡神といふ僞説の事」に登場、『予が許へ來る木村元長といへる小兒科』とある。

・「印牧玄順」医師。馬場文耕「当代江都百化物」(宝暦八(一七五八)年序)に玄順の未亡人のゴシップ記事「鳴神比丘尼ノ弁」が載るが(リンク先はサイト「海南人文研究室」内資料。この話自体、大変面白い。剃髪した貞女は実は不倫関係の永続を求めてのことであったというとんでもない話である)、これを読むと「印牧玄順」と言う名跡は代々継がれていることが分かり、時代的にもこの中に載る『玄順病死シテ高根玄竜事、今ハ印牧玄順ト改名シケリ』という人物よりも、一~二代後の「印牧玄順」であると思われる(宝暦八年では本巻執筆推定の寛政九(一七九七)年よりも凡そ四十年も遡ってしまうからである)。「デジタル版 日本人名大辞典」に江戸後期医師で、文政元年に伊予松山藩に招かれて侍医となり、「霊医言」などの医書を残した脇田槐葊(わきたかいあん)という人物の解説中に、彼が印牧玄順に学んだとある。しかし、この槐葊の生年は天明六(一七八六)年で今度は少々若過ぎる感じで、この槐葊の師である「印牧玄順」かその先代という感じである。う~む、今少しなのだが、むず痒い。

・「眼血走り顏色殊外靑く」岩波のカリフォルニア大学バークレー校版では「靑く」が『赤く』とある。ヒステリー症状からは赤熱した状態の方が自然であるようにも思えるが、急性アルコール中毒からのチアノーゼの症状として、蒼白でもおかしくない。

・「紫雪」紫雪丹。鉱物性多味配合薬。――多くの辞書には、加賀地方に江戸時代から伝承される家庭薬で、内服用の練り薬で熱病・傷寒・酒毒・吐血・食滞などのときに用いる、とある。アルジャーノン・ミットフォードの「英国外交官の見た幕末維新」によれば、慶応三(一八六七)年にイギリス人外交官であったミットフォードとアーネスト・サトウが立ち寄った金沢城下に別れを告げる下りで、『八月十四日の朝、再来を請う人々の声に送られて、名残を惜しみながら別れを告げ、再び旅の途についた。宿の主人は自分の義父がやっている薬屋に立ち寄って、あらゆる病気に効く万能薬で、硝石と麝香(じゃこう)から作った紫雪(しせつ)という素晴らしい薬を買うように勧めた現れた』。『当時は、まだ漢方の医学が全盛の頃で、なかでも鍼療法や灸治療が痛いけれどよく効くとされていたのだが、我々としては、その治療を、あえて受ける覚悟はできていなかった。そこで我々は、謝意を表し、治療を受けない口実として健康には全く心配ないと申し立てた」(第三章「加賀から大坂への冒険旅行」より。但し、柴崎力栄氏のブログ「研究と教育」の「ミットフォード、金沢で鍼灸と紫雪丹を勧められる」からの孫引き)とある。――しかし、例えば底本の鈴木氏は「本草」を引用、『唐代には臘日に群臣に下賜された』中国伝来の漢方医薬とする(「臘日(ろうじつ)」とは中国の習慣で、年末に行われた祖先と神との祭祀を合同させた「臘祭」を行った日。「臘」は「猟」に通じて猟で得た獣を祭壇に生贄として供えたとされる)。――中国三千年の妙薬と加賀石川の家庭薬……何だ? この極端な差は?――そこで更に調べてみると――この中医薬としての「紫雪丹」は高熱・筋攣縮・意識障害・煩躁などに処方し、清熱鎮痙の効果を有するとするものの(本話のような突発的な癲癇性発作を含むと思われる精神障害寛解に一致している)、その調合素材に至っては――牛黄を始めとして、石膏・寒水石・滑石・磁石・甘草・芒硝・硝石・丁香・沈香・麝香・犀角・羚羊角などなどといった素材が並んでおり(漢方関連サイトの記載により異なる)、町方の医師が、緊急救命時に簡単にぽんと調合可能な素材群とはとても思えない。牛黄や沈香・麝香・犀角・羚羊角などに至っては稀品にして高価なことこの上あるまい。こんなものを下僕の発作の緊急治療薬に簡単に配合するとは――私は――思えないのである。――そこで、更に拘って検索をかけてみると――出た! 安土桃山時代の医師で吉田宗恂(そうじゅん 永禄元(一五五八)年~慶長一五(一六一〇)年)という人物が挙がってくる(彼の、京都の土倉業の実家を継いだ兄は、琵琶湖疏水の設計者として、また、戦国期の京都の豪商として知られる角倉了以(すみのくらりょうい)である)。当初は侍医として豊臣秀次に仕え、後陽成天皇の病気に献薬して奏効を示して法印に叙せられている。後に徳川家康に召されて東下、家康が好んだ本草研究をも助けた。博覧強記で、南蛮船がもたらした珊瑚枝についての御下問には、侍医の中で宗恂だけがその名称と産地及び採取法を即答し、これを賞した家康はその一枝を下賜したとされる。また、家康の命で紫雪(鉱物多味配合薬)を製薬、諸侍医もこれに習った。京都で没し、嵯峨二尊院に葬られている(以上の事蹟は「朝日日本歴史人物事典」に拠る)。――如何であろう? これこそが、本話の「紫雪」であると、私は確信するものである。――勿論、それは中医漢方薬や、その後に生まれたものと考えられる加賀の家庭薬と成分は重なるであろうが――私が言いたいのは――ここの「紫雪」の注として附せらるべきものは――御大層な本草書から引用や唐の皇帝の話でも――また、加賀地方の解熱剤の家庭医薬の「紫雪丹」でも――なく、この吉田宗恂が練った新薬の話でなくてはならない、ということである。――注とは、生没年や生地や出身大学などの無味乾燥な「事実」では毛頭なく――更に言えば、百科事典や常識一般や周辺や類似の教授ではなく(一般を知らぬ者に対してはそこから入らねばならぬものの)――その対象の核部分の「真実」を――簡明にして剔抉した説明でなくてはならぬという考え方を私は持っている(私の注は「簡明」とは言い難いが)。――「紫雪」の注は「吉田宗恂」を語ってこそ附して価値ある「注」であると私は思う。

・「貮三匁」約七・五~一一・二五グラム。

・「留守」外出の意。

・「黄金の氣に右藥を合せたる紫雪」岩波のカリフォルニア大学バークレー校版では「右藥」が『石薬』とある。右では意が通らない。「石藥」として採る。但し、この「黄金の氣」は「石藥」と同義的に見えるのでやや不審ではある。「黄金の氣」とは五行の「金(ごん)」に分類されるもので「黄色を示す素材」と言う意味か。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 俄かの心神異乱に対する一薬即効の事

 

 私のもとへしばしば出入りする小児科医木村元長(げんちょう)殿の方へ、数年出入り致いておる××××と申す者があった。

 ある日、元長の従僕と連れ立ち、元長の親で、やはり医師であった、今は隠居して御座る印牧玄順(いんぼくげんじゅん)殿の隠居宅を見舞って、その夜のこと、××××は一度、自宅へ帰った後、再び、元長の屋敷を訪れて御座ったが、昼間、送り出した際とは別人の如く――眼が血走り、顔色は殊の外に蒼白、尋常ならざることを罵り喚き始めた故――元長は、これは突発性の真正の心神異乱に相違なしと見立てて、即座に紫雪丹を調合、二、三匁(もんめ)を口を強引に開かせて服用させた上、人をつけて横臥させておいたところ、翌朝に至って、××××は何時もと変わらぬ様子にで起きて参ったということである。

〔付属資料〕

 

   ●医師木村元長のカルテ

 

 診断の結果、本発作を起こした××××の病態の発生は、以下の経緯に基づくものと考えられた。

 

〇発作の外的誘因

 第一に、

・××××は生得的にアルコールに対する抵抗力を持たない体質、アルコール不耐症である

点を挙げておかねばならない。そしてその彼が、

・当日の外出して玄順宅を見舞いに行った際、振る舞いとして出された酒を勧められるままに強いて飲んで、いつになくひどく酩酊していた

ことが、従僕の証言からも明らかである。但し、自分の体質を認識していたはずの彼が、何故にそのような行為に及んだかについては後に分析する。

 

〇発作の主因と発症と病態

 彼は、

・町家の手代を勤め、その商家の家政一般・商取引の主要なパートを担当していた

が、近年、彼の身辺に於いて、

・主人の弟が移り住んで主家へ同居するようになった

という急激な変化が起こり、また、

・この弟がことあるごとに、今まで彼が取り仕切って順調になされていた家計や商法に口を出ようになった

結果、

・彼とこの主人弟との人間関係が頗る悪化した

そこでは、付随的に、

・この弟の行為言動に対して、今まで彼が信頼し、彼もまた信頼されていた主人であるところの兄が、悉くそれ容認し、また、彼の主張が容れられない状況に、彼は激しい不満を募らせていた

と考えてよい。そうした状況下、その日は、

・日頃の溜まりに溜まった主人弟及びそれを許して彼の言を聴き入れようとしない主人への極度の鬱憤と絶望とが頂点に達しているところの、謂わば「逆上」寸前の状態にあった

ものと思われる。彼は自身のアルコール不耐症を認識していながら、その見舞い先で振る舞われた、

・本来なら飲めない酒を、珍しく優しく玄順から勧められて、自身の孤独感から半ば依存的に、半ば自棄的に、飲酒行為に及んだ

と推定される。その結果として、

・アルコール性抑鬱状態から速やかに急性アルコール中毒へと移行した

もので、

・重度の充血及びチアノーゼ・恐らくは幻視幻聴を伴った関係妄想による驚愕性のヒステリー発作を呈した

ものである。私の観察では

・発作時には既に見当識が殆んどない
ように見受けられた。

 

〇処方

 以上のような病因と病態を勘案の上、この病態はあくまで、

・心因性の主因に、飲酒によるアルコール性精神病様症状が合併して発症したもの。

と診断の上、種々の状況から××××の内因性精神病としての難治性の遺伝的要素を含む精神障害の可能性を排除出来るものと考え、突発性興奮を鎮静させるための処方を判断した。

・黄金〔五行の金(ごん)に分類される黄色を示す生薬〕の気(薬理作用)に、石薬〔鉱物性生薬〕を主として調合した

◎「紫雪」

であれば、速やかに症状を鎮静恢復させ得るものと判断し、その場で調合の上、即座に拘束した上、強制服用させた。

 

〇予後

 翌朝には恢復したが、問診したところ、自身の前日の病態は勿論のこと、玄順宅からの帰り以降の記憶を、殆んど喪失していた。アルコール不耐症には普通に見られることである。

 

   以下、余白。

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