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2012/08/18

耳嚢 巻之四 老人へ教訓の哥の事

 老人へ教訓の哥の事

 

 望月老人予が元へ携へ來りし。面白ければ記し置ぬ。尾州御家中横井孫右衞門とて千五百石を領する人、隱居して也有(やいう)と號せしが、世上の老人へ教訓の爲七首の狂歌をよめり。

  皺はよるほくろは出來る背はかゞむあたまは兀げる毛は白ふなる

    是人の見ぐるしき知るべし

  手は震ふ足はよろつく齒はぬける耳は聞へず目はうとくなる

    是人の數ならぬを知るべし

  よだたらす目しるはたえず鼻たらすとりはづしては小便もする

    これ人のむさがる所を恥べし

  又しても同じ噂に孫自慢達者自慢に若きしやれ言

    是人のかたはらいたく聞きにくきを知るべし

  くどふなる氣短になる愚痴になる思ひ付く事皆古ふなる

    これ人の嘲をしるべし

  身にそふは頭巾襟卷杖眼鏡たんぽ温石しゆびん孫の手

    かゝる身の上をも辨へずして

  聞たがる死ともながる淋しがる出しやばりたがる世話やきたがる

    是を常に姿見として、己が老たる程をかへり

    見たしなみてよろし。然らば何をかくるしか

    らずとしてゆるすぞと、いわく

  宵寢朝寢晝寢物ぐさ物わすれ夫こそよけれ世にたらぬ身は

 

□やぶちゃん注

○前項連関:特に感じさせない。

・「望月老人」根岸のニュース・ソースの一人で詩歌に一家言持った人物。「卷之五」の「傳へ誤りて其人の瑾をも生ずる事」でも和歌の薀蓄を述べている(「瑾」は「きず」と読ませていると思われるが、これはしばしば見られる誤用で「瑾」は美しい玉の意である)。

・「横井孫右衞門」「也有」俳文「鶉衣(うずらごろも)」などで知られる著名な俳人横井也有(よこいやゆう 元禄一五(一七〇二)年~天明三(一七八三)年)。尾張藩士横井時衡(ときひら)長男。本名は時般(ときつら)、通称で孫右衛門(横井氏は北条時行の流れを汲むと称す)。二十六歳で家督を相続後、御用人・大番頭・寺社奉行などの藩の要職を歴任、武芸に優れた上に儒学をも深く修める一方、各務支考一門として早くから俳人としても知られ、特にその絶妙の文才から、俳文の大成者とされる。宝暦四(一七五四)年、五十三歳で病を理由に致仕、城南前津(現・名古屋市中区前津一丁目)の草庵知雨亭に隠棲、以後三十年、八十二歳で没するまで、俳諧・詩歌・狂歌・書画・謡曲・茶道等々、風雅三昧の生活を送った。彼の「鶉衣」、私はいつかテクスト化したいと思っている。

・「ゆるすぞと」底本「ゆるぞと」で、右に『(尊本「ゆるすぞと」)』と傍注がある。尊経閣本でないと意味が通じないので、そちらを本文採用した。

・「たらぬ身は」底本には右に『(尊本「立られぬ身は」)』と傍注する。私は尊経閣本の句形も捨てがたいがやはり字余りが気になり、ここはすっきりと底本で示した。

・以下の狂歌の内、岩波のカリフォルニア大学バークレー校版と異なる表記(後書・前書きを含むが句点の有無は無視し、中黒やルビ、最後の前書を除く岩波版の句点は除去した)を持つものについて、正字化したものを並置させておく。なお、ここに示された狂歌群については、岩波版長谷川氏注に、「身にそふは」以外の歌は小異はあるものの、也有の狂歌集「行々子(ぎょうぎょうし)」(但し、写本による伝来)に見える、とある(私は未見)。

   *

 皺はよるほくろは出來る背はかゞむあたまは兀げる毛は白ふなる

   是人の數ならぬを知るべし

 皺はよるほくろは出來る背はかゞむあたまは兀げる毛は白く成る(バークレー校版)

    是人の數ならぬを知るべし

   *

 よだたらす目しるはたえず鼻たらすとりはづしては小便もする

    これ人のむさがる所を恥べし

 よだたらす目しるはたらす鼻たらすとりはづしては小便ももる(バークレー校版)

    是人のむさがる所をしるべし

[やぶちゃん注:バークレー校版の方が秀逸。]

   *

  又しても同じ噂に孫自慢達者自慢に若きしやれ言

    是人のかたはらいたく聞きにくきを知るべし

  又しても同じ噂に孫自漫達者自じまんに若きしやれごと(バークレー校版)

    是人のかたはらいたく聞にくきを知るべし

[やぶちゃん注:岩波版では「漫」の右に「慢」の誤字であることを示す注を附す。]

   *

  くどふなる氣短になる愚痴になる思ひ付く事皆古ふなる

    これ人の嘲をしるべし

  くどふなる氣短になる愚痴になる思ひ付く事皆古ふなる(バークレー校版)

    是人の嘲を知るべし

[やぶちゃん注:歌は同じ。]

   *

    かゝる身の上をも辨へずして

  聞たがる死ともながる淋しがる出しやばりたがる世話やきたがる

    かゝる身の上をもわきまへずして

  聞たがる死ともながる淋しがる出しやばりたがる世話やきたがる(バークレー校版)

[やぶちゃん注:歌は同じ。]

   *

    是を常に姿見として、己が老たる程をかへり

    見たしなみてよろし。然らば何をかくるしか

    らずとしてゆるすぞと、いわく

  宵寢朝寢晝寢物ぐさ物わすれ夫こそよけれ世にたらぬ身は

    是をげに姿見として、己が老たる程を顧みた

    しなみてよろし。然らば何をか苦しからずと

    してゆるすぞと、いわゝ、

  宵寢朝寢晝寢物ぐさ物わすれ夫こそよけれ世にたゝぬ身は(バークレー校版)

[やぶちゃん注:岩波版では「ゝ」の右に「ば」の誤字であることを示す注を附すが、寧ろこれは「く」の誤字とすべきではないか。バークレー校版の方が秀逸だね。……何故かって? 「立たぬ」がゼツミョウだからに、決まってるじゃん! ♪ふふふ♪]

・詩歌はなるべく原文を提示することを自身のポリシーとしてきたので、以上の原文には手を加えていない(最後の一首の前書はブラウザ上の不具合を考えて字数を制限して改行した)ので、以下に、読み易く新字体化し、読み(これは歴史的仮名遣とした)を加えて整序したものを示し、語注を附す。

 

  皺(しは)は寄る黒子(ほくろ)は出来る背は屈(かが)む頭は禿(は)げる毛は白ふなる

    是人の見苦しき知るべし

  手は震(ふる)ふ足はよろつく歯は抜ける耳は聞へず目はうとくなる

    是人の數ならぬを知るべし

  涎(よだ)たらす目汁(しる)は絶えず鼻垂らすとりはづしては小便もする

    これ人のむさがる所を恥づべし

[やぶちゃん注:「よだ」はよだれのこと、「とりはずしては小便もする」とはこらえ切れずに、若しくは知らぬ間に失禁してしまう、の意。]

  又しても同じ噂に孫自慢達者自慢に若き洒落言(しやれごと)

    是人のかたはらいたく聞きにくきを知るべし

  くどふなる氣短になる愚痴になる思ひ付く事皆古ふなる

[やぶちゃん注:「かたはらいたく」他人から見て如何にも見苦しい、みっともないの意。]

    これ人の嘲(あざけり)を知るべし

  身にそふは頭巾(ずきん)襟卷(えりまき)杖(つえ)眼鏡(めがね)たんぽ温石(をんじやく)尿瓶(しゆびん)孫の手

[やぶちゃん注:「たんぽ」湯たんぽ。「温石」冬、軽石などを焼いて布などに包み、懐に入れたりして体を温めるもの。焼き石。「尿瓶(しゆびん)」尿瓶(しびん)。]

    かゝる身の上をも辨(わきま)へずして

  聞たがる死ともながる淋しがる出しやばりたがる世話焼きたがる

[やぶちゃん注:「ともながる」そうすることを希望しないことを意味する「たくもない」→「たうもない」→「とうもない」→「ともない」に接尾語「がる」が附いたもので、動詞の連用形に付いて「~したくないと思ってそれを言動に表わす」の意を表わす。]

    是を常に姿見として、己が老たる程を顧み嗜

    みてよろし。然らば何をか苦しからずとして

    許すぞと、曰く、

  宵寝(よひね)朝寝昼寝物ぐさ物忘れ夫(それ)こそ良けれ世に足らぬ身は

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 老人の教訓の狂歌の事

 

 馴染みの風流人、望月老人が私の元へ携えて参られ、披見させて貰(もろ)うたもの。面白いので、以下に記しおく。

 

 尾張藩御家中、横井孫右衛門とて千五百石を領した御仁、隠居致いて也有(やゆう)と号して御座ったが、世の老人への教訓のため、七首の狂歌を詠んだとのこと。

 

  皺はよるほくろは出来る背はかゞむあたまは兀げる毛は白ふなる

    これ、人の見苦しきことなりと――知るべし!

  手は震ふ足はよろつく歯はぬける耳は聞へず目はうとくなる

    これ、既に人の数に入らぬ存在ならんことと――知るべし!

  よだたらす目しるをたえず鼻たらすとりはづしては小便もする

    これ、常に人に虫唾(むしず)を走らせんことを――恥ずべし!

  又しても同じ噂に孫自慢達者じまんに若きしやれ言

    これ、人が如何にもみっともないとウンザリしておることと――知るべし!

  くどふなる気短に成る愚痴になる思ひ付くこと皆古ふなる

    これ、人が心底、嘲(あざけ)っておることと――知るべし!

  身にそふは頭巾襟巻杖眼鏡たんぽ温石しゆびん孫の手

    ……さても……かくなる身の上をも弁えずして、

  聞きたがる死にともながる淋しがる出しゃばりたがる世話やきたがる

    ……それがお主(ぬし)じゃ!

     *

    以上を常に己(おの)が鏡と致いて――

    己が老いの身の程を顧み――

    それを分(ぶん)として弁えてこそ――

    よろし!――

    されば……一体、どんなことならば苦しからずとて許さるるか、とな?

    曰く、

  宵寝朝寝昼寝物ぐさ物わすれそれこそよけれ世にたらぬ身は

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