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2012/09/13

耳嚢 巻之五 ぜんそく灸にて癒し事

 ぜんそく灸にて癒し事

 

 駒込邊にて一橋御屋敷を勤し人、名は聞しが忘れたり。背中五のゐに茶碗を伏せし程の燒尿(やけど)とみへる灸の跡ありしを、予が知人尋ければ、此跡を見る人はいづれも不審なせるが、十歳頃よりぜんそくにて次第に募りて、十八九の頃は年中よき日は數へる計(ばかり)にて、寢臥(ねふ)しも自由ならず甚苦しみけるを、彼元に仕へける奧州出生の若黨、或日右主人に向ひて、扨々(さてさて)難儀の事見るに忍びがたし、我國元にて右ぜんそくを直す灸を人々に教る醫師ありしが、中々一通りの者は右療治も難成(なりがた)しと語りけるを、主人聞て我壯年の頃より如斯(かくのごとく)なれば、生涯勤(つとめ)も成(なり)がたかるべし、活(いき)て詮なき事なれば死しても宜(よろしき)間(あいだ)、右療治を請度(うけたし)といひしかば、六ケ敷(むつかしき)事にもなし、尤(もつとも)長き事にてもなし、只一時の事にて、其者の手にて艾(もぐさ)を握りかため、いかにもかたくいたして五のゐへ灸にすゆる事也と言し故、則右教(おしへ)の如くしてすへけるに、誠に熱さ絶(たえ)がたく氣絶せしを、又水などそゝぎ或は呑せなどしてとふとふ火の消(きえ)る迄すへしが、跡は腫上(はれあが)りうみ崩れ、其(その)砌(みぎり)は骨も見ゆる程也しが、其後はぜんそく絶ておこらざりし由。七十歳餘にて寛政七年の頃身まかりしと或る醫師の語りしが、ぜんそくを愁たり共、かゝる灸をすへん人も多くはあるまじと一笑しぬ。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:連関を感じさせない。三つ前の「奇藥ある事」の療治と繋がり、医事シリーズ。その手のギャクで出てくるような巨大な灸という感じの映像で、思わず、読む方も笑ってしまう。

・「予が知人」最後の「或る醫師」と同一人物であろう。

・「一橋御屋敷を勤し人」御三卿の一つ、第八代将軍吉宗四男宗尹(むねただ)を家祖とする一橋家の屋敷勤めの武士。一橋邸は江戸城一橋門内(現在の千代田区大手町一丁目の気象庁付近)にあった。

・「背中五のゐ」脊椎骨の最上部の頸椎の上から五つ目の第五頸椎(C5と略称)。鍼灸サイトを見ると対応する内臓諸器官として声帯・頸部の腺・咽頭が挙げられている。

・「燒尿(やけど)」は底本のルビ。「卷之一」の「燒床呪の事の「燒床」と同じく、火傷のこと。「やけど」とは「焼け処」(やけどころ)の略であるから、それが訛って「やけどこ」「焼床」となったというのは分かるが、この「燒尿」は不詳。尿をかけると単なる「床」と「尿」の烏焉馬(うえんま)の誤りのようにも見える。

・「一時」凡そ二時間。

・「艾」底本では「芥」で右に『(艾)』と傍注する。誤字と見て、傍注の字を採った。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 喘息が灸によりて癒えし事

 

 駒込辺りに住んで、一橋家の御屋敷務めを致いて御座った御仁の話――名は聞いたが忘れてしまった。

 その御仁の背中の、頸の骨の五番目のところに、茶碗を伏せたほども御座る火傷と見ゆる大きなる灸の跡が御座ったを、私の知人が、

「……失礼乍ら……何時も気になって御座るが……そのお背中の、灸にも似た、大きなる火傷の跡は……これ、如何なされたものか、の?……」

と訊ねたところ、かの御仁曰く、

「……何の。この跡を見るお方は、何れも不審がらるる。……さても、拙者は十歳の頃より喘息を患い、歳を経(ふ)るに従(したご)うてひどうなって、十八、九の頃には一年の内に調子のよう御座る日は数うるばかりにて、日々、おちおち普通に眠ることすら、これ、満足に出来申さず、塗炭の苦しみを味おうて御座ったじゃ。……

 そんなある日のこと、拙者の元に仕えて御座った奥州出の若党の一人が、我らに向かい、

『……さてもさて……御主人様の難儀のこと、これ、見るに忍びのうものが御座いまする……実は我らが国元にて、かくの如き重き喘息を癒す灸を、これ、人々に教えて御座る医師が御座いますれば……ただ……その……なかなかその療治というは……常人にては、これ……いや、これ……なかなか堪え得る体(てい)のものにては……御座らぬものにてはは、これ、ありまするのですが……』

と、何やらん、最後の方が煮え切らぬ物謂いにて語って御座った故、我ら、これを受けて、

『……我らは壮年の頃よりかくの如き境涯にて御座ったれば……この分にては……とてものことに、生涯の満足なお勤めを申すことも……これ、叶(かの)うまい。……かかれば……生きておっても詮無きことと心得ておる。……さればこそ――死んでもよろしい――とも思うておる。……よって……そちの申す、その療治……これ、受けてみしょうぞ!……』

と申しまして御座る。

 すると若党は、

『……へえ。……いえ、その……そう難しき仕儀にては御座いませず……また……少しも、長(なご)うかかる、というものにても、これ、御座いませぬものにて……ただもう、そうさ、一時ほどにて……済みまする。……その仕儀は――その療治を受けんとする者――その己が手にて――艾(もぐさ)を――あらん限り! ムンズ! と握って――而して――如何にも! ギュウッ! と固く致しまして――それを、やおら、頸の骨の、上から五つ目の頂きへと、キュウッツ! と――灸として据えるというものにて、御座る。……』

と申しました故、即座に、かの者の申した如く致いて、灸を据え申した。……

……が……

――

……まっこと! その熱さたるや! 尋常にては! これなく!――

――お恥ずかしながら……

――我らは一時、これ、気絶致いて御座った。…………

……その後も、若党らは――朦朧として御座った我らに――灸にかからぬよう、頭に水を灌ぐやら、水を飲ませるやら致しまして……とうとう……その艾の山の火の消ゆるまで……これ、据え続けて御座った。……

……しかし……

――その後、灸の跡は真っ赤になって腫れ上がり、膿み崩れ――いや! もう、一時は、骨までも見ゆるほど、悪化致いて御座ったのですが……

……したが……

……なんと……

……それっきり……

――その後は――喘息の発作、これ、絶えて起らずなって、御座ったのじゃ。……」

との由。……

 

「……かの御仁、その後、七十歳余りまで矍鑠としてあられ、寛政七年頃、身罷られたと申す。」

とは、この一部始終を語って呉れた私の知人医師の言に御座る。

 その談話の最後に、かの医師、

「……喘息を憂うるとは申せ……かかる『ぼうぼう山』の如き、恐ろしき灸を据えんとする御仁は……これ……そう多くは、御座いますまいのぅ……」

と言って、我らともども一笑して御座ったよ。

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