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2012/09/02

耳嚢 巻之五 毒蝶の事

僕の苦手な昆虫類だけに、注するのに手間取って、朝の五時から結局、今までかかってしまった。――しかし、相応にオリジナルな注と面白い訳が出来たと秘かに自負している。――

 毒蝶の事

 

 (寛政八辰年夏の頃、世上に專ら毒蝶ありて害をなすと巷説)紛々たりしが、御納戸を勤る人の由、召仕ふ者夜中座敷へ一ツの蟲出し故、取捨んと手にて椽(えん)へ投出せしに、右の手腫(はれ)痛みける故、彼(かの)巷説の毒蝶ならんと早々打殺しけるが、兼て近鄰にて右毒蝶にさゝれてなやむ者有ける故呼て見せければ、彼人のさゝれしも右蟲なるに違なしといひし故、右蟲二ツを小き箱に入て、御納戸頭を勤し大久保内膳取寄(とりよせ)見せける故、爰に記しぬ。尤(もつとも)御用部屋へも懸御目(おめにかけ)候由。

 如斯(かくのごとき)蟲なり。

Dokutyou1


飛ぶ時蝶にも似たるや、蝶には遠く、玉蟲に少し細く長きもの也。予が許へ來る醫師にかたりければ、斑猫(はんめう)の種類にて少し大きなる物ならん。萌黄(もえぎ)色なるを莞菁(あをはんめう)といひ、葛の葉に住むを葛上亭長(かつじやうていちやう)といひ、地中へ蟄(ちつ)しては地膽(にはつゝ)といひ、背斑らなるを斑猫といふと醫書にもありて、いづれも毒あるとかたりける故爰に記しぬ。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:医師を主たる話者とする点で軽く連関。この本文中の改行は異例中の異例。詩歌や根岸による後の補注と思しいものでも、このような有意な量で、しかも現代の正式な完全改行冒頭行一字下げの段落構成をなしたケースは、ここまでではないものと思う。現物を見た根岸の強い好奇心の現われであり、一種の博物学者の視線とも言える。

・「(寛政八辰年夏の頃、世上に專ら毒蝶ありて害をなすと巷説)」底本の冒頭右に『(三村本)』による補訂であることが示されている。なおここで示されるのは所謂、チョウとしての「毒蝶」ではないが、ちょっと脱線すると、実際に「毒蝶」なるチョウは実在し、「ドクチョウ」はちゃんと亜科の和名タクソンである。昆虫綱鱗翅(チョウ)目アゲハチョウ上科タテハチョウ科ドクチョウ亜科 Heliconiinae に属するチョウを総称して「ドクチョウ」と呼ぶ。新大陸特産で、南アメリカのアマゾンを中心に六〇から七〇種現生する。主にチョウを主な餌とする鳥類が嫌がる有毒物質を体内に持っており、捕食された際には体表から毒液を出し、啄まれた後でも逃走に成功することも可能である。広義にはドクチョウ亜科でなくても鳥に対して有毒な物質を持っていたり、捕食者が忌避する成分を持つチョウを「ドクチョウ」と呼ぶ。毒成分の起源は、一説には彼らの食草である双子葉植物綱キントラノオ目トケイソウ科 Passifloraceae の一種から取り込まれたものとも言われるが、未だ証明されておらず、成虫が自己の体内で合成している可能性もあると言われている。ドクチョウ亜科は現在、以下の四族に分かれる。

 ホソチョウ族 Tribe Acraeini

 ドクチョウ族 Tribe Heliconiini

 ヒョウモンチョウ族 Tribe Argynnini

 オナガタテハ族 Tribe Vagrantini

本邦にはヒョウモンチョウ族ヒョウモンチョウ属 Brenthisの数種が棲息する(以上は、主に「ぷてろんワールド ~蝶の百科事典・図鑑~」「ドクチョウ亜科(Heliconiinae)のページ」を参照させて頂いた)。但し、ドクチョウと言っても、ネット上の記載を見る限りでは、鱗翅(チョウ)目ヤガ上科ドクガ科 ドクガ Artaxa subflava の如く、人が手で触れてかぶれるといったような対人毒性はないようである。――私の好きな「ウルトラQ」の中でも特に好きな一篇である「変身」に登場したような、毒鱗粉で人を狂乱させ、巨人化させてしまう素敵な巨大毒蝶は――残念ながら実在しない。更に、鱗粉に毒を持つ種も存在せず――モスラのように華々しく羽ばたいて鱗粉が舞うということも、これ、実は、ない、のである。……実年齢を遙かに超えて生き延びた、僕らの少年の日の夢想は……梶井のように、無惨にも、こうして打ち砕かれてしまう……のである……。

・「御納戸」納戸方。将軍の衣類調度を管理し、諸侯・旗本からの献上品及び逆に彼らに賜与される金銀諸品に関する事務を司った。御納戸役。

・「大久保内膳」大久保忠寅(生没年不詳)。役職については寛政二(一七九〇)年勘定吟味役、同六年御小納戸頭を兼ね、同九年に兼役を解く、と鈴木氏の注にある。寛政九(一七九七)年当時、勘定奉行であった根岸との接点が見える。「卷之四」の「怪病の事」「氣性の者末期不思議の事」に既出。

・「御用部屋」江戸城本丸御殿にあり、大老・老中・若年寄の執務室。

・「莞菁(あをはんめう)」は底本のルビ。

・「地膽(にはつゝ)」は底本のルビ。

・「玉蟲」タマムシ類は鞘翅(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目 Elateriformia 下目タマムシ上科タマムシ科 Buprestidae に属する。

・「斑猫」鞘翅(コウチュウ)目オサムシ亜目オサムシ上科ハンミョウ科 Cicindelidae に属する肉食性甲虫の総称。以下、まことしやかにこの「ハンミョウ」の毒性が医師によって語られるが、実はこれは誤りである。以下、ウィキの「ハンミョウ科」の「毒性について」から引用しておく。『漢方の生薬にある「斑猫」は、名前は同じでもかなり縁遠いツチハンミョウ科のマメハンミョウやミドリゲンセイなどを指す。これらは非常に強いカンタリジンという毒性成分を含み、国外では実際に暗殺に利用された例がある。しかし、日本では江戸時代の初期に渡来した『本草綱目』を訳した際の間違いで、ハンミョウ科のものがそれだとされてしまった。そのため、実際にハンミョウ科の昆虫の粉が忍者などが暗殺用の毒薬に使われたとも言われる。特に種としてのハンミョウはその鮮やかな色彩も相まって、いかにも毒がありそうに見えるのも、このような誤解の一因でもあろう。そのため、ハンミョウに毒があるとの誤解は長く残り、今も結構な知識人にもこの誤解を持つ人がいるという』『ハンミョウ科の昆虫には実際には毒はない。ただし大顎で噛まれるとかなり痛いので、注意しなければならないことに変わりはない』とある。この誤解は多くの本邦の本草書や寺島良安の「和漢三才図会」を初めとする博物誌(良安は「巻第五十二」の「斑猫」の項の附言で、斑猫の毒性が移っている可能性があるので食用の豆の葉はよく選び取って洗浄せねばならないとした後、夏秋になるとこの虫は田圃から街路へ飛んで来て、五、六尺飛んではとまり、とまるときはは必ず振り返ると記す。これは『無毒のハンミョウ科の別名ミチオシエ』の由来であるから大きな誤りである。その直後にも良安は本邦産の斑猫の毒は外国産の種ほどには甚だしくないなどと記しているのである)・好事家の随筆で繰り返し語られている。随筆類では、例えば座敷浪人氏の怪談現代語訳サイト「座敷浪人の壺蔵人」の『人見蕉雨「黒甜瑣語」三編巻之二「掛田の鳥」より』の「紅い鳥」が、尾ひれが鯨のそれになっている様子が見て取れる。未だに謂われなきハンミョウの冤罪――これは是が非でも雪がねばなるまい。

・「莞菁(あをはんめう)」鞘翅(コウチュウ)目ゴミムシダマシ上科ツチハンミョウ科アオハンミョウ(青斑猫)Litta vesicatoria。「莞菁」(芫青)は「ゲンセイ」と読み、英名 spanish fly と称する毒物カンタリス(cantharis)英名:cantharide)である。以下に示す日本産マメハンミョウ(豆斑猫)Epicauta gorhamiや中国産のオビゲンセイ属Mylabris の体内に1%程度含まれ、乾燥したものはカンタリジンを〇・六%以上含む。不快な刺激臭を持ち、味は僅かに辛い。本品の粉末は皮膚の柔らかい部分又は粘膜に付着すると激しい掻痒感を引き起こし、赤く腫れて水疱を生ずる。発疱薬(皮膚刺激薬)として外用されるが、毒性が強いために通常は内用しない(利尿剤として内服された例もあるが腎障害の副作用がある)。なお、カンタリジンは以前、一種の媚薬(催淫剤)として使われてきた歴史がある(以上は信頼出来る医薬関連サイトを参考にした)。以下、ウィキの「スパニッシュ・フライ」の記載から引用する。このスパニッシュ・フライの類を『間が摂取するとカンタリジンが尿中に排泄される過程で尿道の血管を拡張させて充血を起こす。この症状が性的興奮に似るため、西洋では催淫剤として用いられてきた。歴史は深く、ヒポクラテスまで遡ることができる。「サド侯爵」マルキ・ド・サドは売春婦たちにこのスパニッシュフライを摂取させたとして毒殺の疑いで法廷に立った事がある』と記す(なお、サドはそれで死刑宣告を受け投獄、フランス革命によって一時釈放されたが、ナポレオンによって狂人の烙印を押されてシャラントン精神病院に収監、そこで没している)。

 さて――冤罪の弁護をしっかりしよう。――これを含めた以下三種のタクソンをしっかりと覚えて戴きたい。

先の冤罪である毒のない――「真正ハンミョウ」類――は、

〇オサムシ亜目オサムシ上科ハンミョウ科 Cicindelidae に属する「ハンミョウ」類

であるのに対し、

これら三種のカンタリジンを含有する――「毒虫ハンミョウ」類――は、

×ゴミムシダマシ上科ツチハンミョウ科Meloidae に属する「ハンミョウ」類

であって、二つの種群は生物学的には縁遠い種群であることが分かる。なお、これらの医師の解説はすべて李時珍の「本草綱目」に拠るもので、「芫靑虫」については二月から三月、芫花(いわふじ:双子葉植物綱マメ目マメ科コマツナギ(インディゴフェラ)属ニワフジ Indigofera decora。イワフジとも。「和漢三才図会」では毒草部に入れるが、ネット上では有毒の記載は見当たらない。恐らくは有毒なアオハンミョウからの共感誤認と考えられる。)の上に棲息し、色は鮮やかな青緑色で、背に一筋の黄色い文様、尖った喙を持ち、毒は最も甚だしい、とある。但し、「背に黄色い文様」とは本種の特徴ではない(これを含む以下の「本草綱目」の記載は、「和漢三才図会」の「巻第五十二」の良安の引用記載に拠った。和訓部分もそれに拠る)。

・「葛上亭長(かつじやうていちやう)」ツチハンミョウ科ツチハンミョウ亜科マメハンミョウ Epicauta gorhami。「本草綱目」には、五月から六月葛の葉の上に棲息し、黒身赤頭、渡し場の亭長の玄衣(黒い衣服)に赤帽というスタイルに似ている、と漢名の由来を記す。これは本種の特徴をよく捉えている。勿論、有毒とする。

・「地膽(にはつゝ)」ゴミムシダマシ上科ツチハンミョウ科 Meloidae に属するツチハンミョウ類の総称で、代表的な本邦種としてはマルクビツチハンミョウ Meloe corvinus が知られる。「本草綱目」には、これは斑猫が冬に入蟄(穴籠り)したものと記し、大きな馬蟻(クロアリ)のようで翼を有し、色は膽(胆)のようで(動物の内臓のぬらぬらとした青黒さを言うのであろう)、黒頭赤尾、地中や垣根の石の中に潜む。その毒と薬効は斑猫のそれと似ている、とする。ヒメツチハンミョウ Meloe coarctatusは正に大型の綺麗な蟻のような甲虫との記載があり、ムラサキオオツチハンミョウ Maloe violaceus に至っては二十五センチメートルになんなんとする大型種もいる。但し、「赤尾」は本種群の共通特徴ではない。

・「如斯(かくのごとき)蟲なり」附図があるが、岩波版はシルエットで大きく異なるので、まず本文の方に底本の図を直後に(本文は実際には以下繋がっている)、現代語訳の方に岩波のカリフォルニア大学バークレー校版シルエット画像を示す。底本の図はどうみてもチハンミョウ科Meloidae の一種には見えない。杜撰な模写で、そもそも特徴的なはずの頭部と胸部の腹部に対する有意なくびれ(これが異なった類でありながらハンミョウ科 Cicindelidae とツチハンミョウ科Meloidae に共通するお洒落なスタイルである)が全く認められない。まるで文字通り、タマムシ若しくはゴキブリかタガメのようである。おまけに顔も――思いっきり――とぼけているではないか。寧ろ、バークレー校版のシルエット画像の方が、そのくびれを有意に感じさせ、また拡大して見てみると触角らしきものが描かれており(ヒメツチハンミョウ等では独特のホンダワラのような楕円形の多節構造を呈する)、こちらの方が遙かにツチハンミョウ科の一種を感じさせるリアルな図と言えるように思われる。

・「玉蟲に少し細く長きもの也」は鋭い観察で、本種がツチハンミョウ科の、例えば金属光沢のある深い青色の美しい体色を示すヒメツチハンミョウ Meloe coarctatus などは、かく表現してしっくりくるように私には思われる。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 毒蝶の事

 

 寛政八年辰年の春、世間に毒蝶が現われて害をなすとの専らの噂で、江戸市中は、まさに巷説紛々という有様であった。

 御納戸方を勤めて御座った人の由。

 かの御仁の召し使(つこ)うていた者が、夜中、座敷に虫が一匹這い出てきたのを見つけたため、捨てようと手に取って縁側へと抛り投げたところ、取ったその右手が、即座にひどく爛れて痛みも伴って腫れあがり、

「……こ、これこそ、か、かの巷説の、ど、ど、毒蝶に、違いない!……」

と、庭先に飛び降りるやいなや、すぐさま、先に虫を踏み殺したという。

 かねてより、近隣の者で、この毒蝶に刺されて病んだことがあるという者が御座った故、早速に呼に出だし、自分の右腕の患部と踏み殺した虫の死骸を見せたところ、その男は、

「――我らが刺されたも、この虫に相違ない!――」

とのことであった。

 そこで、この下男――同時に今一つ見つけて叩き殺した一匹と合わせ――その虫の死骸二つを小さな箱に入れて、主人へ報告がてら差し上げ、そこから、当時、御納戸頭を勤めて御座った大久保内膳忠寅殿が噂を聴き、その御納戸役の御方より特にお取り寄せになられた。私も現物を見せられたので、特にここに記しおく。御用部屋へも御目通り、これ、あった由に聞き及んで御座る。

 

《根岸鎭衞の観察及び附図・識者附言》

〇この虫は以下の如き虫形を成している(以下に図を示す)。

Dokutyou2

〇本種は巷説では「毒蝶」と呼称されている。私は実見したわけではないので推測に過ぎないが、本種の飛翔の様態は、蝶のそれに類似してでもいるのであろうか。但し、標本を見る限りに於いては蝶というには程遠く、寧ろ、玉虫をやや細く、また、長くさせたような虫形である。

〇以下、私の元へしばしば訪れる医師に本件について助言を願ったところ、いかのような知見を得たので、その内容をも転記しておく。

・標本の二匹はともに、斑猫(はんみょう)と呼ばれる昆虫の一種である。

・当該個体はハンミョウ類の中でもやや大きめの種である。

・「本草綱目」に拠れば、以下の三種が斑猫類の代表種で、

 ①本体が萌黄色を呈する種  芫青(げんせい)

 ②葛の葉に棲息する種    葛上亭長(かつじょうていちょう)

 ③地中に棲息する種     地胆(ちたん)

に分類し、それぞれをかくの如く呼称している。

・これらとその類似種を総称するところの「斑猫」という名は『背に斑(まだら)模様のあるものを斑猫という』と医書にも記載があり、何れも有毒である。

   以上。

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